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猫不足の王子様にご指名されました  作者: 白峰暁
第三章 私、猫のままでいいんでしょうか?
28/42

28 アーサーがかなりおかしい

私は心が乱れたままに自室へ帰り、そのまま眠った。

が、妙な時間に寝てしまったからか、夜の時間帯に目を覚ましてしまった。



「……ふう」


私はむくりと身体を起こして、夜着から着替えて扉の外に出た。

別に行く宛があった訳ではない。ただ、何となく居心地が悪かった。



――王宮はアーサーにとって必ずしも安心出来る場所ではない。



その事が頭を離れなくて、私は悶々としていた。

その上――今のアーサーの評判は、私が大いに関係している。

アーサーは、私と一緒にいる事で評判を落としている。

この事が私の心に影を落としているのだ。



フォンテーヌ家と王家は今までうまくやっていた。だが、当主のグランドリーが今のアーサーの状態をよく思っていない。そして、それには私の存在が密接に関係している。

私という得体の知れない存在に依存して、アーサーが悪い方向に変わってしまう事を恐れているのだろう。



そう頭の中で考えた後、私の心の中がぐつぐつと煮えるような心地がする。

私と一緒にいる時のアーサーは、確かに他の人から見ればおかしいかもしれない。私自身から見ても、おかしいというのは否定出来ない。

だけど、アーサーは自分の好きな事に全力で向き合っているだけだ。それは決して否定されるような事ではない――と思いたい。

……でも、私がそう思うだけでは、どうにもならないのだろうか?



私は考えながら、ある場所に向かって歩いていった。




ここは森の見えるバルコニーだ。

演説をする時に使われるものよりは小さいけれど、だからこそ落ち着く感じがする。

深呼吸をすると、清廉な空気が身体に流れるようだ。

これは私の心持ちも関係しているのかもしれない。

今の私にとっては、王宮にいるよりも森にいる方が晴れやかに暮らせるから。




――私が王宮にいられなくなったら、クロードとも一緒にいられなくなるのだろうか。

……王宮を去るときはクロードに挨拶しよう。

そして、もしクロードが望むのなら、彼を連れて街に帰るのも悪くはない。

クロードは自分は強い存在だと度々主張しているが、私の持ち寄るご飯を食べてブラッシングを受けるその様はもうすっかり野性を失っているように見えるのだ。その時が近づいたら提案してみよう。

王宮を去るまで、あと……。




「――ミーシャ」

「!」



夜風に吹かれて考え事をしていると、私の名を呼ぶ声がした。

アーサーだ。

影のある表情をしたアーサーが、私を見つめていた。



舞踏会の日以来、私はアーサーとの接触を必要最小限にしていた。依然として体調が悪いから、と言えば引き下がってくれたのだ。

今回もそう言おうとしたけど、アーサーがそれより前に私を見やって言う。



「……ミーシャ。王宮の人間に話を聞いたんだ。君が雨の中で出かける所を見たと」

「あ……はい。ですが、殿下がいない時に他の作業をするのは問題ないと――」

「ああ。それはいい。だが……森で長時間過ごしていたなら、もう体調は回復したと見ていいんだな?」

「……あ」



私の反応に、アーサーは笑みを浮かべている。獣が獲物を首尾よく捕まえた時のような、どこか獰猛な笑みだ。

災厄として人々を襲った数々の魔物たちは、アーサーに遭遇してさぞや恐ろしい思いをしたんだろうな――と頭の片隅で思った。災厄側に立ってものを考える日が来るとは思っていなかった。


「これまでの会えなかった時間を取り戻したい。――部屋に来てもらおう」






アーサーの私室に入るのは、これで何度目の事になるだろう。整理された部屋に猫用のおもちゃが点在する不思議な光景にももう慣れた。

でも、今の状況でアーサーと二人になるのは落ち着かなかった。


アーサーは私と二人でソファに座って、そして話を切り出す。



「ミーシャ。君との契約についてだが……」

「は、はい」

「あの話は当初は三ヶ月ということだったが……延長出来ないか?」

「……延長?」

「グランドリーの話を覚えているか。今はまだ、貴族達の間では平民を登用する事の不信感が根強い。だが、長い期間に渡って成果を出せば、きっと皆認識を改めてくれると思う。君の負担の事も考えて、これまでは深く説明をしないようにしてきたが、これからは根気強く皆に話をしようと思う。だから、ミーシャも……一緒に来てくれるか」



アーサーの深い緑の目が私を見つめている。

私は彼を見つめ返し、そして口を開く。



「駄目です」

「……」

「私の方でも色々考えたんですけれど……、殿下がそうして動く度に、殿下の評価は下がってしまうのかもしれないと思います。グランドリー様の言っていた事は決して間違いでは無いというのが私の意見です。それに……私の方にも生活がありますので。森で研究のサンプルを探す仕事の方が楽しくなってしまって……。私は技術を身に着けて生活を送れるようになるのに憧れていたんです。王宮を出たら、そういう仕事を探そうと考えています」



私は努めて明るく言った。

私の言っている事は、決して全てが嘘だという訳ではない。アーサーと私が穏便に日々を送るにはどうしたらいいか考えて、一番無難だと思える道を選んだだけだ。



私の答えを聞いたアーサーは、床を見つめながら呟く。



「そうか。今俺が頼み込んでも、君の答えは変わらない……。そういう事だな」

「……、はい」

「……。では……、そうだな。望みを改めるとしよう。それには協力してくれるな」

「は、はい……?それは、どういう……」

「ミーシャ。俺の事を、……だと思って接してくれないか」

「はい?えっと……今なんて」

「俺の事を……猫だと思って接してくれないか」


「はい!?」

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