Gの悪夢
おはよう。俺はサラリーマンで40歳、どこにでもいるおっさんだ。家庭を持ち、幸せで平凡な毎日を過ごしている。だが、俺は昨日の夜にとんでもない悪夢を見た。恐らく娘と妻が一緒に見ていた凶暴化したゴキブリのB級モンスターパニックの映画がちょっと視界に入ったせいだろう。
今の話を聞いてもらったら想像できるだろう。俺が見た悪夢というのは、自分がゴキブリになって自分や家族に殺されかける内容だ。
では聞いてくれ。
(うーん……)
起きたはいいものの、何故かとても広大な空間にいる気がしてたまらない。視界が開けると、目の前には巨大な白い壁がそびえていた。
(ど、どういうことだ?……って声が出ない、何故だ!)
まずは自分に起きていることを整理したい。目の前には白く、そして途方もなく続く壁。声が出ないし、視界が開かれる時のいつもある瞼が無いではないか!!
そして自分の視界には長い前髪が二本ある。俺にこんな長い前髪はあったか?だが、触ろうとしても何故か前進するだけで一向に触ることはできない。とりあえず諦めて、俺は白い壁の前まで行く。白い壁は鏡とまでは行かずとも景色を反射して……。
(うわぁあぁぁ!!?)
声にならない叫び声が心の中でこだます。実際声にはなっていないが。
その白い壁に反射して映っていた自分の姿はゴキブリとゴキブリと化していたのだ。そう、この前髪かと思われた二本の黒い糸は触角で、それを触ろうとしても触れなかったのは昆虫の構造上、足は上方向に伸ばせないからだ。
視界が人間と同じな理由はよく分からないが、とにかくこの姿から戻るために走り回らなければ。
他にも気づいたことがある。ここは俺の家のトイレであるということだ。周りを見渡すと、黒と白のシマシマ模様で描かれた壁、スペイン旅行に行った時に買った謎の女性の壁画。
ゴキブリからの視点だと、家の世界がこうも広大だとは。いやいや、何を感心しているんだ!今すぐこの姿から戻す方法を考えないと俺はゴキブリのまま過ごすことになってしまうんだぞ!
俺史上最大の危機から脱するべく一歩を踏み出すと、トイレの扉が開く。
(あっ……。)
見えるのは熊が描かれた靴下。その靴下は嫁の持つものだ。確認のため、視界を上方向へ向けると、妻が恐怖にも似たような表情でこちらを睨んでいる。
「誰かー!!ゴキジェット持ってきて!ゴキブリがいる!」
何だって!?俺はお前の夫だぞ!
そして俺は殺されないために嫁の足と足の間を潜り抜けてすぐさま逃走する。
「階段逃げた!そこそこ!」
「私に任せて!お母さん!」
次に来たのは娘だ。くそっ、そのゴキブリを殺す時の情熱を勉強にも捧げてくれないものか?
そんな悠長なことを考えている間に、俺は慣れない足取りで階段を上り、二階へと向かう。自分の部屋に行けば、このゴキブリ化の真実が掴めるかもしれん!
だが、その思いは断ち切られる。俺の前に、スリッパを履いた男の足が立ちふさがるのだ……ってあれ?これ俺のスリッパじゃないか!?
まさかとは思いながら上を見上げると、そこにいたのは正真正銘俺の姿であった。
なんでだ!じゃあ今の俺はなんなんだ!ただ、人間の俺はその場に立ったままこちらを見つめてくる。
「お前……、」
人間の俺は丸めた新聞紙を俺の前へ置く。なんだ?乗ればいいのか?そう考えたゴキブリの俺はカサカサと嫌な音を立てながら新聞紙の上に乗る。
ゴキブリの俺を乗せた新聞紙はやがて人間の俺の部屋の窓までやってくる。すると、人間の俺は窓を開けて俺を外へと放り投げる。
とてつもない速度で落下していく感覚が全身を襲うが、昆虫だからというのもあり、落下時の衝撃はあまりなかった。
それにしても、人間の俺は何故助けてくれたのだろうか。そう思って一歩を踏み出すと……
「そう、俺は突然目を覚ましたんだ。」
まじでなんだったんだ…この夢。
とりあえず、悪夢から覚めるためのモーニングコーヒーを啜って新聞紙を広げて眺める。そんな時だった、一階から妻の叫ぶ声が聞こえてくる。
「誰かー!ゴキジェット持ってきてー!ゴキブリがいる!」
ん?
ドタドタと音が聞こえて、次は娘の声が聞こえる。
「私に任せて!お母さん!」
おっとこれは……。俺は苦笑して新聞紙を丸める。
「最悪な予知夢だよ、ほんと。」
階段の上で、俺は俺を迎える準備をした。
こんにちは!今回も手に取ってくださってありがとうございます!夏といえば害虫が多くなる季節ですよね。そんな思いからこの作品を書きました。
余談ですが、ゴキブリか蚊のどちらかにするか結構迷いましたw