変身 <アランが語る>
僕はアラン、イルミナのリーダー。
Emo Xのマイキーのマネージャーから連絡があり、彼がイルミナのスタジオワークを見たいと言っているらしい。マイキーは、若手で人気沸騰中の黒人シンガーで、その歌唱力、表現力はぶっ飛んでいた。すごく尊敬している。会えるなんて!
もちろん二つ返事で承諾して、場所と時間を伝えた。内心わくわく、彼と歌を合わせてみたい。
クールなマイキーがスタジオにやってきた。
PVやステージで見るEmo Xの時と違って、白人っぽいシックなシャツと黒のスリムパンツにクールなスニーカーで、気さくな、クリーンないで立ちだった。
僕たちはまず、吸い寄せられたようにハグを交わした。
「アラン、やっと会えたね~。君らのホットな音楽、俺もとりこになってるよ。一度イルミナを直に見てみたいと思ってたんだ。ありがとう。今日は時間作ってくれて。」
「マイキー、何を言うんだ、お礼はこっちこそさ。君の歌の方がずっといけてるし、大先輩じゃないか。今日は来てくれて本当に光栄だよ。感激だ。みんなすごくエキサイトしてるんだ。」
これから何かが起こる予感がした。それが何かわからなったが、期待と緊張の両方が胸を抑えつけていた。
「勝手に来て、悪いんだけど、1時間くらいしかとれなくて。ここで見てるから、自由にやってくれよな。そして、目立たないように退散するからさ。」
「それはないよ。先輩からコメント貰わなくちゃ。コメントなしでは返さないよ。マイキー。」
「イルミナにはコメントはないぜ。俺はいつでも、どこでもこれで聞いてるんだから。ガチ、はまっていてね。」
彼はスマートフォンを出して見せた。
マイキーは愉快そうに微笑んで、持ってきた酸素水を飲んだ。気さくだけど彼は大物なんだ。
僕に何を期待してるんだろう。緊張感が僕の心臓を締め付けた。
イルミナの演奏が始まると、マイキーは音楽に身をゆだねて、緩やかに首を左右させ、自由に楽しんでいた。彼の世界の中で、口元だけ動かして歌っていた。それは十分に僕の好奇心を刺激するものだった。
僕は戸惑いながらも彼に声をかけた。
「マイキー、ねえ、もしよければ、ちょっと来て合わせてみない?」
彼は微笑んで、答えた。
「来たね。面白そうだね。俺、アランと歌えるの?すげえ。歌なら全部覚えてるぜ。」
ポールがもう一基、マイクをセットした。
マイキーは嬉しそうにマイクの前に立ち、体をしなやかに動かしながら僕が歌うのを見ていた。
僕が、マイキーにキューを出すと、彼はマイクをスタンドから外し、手につかんで、いかにも自分の曲であるかのように曲に入り込み、のびやかに、スタジオ空気の流れにのって、軽やかに歌った。
マイキーのパフォーマンスってすごく心に伝わる。
オーディエンスって彼のパフォーマンスから、音楽を感じるのかもしれない。
そう考えた時、僕の何かが変わった。
パンという音が鳴って、突然何かが外れたような感じがした。
僕は人にどう見えるか考えたことがなかったと。何を見せたいかばかり考えていた。
マイキーにあおられながら、僕は歌を彼から取り戻し、歌に魂のすべてを込め、そしてそれをフィジカルに伝えてみた。僕のハートは、拡大していき、スタジオいっぱいに広がり、その空間を支配する。
今までは、それは僕の見ていた世界だった。それをフジカルなパフォーマンスに変換した。
他のメンバーにも僕の変化は伝わったのがわかった。
僕はマイキーと心を重ね合わせ、虹のような光を絡ませあいながら、スタジオの空間に舞い上がり、音と戯れながら、それをマイキーに合わせて、パフォーマンスに投影した。二人の呼吸はぴったりだった。
曲が終わるとマイキーは叫んだ。
「アラン、すげえー、お前って、マジシャンかよ?信じられない!いけてる、ガチで。もう1曲やろうぜ。」
次の曲で、僕は完全に自分の変化をコントロール出来ているのを自覚できた。
そして、僕の身に予期せぬ、もう一つの変化が起きた。
突然やってきた何かが僕を叩き壊し、心の縛りの中から僕を外の無限に広がる空間に放りだした。
その衝撃で、心臓が割れんばかりに鼓動しているのが聞こえた。
自分の内と外の壁が見えない。曲と共に光と一つになって、空間を飛翔する。
虹色の様々な音の流れと共に、メンバーの心の奏でる、美しい旋律とともに、螺旋を描きながら、空間を舞い、高く、緩やかに飛翔する。ちょっと集中すれば、このスタジオ空間から抜けて、夜空の彼方まで飛んでいけそうだった。
同時に、それを眺めて楽しんでいる、いるもう一人の自分がそこにいた。
曲が終わると、僕は心の中で泣いていた。涙が出てくるのをこらえていた。
「マイキー、君は救世主だよ。僕の中の怪物を放っちゃったね。」
「アラン、そう、お前はモンスターさ!只ものじゃない。全く。
お前は俺に本物の感動をくれたんだ。俺たち境目がなくなってたよね。一緒にやれてよかった。
ねえ、みんなどうだった?感じただろ?」
みんなは、言葉が出ず、ただ首を振ってうなずくだけだった。
僕はマイキーに抱き着いた。僕の感謝を伝えたくて、長い間、強く抱き合っていた。
「マイキー、愛してるよ。こんなことって、そうあることじゃない。」
「俺もだ、アラン。俺自身も変わったみたいだ。きっもちいいーぜ。全く。なんか俺、凄く温かいんだけど。お前と歌うと、ガチ、興奮するぜ。」
二人はまた、固くハグをしてしばらく離れなかった。
この恍惚感のなかで、僕はふと、これは、マイキーを送ったのは、アンジーの仕業ではないかと思った。だって、こんな完ぺきなマジックはアンジーのやり方そっくりだ。確かにそうだ。
そして僕の意志が決まった。
「ねえ、マイキー今ね、突然歌ができたんだ。一度歌いながら、曲をざっと作るから、2回目一緒にまた歌ってくれない?」
「へえ、イルミナの謎の作曲現場に立ち会うのか?うー、鳥肌立つね。もちろんやるぜ。」
僕はみんなに言った。
「ねえ、これね、ちょっとWhiter Sade of Pale風にしたい、いいかい?」
「了解!」
全員が声をそろえて言った。
アレックスがビデオをオンにする。
僕は歌いだした。
…………
<その日が来た>
(リリックス)
~
僕はその日が来るまで
地を這っていた
やりたいこともはっきり見えずに
失意の闇に消え入りたい自分は
君のぬくもりの中で生をつないできた
君だけが僕のすべてだった
でも、君を本当に幸せにするために
そんな僕ではだめなことはわかっていた
君の未来を輝かせたかった
ベイビー、この程度の男では君にふさわしくないから
それが光かどうか、わからなかった
いつもの、儚い幻影かもしれない
失敗すれば、さらに深い闇に沈むだろう
君は失望して僕を見捨てるかもしれない
ベイビー、行かないで、君なしで僕は生きられない
僕にその日が来たら
恐れと涙の谷を渡らなくてはないだろう
僕はすべてを失うかもしれない
君なしでどうやって生きていけばいいんだ
ベイビー、それは自分を失うよりも恐ろしいことだ
そして、僕にその日が来た
それが希望かどうかわからなかった
君は不安で僕を縛るのはわかっていた
君の言うことを聞いていたら前に進めなかったから
ベイビー、だから僕は一人で飛び出したんだ
僕たちの未来のために
ベイビー、僕は選んだんだ、この道を
この道を、君のために
ベイビー、臆病者は君にはふさわしくないと思ったから
君を忘れたことはない
どうかわかってほしい、ベイビー
僕にはこの道しか残されていなかったことを
僕たちの未来のために
ベイビー、僕は選んだんだ、この道を
この道を、君のために
~
………….
始めに、メンバーと共にいつものように、曲をラフに創りあげ、次にマイキーと一緒に歌った。
僕は、完全に自分をコントロール出来ていた。自身の為に、そしてみんなの為に、魂をこめて僕の歌を届けた。歌いながら、光のまばゆい交錯を外から見ている自分がいた。
僕の体には、どこからか凄いエネルギーが流れ入り、僕はその光に身を任せ、それを、それぞれのメンバーの光と束ね合わせて増幅させて、極限の光で場を満たした。
ポールがそれを見て、瞳を輝かせながら、さらにバイブレーションをアップさせた。僕の体と心は完全に調和して、見えない壁を突き抜けた。
そして、僕の魂は飛び散って、虹色の光となって、緩く旋回して、空間を上昇していった。
ああ、何という美しさ。輝き。優しさ。
僕は変われたような気がした。内も、外も共に。これが僕が探していたものなのだろうか。
曲はそれでほぼ完成した。
マイキーが目を潤ませて言った。
「アラン、凄すぎるぜ。マジ、お前に惚れた。なんて美しい曲だ。涙が止まらないぜ。これはミリオンヒット間違いなしだな。」
僕自身も流れる涙を止められなかった。マイキーを抱きしめ、他のメンバーを抱いた。
「マイキー、本当に君のおかげだよ。ありがとう。君は超ピュアーだね。
また是非合わせようよ、コンサートでもいいね。いつでもいいから。」
「約束だ、アラン。おっと、大幅に遅れた。行かなきゃ。最高だったよ。」
マイキーは上げた手を何度も振って、急ぎ足でスタジオから出て行った。
僕は知っていた。すべては姉が仕組んだことだと。
彼女は、僕に何が必要か知っている。だから彼女の魔力を逃れて自分を探したかった。
その歌は、アンジーとの決別の意志。僕からのメッセージ。
彼女は、この歌を聞いて、わかってくれるだろうか?
愛のすべてを、音楽に込めてたことを。
僕は、自分に納得するまで彼女とは会わないことを、固く決意した。
...................
その後、イルミナは、その曲「その日が来た」でミリオンヒットを飛ばし、名実ともに、メジャーになった。それでも、メンバーはそれぞれの仕事とバンドの両立をしている。
とりあえず、第一の虹の向こうはこんな感じだった。次は、もっと彼方の虹を追おう。
まだまだ、イルミナのジャーニーは続く。
僕もバンドも、更に、更に高く、飛翔する。
愛の行方を探して、永遠の宇宙を駆け巡る。