アランの姉 <デービッドが語る>
俺はデービッド。
バーテンダーの仕事だが、イルミナの人気が出てくるにしたがって俺も、アレックスとポールのように、表と裏を使い分けなくてはならなくなった。普段は薄くビアードをのばし、ステージの時は剃ることにした。そして、仕事も、ラフな若者が集まる普通の店はでは正体がすぐばれてしまうので、やや高級なバーに移った。髪も後ろで束ね、白か黒のシャツに黒のパンツスタイルを基本にした。
今ではバンドの方でかなり収入がいいが、俺は、きれいな女にカクテルを作るのが楽しみなたちだ。
高級バーの方が、気持ちが入れられるし、高い酒が売れるしチップもいい。。
今働いてるスピカは、イルミナを始めてから、3件目の店。ちょっとしたコネで、バーの開店から働き始めた。店のオーナーが知り合いで、自由が利く。
スピカは、ダウンタウンの表通りにあり、ハイクラスを装ったモダンなインテリアと、大小無数の間接照明を駆使した室内ライティングがウィンドー越しに見え、品のいい客でにぎわっている。
バーがオープンして、一通り客が落ち着いてきたある夜、カウンターの端に好みの女が座った。
プラチナブロンドでX Menに出てくるようなタイプの女だが、それとは一味違った品のある美人だった。ボブにした前髪で目はよく見えないが、シャープなあごから耳への線と、口元が完ぺきだ。
その美しい女はジントニックを注文し、酒に口を付けずに、イヤホーンで音楽を聴き、メモを携帯に書き込んでいた。
こんな光景を前にも見たことがあった。アランと初めて会った時だ。そう、俺たちはそこから始まったんだった。彼はその頃、ミステリアスな尖がった若者で、俺はちょっと気になって声をかけたんだっけ。
女は髪をかき上げたり、顎の下に手を置いたり、宙を見上げたり、自分の世界に完全に没頭していた。
俺の視線も気がつていない。
髪を触る、そのしなやかな手から腕の線が美しかった。
彼女は、襟元が大きくあいた、ノースリーブの黒いドレスを付けていた。
彼女は、おもむろにグラスを取り、バーの中を見渡した。
そして目を移し、俺と目が合って、かすかに微笑んだ。
その微笑に、図らずも胸が熱くなる自分を意識した。なんて美しいんだろう。もしかして今まで見た中で一番美しい女かもしれない。そして、そんな自分の考えを内心では笑った。
妄想もほどほどにしろよ、デービッド。
しかし、俺はグラスを拭きながら、自然を装って彼女の前に行き、話しかけた。
「氷解けてますけど、大丈夫ですか?新しいものを作りましょうか?」
「ええ、大丈夫よ。ありがとう。」
彼女はにっこり微笑んで、続けた。
「ここの照明、すごくいいわね。色の使い方と位置が空間とマッチして、お互いに引き立ててるわよね。流れてる音楽とも会ってるわ。好きよ。」
なんと、彼女の言葉の冴えてること。俺はそれをサインに話を続けた。
「ありがとうございます。そういってもらえると嬉しいな。実は僕がデザインしたんですよ。」
「へえ? 凄いわね。もしかして空間デザイナーなの?」
「いやあ、違うんですが。オーナーにアイデア出したら、やってみろって言われたから。」
「才能あると思うわ。本当に素敵よ。ファンタジーね。」
「ありがとうございます。」
嬉しいことに、彼女は話を続けた。
「じゃ、あなた、空間デザイナーじゃなければ何やってるの?」
「ミュージッシャン。」
「えっ、ドラムかな? 指がそんな感じなんだけど。」
「ビンゴ!」
なんか、この会話、前にもあったような。
「ジャンルは?ジャズかしら?、、、どんな曲やってるの?」
「いや、ロック。聞いてみたいですか?」
彼女は首を振って微笑んだ。なんて美しい微笑みなんだ。
俺は今夜、この女に夢中になると決めた。
店の音響装置をセットして、俺はまた彼女の前に戻った。
イルミナのヒット曲が流れ、それはバーの空間に溶け込み、しみ込んでいった。
「えっ、マジで?本当に?このバンド知ってるわ。イルミナでしょ?今ブレイクしてるよね。
あなたこのバンドのドラマーなの?」
俺は美しい女に頷いて、微笑んだ。
「じゃ、お金も結構稼いでるんでしょ?なんでそんな人がバーで働いてるの?」
彼女は、立て続けに質問を浴びせてきた。
「この仕事、前からやっていて、嫌いじゃないし、他のメンバーがね、みんな本業、音楽以外の手堅い仕事していて、だから僕も、続けてるんです。
あっ、しまった。ちょっと、まずかったかな。あなたがきれいだから、僕ちょっと、調子に乗って話過ぎてしまって。お願いします。これ全部、秘密にしといてください。」
「へえ、イルミナの秘密を知っちゃったのね。口止め料何をもらおうかな?」
彼女は楽しそうに笑った。
その笑い声の余韻が空間に広がり煌めいて消えた。こんな女がガールフレンドだったらいいのにと考えた。
「わかりました。口止めに、アイラはどうですか?好きですか?」
「ディールね。オーケー。誰にも言わないわ。その代わり、私がここに来るたびに、アイラのトニック作ってくれるかしら?」
「もちろんです。いつでも来てください。そして約束ですよ。さっきのこと。」
彼女は美しい笑みを見せ、神秘的に微笑んだ。
「約束するわ。」
俺はウィスキーをバカラのトニックグラスに入れて、丁寧に彼女にさし出した。
そして俺は、しばらく彼女のしぐさを静かに眺めて、夢想に浸っていた。
そこに、男が現れた。女の髪に障り、肩を後ろから抱きしめ、彼女の首筋に唇を当てた。
女が振り返ると、その唇を奪った。
「ごめん。遅くなっちゃって。1時間も待たせたね。本当に済まない。」
「大丈夫よ、私もちゃんと楽しんでたから。ほら、アイラ飲んでるの。」
「この店、いいよね~。思ったより。それにこの曲、この店に合ってるわよね。」
女は、男を見て、嬉しそうにそう言った。
「そう、バーテンダーさんね、このバンドのドラマーなんだって。」
女は視線を俺に投げた。俺は軽い失望感、何回も経験していて慣れっ子の気持ちを飲み込んだ。
背が高く、色白のソフトな感じのその男が俺を見た。
「やあ、デービッドじゃないか?」
それはカイルだった。えっ、カイルの彼女か?彼にガールフレンドの影はなかったから、てっきりゲイかと、もしかしてアランが恋人かとも詮索していた。
「こっちの店に移ったんだね。知らなかったよ。」
カイルは、いつもの調子で話しかけてきた。面食らったのはこっちの方だ。
「雰囲気いいねえ。それにデービッド、見た目、何か違う感じ。クールだよ、その方が。」
「ハイ、カイル。こんばんわ。」
「ああ、こんばんわ、デービッド。紹介するよ、彼女、アンジーだ。」
「デービッド、初めまして、よろしく。」
彼女はカウンター越しに細く、しなやかな手を差し出して握手して、言った。
「初めまして、アンジーよ。今夜は偶然いい人に知り合えたわ。」
俺は心臓が高鳴っていた。
彼女は押しも押されぬ、超有名なシンガーだ。そしてAZCプロダクションのCEO.
俺は緊張した声で言った。
「アンジーって、アンジー・ロウですよね?ようこそ、そんなグレートな歌手がこの店に。」
カイルが笑って言った。
「そう。でも、僕たちのことシークレットだからね、頼む。」
「承知した、カイル。」
憧れの歌手のアンジーを、初めて近くで見たが、その透明感のある美しさは信じがたいほどだ。
静かなキラキラしたオーラをまとった、ディーバだ。
先ほどの自分の失望感を忘れて、むしろ興奮している自分を必死で抑えて冷静を装った。
カイルの前だし。
「カイル、何を飲みます?」
「ドラフトかな。今日はなんか上品な言葉使いだね~、デービッド。」
「じゃ、いつもの感じにもどすよ、、、何にする?」
俺は、笑って、カイルのグラスにビールを注いだ。
カイルって、そんなにすごい奴だったんだ。幼さが残る、優しい顔、でも仕事ができるやつ。
感性も並みをはるかに超えている。アンジーの回りには精鋭しかいないと聞いているが。
そして彼は、アンジーの秘密の恋人だ。俺はカイルを新ためて畏敬の念をもって眺めた。
「はい、どうぞ、カイル。」
カイルが話しかけた。
「で、この前のシェイパーズのライブは凄かったけど、その後、みんなうまく行ってるの?」
「まあね、、、アランがね、また新しい要求を突き付けてきて、みんな大変なんだ。実はね。」
「へえ、彼はまた新しいこと企んでるのかい?」
アンジーが話に割り込んできた。
「それで、アランはどうなの?」
「どうって、彼は天才、いつも天才。彼についていくのが俺たちの仕事だと思っていたら、それでは不満だから、自分で考えろと言ってくるのさ。」
俺は、から笑いをした。
アンジーは続けた。
「それで、みんなは大丈夫なの?」
「大丈夫なんだけどね、自分を変えるのって、自分の頭で考えるのは、大変だよね。
アランはね、彼に従わずに、俺たちの潜在能力を開かせろって言ってる。
まあ、もともと俺たちは、レベル0から始めたんだから、当然、先に進むには、今のままではいられないことは、みんな分かっているんだけど。で、みんな変わるのが怖いのさ。」
アンジーは前髪を掻きあげて、俺をまっすぐに見た。
ブルーとグリーンが混ざった、宝石のような美しい瞳をしていた。
「アーティストへの道を歩み始めたってことね。」
俺は勇気を出して、彼女に尋ねた。
「アンジー、聞いてもいいですか?もし、アランをよく知ってるなら、彼ってどういうやつか教えてください。バンド以外の彼のことを知らないから、ミステリーなんですよ。彼は何者なんですか?」
アンジーは続けた。
「彼は自分のこと話したくないんでしょ。でも、それを知ることが、バンドのメンバーにとって大切なの?」
「そうだと思う。だって彼は謎のカリスマで、人間味がないんだから。音楽のことしか話さないし。
侵しがたい憧れの存在だから。彼が意図的にそうしてるのかな?」
ビールを口にしながら俺たちの話を聞いていたカイルが口を挟む。
「意図的ではないと思うよ。アランはあまり多面性があるやつじゃない。今は、イルミナだけで生きていると思う。」
アンジーは僕を見つめて言った。
「そうだわね。。アランのすべてはイルミナだよね、今は。
デービッド、アランはね、実はね弟なの。これもシークレットよ。」
俺は心臓が飛び出しそうに驚いた。
「えっー、ガチで、そうなんですか?信じられない。そんなやつと僕たちがは組んでるんだ。」
彼女は続ける。
「彼のやり方で、音楽創りたいと思ってるのよ。自分で自分の世界を創りたいと。
だから、私は何も関わっていない。まあ、カイルにサポート頼んでるけどね。
そして成果物を、その楽曲を、ファンと同じレベルで聞いてるの。彼はよくやってると思うわ。」
俺はアンジーに畳みかけた。
「アランをもっと知りたいんだ。今の話聞いたら、僕には手の届かない存在だけど、もっと彼をよく知りたい。
俺は、彼に初めて会った時から、胸の内が熱くなって、何故か彼の言うことが信じられて、素直についてきた。そんな自分の気持ちや、行動の理由を知りたい、彼が何者なのか?納得したいんだ。
そうすれば、俺自身が、音楽をもっと深められるかもしれないって思う。」
アンジーは言った。
「デービッド、あなたは、なかなか知的なのね。しして、その純粋なところが、アランを引きつけたのね。じゃ、アランと直に話してみたらどうかしら?」
カイルは言った。
「案外、アランも孤独なのかもしれないよ。人と話すの下手なやつだからね。」
俺はアンジーにおもむろに言った。
「さっき、あなたが一人で飲んでた時、僕は思い出していた、アランとの初めての出会いを。
彼もあなたと同じように、カウンター席で曲を作っていた。別のひなびたバーでだけど。」
アンジーとカイルは俺の話を興味深げに聞いていた。
「僕は思い出していたんだ、どんなに彼のこと、初めっから気になっていたかを。彼が好きなんだ。
そうだね、距離を置いていたのは自分の方かもしれない。バンドだとか、楽曲とかいう以前に、俺は彼が本当に好きなんだ。だからバンドの話にもすぐに乗ったのさ。」
また饒舌な自分に驚いていた。
カイルが言った。
「デービッド、彼は一番に君を選んだんだよね。君のドラムにハートがあったからだと思う。
その君こそが、彼を一番理解しなければいけないんじゃない?
デービッドが、その壁を越えてアランの力になってくれないか?彼には、まだまだ未知の能力が眠っている。それを開かせるには、メンバーが、バンドとして、磁場を上げてかないとならないんだよ。」
また魔法使いのカイルが鋭いことを言っている、と俺は思った。
「もし、遠くまで行く気概があるなら。アランが本当はどういうやつか見たければね。」
カイルの言うことは本当だと思った。確かにそうだ。
俺はなぜか涙で目がかすんでいるのを意識した。そしてアンジーを見た。そういえばアランと似ている。美しい顔と、長い髪と、しなやかな体つき除けば。
アンジーが言う。
「アランを頼むわね、デービッド。私は彼の世界には入らないから。そう決めたのよ、口出ししないってね。彼はバンドみんなと自分の世界を作りたいの。過去の世界と違う、もう一つの世界を。」
俺は、このバートークが、こんなにシリアスに展開したのに驚いていた。
「わかりました。俺もしり込みしていたのは認める。自分を見つめたくなかっただけだ。怖かったんだ。
たぶん。自分の力に自信がなかったのかもしれなない。天才のアランにどこまでついて行けるのかって。ここで、そんな考えに見切りをつけますよ。
アンジー、ありがとう。あなたには魔法の力がありますね。アランが持っているような。
俺の考え方を180度変えてしまった。」
そして俺をここまで饒舌にした魔法だ。
アンジーは言った。
「そうかな、魔法かな?、、そうね、これはね、ポジティブの白い魔法なのよ。こんなの誰にだって出来るのよ。その力を使おうとすれば。」
そういって彼女は神秘的に微笑んでウィスキーを飲み干した。美しい首元だ。
彼女の魔法は、静かに周りの人にプラスの影響を与える。アランもまさにそういうやつだ。
これでアランに一歩踏み込む勇気が湧いた。
アランの未来を見きわめてみたい。そして俺も彼と一緒に、ときめく音楽を創りたいと心から願った。
バーカウンターの上からの間接照明を受けて、アンジー神秘的な銀色のオーラに包まれていた。
彼らは、もう一度「シークレットだよ」と念押して、帰っていった。
カイルの真価を知ったような気がした。そして俺は今、アラン、アンジー、カイルという一流のアーティストと同じ光の中にいるのだと自覚した。
ここまでたどり着いたんだ。
奇跡にも似た、プレシャスな時間、人生の輝きの中をアランと生きているのだと思った。
俺にとってアランは特別な存在だ。