バーカウンターの片隅で <デービッドが語る>
俺はデービッド、バンドのドラマーが本業だが、バーテンダーのバイトで生活費を賄っていた。
ある夜のこと、俺の未来がやってきた。
俺の上がり時間近くまで、2時間以上も、カウンターの隅でねばりこむ若者がいた。
イヤフォンを付けて軽く体を揺らして聞き入り、宙を見ては何かを考え、スマホにメモを取っていた。
小柄で、ショートの髪をアッシュブルーに染め、今風のとんがった感じの奴だ。
注文したジントニックにはほとんど口をつけていなかった。
飲み物を出してから、なぜか気になっていたので、声をかけてみた。
「何を聞いてるのさ?」
「音楽さ、いろいろ、今日は何か気分がのってるんだ。」
「飲み物、氷ほとんど溶けてるぜ。」
「ああ、いいんだ。席料だから。」
こちらを向いた彼は、以外にも切れ長の目の大きな、あどけない少年の顔だった。
そして、気さくで人に壁を作らないタイプ。それで話を続けた。
「何聞いてるの?ちょっと聞かせてくれよ?なあ。」
「いいよ。」
若者はイヤフォンを渡して、薄まったジントニックを一口すすった。
それは、美しく弾き上げるギターのメロディだった。自然に体が共鳴し、しばらく聞き入ってしまった。
「これだれの?」
「僕のさ。気に入ったみたいだね。」
「で、この曲のリリック書いてるの?」
「そう。これは見せられないよ。まだね。」
彼はいたずらっぽく微笑んだ。
「そんなこと言わないで、見せろよ。なあ。」
「音楽、興味あるの?」
俺の口から自然に言葉がこぼれた。
「ドラムやってるんだ。」
俺を見る彼の瞳が一瞬、輝いた。
「僕、ドラム探してるんだ、実は。バンド作りたくてね。」
「その曲をやるのか?」
「そう。他にもたくさんできてる。」
「君はギターやるの?」
「ううん。僕は歌に集中したいんだ。で、君のデモある?」
こんな展開?突然やってきた新しい未来の扉?
俺の気持ちが少し弾んだ。
「それは今もってないけど、今夜これからライブあるんだけど、来るかい?」
「へえ?もちろん、行く、行く。何時から?」
「もうすぐ、俺上がるから、その後。この近くだし。一緒に来る?」
「うん。へえ、ドキドキする。なんかすごくうまそうな気がする。その手を見ると。」
彼は俺のタコだらけの手を見て言った。
「どうかな?かなり長く叩いているからな。」
俺は無意識に指のタコをさすっていた。
「今のバンドはどう?うまくいってるの?」
「まあね。今のバンドはお金にはならないし。そのバンドの行き先も発展性がないし。ちょっと退屈してるってことは事実なんだけど。」
「じゃ、いいタイミングだね。僕のバンドに来るのに。」
「えっ、待てよ。君が何者かも知らないのにか?」
少年は、神秘的な笑みを浮かべて俺を見た。
……………………
リンジーというクラブの楽屋に入って、前のバンドが終わるのを待っている間、自分の頭から彼の姿が消えなかった。あの神秘的な微笑みが。
そして出番が来てドラムのスツールに座ると、まずフロアにその若者を目で探した。
彼は丁度ステージライトの光が当たる場所にいたので、よく見えた。
視線を投げると、彼も手を挙げて答えた。
演奏が始まり、彼はその華奢な体を心地ちよさそうに動かして、俺の叩くリズムを感じていた。
ちょっとしたテクで変化をつけても、彼は受け止めて、そして俺の顔をちらっと見た。
俺はなんだか温かい気持ちになり、人と心を通じさせるのはこういうことなのかと思いながら、ドラムに集中した。彼のために叩いた。彼はそれを受け止めた。
ライブが終わって、突然バンドのボーカルが聴衆に向かって言ったことに驚いた。
「今日はありがとー!サイコーだったね。俺たち、明日の晩もここで演奏することになったんだ。9時からだ。みんな、また来てくれるよなー。約束だぜ!」
俺だけ知らされていなかったのだが、明日のバンドがキャンセルをしたのかもしれない。
そのアナウンスを聞いて、彼は俺を見て「See you tomorrow」と唇を動かして微笑んだ。そして彼は上げた手を振って、クラブを出て行った。
次の夜も彼は現れた。
彼はステージの脇よりのスポットライトの下、俺がドラムセットの隙間から見える位置に立っていた。
彼はリズムを直に受け取り、ビートにその体を共鳴させていた。
そして突然俺は、彼がこの前聞かせてくれたギターのメロディを、俺のドラムに重ね合わせているように感じた。彼は、体を動かしながら歌っていた。その声は騒音の中で聞こえるはずもなかったが。
それを目にして、スイッチが入り、彼の曲となぞろうと、彼の表情、眼差し、口元、そして彼からくるパルスに集中して叩いた。
そこには俺と彼しかいなかった。次の曲も、その次も、終わるまで、この共演は続いた。
こんなことは生まれて初めての体験だった。
演奏が終わって、自分が何をしたのか、どこにいるのかもはっきりつかめなかったほどだ。
その夜は客ののりもよく、バンドも満足いく演奏ができて、メンバーたちも興奮していた。
実は俺はそれ以上の体験をしてしまったのだが。
俺は一刻も早くアランと話したくて、楽屋を出てフロアに入った。
彼は恍惚として、青いスポットライトの下で輝いていた。
俺に気が付いて、両手を大きく広ろげてハグをした。彼は嬉しそうだった。
「アメージング、君のドラム。これ以上は望めないよね。君はどうだった?僕の曲を感じてくれた?」
「ああ、ああ、ちょっと刺激が強すぎて、ドラッグもやっていないのに。あれはなんなんだ?お前は俺に何をしたんだい?」
彼は青い大きな目を見開き、爽やかに微笑んで言った。
「えっ?僕はさ、君のドラムに僕の曲を合わせて歌っただけさ。受け取ってくれてたよね?」
「ああ、期待以上に。俺もお前の曲に合わせて、とことん頑張って叩いたぜ。お前、魔法でも使うのか?」
彼はまた、あの謎めいた笑みを浮かべて言った。
「うん。まあね。それで話があるんだけど。ちょっと時間ある?この後。」
「すごくのどが渇いてる。ビールでも行こうか?」
「僕はすごく腹がすいてる。」
.....................
そして、俺は行きつけの近くのダイナーに彼を連れて行った。
中ほどの席に座ると、いつものピンクのユニフォームを着た感じのいいウェイトレスが微笑んだ。
「何にしますか、今夜は?」
俺はビール、彼はハンバーグを頼んだ。
アランはウェイトレスに愛想よく微笑んで言った。
「ねえ、フレンチフライいらないから。それと水お願いね。」
「かしこまりました。」
彼女を見上げて、俺がそれを止めた。
「待って、フレンチフライ付けといてよ。俺が食べるから。」
「かしこまりました。」
金髪の中年のウェイトレスはにっこり笑って奥へ行った。
「それでさ、お前は魔法を使うのか?」
「さあ、魔法かな?ねえ、君は魔法なんて信じてるの?」
「ドラッグ以上に信じてるよ。ディズニーで育ったし。」
「意外と、純粋なんだね。」
彼は、また不思議な微笑みを浮かべた。
俺は、ますます、この若者に興味をそそられた。
「なあ、俺、お前を知りたくなってきた。お前は変なやつだよな~。」
彼は爽やかに微笑んで話を始める。
「オーケー、じゃ僕から始めるね。次に君のこと。僕はアラン。」
「俺はデービッドだ。」
アランは微笑んで続ける。
「僕ね、自分をずっと隠して生きてきたんだ。子供の時から、自分は違うなって思っていたけど、他の子たちと同じように生きたいと思った。怖かったんだ。本当の自分を出すのが。本当の自分を隠して、人の陰で、ぬくぬくと、安全に生きてきた。」
彼は、俺を見つめて言った。
「それでね、何もやり遂げていない自分に気が付いた。いろいろ、やってきたけど本物の自分ではないと思った。」
「なんか俺の話をされているような、、今の自分がそんな感じだぜ。生き方探してる。」
「そうなんだ?君も。だからさ、自分らしく生きてみることに決めたんだ。やりたいことをひとつづつやってみることに決めた。」
彼は、青い瞳を輝かせて俺を見つめた。
「今、バンドがやりたいんだよ。いままでもいくつかバンドに関わったんだけど、僕のやり方で、僕のコンセプトで、新しいバンドやりたいと思ってる。」
これが運命の出会いかもしれない、と俺は思った。
「その新しいやり方ってのは?」
「心が共有できるメンバーと一緒に楽曲を作りたい。君、僕とやらない?気持ち通じただろ、ね?」
「ま、そんなところだけど。ガチ、あれはアメージングだった。だから、今もお前と、アランと、付き合ってるじゃないか。」
「デービッド、君みたいな人とさ。そして僕は自分の感覚を100%信じているんだ。」
彼のブルーの瞳は輝きを増した。太陽の下の公園で遊んでる子供の瞳のように。
俺はすっかりはまってしまった、このおかしなやつに。
「で、他のメンバーは集まってんのか?」
「これからだよ。だって思いついたのは、ついこの前だから。」
「なんだよ。それじゃ話にならないじゃないか?メンバーが集まってからの話にしようぜ。」
彼は少し、しょげたように見えた。途方に暮れて視線が宙をさまよっていた。
俺は続けた。
「それまでに考えとくな。
じゃ俺の番。俺はね、7歳の誕生日の少し前に、悲しいことがあって自閉症になりかけた。両親は俺を何とかしようと、いろいろ試みた末、ドラムセットを買い与えた。
ビンゴ!,それにすっかりはまってね、それからずっとドラマーで有名になりたいと思って猛練習した。そして、家を出て、いくつかのバンドを渡り歩いた。」
俺は自分が無口と思っていたのだが、アランの前で饒舌な自分を心地よく感じた。
「そして、今現在の結論は、ドラマーはバンドの縁の下の力持ちなだけ、ということ。
俺はそう思った。エモーションを出せても、自分の心や思いを表現できない。
だからいい演奏しても、疲労感のわりに達成感がなくてね。でも、ドラマーなんてそんなもんなんだと。」
アランは、僕の本心を引き出す術を知っているのか?
「でも、今夜は全然違っていた。なんかわからないが、お前のメロディが聞こえてきて、それを逃さずに受け取って、ドラムを叩いてた。そしてな、そのお前の旋律が好きだったんだ。
こんなの魔法でなければ何なんだ?俺はドラッグはやらないぜ。」
アランに笑みが戻った。
「やっぱし、それって気が合うってことさ。僕たち!」
彼は爽やかに笑った。
そして俺たちは、テーブル越しに手を伸ばし、拳をぶつけあった。
「メンバー見つけて連絡するね。SNS教えてよ、デービッド。」
「わかった、アラン。楽しみにしてるよ。お前はガチ変わったやつだな。信じられない。」
「みんなと同じでないことは確かだよ。君もね。」
彼は嬉しそうにウィンクをして店を先に出て行った。
俺はしばらく、彼がテーブルに置いた紙幣を見つめながら、アランの存在感の余韻に浸っていた。
何かが変わりそうだ。未知の世界の扉が開きかけている。俺は進むんだ。
……………………
次の夜、アランから連絡が入った。
「ギターとベースが見つかったよ~。彼らもリンジーで君のドラムを聞いてる。
この週末、土曜日の夜から日曜の朝まで、合わせられる?大丈夫ならスタジオとるから。」
「オーケー、空いてる。11時過ぎなら。仕事あるから。」
「じゃ決まりだね。ドラム付きのセッティングでいいね。なにか要望ある?」
「それでいいよ。パーフェクト。」
「よかった。また連絡するから。」
彼は仕事が早い。今度はいけるかもしれない、と急に胸が熱くなるのを感じていた。
マザーフェアリーは青い目の華奢な若者の姿で現れた、かな?




