姉と弟 <デービッドが語る>
<デービッドが語る>
アレックスが現れなかったスタジオワークの夜、
アランはその苦しみを見せなかった。
機嫌よさそうに、笑い、楽し気にジョークを言い、俺とポールに考える時間を与えなかった。
アランはキーボードを弾いて、アップテンポ曲に取り組んだ。
しかし、いつもとは違って、曲を完成させないで終わった。
そのわけは、ポールにも俺にもわかっていた。
帰り支度をしている時、アラン微笑んで言った。
「今、曲を思いついた。
ちょっと創っていくから、先に帰っていいよ。」
アランはピアノに向かい、一人で歌い始めた。
ポールはビデオのスイッチを入れ、俺たちも加わった。
<僕の天使>
(リリックス)
~
今はいない君のことをずっと考えている
たぶん会う前から、君を探していた
君は僕の天使
去ってしまった今もそうだ
君は僕に、いつも最高の時間をくれた
どこで何をしているの?
あの頃も、いなくなった今でも
君は僕の天使
君がそばにいない夜は
君との素敵な時間を思い出す
またどこかで会えるかもしれないと
街角でいつも君の姿を探す
君は僕の天使
今度会ったときは、はっきり言おう
まだ伝えていなかった僕の本音を
愛してるって
またどこかで会えるかもしれないと
街角でいつも君の姿を探す
君は僕の天使
今度会ったときは、はっきり言おう
まだ伝えていなかった僕の本音を
愛してるって
~
………….
俺とポールは、アランが紡ぎだす歌と旋律を、出来るだけ丁寧にナチュラルにサポートした。
信じられないくらい美しい歌だった。
アレックスのために作ったことは明白だった。
歌い終わるとアランが言った。
「みんな、ありがとう。僕の素直な気持ちが歌えた。ポール、この曲、アレックスに送ってくれない?」
「わかった。それで、彼に何を求めてるの?」
「何んにも。ただ送ってくれる?」
ポールがスタジオを出て行ったあと、アランはいつものように床に倒れた。
俺は彼を抱え起こして、水を少しづつ飲ませる。服の中の彼は、見かけよりずっと華奢だった。
彼は、すぐに瞼を開いた。
「アラン、大丈夫か?」
「ありがとう、デービッド。すまない。今日はちょっと、きつかった。」
「分かる。よく頑張ったな。」
彼は、力なく立ち上がったが、蒼白な顔をしていた。
「お前、もしかしてまた食ってないんだろ?」
「そうかも、そういえばいつからかな。覚えてない。ろくなものしか口に入れてないかな。忘れてた。」
「いい加減にしろよ。脱水症とか栄養失調なんて、超みっともないぜ、男だろ?。お前、ガールフレンドいるのか?」
「いや、それは今は、作らないことにしている。」
「死なないうちに、作れよ。面倒見てくれるやつ。ちょっとうるさいやつ。」
「そうだね。」
「何か食べに行くか?」
「そうした方がよさそうだ、デービッド。」
.....................
俺たちは、二度目に会った日に行ったダイナーに行った。
いつものウエイトレスが爽やかな微笑みで迎えてくれた。
二人ともステーキを注文して、無言でむさぼった。
アランの顔に少し色が差してきた。
食事を終えて、俺は話し始めた。
「アラン、昨日お前の姉さんにあったよ、アンジー・ロウだって?」
「えっ、本当?驚き!どこで?」
「スピカ、新しいバー、今働いてるところで。」
「それで?彼女きれいだった?」
「息が止まるほど美しかったぜ。カイルも一緒だった。彼はアンジーの恋人なんだね?」
「そう。彼ら、外で会うなんて珍しいな。」
「すごく馬鹿なんだが、はじめ、アンジーとは知らずに、俺は彼女に一目ぼれしたんだ。笑えるだろ?」
「へえ、面白い。本当?、デービッド?」
「正体を知ってから、知る前にそういう妄想してよかった、と思った。知ってからなら絶対そんなこと、ありえないもんな。」
「デービッドはクールだから、君に口説かれれば、アンジーもまんざらでないんじゃない?」
と言って、アランは微笑んだ。
「それはないな。彼女、お前のこと心配してたぜ。」
「そう?」
アランは心なしか、寂しそうに眼を伏せた。
俺は続けた。
「彼女、本当にきれいだね。初めて近くで見たけど。」
「アンジーはいつも完璧だ。」
「俺、彼女と少し話した。何か、話しやすくて、悩みを相談してみた。
そして彼女は言ったよ、君のこと知りたければ、直接聞けって。」
アランは驚いたように、俺を見つめていった。
「悩みって僕のこと?
なんだよ、デービッド?僕たちの中で、水臭い。僕の何が知りたいっての?」
「アラン、だってお前って音楽のことしか話さないじゃないか?
だから人間離れして、カリスマになっちゃうんだよ。みんなもそう感じているはずだ。」
いつもになく俺は真剣になった。
「俺はな、このバンドがこんなにうけるとは思いもしなかった。今まで俺の人生に、そんなことは起こったことがないからな。」
俺は続ける。
「だけどな、これ以上に進まなくてはならないとき、感じるんだが、先に進むのと引き換えに、成功を望む代償に、何か捧げなくてはならないのではないかって。過去や今までの自分を捨てなくては、それは手に入らないじゃないかって。」
顔に血の気が戻ったアランは、俺を見つめた。
「デービッド、君は感覚派と思っていたが、ちゃんと考えてるんだね。
実は、僕も変わらなくてはならないんだと思う。バンドをもっと上げて、みんなで、この先を見たい。
虹の向こうを見たい。だから、みんなについてきてほしい。イルミナのメンバーと一緒に未来を見たい。」
アランは一気にまくし立ててから俺を見た。
「この、僕の思いは身勝手かな?」
俺は返した。こんなシリアスな話は、二人の時では初めてだ。
「いいや、というより、アレックスもポールも、未来と引き換えに差し出すもの、捨てるもの、そのことを考えて取り越し苦労してるんだと思うな。先が不安なんだよ。彼ら、いい肩書、お育ちとか沢山持ってるものがあるからね。俺は過去には未練はない、と今は言える。」
「僕にも未知だよ、未来は。」
アランと話しながらも、俺はアンジーのことがなぜ頭から離れなかった。昨夜からずっと、彼女のことを考えていた。彼女の魔法にかかったような気分だ。
唐突に尋ねた。
「アラン、お前の姉貴は魔法を使うのか?」
「えっ、何で?」
「なぜか彼女の顔が頭から離れない。魔法にかかったように。彼女に会ってから世界がまた動き出したような気がする。実は停滞してたんだ。」
アランは、興味深げに俺を見ていた。
俺は言った。
「俺もこれから先のバンドのことに、自信がなかったのさ。あの、シェイパーズで突き抜けて、先の世界を垣間見て、それが衝撃だったから、その次元でやっていけるのかどうかと。」
アランは言った。
「君には、掴めてたと思ってたんだけど。」
俺は続けた。
「でもさ、未知の世界に憧れるのはその手前だけ、それがリアルに何か分かった時、普通の人間は戸惑うもんだ。お前は別だが。」
雄弁な自分に驚いた。
「その気持ちを誰に話したらいいかわからなかった。お前に話すのがちょっと怖かったんだ。
アンジーと話して、彼女のポジティブ魔力で、なんかやる気が出た。お前と対決する勇気も沸いた。」
アランは、怪訝な顔をした。
「なんで、僕と対決するのさ、デビ―ビッド?」
「だってさ、実際、お前は謎のかたまりだよ。お前、腹を割って話したやついないだろ?
お前のことは誰も知らない。ミステリーだ。そして自分の世界観を俺たちに無理やり要求する。なんか話ができないような雰囲気がある。」
アランは、実際、驚いていた。
「みんなは僕を恐れているというの?僕の謎って、何が知りたいの?僕は、ありのままだよ。」
俺は水を一口飲んで、続けた。
「そうだ、恐れているのかもしれない。謎のアランを、人間っぽくないアランを。
俺たちの前に現れる前に、何をしていたんだと。その才能は只ものじゃないから、気になってた。
姉貴がアンジーだ知って、納得した。でもこれは誰も知らない。
これは、アンジーに口止めされてたっけな。これは秘密ににしとくとよ、お前は謎のままだ。
だから、お前が何が好きで、ガールフレンドがいるのかとか、普通の人間っぽいことが知りたいんだ。だって俺たち、普通の人間だから、普通人間のアランを見たいんだ。」
アランは無言で店の中の空間に視線を彷徨うわせて、何か迷っているようだった。
彼は、おもむろに口を開いた。
「僕は過去を振り返らないから、本当は話したくないんだけど。でも知りたいなら、少し話そうかな。君の胸の内だけのシークレットにしてくれる?」
「またシークレットか。カイルにも、お前の姉貴にも、みんなに口止めされていて、何だそれは?
でも、わかった。秘密にするよ。」
「僕はね、実はね、アンジーの影武者だったんだ。アンジーの作品の一部、楽曲の一部。
彼女の過去の仕事の半分は僕がやっていたんだ、実は。彼女の名の下のゴーストだったのさ。」
俺は驚きで、鳥肌が立った。
「えっ、何だって?」
「他言したら、殺すよ。本気だ。これはトップシークレット。」
彼は謎めいた微笑みを浮かべた。
俺は、大衝撃の反応で、大きな声で笑った。笑いはしばらく止まらなかった。
店のウェイトレスが、こちらを振り返って見た。
「アランは、お前はガチで、ファンタジーだな。ぶっ飛んだ。でも、そういう話、信じてもいい。」
アランは俺を見つめて続ける。
「僕たちは、いつも一緒。二人で一つ。そして深く愛し合っていたんだ。メンタルにね。
二人でアンジーという名の成功を作ったんだ。そういうブランドをさ。
でもそれは僕自身ではなかった。それは自分を隠して彼女のために成し遂げたことだ。
でも、彼女と離れてやっていけるか自信がなかった。だって、アンジーは完ぺきに美しい、外見だけでなく、すべてが。そして彼女は僕を守ってくれた。そう、あの頃は、僕と彼女の境目がなかった。」
アランは夢を見ているように語り続けた。
「そしてさ、限界が来た。というか、変わらなくてはいけないと思った。僕は、彼女と別れることにした。まあ、ある意味で過去の世界で僕は自殺した。アンジーのいない世界、自分の世界を創ろうと、そう決めたから。」
俺は語られるアランのファンタジーに酔っていた。ありえない、リアルな話。
確かに、アランはアンジーに外見は似ているが、アランは彼女とは違う。
それは俺たちがよく知っている。イルミナの音楽は全く違う。
俺はアランを見つめていった。
「話してくれて、ありがとう。なぜお前がそういうやつなのか少しわかった。
それでさ、お前の抜けたあと、アンジーは一人で大丈夫なのか?」
「カイルがいるから。彼が来たとき、僕は時期だと思ったんだ。これ君だけに話した、秘密だよ。
次は、デービッドの番だ。」
「分かった。で、俺の番って、何のこと?」
「姉のこと。どう思ってるのさ?」
「ああ、そのことか?実は、お前に言うのも変だが、人生で初めてときめいたんだ。何故かわからないが、俺の体中の血液が高速で駆け巡った。」
アランは怪訝な視線を返した。
「えっ、君はイケメンのもて男で、ガールフレンドだって、次々変わるし、女に不自由しないのに。
姉はやめといた方がいいよ。」
「カイルがいるから?あいつも見直したぜ。ただのやわなやつだと思っていたんだが。」
アランは俺を見て、涙を流しそうな顔をしていた。
「だめだよ。アンジーは。」
「どうしてだ?そういわれると余計気持ちが高まるぜ。」
「アンジーは、一人の男を愛せないから。」
アランのブルーの瞳は大きく見開かれていた。
俺はため息をついて言った。
「そうだよな。何人も恋人が現れるだろうし、セレブクイーンだもんな。」
アランは言った。
「理由は、、、僕がデービッドを好きだからだよ。いや、僕はストレートだぜ。どう、説明しよう?
僕は君を彼女に渡したくない。君は僕と同じ世界で生きてほしい。」
彼の大きな目が潤んでいた。
俺は尋ねた。
「アラン、、、、なぜだ、なぜそんな顔をするんだよ?」
アランは涙をぬぐった。
「彼女は彼女の世界いてほしくて、僕は僕の世界を守りたいという意味だ。、、、何か僕、すごくパニックなんだけど。よく分からないけど。」
俺は彼の流れる涙を見ながら言った。
「どうして?、、、、俺はお前が実際好きで、リスペクトしてるけど、これは俺の気持ちの問題で、お前とは関係ないはずだぜ。」
この点に関しては、アランには譲れないと思った。
ウェイトレスがテーブルにアイスクリームの皿を置いた。
「サービスよ、よかったらどうぞ。」
俺は彼女の微笑んでいる顔を仰ぎ目て、言った。
「ありがとう。まだ、いて大丈夫?」
彼女は、優しく頷いて、奥へ行った。
アイスクリームをつつきながら俺はアランに言った。
「ところでお前、女も作らなくて、セックスはどう処理しているんだ?」
アランはいつもの謎めいた微笑みを浮かべた。
「これも言いたくないな。でも答えないとLGBT扱いするんだろ?でも、、、君は軽蔑するかもね。」
「ゲイでなければ、何だ?」
アランは恥ずかしそうに微笑んで言った。
「高級コールガールだよ。無難に。自分を確立するまでは、恋人は作らない。」
「へえ、ガチか?軽蔑はしないけど、それでいいのか?」
「あとくされないし。僕の心を盗まれないからだ。」
アランはそう言い放った。
俺はまた笑った。
「アラン、お前のことをいろいろ知って、また面白くなってきた。
でもアンジーの話は別だ。俺の気持ちだぜ。お前に口出されることじゃない。」
アランは真剣な目で俺を見つめた。
「じゃ、最低でも、僕に約束してくれよ。好きになるのは自由だが、手を出さないでくれ。それだけ約束してほしい。」
俺が続ける。
「アンジーは一人の男を愛せないって、カイルはどうなんだ。」
「彼はね、いつもその問いと戦ってるよ。彼のためにも、やめてくれよな。カイルは親友だ。
彼は頑張ってるんだから、ヤジ入れないでくれよ。お願いだ。」
なんか、彼の言いたいことが少しわかってきた。
「つまり、アラン、君の世界のバランスを崩すなってこと?」
「ビンゴ!その通り。この肉体があると、何かこんがらがってくるけど、音楽のこと考えると、創作のこと考えると、僕の世界を守らなくてはならない。感情や、欲情や、不安や、心配で混乱したくない。だからだよ。」
「わかるような、よくわからないような、、、オーケイ、彼女は憧れのクイーンにしとく。わかった。」
「ありがとう。君を信頼してる、デービッド。」
アランは、アイスクリームを食べきり、スプーンを皿の中に置いた。
彼の、骨ばった長い白い手を見ながら、俺は言った。。
「俺もお前を信頼してる。だからな、体気をつけろよ。お前馬鹿だからな。死ぬなよな。そろそろ帰ろうか?」
「うん。遅くなったね。でもね、もし何かあっても、僕は絶対病院へは行かないから。たとえアレックスにでも見てもらわないから。それだけ言っとく。」
「そうか、俺も病院とか注射は大嫌いだ。じゃ、自分で身を守れよ。」
「うん。」
ウェイトレスに、デザートの礼を言って店を出た。彼女はいつものさわやかな微笑みで送ってくれた。
どちらとはなしに、俺たちは少年の様に肩を組みあって歩いた。アランを弟のように感じた。
満月の夜だった。
月明かりが人けのない通りを青く映し出していた。
アランもその光を浴びて、ほのかに青く輝いて見えた。
「アラン、俺な、小さいとき、双子の弟がいて、湖におぼれて死んだんだ。それ以来、俺は弟とは、俺の心の中で一緒に生きてきた。いつも彼と対話してる。あの歌、アレックスへのバラード、あれ、俺を泣かせたぜ。」
この話は一度も人に話したことはなかった。
「そうなんだ?でも反面、君は弟を失った代償を探して、愛の遍歴しているのか。つまり、愛する片割れを探しているんだね?」
「そうかもしれない、その一片をお前にも感じてるし、アンジーにも感じたってことさ。」
「僕は、姉のシャドーだった。過去のことさ。我が道を行く。僕の世界を創る。」
アランは自分の決意に念を押すように、繰り返した。
「わかったよ、話してよかったよ。俺も一緒に行くよ。そう決めたら、なんか気持ちが楽になった。お前はまた魔法の粉をかけて、俺をやる気にさせやがったな。」
「それは僕じゃない。アンジーだ。」
彼女の魔力がまだ続いているのだろうか?
アランは立ち止まって、俺を正面から見据えて言った。
「デービッド、実は僕、、、実は、、本当のところは、姉を愛してるから取られたくない、知ってるやつにとられたくない。
それと、僕が君を好きな気持ちと、アンジーと愛してる気持ちを分けておきたい。
そうしないとバランスが崩れて、きっと狂ってしまうから。」
「わかったよ、アラン。俺の弟の立ち位置とお前のアンジーの立ち位置、似てるのかもしれないな。
冒されたくない聖域だよな。分かったから、もう何も言うな。俺たちは気楽な仲でいようぜ。」
「うん。」
月明かりにつかりながら、つかの間の幸せを感じた。
お互いを理解した安堵感。心が素直に寄り添う温かさ。
アランは不思議なやつだ。彼は嘘を言わない。いつも純粋で真実を語る。彼の歌のように。
今いるこの時、この世界、これが魔法であるなら解けてほしくない。
この世界を選んでしまった自分を信じたいと思った。
俺はアランの肩を強く握った。