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第三話



「こんにちは」

「お、お疲れさまです」

 柔軟な笑みを浮かべて挨拶する男に諒は慌てて立ち上がり、しどろもどろと答えた。正直仕事をサボって覗き見ていたわけではないのだが、もしかしたら彼にはそう見えたかもしれない。お偉さま方と一緒にいる時点で彼がそれなりの地位にいることは明白だ。

 万が一にもこの男の機嫌を損なって今回の企画が破談してしまっても困る。背中に冷や汗が流れるのを感じながら、なんとか笑顔で話を切り出した。

「先日はありがとうございました。その晩に美味しく食べさせていただきました」

「ふふ、それはよかったです。何を作ったかお聞きしても?」

「ナスの煮浸しと麻婆茄子です。和と中でバラバラですけど」

 お恥ずかしながら、と言いつつ実はナスが食べられれば和洋折衷どれでも構わないのだ。因みにひどい時はこれにナスとトマトで作るイタリアン風の料理が加わったりする。

「美味しそうですね。今度いただいてみたいものです」

「あはは、ぜひ機会があれば。味の保証は出来ませんけど。ナスにだけはこだわりがあるので」

 下っ端にも優しく対応してお世辞まで言うなんて、この男俗に言うできる人間だなと心の中で思っていると遠くから男を呼ぶ声が聞こえた。

「有馬さん。次の見学場所へ行くそうなので」

「ああ、向かいます」

 なるほど、この男は“ありま”という名なのか。思えば挨拶はしてもお互いの名前は名乗っていなかった。

「……残念ながら呼ばれてしまったのでそろそろ行きますね。気が乗ればぜひ連絡してください。ナスが美味しいお店も知っていますから」

 そう言いながらさらっと名刺を渡してきたので、慌てて名刺を返す。すると男はあっさりと別れて行った。

 呆気にとられながら名刺を確認するとそこには有馬ありま 志乃しのと書かれていた。随分と女性らしい名前だな、などと自分のことを棚に上げて思っているととんでもない文字が目に飛び込んできた。なんとそこにTOコーポレーション代表取締役と書いてあったのだ。

「おいおいマジか。あれが噂の社長かよ」

 気がつくと背後にいた石川が名刺を覗いていた。

「なるほど、あれが社長……」

「なかなか見かけないイケメンでしたね」

「あれはイケメンじゃなくてハンサムって言うんじゃない?」

 石川だけじゃなく、みんな二人のやり取りが気になって聞き耳を立てていたようだ。男が退散した後にぞろぞろとやってくる。

「流石先輩です! あんなすごい人と知り合いだなんて!」

 興奮気味に話すのは後輩である鈴木だ。可愛らしい女の子で入社一年目にも関わらず仕事を一人でこなしている。

「にしても諒ちゃんったらちゃっかりしてるわねぇ。あんなハンサムとどこで知り合ったの?」

 囃立てるように聞いてくるのは長年総務部に勤めている原田で、彼女は結婚しており息子が二人いる。ともに成人しているが、二児の母には全く見えない美魔女である。

「ちょ、違いますよ。あの人は近所のスーパーでたまたま会って、野菜選ぶのに悩んでたら手伝ってくださっただけです。特にそれ以上でもそれ以下でもありません」

「またまた〜」

「ちゃっかりお誘いされてた気がするけど」

「もしかしたらその出会いで常盤が見初められたとか?」

「きゃあ、素敵!」

「だっから違いますってば!」

 課長も加わり茶化され続けて、その場を収めるのに時間がかかった。幸いにも業務が少なかったから良かったものの仕事に影響が出そうな勢いだったのだ。

 諒はその日いつもより早く帰宅し、いつもより早く寝た。たかが挨拶しただけでこんなに騒がれるとは思わなかったためか普段以上に疲れたのだ。

 

 早く寝たからか翌朝はいつも以上に身体がすっきりとしていて気分がいい。いつもなら朝はだらだらと準備するものの今日ばかりは朝からしゃきっと冴えている。カーテンを開けると空は雲ひとつもない快晴で空気も澄み渡り気持ちのいい朝だ。なんだか今日はいい日になりそうだ。そんな予感と共に諒は元気に出かけた。




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