Decided Assassin
路地裏のとあるバー、店の奥にある個室にて、スーツ姿の男が二人。
「五十ドル出す。敵の情報をくれ」
Jは五十ドル札を円テーブルに放り投げた。前かがみで情報屋を見据える。
「……敵は武器を持ってる、かもしれない。持ってないかも」
その双眸もどこ吹く風、情報屋は適当なことをほざく。
「そんだけか?」
「五十ドルじゃそれくらいしか教えられねぇな」
「ちッ」
もう一枚追加。百ドル。
「そいつが最低十枚は欲しいな」
「五百ドル?」
「情報は高級品だぜ? 知ってるのと知ってないのとで、状況が大きく変わる。それがわかっててお前は情報を買いに来たんだろ」
情報屋は煙草をくゆらす。紫煙が彼の顔を隠す。
「なら、一つ情報を出す」
「何?」
「俺はミラーというとんちきな資産家に復讐しようとしてる。再来週のいつかだ」
「へぇ……」
そういうと最後に煙草を吸って、情報屋は天井を見上げて溜息をつく。紫煙がゆらゆらと空気を上って消える。タバコは灰皿に無造作に投げ捨てられる。
「そんなくだらない情報、一銭の価値もないな」
「本当だぞ」
「嘘かもしれない。その言葉を含めて」
「……」
この情報屋はひょうひょうとした態度でJを煙に巻いてくる。Jも一挙一動を見逃すまいと観察し続けているが、情報屋もそれがわかっており、無駄な動きで情報を与えようとしない。
汚れ仕事に携わる者の、言外の戦略が展開する。
「ま、一枚まけてやろう」
「四百五十ドル? ……もう一つ。俺はスナイパーを持ってる」
「知ってる。元ワンマイルシューター、ジェームズ・ミラー」
「……ちッ」
「まだこッちに来てから日が浅いんだろ? やめとけよ」
Jは唇をかむ。目線を手元に落とす。
そんな生半可な気持ちだったら、復讐なんて強い言葉は使ったりしない。
「……復讐相手の周りには五人のボディーガードがいる。それぞれ防弾チョッキを着ている。武器はAK‐74。」
突然けだるそうに話し始める情報屋。
「なんだ、あっさり教えるじゃねえか」
「まけてやるって言ったろ? ま、こんだけだな。」
首をしゃくる。金を出せ、というサイン。目は笑っていない。
Jは残りの七枚をテーブル上に出した。情報屋は素早い動きでそれを奪う。一枚一枚ゆっくりと数え、
「交渉成立だ」
背広の内側にしまった。手を引き抜くとそこからフラッシュが迸る。
右足と腹に冷たさを感じて、目を向けると、黒いスーツがさらに黒く染まっていく。
「……くそったれ!」
情報屋の手には消音器のついたハンドガンが握られていた。
「これくらいかな。じゃとっとと帰れ。お疲れさん」
「……聞いてないぞ」
「言ってないし、売ってないからな。……これはおまけだが、後ろからは撃たないよ」
Jはよろよろと立ち上がり、壁に体重を預けながらバーを去る。
「くそ……ドクターを、早く、治療してくれるドクターを……」
電話をかけようとするが、血で滑って端末を取り出せない。ようやっと取り出して、電話をつなぐ。
「……ミハイル? すまん、サウスブレイク通り三ブロックの路地まで来てくれ。撃たれた」
『は? 何やらかした?』
「いいから。もう相当血が出てる」
『あーもうこの馬鹿タレが! 待ってろすぐ行く』
ゴミ箱の横にうなだれる。もう痛みと冷たさで自力で歩く気力がない。
Jは知っていた。かの情報屋は「ルーズ・タング」と呼ばれている。意味は「口の軽い奴」。どんな些細な情報だろうが、対価を払えばどんな情報も差し出す。
そう、知っていたのだ。Jは。彼がそういう情報屋であると。だからこそ、Jは彼に当たったのだ。一番情報を買うのに苦労せず、一番多くの情報を握っているだろうと考えたから。
おそらく彼は、Jが復讐を画策していることも、武器の情報を売ったことも、そもそも彼にJが情報を買いに来たことも、全部商品にしているのだろう。
わかっているのだ。それが相手に伝わってしまう可能性があることを。
だがJには覚悟がある。自分の人生を台無しにした父親を必ず殺す覚悟が。
それがどれだけのハンデを背負っていても、どれだけ成功可能性が低くても。
やり遂げる。
評価・コメントなど頂けると幸いです。
※追記
なんかタグ付けミスってました。ごめんなさい