第106話 12歳の懸案①
天正8年(1580年)1月 下総国 印旛郡 佐倉城
皆さんこんにちは、上総介 里見梅王丸こと酒井政明です。
今日は里見の本拠になってる下総の佐倉に来てるんだ。あ、そうそう、俺、この間とうとう12歳になったよ!
でね、なんと、今年中には元服しなきゃいけないみたい。満12歳で元服ってどうかと思うんだけど、残念ながら全国を見れば、もっと若くして元服した人はいるんで、前例はバッチリなんだよね。これまで色々理屈をこねて先送りにしてきたんだけど、そろそろ引き延ばしが限界っぽい感じなんだ。義弘さんも義頼さんも、「そろそろ本格的に働いてもらわなきゃ困る」だってさ。
そうなると問題が2つ出てくるんだ。
ひとつは、ピンと来た人がいるかもしれない。そう、鶴姫さんのことだよ。
鶴姫さんは14歳、この当時なら既に結婚してても不思議じゃない歳なんだ。
例えば、徳川信康さんと徳姫さんは、両方とも9歳の時に結婚してるはずだし、前田利家さんの奥さんなんか、結婚どころか満11歳で出産までしてる。
俺が元服してないから、今まで『婚約』って形にしてもらってたけど、元服するんだったら結婚しなきゃ、絶対に不自然に思われる。俺としてはもっともっと引き延ばしたいところではあるんだけど、これ以上避けてたら、間違いなく房相同盟にひびが入っちゃう。
鶴姫さんが嫌なのか、って?
とんでもない! 前にも言ったけど、彼女は良い子だよ。俺自身がかなり好ましく思ってる。それに後ろ盾もしっかりしてるから、『家同士の繋がり』っていう観点で見ても、これ以上の好条件は中々見当たらないぐらいなんだ。
だから、彼女本人の人格とかには大満足だよ。
……でもね、結婚したらすることしなきゃいけないだろ? 当然いたせば、子どもができる可能性がある。『14で妊娠』とか、間違いなく女性には高リスクだよね。
形だけの結婚にとどめとけばいいんじゃないか、って?
そんなことできるわけないじゃん! 相手は家と家との結びつきを求めてやってくるんだよ? それに、誰もが結婚したらいたすのが当たり前だと思ってる。それがこの時代の“常識”なんだよ。
鶴姫さんも現代的な思考を持ってるんなら、2人で結託してごまかすことはできると思う。だけど、鶴姫さんだって『戦国の女』なんだ。元服して結婚したのにすることをしないなんて『“常識”外れ』なことをしたら、どうなることか……。
医学が発達してれば、若すぎる妊娠によるリスクを示して説明もできる。でも、今の時代にそんなデータはないんだ。それに妊婦の出産時の死亡率は、早婚に限らず高いから、安産は『神の加護』か『運』みたいなもんだと思われてる節がある。さらには、面倒なことに前田利家さんとかの、とんでもない成功例が知られてるだろ?
だから、結婚したのにいたさなければ、「妙な理屈をこねるとは、さては!?」って多方面とトラブルになるだけだろうね。
だから、どうやったら1日でも結婚を引き延ばすことができるか、日々頭をひねってるとこなんだ。
それにしたって、元服→初陣の流れをできるだけ後ろに引っ張ることぐらいしか思いつかない。その流れで行くなら、なるべく年末に近い時期に元服をさせてもらうようにして、その流れのまま初陣を済ます。そして「色々ゴタゴタしてる」って言い訳しながら、引き延ばせるだけ引き延ばして、結婚って形に持っていきたい。これが俺にできるせめてもの抵抗かな?
幸いなことに、俺の烏帽子親は信長さんが務めてくれることに決まってるし、信長さんのところで初陣をさせてもらうことも決まってる。このあたりを理由に使っちゃえば、上手いこと時期を引き延ばせるんじゃなかろうか?
ちなみに鶴姫さんはこの当時の同年齢の子どもと比べたら、格段に体格が良いんだ。あ、これは横にって意味じゃなく、身長とかの話ね。
婚約が決まった時の遣り取りだと、どう考えても、かなり若い段階で結婚させられそうだったんだ。だから、早いうちから意図的に、タンパク質を中心とした栄養価の高いものを贈って、体の成長を促してたんだ。
今の鶴姫さんの姿を見ると、前世の記憶と比べてもだいぶ身長が伸びてるから、間違いなく成果は出てる。
……必要以上に横にも成長しちゃったのは想定外だったけどね(笑)
まあ、こんな感じで体作りは順調なんだけど、それにしたって限界はある。
だから、せめて鶴姫さんが15歳になるまでは、頑張って引っ張りたいと思うんだ。
まあ、こちらについては、まだもう少し猶予があるんで、のらりくらりと気長に進めてくつもりだよ。
ただね、元服となると、俺にはもう一つ問題があるんだな。今日は、そっちの懸案をどうするか決めるんで、当事者に集まってもらうことになってるんだ。




