第三章「衝撃の事実、残酷な詩(うた)」1
「何で助けてくらなかった!」
「何のための警察だ!」
「嘘つき! 守ってくれるって言ったじゃない!」
絡みついてくる闇と、負の感情がぶつけられる。絶望の声と伸びてくる血まみれの手が忘れられない。
脳裏にこびりついている。
夢見が悪かったせいもあり、汗で張り付いたジャージが気持ち悪い。再び眠りにつけるはずがなく、頭から冷たい水を浴びる。冷たい水が少しずつ頭を冷静にしてくれる。
落ちてくる水滴そのままに、ソファーに座った。横から伸びてきた手が、髪の毛を拭く。楓は思わず瞳を閉じる。自分を甘やかしてくれる葵の手だった。
この手をなくしたくない。
失いたくないと楓は切に願う。
例え、この世界から自分が消えてしまったとしても、命に変えても守りたいと思う。
そこで、命が終わるとなれば、それが、楓の宿命なのだろう。
受け入れる覚悟はできている。
葵と蓮を守るには、強くなるしかない。お陰でアカデミーを主席で卒業し、葵と蓮と同じ部隊だが、副隊長を任せられるまでになった。
アカデミーの何人かは、楓、蓮、葵に憧れて同じ班に就任したぐらいである。それほど、桐原班の人気は高かった。周囲からは期待されて、希望の星と見られていた。
「ごめん――起こした?」
「私は平気よ。泣かないのね」
「僕は泣くほど子供じゃない」
涙など涸れてしまっていた。
泣き方など、とうの昔に忘れてしまっていた。
「まだ、私たちから見たら子供だわ」
「でも、甘やかされるつもりはない」
「感情をぶつけることも大切だわ」
「感情なんて、忘れたままだ」
そう、実の茜と孝則を亡くしてから、楓の感情は止まったままである。それに、甘えられる期間は過ぎていた。アンドロイドが、いつ宣戦布告をしてきてもおかしくはない。
戦いの火蓋が切られるのは、時間の問題だろう。いや――戦いへのカウントダウンは既に、始まっている。わがままなんて言っていられなかった。
蓮と葵に負担をかけえるわけにはいかない。
現状としては桐原班以外の班のメンバーが、楓を嫌っている事実を、知っている。反発が起きていることは、把握していた。まだ、自分のことを悪く言うのだけなら百歩譲って許せる。
葵や蓮の悪口を言われるのが、嫌だった。それに、自分がおかれている立場は分かっている。この状況を打破するには、ある程度、力で示さなければいけない。
見せつけないといけない。
行動を起こさなければならないだろう。姿勢を見せれば、人は変っていくことが出来る。楓はそう思いたかった。
考えたかった。
今は自分勝手な振る舞いはできない。好き勝手を言って、葵と蓮を困らせるつもりはなかった。
心配をかけたくなかった。
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「ねぇ、夢はないの?」
「夢があるように見えるでしょうか?」
楓は表情を変えることなく葵を見る。プライベートでも敬語で話す楓に、葵は寂しさを感じていた。
「あなたは、まだ若いわ。これからじゃない。未来を見てもいいのよ」
「未来ね。今の僕には、ほど遠いものです」
「意外と近くにある気がするわ」
「そこまで、言うには葵さんにはあるということですか?」
「秘密」
葵がにっこりと笑う。
その笑顔は楓にとって、眩しいものでしかなかった。
「葵さん」
「――ん?」
「僕はここにいてもいいのでしょうか?」
「家族だもの。当たり前じゃない。私たちはあなたの手を離すつもりはないわ」
楓はもう話すことはないと、視線を外へとはずす。パラパラと雨が降り始める。次第に強くなっていく。その雨は楓の気持ちそのままに、降り続いていく。
戦いの足音がすぐそこまで、迫ってきていた。