第107話 12歳の懸案②
天正8年(1580年)1月 下総国 印旛郡 佐倉城
皆さんこんにちは、上総介 里見梅王丸こと酒井政明です。
今日はちょっと重大な話し合いがあるんで、下総の佐倉にきてるよ。
おっと、当事者が現れたみたいだ。しっかりと顔を作っておかないとね。
俺たちの待つ佐倉城の広間に、1人の若武者と僧形の老人が入ってきた。そして、目の前に進み出ると、2人は恭しく平伏する。
「里見義頼様、梅王丸様、岡見頼治、岡見頼勝、お呼びにより推参つかまつりました」
「頼治、頼勝大儀である。面を上げよ
平伏した2人は義頼の言葉で顔を上げた。今日呼び出したのは、常陸牛久城主の岡見頼治さんと、その叔父で後見役の岡見頼勝さんなんだ。
「いきなり呼び立てて済まなかったな」
「滅相もございません。元服に際し、諱を頂戴したばかりか、思いもかけぬ大封を頂戴するなど、この数年来の御恩は海よりも深く山よりも高うございます。いずこへなりとお呼び立てくださいませ」
「うむ、その忠勤ありがたし! 本日その方らを呼んだ理由であるが、こちらの梅王丸より申し伝える」
義頼さんは、そう言い放つと、俺に話を振ってきた。
見ると、頼治さんは頭に疑問符が浮かんでるけど、伝喜入道さんは何の話かすぐにピンときたみたい。「流石は年の功」って言いたいとこだけど、彼は一度このシチュエーションを経験してるからね。気付いてもらわなきゃ困るよ。
「頼治殿、頼勝殿、実は私、今年元服をすることになりそうなのです」
「「それはおめでとうございます!」」
「祝辞、痛み入ります。さて、元服・初陣となりますと、私もとうとう一人立ちでござる。岡見家には今まで多大な御迷惑をおかけいたしましたが、やっと、出向してもらっていた栗林義長をお返しすることができます。
義長は今まで領軍の指揮官として八面六臂の活躍をしてくれました。誠に有り難きこと。
岡見家にお戻しするのは、私の初陣が終わってからにはなります。が、いきなり戻されたら頼治殿も困りましょう。戻した後の領地のことも含めて、事前にご相談しておきたく、今日お呼びした次第にござる」
「領地」と聞いて、岡見家主従の顔が曇る。
「……梅王丸様。もしや、このお話は、栗林を戻すから所領も返せということでございますか?」
「滅相もない! そのようなことをいたしては、恩を仇で返すようなもの。里見の嫡男としてそのような恥ずかしい真似はいたしませぬ。
所領として、岡見家にお渡しした上総海北郡も、義長に与えた安房平群郡も、そっくりそのままお渡し申す。
ただ、この両郡、岡見家の本領からは些か遠うござる。これでは、いざというときに兵を集めるのも不便でござろう?
で、ここからが相談でござる。現在の領地を貫高に直した上で、岡見家の本領に近い常陸か下総で改めて加増する方向で考えたいと考えておるのです。この案はいかがでしょうか?」
「おお! それは有り難きこと! これまでは陣ぶれを受けましても、兵を集めるのに時間が掛かり、招集期限に間に合わせるのに難渋いたしました。当家としましても大変助かりまする! ……しかし、そこまでしていただいて良いのですか?」
「義長はこの7年間、大変よく働いてくれました。そして、義長の働きは岡見家の働き。それに報いるのは当然でござる」
「そう言っていただけるのは、当家としても誉れにございます。それでは、過分な賞ではございますがお言葉に甘えまして、お受けいたします」
この後、義頼さんからもねぎらいを受け、褒美として刀と砂糖をもらった2人は、ほくほく顔で帰ってった。
いやー、喜んでもらえたみたいで嬉しいね!
……でも、彼らあんまり考えてなかったみたいだけど、本当に良かったのかねぇ。
俺の知ってる限り、牛久領がだいたい1万5千石、海北郡が1万石。それに対して平群郡は2万6千石ぐらいあるんだけどな。『主君より領地の多い家臣』がいる状況に、若い頼治さん果たして耐えられるかね?
あ、一応言っておくけど、意地悪したわけじゃないからね?
義長が手柄を立てて、『郡主に任命しよう!』って時に、先に「義長に領地を与えたいが、岡見家分は安房郡・平群郡・海北郡・市東郡・市西郡・周東郡・周西郡のうちどれがいい?」って言って、頼春さんに選ばせてるんだ。
で、頼春さんが「牛久に近い、一番北の海北郡がいい」って言うから希望を叶えてあげたんだよ。『海北郡が一番石高が低い』って話は教えなかったんだけどね。
え? だって聞かれなかったんだもん!
そして、義長には一番石高の高い平群郡を与えたと、そんなわけなんだ。
とりあえず、里見家に文句を言ってくることはないと思うけど、仮に来ても、返り討ちにする材料は揃ってる。だから、これに関しては文句なんか言わせないよ。
ヒヒヒ。きっと頼治さん「家臣の領地の方が多くて嫌だ!」って泣きついてくるだろうな。そしたら、「じゃあ義長はこちらで引き取りましょう」って返してやるって寸法だ! 手切れ金(?)としてちょっと加増してやれば、感謝こそされ、文句は言われないに決まってる。あーあ、早く泣きついてこないかな!!
と、こんなことを考えてたら、なんと、頼治さんは予想の斜め上(下?)の対応をしてきた。
ある日、俺の所に憔悴した義長がやってきた。聞いたら、頼治さんから突然手紙が来て、「領地を交換しろ」って言われたんだって。
焦ったのはわかるけど、頼治さん、それは悪手だよ。領地を与えたのは里見家だよ? で、岡見家から出向しているとはいえ、義長はまだ里見の直臣なんだ。勝手に領地交換を命令していいはずがない。
義長としても、「自分が立てた手柄で岡見家の領地を増やした」っていう自負があったから、いきなりの無体な要求に衝撃を受けて、「自分の今までの働きは何だったんだろう?」ってことになったみたい。
こんな塩梅だったんで、これで完全に2人の仲が拗れちゃって、俺とか伝喜入道さんとかが間に入ったんだけど、もうダメだった。
最終的に、再び岡見家と交渉が行われて、栗林義長は正式に俺の直臣として移籍してきた。結果としては俺の狙いどおりだったんだけど、後味の悪いことになっちゃったね。
それにしても、頼治さん何でこんな対応したかね?
今回の件で岡見家にとっての上策は、義長を完全に受け入れることだったんだ。所領が倍に増える上に、名将を手元に残せるだろ? だから、義長の存在を我慢して、こっちの言うとおりに話を受けてれば、もっともっと飛躍できる目があったんだ。
中策は、普通に義長を里見に譲って見返りを得ること。所領は倍にはならないけど、数千~1万石ぐらいは領地が増えただろうし、巨大な領地を持つ家臣を気にしなくてもいいから、精神衛生上もいい。それに、主家の重臣となる(予定)の義長との関係も良好でいられる。これなら、まずまずの結果だよね。
でも、実際に取ったのは下策も下策、領地は増えないし、義長との関係も切れるし、こっちの信用も失った。いくら若いとは言え、当主がこんな有様じゃあ岡見家の行く末は不安だよ。おかしなことをしでかさないように、監視を強めた方がいいかもしれない。




