第112話 伊達家の人質
天正8年(1580年)7月 常陸国 新治郡 土浦城
「お初にお目にかかります。伊達輝宗が嫡男、政宗にございます。里見義頼様、今後ともよろしくお願いいたします」
皆さんこんにちは、上総介 里見梅王丸こと酒井政明です。
伊達家から人質として送られてきたのは、やっぱり政宗さんだったよ。
伊達輝宗さんには今のところ男児が2人しかいないんだ。それに、去年の伊王野合戦から続く敗戦で、人材不足が甚だしいから、即戦力の兄弟とかは送れないんだろうね。
それに、兄弟とかを送っちゃうと、虎の威を借りて、お家の乗っ取りをかけてきたっておかしくないってのもあるかもしれない。これは戦国時代の南奥羽スタンダードを考えると仕方ないとこなのかもね?
さらに、1人だけならともかく、今回は相馬家にも人質を送らなきゃいけない。相馬家と里見家を天秤にかけたら、どう考えたって里見が重要なわけで……。
多分こんな理由だろうね。
さて、その政宗さんは御年13歳。俺は12歳なんだけど、向こうは6月生まれで俺は1月生まれだから、学年に直すとタメなんだ。
俺がわざわざ上総から呼ばれたのは、きっと「嫡男として大名の世嗣と親交を深めとけ!」ってことなんだろうけど……。
伊達政宗、色々面倒くさいんだよね。さて、どうやって対応したものやら……。
おっと、いけない! こんなことを考えてたら、義頼さんの挨拶が始まっちゃったよ。聞き逃すと大変だから、ここは集中集中。
「うむ、私が里見義頼でござる。政宗殿、そなたは里見・伊達両家の鎹、こちらこそよろしく頼み申す。立場上色々と不便はあるかと思うが、できる限りのことはいたすゆえ、必要なことがあらば何なりとおっしゃるがよい。
印東房一!」
「はッ!」
「政宗殿、この印東を世話役として付けるゆえ、困ったことがあれば、色々と相談なさるがよい」
「有り難き幸せ」
「政宗様。世話役を仰せつかりました印東房一にございます。何かございましたら何なりとお申し付けくだされ」
「印東殿、よろしくお願い申す」
「はッ!」
「さて、名家の貴人を招くからには、当家の方からも挨拶を申し上げねばなるまい。梅王丸!」
「はっ!」
おっと来なすった! うーん。作戦は決まってなかったけど、取りあえず『圧倒してマウントを取る』方向で行こうかな?
それじゃ気張っていきますか!
「伊達政宗殿。お初にお目にかかります。里見義頼が嗣子、上総介梅王丸と申します」
俺は政宗さんの脇に進み出ると、完璧な小笠原流の礼法を駆使して、挨拶を始めた。
最初は呆気にとられていた政宗さんだったけど、段々顔色が青くなり、そして、伊達家のお付きの人たちから感嘆の声が漏れ始めると、今度は赤くなり、となかなか面白い感じだったよ。
これでマウント取れたかな?
政宗さんは、自分の出来が悪かったのがよっぽどショックだったみたいで、すぐに「誰から礼法を学んだのか教えてほしい」って食い下がってきた。政宗さんの作法だって悪くなかったと思うんだけどね。まあ向上心が高いのは好感がもてるから、この日のうちに礼法の小笠原秀清師匠を紹介しといた。
それから、紹介のために城内を移動がてら聞いたら、「武芸は鬼庭良直に教わった」なんて言うじゃん! 名将鬼庭良直だよ! 史実での『人取橋の合戦』のエピソードなんか感動的だよ!! 今生も輝宗さんを逃がすために白河で奮戦して亡くなったんだけど、里見家内では、既に『忠臣の鏡』として語り草になってる。今回の和睦を一も二もなく飲んだのも、良直さんの奮戦の効果があるって話だよ。
そんな良直さんに教えを受けた政宗さんだ。きっと武芸も優れてるに違いない。だから、「一緒に武術の稽古をしたい」ってお願いしたら、受けてくれたよ。
稽古してみてどうだったか、って?
うーん、残念ながら、現時点では御子神忠明に敵わないかな? でも、視覚に頼らず、五感全てを使って相手を捉えようとしてくるのはなかなかできることじゃない。ずいぶん根性もあるし、絶対これは成長するよ! 政宗さんには新當流じゃない流派の達人を指導者として招聘してあげようかな? 俺も新しい流派を学んでみたいからね。
それにしても、たった1日で、ずいぶん打ち解けたんじゃないだろうか?
俺が政宗さんを引っ張り回しちゃったんで、取り次ぎ役になった印東房一は仕事にならなくて申し訳なかったな。でも、俺は土浦にはちょっとしかいないわけだから、このぐらいのワガママはしてもいいよね。
結局、俺が土浦にいられたのは1週間ぐらいだったけど、一緒に魚釣りに行くぐらい仲良くなったよ。
実は釣り中にちょっと事件があったんだけど、結果的に大事には至らなかった。それにしても政宗さんが無事で本当に良かったよ。
これまで付き合うのは大人がほとんどで、同年代の友だちって皆無だったから、これからも大切にしていかないとね。
また遊びに来ようっと!
明日も7時頃投稿予定です。




