「崩れた平和、傷ついた心」2
『ここでニュースをお伝えします。昨日、午後六時頃東京都内で家族三人が殺されるという事件がありました。被害者は警察官の沢田茜さん、孝則さん、姉の弥生さん。
また、五歳の沢田楓君は、警察に保護されており、沢田夫妻が何らかの理由で、アンドロイドの襲撃を受けたものと考えられます』
「もう、報道されているのね。不愉快だわ」
被害者が子供の楓であっても、マスコミは容赦しない。こうして、人の心を傷つけていることに、気がついていない。葵が嫌そうな表情になる。
戦闘以外で穏やかな葵がここまで、嫌悪感を表に出すこと自体珍しい。
葵の怒りも蓮には分かる気がする。
これから、楓を家族に迎え入れようかという最中に、報道されたのだから。
楓も守りたいという意識からだのだろう。
「ニュースを見なくても現状は知っているだろう?」
蓮は葵が見ていたテレビを消す。室内はテレビに――洋服ダンスに――パソコンに――食卓に――あとは、必要最低限の家具が並べられているだけだった。
室内は閑散としていて、寂しい感じがした。それでも、葵と蓮は今の暮らしに満足している。
何の不満もなかった。
「この戦争いつまで、続くのかしら?」
葵が敬語でないのは、プライベートだからだろう。これが、仕事になれば敬語に切り替わる。仕事になれば、副隊長の顔つきになる。葵のその頭の切り替えの速さは、目を見張るものがあった。
葵とは高校生時代の同級生だった。知り合ったのは、高校一年生の夏である。その後、葵が遠くへと引っ越してしまったため、メールでのやり取りをしていたが、アンドロイド部隊入隊後――警察で偶然再会を果たし、運命なのか同じ隊に配属された。
葵の傍は心地よく、素顔を曝け出せる相手でもある。それから、お互いが引き寄せ合うようにして付き合い始めるようになった。誰にもとられたくない――その思いで、蓮は葵にプロポーズをした。
葵は蓮のプロポーズを承諾したのである。
「それを、終わらされるのが、俺たちの仕事だろう?」
「そうね」
これ以上、被害者を出さないためにも――大切な人を守るためにも、アンドロイドを倒さなければならない。傷ついても、勝利するには戦うしかない。
茨の道を進むしかない。
周囲から冷たい視線を、向けられてもよかった。
非難されてもよかった。
あの小さな命を、手放したくない。
見捨てたくない。
助けた命をムダには出来ない。
蓮はオートバイの鍵を手に取る。
「どこへ行くの?」
「あの子のところへ行ってくる」
あの子とは――保護した楓のことである。仕事の隙間に蓮は、病院に通っていた。先日は声が出るようになったと、楓の主人から報告を受けたばっかりだった。
だが、子供の無邪気な笑い声は聞こえない。出会った時の楓の怯えた瞳は今でも鮮明に覚えている。記憶されている。その前に戦ったアンドロイドが、予想以上に強く時間をとってしまったのである。
自分たちがもっと、早く到着していれば、茜と孝則が殺されることはなかった。
楓が傷つくことはなかった。
それだけが、葵と蓮にとって心残りである。
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「心配だし私も行くわ」
ヘルメットを手に取った蓮を見て、葵も自分のオートバイの鍵とヘルメットを用意した。
「葵は先に行っておいてくれ」
「どうして?」
「楓君に負担をかけるわけにはいかないだろう?」
「分かったわ。その変わり、今度ショッピングに連れて行ってもらうからね」
「それぐらいなら、お安いご用です――お嬢様」
「――蓮」
葵が真剣な表情になる。
「――ん?」
「楓君のためにも――沢田夫妻のためにも、必ず勝とうね」
葵と蓮はコツンと拳をぶつけた。