ポール、その夜 <アレックスが語る>
<アレックスが語る>
その夜アパートメントに帰って、僕がまずやったことはポールに電話することだった。
「やあ、ポール、元気か?」
「元気だよ、アレックス。何かあった?なんか興奮してるようだけど?」
僕は、そう、少し興奮していた。
「やあ、あった。実は。」
「声がワントーン高いぞ。新しいガールフレンドでもできたのか?」
「や、そうじゃない。あの少年だ。」
「少年って?」
僕は水を一口飲んで続けた。
「この前のリンジーにいた少年、覚えてる、あのアッシュブルーの髪の?」
「ああ、あいつは凄いオーラ出してたよな。覚えてるよ。」
「今朝、カフェで会ったんだ、偶然。そして話した。」
「あいつ、有名なミュージッシャンとか?」
「いや、そうではないと思うけど、そのことは聞いてみなかったけど、、バンドのギターとベースを探してるんだって。」
「で? まさか、アレックス、よせよ。何考えてるんだ、大丈夫か?」
「それがね、あのOOOのドラムを引っ張るために、緊急にセッションやらなくてはならなくて、ギターとベースが必要なんだってさ。で、いきなり僕を誘ってきた。1回だけさ。」
「それで、もしかして、僕にも噛めって言っているんじゃないだろうな?」
「ポール、どう思う?僕たち、ちゃんと目的を達成したんだからさ、退屈しのぎに、ちょっと遊んでみないかなと、ボランティアだよ。」
しばらく彼は返答をためらっていた。
「それはあり得ないな、アレックス。そりゃ、あのクラブ行ったときは、君と久しぶりに昔の感覚を取り戻せて、すごく楽しかったけどさ、少し冷静になれよ。君はドクターなんだぞ。」
少し間をおい、ポールは続けた。
「ミュージッシャンの夢は二人ともあきらめたんだよな。君があきらめたから、僕もあきらめた、、、
それを君から蒸し返すのはやめてほしいな。」
そのあと、電話の向こうのポールはしばらく何も言わなかった。
「ポール、ごめん。僕より君の方がもっとダメージが深かったようだね。」
「いや、お互い様だ。こんな話、ありえないよ。」
「わかった。悪かった、ポール。」
今度は僕の方が黙る番だった。ふわふわと浮かびかけた風船が急にしぼんで地上に落ちていった。
あの少年に連絡をするのもやめとこう。
ポールはため息をついて言った。
「アレックス、悪い。君を失望させて。でも現実を考えろよ。僕たちは責任ある仕事をしてるんだぜ。
僕らは、あの時、この未来を選んだんだから。」
僕は力なく言った。
「彼が言ってた。インテリって、未来が無限だって信じないんだから、って。」
またしばらく沈黙が支配した。
「未来は無限か?そんな考えはとうの昔に葬っていたね。」
「そう、その少年の年頃に。彼はアランというんだけど、すごく、なんていうのかな、向こう見ずで、身勝手で、イノセントで、僕たちのあの頃みたいな、、、輝きを持ってるんだ。」
しばらく、ポールはまたしばらく黙っていた。Kenny Gが部屋に流れているのが聞こえた。
彼が言った。
「あの000(トリプルゼロ)ドラマーはホットだったよな。彼が来るなら、一度合わせてみようか?
未来が無限なら、一度だけぐらいなら、僕たちに支障はないだろう。、、、一回限りだぜ。」
「約束するよ。ポール、、、信じられない!、、、1回だけ楽しもうぜ。」
また風船がゆらゆらと浮き始めた。
ポールは続けた。
「アレックス、実は、僕に反対してほしかったんだろ。でも反面、僕に乗ってほしかった。」
「僕の心を読むなよ、ポール。」
「仕事柄、こういう癖が出ちゃってね。じゃ、いつで、どこでだ。」
「アランから連絡来る。たぶん今度の土曜日の夜から次の日の朝まで位だと言っていた。」
「オーケー。空いてる。それまでちょっと楽器いじってみようかな。」
「そうだ。一回といえども、あんな少年に笑われたくないよな。」
「アレックス、このことは誰にも秘密だぞ。」
「もちろんだ。ありがと、ポール。」
「なんか、ちょっと心をくすぐるね。秘密のプロジェクトなんて。」
「そうだね。僕はちょっとビビってる。あいつの音楽はどんな感じなんだろうかと。」
ポールは言った。
「僕もさ。でもリンジーで彼、アランか、を見たとき、只ものではない感じがした。てっきりプロかと。
オーケー、アレックス、じゃまた知らせてくれ、今から明日の法廷の準備しなければならない。」
「ありがとう、じゃ。」
電話を切って、ポールの存在がいかに自分にとって重要なのか再認識した。
幼い時からいつも一緒に時間を分かち合ってきた友だ。
同じ夢を共有し、そして共にあきらめた親友。
ポールの価値を改めて認識して、胸が熱くなるのを感じた。