迷いと悩み <カイルが語る>
僕はカイル。AZCプロダクションでプロデューサーをしている。
イルミナがAZCの傘下に入ってからは、イルミナ担当だ。
バンドが成功の階段を上り始めて、彼らはライブとスタジオワークで忙しかったので、しばらく個人的にアランには会っていなかった。便りのないことは、うまく行ってるに違いないと思っていた矢先に、彼から至急の呼び出しテキストメールが来た。
白いインテリアの、アランのお気に入りのカフェで待っていると、イルミナの曲がBGMで流れていた。やっとここまで来たか。彼らの楽曲はこの世界に少しづつ光と温もりを放ち始めていた。
アランは少し遅れてやってきた。いつものようにスウェットに両手を突っ込み、黒いキャップを深めにかぶって、店の客に気づかれぬようにしていた。
「ハイ、カイル、しばらくだね。待たせてごめん。」
アランは、体をするりと深く椅子に滑り込ませたが、キャップの中の顔がよく見えない。
彼らしくもなく、悩みを抱えているような様子で、僕に視線を合わせようとしなかった。
僕が切り出さなければ、彼はそのまま何も話さないかもしれない。
「アラン、それで話は何なんだい?」
彼はおもむろにキャップのつばの影から僕を見て言った。
「カイル、実はね、僕はどうしていいかわからないんだ。」
「えっ、というのは?バンドのこと?」
「そう、なんかね、僕ね、今みんなの期待しているアランを演じているような気がしていて、自分が本当に望んでることはそうではなくて、どうしたいのかよくわからなくなってる。言ってることわかる?」
今日はアランはいつもと違う。消え入りそうに弱弱しく見えた。
僕はひどく面食らった。こんなアランは未だかつて見たことがない。
「どうしたらいいかわからないから、相談してみようと思った。君は僕のことをよく知っているからね。」
「アラン、具体的に何があったんだい?バンドの方は問題ないと思っていたけど。この前のシェーパーズブッシュを見た限りでは。あれは本当に素晴らしかったよ。また進化したね、イルミナは。」
彼はため息をついて、座り直し、腕を組んで前かがみに話し始めた。また僕を見ていない。
「そう見える?うまく行ったはずなんだけどね。ワンステップアップしたと思っていたんだけどね。、、、実はちょっと限界なんだ。あのライブで壁を超えられたと思ったんだけど、その後、アレックスにね、反作用が来ていてね。、、、彼は迷いだした。
たぶんそれは他のメンバーにもヴァイルスの様に影響すると思う。、、、、
僕はメンバーに正しい影響を与えられていないんだ、、、アレックスはあの日つかんだものに確信が持てなくて、いや拒絶している。」
意外な深刻な悩みに、僕は戸惑った。
「それはちょっと問題だね。詳しく話してみてよ。」
彼は、頭を下げたまま、ガラスのテーブルの表面を見つめながら、自分を分析するように話し始めた。
「曲を作るときはね、僕には着想がある。そして集中して始めると自然にそれが繋がるんだ。光とね。
人はこれをインスピレーションというかもね。その光を流すとね、それがメンバーに伝わって、それぞれが自分で翻訳をして音を創っていく。」
「そうだよね、君のやり方。」
「でもね、、、僕が本当にやりたいのは、僕だけがリードすることではないんだ。
もっと対等な空間を、みんなが共有できる空間を作りたいんだ。
でもね、デービッドは感覚でつかむやつだから分かってるんだけど、アレックスとポールはね、、、僕に従う方が安全だと思ってる。僕のサインを待っているんだよ。
僕はね、、、彼らの独自の創造性をまだ開花できてないんだ。この前のシェーパーズで一度、出来たと思ったんだけど、その後、アレックスに迷いが出て、、、彼はつぶれかけてる。」
アランは手のひらで顔を覆った。
この天才少年でも悩むのか。なんでも思いのままに実現してきた彼が。
僕はおもむろに言った。
「そういうことか。でもバンドにはリーダーが必要で、アランがリーダーだからその形でいいと思っていたけれど。インスピレーションは君が下すだんだから、みんなは、それに従うんじゃないの?」
「そうなんだけど、その先は、僕でない個性の広がり、高まり、光を拡散するのは彼らであってほしい。僕は独裁者ではないよ、、、皇帝ではないよ、、、
でもね、彼らそういうアランを望んでるのではないかという感じがして、そして、そういう自分を演じている自分が嫌なんだ。これは恐怖だ。これって、カイルはどう思う?」
「それは自分ではないと感じてるんだね?自分の意図と違うと。」
アランは絶望したように、言葉を吐き捨てた。
「違うよ。全然。彼らの理想のアランを演じてどうなるんだい。僕は、みんなを解放したいんだよ。そしてオーディエンスを解放したいんだよ。」
アランは、次の壁にぶち当たっていた。彼にとって、次に乗り越えるべき、大きな壁に違いない。
難しい問題だ。彼は、両手を膝に祈るように握りしめ、頭を深く垂れていた。
僕なんかにわかることではない、何と言ったらいいのだろう。だが、このネガティブサイクルを変えなくては、少なくとも。
僕はコーヒーを一口飲んで言った。
「ねえ、アラン、あのメンバーさ、どうやって集めたんだい?そう簡単に、あのクオリティのメンバーは揃わないはずだろ?」
彼は言った。
「心を読んだ。普段はブロックしてるけど。アレックスに会ったときは、感じるものがあったので、探ってみた。ポールはね、アレックスが連れてきたときに、ビジュアル力が強いのが、すぐに分かった。デービッドは、彼はビジュアル力はないが、すべてを肌で感じるやつだ。凄い感性だ。」
「じゃ、すべて計算通りなんだね。」
「うん。でなければ僕の音楽、理解できないから。」
僕は、キャップから出ている、アランの整った鼻先と唇を見つめながら言った。
「アラン、はっきり言って、君はカリスマだ、彼らにとって。君中心に音楽ができてくんのだから。」
「でも、僕が光を流すけど、彼らは彼らであるべきで、そして僕と対等であるべきなんだ。」
彼はそう言って僕を見た。彼の眼には涙が溢れていた。
「アラン、孤独なんだね。理解されなくて。君は創造の幸福を共有したいんだね?」
「まあ、それもあるけど、それ以上を望んでる。みんなで虹の彼方を見たいんだ。
それと、僕がね、彼らの幻想に支配されたくないということ。カイルは僕を支配していないように。」
アランの涙は溢れて、ほほを伝う。
「この僕の恐怖、彼ら幻想、悩み、葛藤はいいクリエーションを生まないよ。
僕らは、いいとこまで来て、今、バランスを崩しかけてる。何とか手を打たなくちゃ。でないと、僕は、いや僕らはすべてを失うよ。」
僕は、彼の涙をただ眺めていた。
「それ、どういうこと?僕が君を支配してないという意味は?」
「カイルはね、僕をよく知ってるし、僕に好きなことを言う。君は対等に話してくれる。」
「それはね、俺はアランにも、君の姉のアンジーにも、いつ嫌われてもいいと、拒否されれば諦める覚悟ができているからさ。」
そう言ってから、その言葉の通りだと自覚した。
彼は顔を少し上げた。
「諦める?」
「そう、君ををアンジーと同じように好きだけど、自分を隠したことはないし、思ったこは言う。
それが気に入らないときは、それで仕方がないと思う。アンジーにしたって、もし、万が一失うことになっても、そんな時が来たとしても、その苦しみは僕が自分で引き受ける。自業自得だ。僕は毎分、ベストを尽くすだけさ。君にも、彼女にも。」
アランのブルーの目が、キャップの陰から僕を見据えた。
僕は彼を見つめて言った。
「アレックスやポールとこの関係を築きたいのなら、直接彼らと、この問題を話した方がいいと思うな。そして、君自身も、彼らを失うというリスクを冒す必要があるということだと思う。」
「ビンゴ!カイルはジーニアスだね、本当に。分かったよ。そのこと、全然、思いつかなかった。」
「ありがとう。全くそうだね、僕は彼らを失うのが怖かったんだ。だから彼らのカリスマを演じていたのかもしれないね。原因は僕の中にあったんだね。そして、ネガティブに支配されそうになっていた。イルミナを成功させたくないダークマターに。」
アランは、やっと冷めたコーヒーをすすって言った。
「僕が、自分の考えを都合よくみんなに突き付けていたんだね。そう、彼らを理解しようしていなかったよ。大反省だ。」
アランの言葉に、僕自身もほっとした。正しい言葉を言えたようだ。
彼はキャップのつばを上げて、微笑んだ。ブルーの瞳が輝いていた。
「わかった、リスクを冒してみることにするよ。そしてね、たぶん僕が変わらなくてはいけないときが来たんだと思う。ねえ、そうだよね?」
僕は安らいだ気持ちで頷き、アランに戻った輝きをまぶしいと感じながら見ていた。
そのあと、この問題には戻らず、僕たちはたわいもない話をして、笑って別れた。