表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/1

1

新しい連載です。アラビアン風にしたいです。よろしくお願いします。

今日も今日とて王宮は平和である。




(それはもう、欠伸が出るほどに)




灼熱の砂風に、身につけた黒いアバヤの裾をはためかせながらジュマーナは気だるげに息を吐いた。その退屈そうな表情は顔を隠すようにたらされた薄く艶やかなヴェールによって見えはしない。元来忙しなさを好む気質をもつため暇を嫌うが、一方で睡眠がこの世で一番好きだと公言する不可思議な娘である。


(暑い眠い、、、暇だ、、、)


うざったいほど突き抜けるような青空の下、市街に降りる階段を覗き込めば古代の歴史を感じさせる荘厳な石造りの街並み。バザールの開かれた大通りは色とりどりに彩られ、人々の活気や楽器の音色、家畜の鳴き声に満ち溢れている。後ろを振り向けば堂々とそびえる白亜のドーム。毎日何度も何度も見る、慣れた光景である。


広大な庭園の石門前には異国の衣装を身につけたキャラバンやら商人やらが王族相手に商売をしようと懸命に取り入ろうとしている。しかし屈強な門番は慣れたもので次々と追い返すのを見ることしか最大の暇潰しにならないとはつまらない。手慰めに長い袖の下で刃物でも研ごうかと思い立ったがそれよりも眠気が勝った。


ジュマーナは欠伸をこぼしつつ美術品の如く華美な噴水の縁に腰掛けると刹那、船を漕ぎ始めた。通りかかる純白の衣装に身を包んだ王宮勤めの者はまたか、と目の端に入れながら前を通り過ぎていく。ここから水中に落ちたのはそう遠くもない過去だが本人が懲りないのならもう干渉はしない、という彼らなりの心意気であろう。


ゆらゆらと頭が思考を停止しかけた時。ふと気配で目が覚める。

そちらに視線を寄越すとまったくすまなそうにしていないが白々しく眉毛をひそめているに違いない、小走りで近づいてくる男が一人。その顔は同じくヴェールをたらしているため見えないが。


(うぜー)


「ありがとうね、交代」


爽やかな男性の声にうんざりしながらジュマーナは立ち上がった。本音を言えば一眠りしたかったのだが本来の勤務時間は実はもう過ぎているのだ。ここはさっさと退散しようか、膝を軽く折る。


「了解」


同じく黒のカンドゥーラに身を包んだ上司に胸に手を当ててから頭を垂れると、そそくさと宮殿内に走り込む。慎ましさの欠片もないがそれを咎めようとする身分の者は近くにいないようだ。本日の業務はこれで終了であるのでその報告にでも行こうかと足を進めた。全面を大理石で造られた床からは履き物を履いた下からでもひんやりとした感覚が伝わってくる。外が熱風が吹き込む乾燥地帯だとしても、ここは天国かと思わず錯覚してしまいそうになる。


それもそのはず、ここは半島随一の古国の王宮なのだから。白を基調とする細やかで繊細な装飾に重厚感のある巨大アーチ、自分の背丈の四倍はあるであろう高さの半球状の天井にはサファイア色のタイルがアラベスク模様にはめられている。外界とはまったく違う空気が流れる綺羅びやかな空間なのだ。



(てかあんのくそ上司、氷菓子くらいくれっての。割にあわねーわ)



自身の可愛い恋人の一人にでも会うために、勤務外労働を部下に強いる上司に心のなかで盛大に悪態をついているが直接は言えないのが仕事の上下関係というものだろう。口が例え悪くともそういうところはきっちりしたいのがジュマーナだ。






目的の棟に入ると、留守を任されているのか同世代くらいの青年が歴史的価値があるに違いない柱にだらしなくもたれ掛かっていた。唐草模様の刺繍を施された白いカンドゥーラの袖を軽く捲り、手で顔を扇いでいる。服装から判断するに留守番を任された新人か何かだろう。


青年は音もなく近づいたジュマーナに数秒気づかず、思考が回り始めた頃噛みまくりながら深く頭を下げた。


「うっうわ!ご、ご機嫌麗しく、、、えと、、」


「こんにちは」


この場ではジュマーナの方が職業上、立場が上である。青年が名前を口にしようとするのも当然。いや、しかし。


(まあ顔が見えない相手の名前を下手に出して間違えたら、首なくなるもんなあ)


黒いアバヤとヘジャブ、そして繊細に編み込まれたヴェールを身に付ける者にはもう名前を言わなくてもいいというのがここでの暗黙の了解であるので、ジュマーナもそれに乗っ取り見事に話題をすげ替えた。


「して、大臣はどこに」


「ああっ、えーと、申し訳ありません、大臣様は只今会議に出られておりまして」


今朝方、本人からその旨を伝えられていたことを思いだし伝言を頼む選択をする。わざわざ待つという選択肢はジュマーナにはないのだ。


「では今日の仕事が終わったと伝えてください」


「承知いたしました。ゆっくりお休み下さい、ジュマーナ様」



ひどく間抜けな青年だと見限ろうとしたがそうでもないようであった。柔らかに微笑む顔の下を読むことは難しそうだ。さすがはここの棟の主が見込んだという人材か。

ジュマーナは、ふんと鼻を鳴らすと人の良さそうなその顔立ちを頭の隅に焼きつけて一瞬にして青年の前から姿を消した。








*バザール…市場

*アバヤ…アラビア半島などで着られている、全身を隠すような女の子の服

*カンドゥーラ…アラビア半島などで着られている、男の子の服


作者も詳しくはないのですが、一応アラビア半島がモデルなので服は独特の雰囲気です。間違っていることがあればご指摘ください。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ