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わたしの知らない世界。

作者: 麻希くるみ

夏のホラーという企画に興味がわき、書いてみることにしました。

毎年TVで見る恐怖映像とか、ほん怖とか見るのを楽しみにしている奴です。


今回書いた話は怖い話ではないですけど、でもこういうのに出くわしたくはないなって話です。

梅雨が明けて、これから本格的な夏到来という時期、恋人である啓介が突然山に登ろうと言ってきた。

え〜〜と嫌そうな顔をした私は悪くない。

何故なら、以前から梅雨が明けたら海に行こうと言っていたからだ。


なんで急に山?首を傾げる私に啓介は、朱音あかねにどうしても見せたい景色があるんだと言った。偶然ネットで見つけて感動したんだそうだ。


どんな景色なんだと聞いたが、啓介は行ってからのお楽しみだと教えてくれなかった。


「わかった。じゃあ、先に海に行ってから山行こう」


「いやいや、先に山にしようって」


「嫌だ。海行くから、ボーナスはたいて新しい水着買ったんだもの」


独身最後の夏になるから、奮発して有名デザイナーがデザインした水着を先週買ったばかりなのだ。

すっごく気に入った水着で、値札見て目ん玉飛び出そうになったけど、思い切って買ったのは、啓介に見てもらいたかったからだ。


今年は正月からダイエットに励み、ヤバイぽっこりお腹を引っこめた。

秋になったら啓介との結婚式だから頑張ったのだ。

やっぱり、ウェディングドレスはスラリとした体型で着たいではないか。

そして、頑張った結果を啓介に見てもらいたい。だから海に行きたかった。


だが、啓介は頑固に山に行くと言い張った。


なんなのよ、もう〜。


そうだ。たまに啓介は言い出したら聞かない所があったんだと思い出すと、もう諦めるしかないかな、と私は思った。

海には行かないと言ってるわけじゃないし。


「じゃあ、先に山に行って、翌週は海!」


「オッケーオッケーv朝登って昼過ぎには下山するから。そんなに高い山じゃないから、キツくないよ。麓の町に宿予約しとくから」


「わかった、 任せる」


そうして、私は啓介と山に登ることになった。




電車を何度か乗り継いでやってきたのは、全く知らない土地だった。

啓介に連れてこられなきゃ、来ることは一生ないような田舎町。

降りた駅には駅員すらいない。無人駅なんて初めて見た。


あの山だと啓介が指差したのは、確かにそれほど高い山には見えなかった。

ただ、山頂付近が何故か真っ黒に見えるのがどこか不気味だ。

駅をおりて山に向かって歩き出すと、時々人の姿を見たりすれ違ったりした。

駅近くには店がポツポツあったが、すぐにまわりは田んぼや畑ばかりになった。


それにしても人がいない。

いや、わかってた。だって、ここに来る電車には殆ど乗客いなかったし、駅に降りたのは私と啓介だけだったから。


「ねえ、ここってハイキングコースとかあるの?てっきり高尾山みたいなのを想像してたんだけど」


登山口まできた時、ようやく山に登るらしい数人の後ろ姿を見つけて、ホッとした。


「いや、俺ももっと登山客がいると思ってたんだけどなあ」


首を傾げながら唸る啓介を見て、一発殴ってやろうかと私は真剣に思った。

いったい私に何を見せたいのか知らないが、こんな人気のない山に登るのはちょっと遠慮したい。

啓介もここに来て後悔し始めたみたいだが、せっかく来たんだから行こうと私の背中を押した。



あの時、やっぱり戻れば良かったと心底後悔したのは、空が灰色の雲に覆われ出してからだった。

ほんとに、さっきまで青空だったのに。

前を歩いていた登山客とは追いついてからは話をしたりしたのだが、途中神社に寄るからと別れた。

年配の2組の夫婦で、毎年この時期神社にお参りしてお札をもらうのだという。

その後山頂に向かうから、また会いましょうと言って別れたのだが、あのまま自分たちも神社に寄っていれば雨に合わなかったかもしれなかった。


山の天気は急変しやすいとは言うが、こんなに急に天気が変わるなんて詐欺だ。

だって、ほんの十数分前までは天気が良かったのに。

おまけに啓介のアホは、山頂への道とは違う道を行くし。


「うわあ〜やっぱり戻ろう!」


ポツポツと落ちてきた水滴が手や顔にかかり出すと、さすがにヤバイと思ったのだろう。目的地まであともう少しだと言っていた啓介だが、諦めて戻ることに決めたようだった。


「ねえ、あの先に何があったの?」


「山城だよ。誰が植えたのか知らないけど、山城周辺には紫陽花が一面植えられててさ。この時期は丁度満開でマジで綺麗なんだよ」


「へえ〜、そうなんだ」


そうかあ、紫陽花か。


「おまえ、好きだろ、紫陽花」


「うん。残念だなあ。雨やんだら、もう一度来ようか」


無理じゃね?と啓介は空を見上げて言った。確かに空を覆う雲は灰色から黒く変わり始めていた。

これは、当分止まないだろう。


「うわっ!雨、大粒になってきた。ヤベエ」


私も啓介も脱げないよう深く帽子を被り、早足で山道を降りていった。

雨はだんだん強くなり、同時に濡れた土が滑りやすくなっていった。

気をつけていたのだが、前が見えにくくなっていたのと、急いていたので私は足を滑らせてしまった。


「キャッ!」


悲鳴を上げるのと同時に私の身体は道から逸れて下へ滑り落ちた。


「朱音!」


ハッと気がついて声の方を見ると、まるで穴の外から覗いているような啓介の顔が見えた。

上を見ても雨が顔にかからないので、縦に落ちたというより斜めになった横穴に滑り込んだという感じだろう。

それほど深くはないが、土が湿っているので滑って上れない。


「大丈夫か!すぐに助けるから!」


「ダメ!滑るから無理!ロープがいるわ!助けを呼んできて!」


「わかった!神社まで行って助けを呼ぶから待ってろ!」


「うん!待ってるから、気をつけて行って!」


啓介の顔が見えなくなると、私は穴の中で座り込んで、ふぅ〜と息を吐いた。

服は泥だらけだ。背負っていたリュックを下ろして膝に抱えるとスマホを取り出した。

やっぱり使えない。穴の中だが、外の明かりが入るので真っ暗ではないが、それでもスマホの明かりにはホッとする。そういえば、懐中電灯も持ってきていたなと出してみる。

一応、山登りに必要なものは持ってきていた。

従姉妹が登山好きなので、いろいろ教えてもらったのだ。

従姉妹曰く、低い山でも侮るなかれ、だそうだ。三歳児でも登れる山でも、大人が遭難することがあるらしい。


しかし、残念ねえ。なんで山?と従姉妹には言われた。

何故かというと、ずっと海に行くと私が言い続けていたからだ。


ああ、水着〜〜〜早く着たいよぉ。


リュックにはお弁当も入っているが、まだ昼にはなってないし、万一を考えて残しておこうと思った。代わりに、一口チョコを一個箱から出して口に入れた。


雨音は大分大きくなってきていたが、風向きが逆なのか、穴の中に吹き込んでくることはなかった。


ああ、早く来てくれないかなあ。私は溜息をつくと、ゆっくり目を閉じた。



意識が浮上し、ハッと目を開けた。

いつのまにか眠っていたみたいだ。

あれ?土の感触がしない?頭の下にあるのは枕か?そう思うと、身体の下にあるのはシーツの感触だ。手で触れれば、布団ではないが、掛け布の感じが。


でも、なんで真っ暗?何かに目を塞がれている?

顔に手をやろうとしたら、駄目よと誰かに止められた。


「駄目よ、包帯を外しちゃ」


「包帯?」


「ずっと真っ暗な所にいたためと、眼球が少し傷ついているの。お医者さまがいいと言うまでは我慢してね」


はい、と頷いて私は手を下ろした。


「気分はどう?」


「気分は悪くないです」


「そう、良かった。さっきお熱を計ったら平熱だったし。お腹は空いてない?」


いえ、今は空いてないと私は首を横に振った。


「わかったわ。じゃあ、食事はもう少し後に持ってくるわね」


「あの‥‥看護婦さん」


あ、看護師さんだっけ。ま、どっちでもいいか。


「私助けられたんですね」


「そうよ。駄目よ、山を舐めちゃ。ハイキング気分だったんでしょうけど、油断したら命の危険があるのよ」


「はい」


それは啓介に言ってくれ。私を山に誘ったのは啓介なんだから。


「え、と‥‥私の連れはいますか?」


「連れ?ごめんなさい、それは聞いてないわね。私はさっき交代したばかりだから」


交代?え?夜勤ってことかな。

病院の看護師は、昼の勤務が終われば夜勤の人と交代するんだっけ。


「今、夕方ですか」


「ええ。5時を回ったところ」


うわ、そうなんだ。山に入ったのは確か9時半頃。雨にあったのは11時頃だったかな。

啓介は神社に助けを呼びに行くって言ってたから、それから誰か来てくれたのよね。

うわぁ、私、助けられたの、全然気づかなかった。

眠ってたというか、まさか気を失ってたとか?


まあ、すぐに病院に運ばれたみたいだけど。


「じゃあ、何かあったら声をかけてね」


看護師さんはそう言って、病室を出て行った。

見えないので音を聞いただけだが。その音は、床がギシギシ鳴ってる音だった。

この音──ここって、床が木?珍しいな。

もしかして、この病院は木造?いや、そんな古い建物って今どきあるの?


ふいに、自分の手に何かが触れる感触がし、私は思わず、ひゃっと声を上げた。

何かがズルズルと音をたてながらベッドの下から出てくる気配がして、私は固まった。


「お姉ちゃん、怪我したの?」


子供の声?


「え‥‥そうだけど、ええ?ちょっと待って!今ベッドの下から出てきた?」


「うん。ぼく、ここに住んでるから」


住んでるって何?病院にってこと?まさかベッドの下にって言わないわよね。


「入院してるの?」


「住んでるの」


???


何だろう?意味わからない。声からして、4、5歳位?


「ここにはいっぱい人住んでるよ。さっきのお姉ちゃんもそうだし」


「さっきのって、看護師さんでしょ?」


「違うよ、看護婦さんだよ。いつもぼくを追いかけてくるんだ。だから、見つからないように、いつも隠れてる」


「隠れちゃ駄目でしょ」


「ええ〜〜だって捕まったら怖いもん。いつもお注射持って追いかけてくるんだよ」


あ、ああ、そうか。


「うん。注射は怖い、注射は」


26にもなって、と言われても、やはり注射を見ると身体が竦んでしまう。


「だから、ここにいさせてね。お姉ちゃんがいたら、気づかれないから」


そう言った子供は、またベッドの下に潜り込む気配がした。


おいおい‥‥‥いいのかなあ。


「ねえ、ボク?」


「シンタロウだよ。お母さんはシンちゃんて言う」


「シンちゃん、ね。自分の部屋はあるんでしょ?戻った方がいいわよ」


「ぼくの部屋はここだよ」


「え?ああ、ここって個室じゃないんだ」


子供も一緒の病室なのかな。田舎だからかな。


「じゃあ、ここには私とシンちゃんの二人いるのね」


「今はそうだけど、夜になったら、いっぱいになるよ」


え?


「いっぱい、ってどういうこと?」


「いっぱいはいっぱいだよ。夜になったら、たくさん来るんだ。おじさんとかおばさんとか、おじいちゃんやおばあちゃんもいるよ。子供も。でも、みんな話しかけても答えてくれないんだ。泣いたりブツブツ言ったり。夜はとってもうるさいから眠れないんだ。だから、いつも昼間寝てる。ぼく、もう少し寝てるね。お姉ちゃんも寝た方がいいよ」


シンちゃんはそう言うと本当に眠ってしまったのか、話しかけてももう返事をしてくれなかった。



あれ?

いつのまにか眠ってしまっていたらしい。

目を開けても包帯で塞がれているから見えないのだが、さっきより暗くなっているような気がする。

電気はついているだろうが、どこか薄暗いと感じた。


今何時だろう?

最初に気がついた時は5時を回ったところって言ってたっけ。

あ、看護師さん、あの後来てくれたのかな。

ご飯持ってきてくれるって言ってたけど、もしかして私起きなかった?


う〜ん、やっぱり暗いよね?消灯時間過ぎちゃったのかなあ。

病院の消灯時間って、何時だっけ?10時くらい?

そうなら、5時間は寝てたってことかあ。うわぁ、寝すぎ〜


そういや、朝食べたっきり何も食べてない。ああ、飲んでもいないか。

だからかな、トイレに行きたいと思わないのは。

お腹も‥‥空いてないし。

ほんとに今何時だろう?見えないって、ホントに不便。

看護師さんに来てもらおうかな。別に喉乾いてないけど、水頼もう。

そう思って頭の上を探るが、何も手に触れなかった。


あれぇ?普通この辺りにナースコールのスイッチがあるよね?

身体を起こして、何度も探すが手に触れるものは何もなかった。


「シンちゃん、いる?」


ベッドの下を覗き込むようにして声をかけてみるが、返事はなかった。

寝てる?

いや、そもそも、ベッドの下で寝るというのがおかしい。


「シンちゃん?」


ベッドの上に座って、もう一度呼んでみるが、やっぱり返事は返ってこなかった。

寝てるのかなあ。子供だし、もう寝てるよね。

ナースステーションまで行った方がいいのかと思ったが、履物があるかもわからないから、どうしようもない。裸足で病院内を歩き回るのは嫌だ。

看護師さんが歩いた時の床の軋み音を思い出し、古い木の床だよなあとか考えると足を下ろしたくなかった。


そういえば、用があれば声をかけて、とか言ってたなと思い出すが、さすがに消灯時間が過ぎてるようなのに、大声を出すわけにはいかない。

だいたい、ナースステーションはこの病室から近いのか遠いのか。


うわぁ、どうしよう、すっごく困った。もう朝まで待つしかないのかな。

あ、でも看護師さんって夜の見回りがあるんじゃなかったっけ。

そうよ、確かにある。ドラマでもよくそういうシーンが───


そう考えた瞬間、私はゾクッとした。

夜病室を見回る看護師のシーンがあるドラマって、あれだ。

夏によくある、恐怖体験の再現ドラマ。

啓介がその手の話が好きで、家に遊びに行くといつも、録画したからと見せられていた。

いや、私も嫌いじゃないのだ。ただし、自分の身に起こらねば、がつくが。


突然、廊下のある方向から足音が聞こえてきた。

スリッパを擦るような音だ。看護師さんが履くのはスリッパではなく、靴かサンダルだったような気がする。

入院患者だろうか?

スリッパの音はだんだんこちらに近づいてきた。

と、今度はズルズルと何かを引きずるような音が聞こえてきた。

キュルキュルという車輪が回ってるような音がそれに重なる。


カツンカツン、と杖かなんかが床を叩くような音も聞こえてきた。

音はどんどん増えていく。


な、なになに?消灯時間過ぎたんだよね?なんで、こんなに人が歩き回ってるの?


音は次第に大きくなっていく。つまり、この病室にみんな近づいている?


「そういや、シンちゃんがなんか言ってたような‥‥‥」


つい寝てしまう前にシンちゃんが言ってたこと────


『夜になったらいっぱいになるよ──たくさん来るんだ』


おじさん、おばさん、おじいちゃん、おばあちゃん、子供もいるって‥‥‥


やだ!


私は掛け布を掴むとバサッと頭から引っ被った。

掛け布を掴んだ両手で頭を抱え、膝を曲げて丸くなる。


ヤダヤダ!なんなの?これって、やっぱり、アレなわけ?

幽霊?

病院には付き物よね。わかってる。ドラマでもよく見るもの。

病院勤務の看護師さんの体験談とか多いし。

でも、自分が出くわすのは絶対に御免だ。


ザワザワと声がし、いくつもの足音が耳に入ってくる。


パタパタパタパタ。

ズリズリズリ。

カツカツカツ。


重そうな歩き方や、軽い足音、子供なのか、歩幅が小さい感じの足音も聞こえてくる。

それがどんどん近づいてきて、やがて私のいる病室にゾロゾロ入ってくる気配がした。


ザワザワザワと意味のわからない声が重なって聞こえる。

もしかしたら、幽霊じゃなくて、人間かもしれないとちょっと思ったりしたが、夜中病室に集まるどんな用があるんだと自分でツッコミを入れた。


目が塞がっているから、掛け布を被ってなくても見えたりしないのだが、やっぱり顔を出したくない。


誰かがブツブツ言ってる。よく聞いたら、お経みたいだった。

般若心経かな。田舎のおばあちゃんが朝と夕方、お仏壇前で唱えてるのを聞いたことがある。


泣き声が聞こえた。若い女性の泣き声だ。まさしく、シクシクと泣いている。

苦しそうな呻き声も聞こえてきた。

一体何なんだ?これって、なんの集団?

この病院で死んだ患者が集まってるとか?


うるさくて眠れないとシンちゃんが言ってたのが納得できる。

ほんとに、眠れない。これって朝まで続くわけ?


『お姉ちゃん』


もう聞きたくなくて耳を塞ごうとしたその時、シンちゃんの声がして、ハッとなった。


シンちゃん?


ソロ〜っと掛け布を持ち上げて顔を出したそのとき、朱音!と名前を呼ばれビックリした。


「良かった!お前も無事だったんだ!」


「啓介?」


「アレ?お前、目をどうしたんだ?」


「啓介〜〜!」


ガバッと掛け布を捲り上げ、声がした方に手を伸ばすと両手で握りしめられホッと息を吐き出した。


「会えて良かったよ〜目は眼球に傷があるからって包帯巻かれたの」


「そうなんだ。大丈夫か?」


「痛くはないよ。それより、啓介が助けを呼んでくれたのよね?」


「あ、まあ、なんとか神社に辿り着いて、社務所に飛び込んでさ、従業員の人に電話してもらったんだ。あの年配の夫婦もいたぜ」


山に登る前に会った年配の夫婦2組も、参拝をすませ山を登り始めたが、雨が降り出したのですぐに神社に戻ったらしい。


「災難だったのは、救助を呼ぶ電話をした後、社務所の裏が土砂崩れを起こしてさ。いやあ、驚いたぜ。凄え音がしたと思ったら、泥が社務所の壁を突き破ってきたんだ」


「ええ〜!土砂崩れ!大丈夫だったの!?」


「ああ、大丈夫。なんか押し潰されたような気がしたんだけど、怪我はしてない。けど、意識失ったみたいで、気がついたらこの病院にいたんだ」


「そうなんだ。ねえ、この病院、なんか古くない?」


「だな。床が木って今時〜とか思うよな。でもま、一応、建物は鉄筋だから」


「あ、そうなの。もう見えないから、ここがどんなとこかさっぱりわからないのよねえ」


「わかんねえっていやあ、何ここ?なんで、こんなに人集まってんだ?」


「人──ねえ、啓介。ここに集まってるの、ホントに人間?」


「あ?」


「見えないからかもしれないけど、なんか不気味な気配するのよ」


「人間じゃなきゃ、何だ?」


「幽霊‥‥とか?」


「いや、ない。どう見ても生身にしか見えない」


「ホントに?」


「幽霊じゃねえけど、おかしな連中ではあるよな。こんな夜中にだよ、病室に集まるってなんだよ。しかも、集まって話するわけでもないしさあ」


「何人くらいいるの?」


「二十人くらいかな。ここ個室だから、通勤ラッシュみたいになってんぜ」


「個室?ここ個室なの?」


「個室だろ。ベッド一つしかないし」


え?じゃあ、なんでシンちゃんはここにいたの?


「ねえ、啓介、ベッドの下見てくれる」


「なんだよ。ベッドの下になんかいんのか?」


ちょっとビビってる声が笑える。


「夕方に、子供が潜り込んでたの。さっき声が聞こえたような気がしたから、まだいるのかなって」


啓介の手が離れた。ベッド下を見てくれているようだ。


「誰もいないぞ」


「──そっか」


「それより、これどうにかした方がいいんじゃないか。これじゃ寝られないだろ。ナース呼んで来ようか」


「まあ、寝すぎなくらい寝てたから別にいいけど。でも、やっぱりいつまでもいられるのは嫌かな」


「だろう?しかし、何なの、こいつら。夜中なのに、ゾロゾロ廊下歩いてるから、いったいどこ行くんだと後をつけたら朱音がいるし」


「啓介も夜中何やってるの」


「俺は、眠れないから気分転換に散歩をだなあ‥‥」


「病院内を散歩?看護師さんに見つかったら怒られる案件じゃない?」


「いやいや、そりゃあこいつらだろ。やっぱ、ナース呼んでくるよ。ナースステーションどこか知ってるか?」


「知らない。だって、私病室から一歩も出てないもの」


「ん〜そっか。しょーがねえな。探してみる」


啓介は、じゃあな、と言って離れていった。そのまま病室から出て行ったのか。


まわりでブツブツ言う声はなくならない。

個室の病室に20人もいたら狭っ苦しいだろう。満員電車並みというのもわかる。


私は、ふう〜と大きく息をを吐き出すとベッドに横になった。

啓介と会えたということで安心したのか、私は何度か深呼吸している間に眠ってしまった。


意識がなくなる寸前、お姉ちゃん、とまたシンちゃんに呼ばれた気がした。




「朱音ちゃん!」


重い瞼を開けると、眩しい光が飛び込んできて思わず手で目を覆った。

何度か瞬きしながら目を慣らし、うっすらと目を開けて見ると、従姉妹の香苗かなえが私の顔を覗き込んでいた。

ああ、聞き覚えがあると思ったら、香苗ちゃんだったか。


1歳上の従姉妹の香苗は、同性ということで一番仲が良かった。

うちは男系らしく、父方母方のいとこは合わせて9人いるが、女は私と香苗の2人だけで、あとは男ばかりだった。

だから、昔から香苗とは仲がいいのだが。


「良かった〜気がついたんだ!気分はどう?痛いとこある?」


「見える‥‥‥」


「え?」


「眼球に傷があるからって包帯巻かれてたんだけど、もういいのかな」


ちゃんと香苗の顔が見えてるから大丈夫だったか。良かった〜見えなくなってたら大問題だった。


「何言ってるの?目に包帯なんか巻いてなかったよ。怪我は手足に擦り傷があったくらいだって」


え?


私は、自分がいる病室の様子を見て目を瞬かせた。

普通の病室だ。床は木じゃない。


あれ?


私はガバッと起き上がると、慌てたようにベッドの下を覗き込み、そして──落ちた。

ベッドの下には当然だが、シンちゃんはいなかった。



それから香苗と、担当医から話を聞いて戻ってきた母から、自分がどういう状態だったかを聞いた。

驚いたことに、山にいたのは一昨日のことらしかった。

啓介が助けを呼んでくれたのだが、その後すぐ土砂崩れが起こり、社務所が半分埋まってしまったのだという。

救助に呼ばれた消防隊の人らは、先に啓介らの救助に当たったらしい。

雨は夕方には止み、捜索隊が出てくれたそうなんだが。

夜になっても私は見つからず、また雨も降り出したので捜索は翌朝にとなったその時、光が見えたのだと言う。

実はそれは、私が点けっぱなしにしていた懐中電灯の明かりだった。

夜だったからこそ気づいてもらえた幸運だった。


そこで、私はあれ?と思う。

だって、その日の夕方、私は病院のベッドにいた筈では?


香苗に言うと、そんなことはないと言った。

私が見つかったのは当日の夜9時ごろで、気を失っていた私はすぐに救急車で町の総合病院に運ばれたのだという。


それから身元を調べて、家に連絡してくれた。

丁度父は出張で沖縄にいて、母が大慌てで病院に飛んできてくれたらしい。

そこから、父と、そして香苗に連絡し、びっくりした香苗が昨日の昼に来てくれたのだという。

父はもうすぐ、ここへ来るらしい。


「朱音が無事なのはちゃんと連絡しておいたから。啓介くんのご両親も来てるんだけど、違う病院に入院してるからここにはいないけど」


「啓介?」


そういや、土砂崩れにあったって言ってたっけ。え、あれ?聞いたのはあの病院でだよね?

でも、私が入院したのはこの病院だって言うし。いったいどうなってるの?


「啓介くん、右足をバッキリやっちゃったみたいよ」


香苗の言葉に私は、ええっ!?と声を上げた。


足骨折してたのに歩き回ってたの?あ、いや違うか。


「ああっ!なんかややこしい!」


私がいきなり大声を出したので、母と香苗はキョトンとした顔で私を見つめた。




軽傷で、他に問題もなかったので私は次の日には退院した。

父と母と一緒に実家に帰る途中、まだ入院中の啓介のお見舞いに行った。

聞いた通り、啓介は右足を骨折していて、まだ歩ける状態ではなかった。

まあ、土砂の下敷きになって、足の骨折だけですんだのは幸運だったろう。


いや、幸運だったのは、同じ社務所にいてお茶を飲んでいたという、年配の2組の夫婦だったかも。

社務所の人はたまたまその時いなかったので無傷だが、啓介と同じ所にいた彼らは軽傷ですんでいるのだ。

偶然、座っていた位置が良かったのだろう。啓介は運が悪かった。


啓介は、お見舞いに行った私を見るなり、こう尋ねた。


「朱音、お前、あそこにいた?」


あそこというのが、あのおかしな病院のことだと思ったので、私は、うんと頷いた。




啓介の足の骨折のこともあり、結婚式は来年の春に延期になった。

退院して実家に戻ってきた啓介の見舞いに行った私は、その日、ようやくあの時のことを話し合った。

やっぱり奇妙な体験だったので、啓介も病院にいる間からいろいろ調べたらしい。


現実を知って、あれは夢かと思った私だが、啓介も同じ体験をしたというなら夢だとは片付けられないと思った。


啓介の部屋で私たちはとにかくわかったことを話し合った。


「お前が落ちた穴から子供の骨が見つかったって聞いたか?」


「え? 何それ?」


「穴の中にお前のリュックが置いたままだったから、村の人が取りに行ってくれたそうなんだ。そこで骨が見つかったんだと。警察も来てちょっとした騒ぎになったらしい。で、どうやら、その骨は30年前に行方不明になった男の子じゃないかって」


「‥‥‥‥‥」


「落ちたお前の下に骨が埋まってたんだ。お前、ベッドの下に子供がいるって言ってたよな」


「シンちゃん‥‥‥」


「それから病院。あの辺に病院があったことはないんだそうだ。ただ、あの山で昔、登山中の看護師が遭難して亡くなったって。昭和の終わり頃かな。時々、その死んだ看護師の幽霊が出るって噂があるみたいだ」


「ふ〜ん‥‥じゃあ、あの病院はその死んだ看護師さんが働いてた所で、夜中に集まってた患者はやっぱり幽霊だった?」


「多分」


「啓介は生きてる人間だって言ったよね」


「いや、だって、幽霊には全然見えなかったんだぜ!」


「私も啓介も、あの時は霊だったから?」


そうでなければ、足を骨折したはずの啓介が歩き回れるわけがない。

そういえば、あの病院にいた時はお腹も空かなかったし、トイレにも行きたいと思わなかったな。


「いやあ、俺、マジで不思議体験しちゃったな。体験記書いて、例の番組に送ってみようかなあ」


「いいかもよ。採用されたら、再現ドラマで啓介の役にイケメン俳優がやってくれるかも」


「おお〜vじゃ、お前の役は美人女優が」


「話はかわるけど。ねえ啓介、プール行かない?」


ほんとに突然変わった話題に、啓介は首を傾げた。


「はあぁぁ?何言ってんだ。俺、まだ骨折治ってないんだぜ」


「啓介はプールサイドでのんびりしてればいいから!せっかくの夏なんだもの。海には行けないんだからプールくらいはいいじゃない!」


啓介は思い当たることがあったのか、ジトっとした目で私を見た。


「朱音〜お前、それって」


「水着高かったんだからあ〜〜この夏、一度も着ないで終わるなんて有り得ないって!」


啓介は深々とため息をついた。


「しょーがねえな。山に誘った俺のせいでもあるから」


啓介が、いいぜと頷くと、私は、よっし!とガッツポーズを取った。


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― 新着の感想 ―
[良い点] なんかもう病院シーンめっちゃ怖かったです [一言] 悲しい結末かと思ったら彼氏氏生きてました、悲しいどころか、イチャつかれて終わったどです
[一言]  麻希くるみ 様  どんなラストが待っているのだろうとドキドキしながら読ませていただきました。  二人とも助かってよかったです!  私の勝手読みですが、『看護婦(師)さん=病院』なのかな…
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