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全員悪人

作者: 長井カツヤ

 ハゲ、チビ、デブの三人の男たちが織り成す、クライム・サスペンスです。



 5分で読めます。



 家の近くで湧田わくたは夕食を済ませた。


 出掛ける前には必ず立ち寄る大衆食堂だ。和食、洋食となんでも旨いが、大仕事の前は決まってカツカレーを頼む。無事に仕事が上手くいくよう、本人なりに験担げんかつぎをしていた。


 だが今日のはカツが小さかったなあ、と店を出たあと湧田は少し残念に思い、投げ捨てられ道に転がっていたペットボトルを蹴った。ペットボトルはからから乾いた音を立て、狙った側溝に落ちた。


 気を取り直し湧田は、街灯の下で腕時計を見た。


 もうすぐ八時になろうとしている。約束の時間は今晩十時で、落ち合う場所はすでに車のナビに登録してある。一時間も見とけば十分だろう。それまでひとり、家でFANZAでも楽しむかと、湧田は下半身が熱くなるのを感じ帰路を急いだ。


 鍵を開け、玄関を上がりリビングに入ろうとした時だ。

 湧田は突然なにか棒のようなもので頭を殴られ、うっ、と呻き、そのまま意識を失ってしまった。


 気がつくとソファーに横になっていたが、手足はロープで縛られ体の自由がきかない。口も粘着テープでふさがれている。 

 

 部屋のかすかな明かりに動き回る二つの人影が見えた。


 ──なんだ? 何者だ? と、湧田は頭をもたげた。


「あっ、アニキ、どうやら気がついたようです」


「そうか、よし」


 二つの影は見下ろすように湧田の前に立った。


 全身黒尽くめで、その体つきや声の様子から二人とも男だろう。だが、どちらもレスラーが被るような覆面をしていて素顔も年齢もわからない。

 なぜ自分がこんな目に遭うのか湧田には心当たりがなく、二人の特徴と言えば背が低い方と、小太りな男というぐらいで、おそらく俺の知らない連中だ。そう思うと何をされるか分からず、殊更不安がひろがっていった。


 こうもきつく縛られていては逃げることはもちろん、歯向かうのも得策ではなく、正体がわからない以上、下手に逆らって相手を刺激するような真似は避けたい。身の危険を案じ、湧田は大人しく従うことに決めた。


「おい、あれを持ってこい」


 太った方が小柄な男に命令した。

 こっちのデブがリーダーか、と理解出来たものの、チビはノートパソコンをテーブルに置き、それは普段自分が使っているマックブックであり、二人の目的は以前分からないままだ。


「おっ、アニキ、面白そうなフォルダを見つけました」

「なんだ?」

「大量のアダルト動画です」

「馬鹿野郎、そんなもの見てる場合か、とっとと仕事に移れ」


 チビは、へいへいと言って尻のポケットから折り畳みナイフを取り出し、湧田の後退した薄い生え際を、軽くナイフで小突いた。


「おいエロガッパ、言う通りにしろよ。へんな気を起こし、おかしな真似をしたら容赦しねえからな」


 そう一言ひとこと脅してから手のロープを切った。


「さあ、お前のネットバンクにアクセスしろ。羽振りがいいのは知ってんだ。いくら貯め込んでやがんだ」


 ──そうか、こいつらはただの押し込み強盗だ。


 湧田は男たちの狙いがわかり、少し気持ちが軽くなったような気がした。

 金なら欲しけりゃくれてやる。と素直に要求に応じることにした。IDとパスワードを打ち込み、セキュリティを解除し金額を見せつけてやった。


「うおー、スゲー! こいつはまた思っていた以上だ」

 チビは喜んで目を丸くした。


「やっぱり睨んだ通りだ。家の中はブランド品の服に、高級腕時計、高そうな洋酒ばかり置いてあるし、働いている様子もないくせに、どうやってこんな大金稼いたんだ」


 とデブの方も画面を覗き込んで怪しんだ。


「どうせ仮想通貨辺りでしょ。巷じゃ“おくびと”とかいって話題になってますからね」

 そういうとチビは、海外口座が記されたメモを出した。

「じゃあ、ここに全額送金しろ」


 湧田は複数ある口座の内の一つを明かしたに過ぎなかった。そもそも強盗が想像していた額と、実際に湧田が持っている預金残高ではケタが違う。命が助かるなら安いものだと判断し、湧田はあっさり振込を済ませた。


 そっくりそのままの金額が移動しているはずである。湧田は目で合図した。それを受け、デブはスマートフォンを使い入金を確認してみた。


「なんだかやけに素直だな……」


 目的は果たしたものの、終始物怖じすることなく妙に肝が据わっていて、またどこか反抗的な目つきが一般人カタギとは思えず、デブはなにか裏があるのではないかと勘繰り、ぞんざいに口のテープを剥がし問い詰めた。


「おいっハゲ、てめえ、何か企んでるだろ?」


 湧田は理不尽な扱いに憤った。


「全部言われる通りやった! なにが気に入らない、なにが不満だ。もういいだろ、解放してくれ!」


「ああ? 解放だと──?」


「ああ、そうだ。これから人と会う約束がある。用は済んだろ。さあもう早く帰ってくれ」


 だがそんなことは強盗にとって、うまい口実にしか聞こえなかった。


「そうはいかねえ、解放した途端、通報するつもりだろ。俺たちが無事海外へ逃げるまで、お前はここで大人しくしてるんだな」


「俺はお前らなんかに興味などない。覆面で顔は分からないし、警察にも説明のしようがないだろ。金はもうお前たちのものだ。送金はさっき確認したはずだし、俺にはもうどうしようもないのは分かるだろう」


 湧田は、ちらと部屋の時計をみた。


「急がないと、俺にはもう時間がないんだ。これから大事な仕事が待ってる。だから早くここから出て行ってくれ!」


「ああ、言われなくとも出て行く。ただし、お前はどこにも行かせねえ」


 デブは相棒にもう一度縛るよう指示した。が、返事がない。見ると、チビは勝手に高級ブランデーに手をつけていた。


「なにやってんだ馬鹿野郎! これから逃げなきゃならねえのに飲んでどうするんだ!」


 チビは大金を拝み、気の早いことに祝杯を上げていた。


うめぇー、こんな旨い酒初めてだ。最高だぜー!」


 上機嫌で既にボトルを一本空けてしまった。虚ろな目をして、ぐでーんとソファーにひっくり返っている。


「盗みの最中に飲む馬鹿がいるか! だいたい弱いくせに飲むんじゃねえよ! ……ったく仕方ねえ野郎だな。おいっハゲ、車のキーはどこだ!?」

 

 湧田は、はっとし急速に顔色を変えた。なんと言ったらいいか返答に困り、たまりかねて手をついて懇願した。


「なあ、頼むよ、お前らのことは誓って誰にも言わない。黙ってるから」


 それを見てデブは苛立ちを隠せず、キッチンから包丁を持ち出した。


「俺たちは殺しはやらねえ。だが必要とあれば指ぐらい平気で切り落としてやる」


 デブは乱暴に湧田の腕をひねり刃先を指に合わせた。


「大事なアソコを二度と握れなくしてやる!」

 と凄みのある声で迫った。


「わかった、わかった! わかったから、よせやめろ! 車のキーなら、そこの棚の引き出しだ」


 相手は本気だ。湧田は素直に従う他なかった。





 車を車庫から出し、ハンドルを握るデブは相棒を叱りつけた。


「馬鹿野郎、車は予定になかった。お前が余計なことするからだ。駅まで行って乗り捨てる。お前は夜風に当たって早く酔いを覚ませ」


 チビは、へいへいと言って窓から顔を出した。

 

 通りに人の姿はない。交通量の少ない閑静な住宅街を走り、やおら幹線道路に合流したときだ。

 

 数十メートル先でパトカーが道路を塞いでいるのが見えた。まばゆいばかりの赤色灯が、ただならぬ雰囲気を漂わせている。


「検問だ! まさかハゲの野郎」


「いや、それはない。きつく縛ってきた、自力じゃ無理だ。それにこんなに早く手配されるはずがねえ」


 デブは、お前は黙ってろ、ここは上手く切り抜けるしかねえとさとし、警官の指示通り車を止めた。平静を装い窓を開け、警官に挨拶した。


「こんばんは。なにかあったんですか?」


「はい、ご協力有難う御座います。近くで悪質な轢き逃げ事件がありまして、お車を拝見させてもらっております」


 それを聞いて強盗二人は胸を撫で下ろした。見ると、すでに数名の警察官が車を取り囲み外装を確認している。


 「犯人は現在も逃走中です。念のためトランクの中も見せて下さい」

 

 むろん気安く応じた。


 二人はもう安心しきって、車の中で悠然とくつろぎ、これから向かう先での暮らしや、ゴルフやダイビングなどの愉しい遊びの話に花を咲かせていた。 

 するとそこに、やや目付きを変え警官が尋ねてきた。


「すみません。トランクにあったこの鞄なんですが──」


 チビとデブはきょとんとし鞄の中身を見つめた。


「大量のこの白い粉は何でしょう? まさか、麻薬ではありませんよね?」



湧田はヤクの売人でした。

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