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第105話 鶴姫さんダイエット作戦とその結果

天正7年(1579年)11月 上総国 天羽郡 湊城



里見義弘(瑞龍院)様、松の方(奥方)様、ご無沙汰いたしております。鶴にございます」


「……鶴殿、良くぞお越し下さった。それにしても、しばらく見ぬうちに鶴殿はずいぶんと大きくなったの」


「ええ、わらわもそう思いまする。これならば梅王丸の準備が整いさえすれば、何時でも祝言を挙げられましょう」


「ありがたきお言葉にございます」


「ソウデスネ」




 皆さんこんにちは、上総介 里見梅王丸こと酒井政明です。

 湊城に鶴姫さんを迎えて里見義弘さん(父ちゃん)松の方さん(母ちゃん)と、4人での歓談が始まったとこだよ。


 こういう時の定番テンプレとして、話が結婚のことに流れそうになってる。こっちに行っちゃうと長いし、俺が回答に窮することも多いから、今のうちにちょっと流れを変えてくよ。




「ところで、父上、母上もお聞き及びでしょうが、此度こたびの上洛の折、鰻の新しい調理法を開発いたしました。それを織田信長(前右府)様に御披露申し上げたところ、大変お喜びで、褒美として茶道具を一式拝領いたしました」


「……何と! 信長(前右府)殿がか! でかしたぞ! 梅王丸!!」



「はい。ありがたいことにございます。


 それで、せっかく信長様の御墨付きをいただいた鰻料理でございます。父上、母上だけでなく、鶴殿にも御賞味いただきたく、わざわざこちらまでお連れした次第です」



「……父母を優先してくれるのは嬉しいが、鶴殿には小田原で振るうてもよかったのじゃぞ?」


「そうしたいのは山々なれど、小田原では入手しづらい食材が幾つかございまして……。さらに小田原で作りますと、鶴殿だけに振る舞えばいいというわけには参らず。あ!鶴殿、この件は北条家の皆様には御内密に!」


「梅王丸様、わかってございます。ご安心ください」



「ところで梅王丸」


「母上、いかがいたしましたか?」


「その鰻料理とはどのようなものなのじゃ? わらわに聞かせてたもれ」



「はい。以前に食べた蒲焼きを改良したものでございます。上方で流行っております醤油と申す調味料を柱に、砂糖などを加えて甘くしたタレを贅沢に使い、ふんわりと、そして香ばしく焼き上げた鰻を飯の上に載せて食します。


 なお、この後の話は内密に願います。実は、安土の屋敷でこれを焼いていたところ、臭いを嗅ぎつけた信長公が城内からお忍びでお越しになり、全部で丼飯を4杯も召し上がったほどでございます。間違いなく味は保証できます」



「……なんと」

「そこまでのものとは!」


「こうしてはおれませぬ!」




 他の2人が呟く中、1人、松の方さんは叫ぶと立ち上がった。




「お富、お鐘、おるかえ?」


「「はい、お方様。これに」」


「梅王丸の振る舞いを受けるゆえ、稽古をいたす。お桃にお菊、明星丸、それからお春も連れて参れ」


「梅若丸様、乙若丸様はいかがいたしましょう?」


「2人はまだ幼い。骨が刺さっては大変じゃ。乳母に任せておけ」


「「はい! 心得ましてございます」」




 松の方さんの指示を受けて、侍女たちは素早く身を翻すと散っていった。


 あ、ちなみに、桃(4歳)、菊(3歳)と梅若丸(2歳)、乙若丸(2歳)は、みんな松の方さんの子ね。母ちゃん頑張ったんだよ。梅若丸、乙若丸なんか双子だし。それから、明星丸(5歳)は側室『春の方』さんの子ね。


 それにしても松の方さん、みんなを集めて稽古って何のつもりなんだろ?


 これについては、鶴姫さんも同じ疑問を感じたみたい。




「あの~、奥方様?」


「鶴殿、いかがなさった?」


「食事前に稽古とは、どのようなわけでございましょう?」


「ああ、そうか! 鶴殿は御存知でないのですね。では教えて進ぜましょう。今となっては昔のことですが、数年前まで里見家(当家)と北条家とは敵同士。海を挟んで戦っていました。それは知っておりますね?」




 鶴姫さんが頷く。それを見て松の方さんも大きく頷くと、話を続けた。




「当時の里見家は弱く、しかも小田原城ほどの堅城はありませぬ。いつ何時敵が押し寄せてくるかもわからぬともなれば、女とて身を守る手段は必要。自ずと長刀なぎなたの稽古が盛んに行われておりました。


 ただし、わらわは古河公方の娘。『北条とて粗略には扱うまい』と、稽古をすることもなく……。ところが、天正年間に入ると房総沖に南蛮船が出没するように。南蛮の連中は古河公方家の価値などわかりませぬゆえ、何か間違いがあっては一大事。わらわも稽古をするようになった。かような次第。


 正直なところ最初は嫌々しておりました。ところが、稽古を始めてから体の具合がどんどん良くなるではありませんか。そして、梅王丸を産んで以来、6年ぶりに子宝にも恵まれたのです。


 それだけではありませぬぞ。稽古をしてからご飯を食べると、それが美味しいのなんの! それに気付いて以降、美味しいものを食べる前には、必ず長刀の稽古をするようになったのですよ」




 うん、個人の感想がいっぱい含まれてるけど、都合が良いからっとこう(笑)




「体を動かすと、健康になり、子宝に恵まれ食事も美味しくなるのですね! お方様、ぜひ私もご一緒させてください」


「おお、鶴殿! それでこそ里見の嫁にふさわしい」


「ありがとうございます。お方様!」




 この後すぐに準備ができたみたいで、松の方さんと鶴姫さんはそのまま稽古に行っちゃった。


 俺? 俺は蒲焼き係だから、他の料理人と3人でいっぱい頑張ったよ! 今回は信長さんに食べさせたのよりクオリティの高いのができたと思う。頑張った俺!



 だから、みんながこの日どんな稽古をしてたのかは知らないんだ。ただ、鶴姫さんは早々に脱落しちゃったらしく、4歳の()よりも先にへばっちゃったことにショックを受けてた。


 周囲から責められることはなかったらしいけど、本人は


「この有様では北条の女として恥ずかしゅうございます。修行を積み、皆様に勝る力を付けて、輿入れに臨みとうございます」


って言ってた。


 それから、鶴姫さん、稽古の後に飲んだ水が美味しいのに驚き、鰻の旨さにまた驚きで、『激しい稽古=飲食物の美味しさ』って刷り込みがなされてくれたみたい。


 これで課題(運動)報酬(美食)っていう因果関係が成立したんで、ダイエットにも熱が入るんじゃないかな?



 これが狙いだったのか、って?


「そうだよ!」って言いたいとこだけど、実は違うんだ。まあ『運動で体重を減らす』っていうコンセプトは一緒だったんだけよ。だって、『太っている方が好ましい』ってされる世の中で、食事制限をさせるのは難しいからね。


 俺の予定では『危機感を煽る』方向で持っていく予定だったから、ちょっと思ってたのと違う方向にきちゃった。でも、どっちかと言えば今回の方が稽古に身が入るはず。だから、結果オーライだよ。



 それにしても、前世(義重さん)の記憶の中では、鶴姫さんは『儚げな美少女』だったんだ。でも、このまま行くと『腹ぺこ武道少女』になりそうな感じ。


 まあ、『美人薄命』よりも、健康で長生きしてくれた方が俺としては嬉しいけどね。










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こちらは前作です。義重さんの奮闘をご覧になりたい方に↓ ※史実エンドなのでスカッとはしません。
ナンソウサトミハッケンデン
― 新着の感想 ―
[一言] 鶴姫「梅王丸殿、お腹が空きました」 こうですか? 腹ペコポンコツ武道美少女になるのか・・・
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