このときは、今だけ <アレックスが語る>
<このときは、今だけ>
(リリックス)
~
このときは今しかない
君とのこの時間は
たとえ、僕が転生輪廻も信じていても
このときは、今だけ
だから、今、君だけを愛そう
命を懸けて、
今、君だけを愛そう
たとえ今、天が落ちてきても、
君に僕のすべてを捧げよう
たとえ、海に飲まれてしまうとも
僕の最高のものを君に捧げよう
君が僕にとってどんな意味があるのか
君は気づかなくてはいけない
君の価値がどれほど大きいか
君は知らなくてはいけない
このときは今しかない
君とのこの時間は
たとえ、僕が転生輪廻も信じていても、
このときは、今だけ
だから、今、君だけを愛そう
命を懸けて、
今、君だけを愛そう
~
<アレックスが語る>
イルミナがライブハウスで演奏を重ねながら、自分たちでCDを作り、PVも楽しく仕上げ、YoutubeやSNSに展開し、着々とファンを増やしていった。
カイルは有名なAZCプロダクションに所属していたので、僕たちもその傘下に入り、ポールの鉄腕弁護士の才能で、好条件の、つまり、バンドのポリシーを変えずに、納得のいくロイヤルティで、自由度満点の契約を結んでからは、その宣伝力で、更に人気は急上昇。
そして1年が過ぎ、次の段階として、ライブハウスの殿堂、シェパーズブッシュでのライブをやることになっていた。それは大きな挑戦だった。一つの壁を破れるかどうかの。
僕たちは、人気には無頓着だった。ラジオや雑誌の取材を受けていたが、バンドのポリシーで、僕たちのバックグランド、プライバシーは明かさなかった。
そして、僕たちのゴールはもっと先のような気がしていた。
多くのバンドをメジャーに送り出す、シェパーズブッシュはプロダクションがそれを設定したときは、まだ遠い先のような気がしていが、ライブ日が近づいてきて初めて、その壁が予想したよりずっと高いものであることを認識した。
チケットはプロダクションの力で、期待通りのほぼ完売だった。まず、それに全員驚いた。僕たちは、胸が高鳴るとともに、緊張感で張り詰めていた。何が起こるんだろう、この先。アランはシェパーズブッシュの空間を支配できるのだろうか?
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結果として、シェパーズブッシュでは、アランがもくろんだように、僕たちのパフォーマンスは、期待以上の成功を収めた。完全に壁を越えた。その壁がどんなものかも知らずに越えて、イルミナはまた進化した。
それはシェパーズでなければ、出来ないことだった。会場の大きさに比例して、僕たちの音楽は拡大し、更に次の次元の壁も突き抜けた。イルミナは国内ではメジャーといえるバンドとなった。
ステージが終わって、高揚した自分がいつまで続くのか、このファンタジーはいつまで存在するのか、そんなことは考えずに、メンバーがより硬く結ばれた充実感に酔いしれていた。
しかし同時に、僕は、完全に深みにはまってしまった自分に気づいた。もう引き返せない自分を。僕たちは音楽の女神の意思に支配されて演奏していた。今まで自分だと思っていた自分を超えてしまった。自分の中の、もう一つの生命体が目覚めて、それが自由に音楽空間を浮遊していた。
魂は軽く、肉体の縛りから逃れて、アランが創り出す異次元フィールドで躍動していた。そう、生きているとはこういうことだろうか。初めての経験。メンバーが一つに、それぞれの役割を果たし、かつ美しい調和を創り出す。イルミナはその大きな空間を支配した。そして絶頂感と至福の時。
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深夜に、高揚感とともにアパートメントに帰宅した。
次の朝、いつものように目覚めて、病院に行く支度をする自分を、自然にその動作をしている自分を意識した時、僕はとてつもない恐怖におののいた。息がつまるような衝撃的な恐怖感だった。
バスルームの鏡に映った自分の顔を見て、どちらの自分が本物なのかと自問した。
このままいけば、僕はこちらの世界に帰ってこられない。両立なんて無理だったんだ。どちらの世界が本物なんだ。僕はどちらの世界に本当は生きているのか。
僕は医者だ。自分で選んだ道だ。この職業の喜びもよく知っている。本当の自分はどっちなんだ。
ニコールがベッドルームから優しい声で僕を呼んだ。
「アレックス、早くしないと送れるわよ。何やってるの~?」
彼女はバスルームにやってきた。
「昨日の夜遅かったし、何かすごく興奮していたけど、誰と会ってたの?」
「ポールさ。」
「ポールだけ?ポールといるときはそんなに興奮するかな?」
「他にも。」
ニコールは畳みかけた。
「誰よ?」
「安心しろ。女と遊んでるわけじゃないから。いつかゆっくり話すから。」
「今度私も連れて行ってよ。あなたの楽しみを共有したいわ。」
「…………ごめん、行かなきゃ。」
ニコールの顔もまともに見れないまま、アパートメントを後にした。
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僕の迷いはそこから始まった。割り切っていたはずの、振り返ることは後回しにしていたはずの課題に対決する時が来た。
実際、バンドがこんなに成功するとは思っていなかった。シェパーズブッシュのライブが成功しなければ、こんなこと考えずに済んだんだ。
何人もの患者を診察しながら、この考えを心から払うことはできなかった。
僕が得たあの感動は何なんだろう。あの時、今の自分は存在していなかった。音楽と一体になっていた。それでは、このままいけばこの自分を見失ってしまうのか?アランは、Wジョブを認めたが、それは口だけのまやかしだったのか?あれは1年前の話だ。
いや、僕のリアルは医者だ。では音楽は?錯覚?幻影?ただの幻想?
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その夜のスタジオワークの時も、この迷いは終わらなかった。他のメンバーは前日のファンタジーの継続の中にいるように見えた。
僕だけ外れていた、僕だけ浮いていた。自分の居場所を、自分の音の中に見つけられなかった。
アランはすぐに僕の本心を見破るだろう。それも怖かった。なぜかと言えば、アランが好きだったから。
僕の心は2極間を彷徨っていた。
アランはメンバーに向かって言った。
「昨日、みんなで突き抜けたもの、覚えてるよね?僕はうれしかった。
なぜかと言えば、みんなは僕のことなんか忘れて、それぞれの音を創っていたよね。完璧だった。
そういうのやってみたかったんだ。僕たち、昨日やったよね。」
ポールが言った。
「あれは凄かった。僕は一瞬、一瞬を涙流しながらプレイしていたよ。
でもアラン、あれは、君がいてこそなんだ。君が光を流さなければあの空間は存在しない。僕たちは君の光を受けて羽ばたく鳥のようなものさ。君がいなければ、ありえない。」
アランはポールに真剣な表情で返した。
「そうでなくて、僕は対等な関係を望んでるんだよ、メンバーと。昨夜のようにね。みんな自分のパワーの扉を開いたと、僕は感じたんだけど、ポール、怖がらないで。」
デービッドが言った。
「最高だったよな~。俺はみんなを、それぞれ感じたぜ。自分も自分でなかったような気がずる。ライブごとにこんな風に音楽を楽しめるなら最高だぜ。みんないたから出来たと思う。」
アランはデービッドを見て頷いた。そして、次に僕を見つめて言った。
「アレックス、君はどう?」
僕は彼の顔が見られなかったが、何とか言葉を発した。
「僕なんかに意見を聞くなよ、アラン。昨日はは最高だった。でも僕はこのバンドと仕事を二股かけているんだから、自分をコントロールしなければならない。リーダーの君にについていくけど、それ以上を僕に期待しないでくれないか?」
そう言ってからアランの顔をのぞくと、彼は青ざめているように見えた。
「アレックス、どうしたの今日は?なんか悩みがあるの?君だけ、なんか乗れないよね、昨日の音と全然ちがうよね。」
「すまない。今日は病院で忙しかったんだ。もう一回トライさせてくれ。」
「そうだね。疲れているんだね。もう一回やろう。」
アランは、それ以上追及はしなかった。
もう一度やってみたが、僕は集中できなかった。
アランや他のメンバーの顔を見ることもできなかった。
アランは不満そうに言った。
「アレックス、昨日の君は、確かに君の才能の扉を開いて、そこから光があふれ出していた。自分で自由にのびのびとプレイしていたよね。なんで今日は僕のサインを待とうとするの?僕に合わせようとするの?その段階は昨日で終わったと思ったんだけどな。」
「すまない、アラン、今日は凄く疲れてるんだ、悪いけどこれで帰る。」
それ以上、言葉を続けられずに、ギターをしまってスタジオを出た。
最悪だ。大切なものを手放そうとしているのか?いや、これは幻影にすぎないんだ。
自分は医者だ、医者の使命に生きるべきなんだ。
それがみんなを喜ばせる、親もニコールも。そして患者たちも。
、、、そう自分に言い聞かせても、幸せになれない自分は何なのだろう。
なにも考えないように、全速力で表通りの舗道を走った。ギターが揺れて体にあたる....