早朝のエスプレッソカフェ <アレックスが語る>
これは今、ブレイク中の「イルミナ」というロンドンのロックバンドの成功の裏に隠されたファンタジーである。メンバーは、それぞれの職業にはついていたが、夢を諦められず、変化の時を待っていた。それは突然彼らに訪れ、運命の出会いの中で自分自身を見つけていく。
メンバーの一人一人の視点でパーツが綴られる。
イルミナのメンバーは
アラン:リードヴォーカル:不明
アレックス:リードギター:医者
ポール:ベースギター:弁護士
デービッド:ドラム:バーテンダー
カイル:プロデューサー:DJ
イルミナの音楽の成長の過程を、そして彼らの楽曲の煌めきを、貴方のイマジネーションを最大限に膨らませて楽しんでほしい。
僕はアレックス、病院勤務の内科医だ。
「イルミナ」の始まりは、ちょっとした出会いだった。
アランを中心に、僕たちは出会い、「イルミナ」ができた。
まず、どういう経緯で、僕がアランと知りあったかを話そう。
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やっと病院勤務も2年目にはいり、仕事にも慣れてきたころのことだった。
僕は、毎朝出勤前に必ずカフェに寄り、ゆっくりコーヒー―を飲みながら、自分とは何かを考える時間を取るのが習慣だった。
本当は何をしたいのか、今の人生は本当に望んでいたものだったのか、ここから延長する未来に満足できるのか、と常に自問していた。
家の伝統で僕は医師になったが、夢をあきらめた心の痛みを密かに隠していた。
それは医大を受験することを決めたときに捨てた未来。もう戻ることのない青春の輝き。
ミュージッシャンになる夢。僕の青春のほとんどがこの夢につぎ込まれていた。だから今医師になっても、仕事の価値は十分に認めてはいるが、この喪失感を心の中に秘めて、誰にも知らせずに反芻する。
そして一生、こんな自分が続くのだろうか。
今朝も、病院前のカフェでエスプレッソを飲みながら、窓の外の通勤の雑踏を眺め、自分のアイデンティティを確かめていた。そう、青春の煌めいた時間、音楽の中で生きた自分。たぶん、あの時こそが僕の真実だったんだと。
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月曜日の夜に、昔のメランコリーな気分になり、遅番の勤務を終えてアパートメントで食事を済ませた後、ジーンズとスウェットに着替え、昔行きつけだったクラブ「リンジー」を覗いてみた。
10歳近く若い世代の熱気を肌に感じ、新進の音楽に浸りながら、クラブの暗闇の中で過去の記憶にただ身を任せて、一人涙を流していた。
近くに、今風のゲームに出てくるヒーローのようないでたちの少年がいた。髪はアッシュブルーのショート、ジーンズのポケットに両手を突っ込み、肩を揺らす。彼はステージの光を受けて青色にまばゆく輝き、音楽を体に心地よさそうに共鳴させていた。僕もかつてはそうだった。
彼も音楽をやっているに違いない。僕はその姿を眺め、彼の存在と重なって、彼自身の音楽体験を楽しんだ。いつしか、僕自身もリズムを取って体を動かしていた。
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次の日夕方アパートメントに帰って、昨日の余韻で、iPodの音量を上げ、ロックの曲に合わせてて踊りながら着替えを済ますと、親友のポールに会いたくなった。今は弁護士の、かつてのバンド仲間だったポール。そして彼も、未来のキャリアのために、同じように夢をあきらめた。
しばらく会っていなかった彼とイタリア料理店で軽く食事をして、「リンジー」に行かないかと誘うと、彼も来たいと言った。
その日も、昨日の000(トリプルゼロ)が出ていた。そして、またもや、昨夜の青く煌めく少年がステージ脇のスポットライトの下にいた。
青味のライトで、繊細な顔立ちが浮き立ち、昨日より更に謎めいて、眩く輝いているように見えた。
彼をまた見て、何故か心が躍った自分に驚きもした。彼は曲に合わせ、小さな口を動かし歌っていた。
僕の視線を感じて、彼はこちらに振り向き、しばらく見つめあった。
そして、彼は小さな微笑みを僕に送った。
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その少年が、今朝、行きつけのエスプレッソ店の注文の列に並んでいた。その間、僕はずっと彼を観察した。青みのプラチナブロンド、背は低めで、長そでの白いTシャツとケミカルウォッシュのダメージジーンズが、華奢な体を包んでいた。
彼も僕の視線に気が付き、昨夜と同じ小さな笑みを浮かべた。僕はその微笑みにまた胸が高鳴った。
注文を受け取って、その少年は僕のテーブルにやってきた。
「ハイ、おはよう!昨夜会ったよね。スーツか?びっくり!何の仕事?」
「医者さ。」
「おどろき!クールだね!」
「君は?」
「音楽関係というのかな。」
「そういう感じだね。」
「期待を裏切らなくて、ごめん。」
そしてまたあの笑みを浮かべた。朝に光の中で見る彼は、青い影の部分が消え、色白の、ブルーの切れ長で大きな目をした、爽やかな少年に見えた。
「これから、病院?」
そういって彼は店の向かい側の病院を顎で示した。
「そう。君は練習帰り?」
「流石先生、お見事でした!僕、徹夜したから、少し疲れて見えるかな?」
「人って疲れてるときの方が、真実を語るというよね。」
「そう?」
彼は爽やかに微笑んでコーヒーをすすった。
僕は、かつての自分が生きた世界にいる、この少年をうらやましく眺めた。17か18位なのだろうか。
そして、思わぬ言葉が口からこぼれた。
「僕も昔、バンドやってた。」
「本当?、、、そしてあきらめたのか、、、医者になるために。」
「それは僕が生まれたときから決まっていたからね。」
「生まれがいいんだね。お気の毒に。」
彼は朗らかに笑ってコーヒーを美味しそうにすすった。笑顔が可愛くて、人を和ませるやつだ。
しかし、僕は、深海に沈めた秘密が上昇し、水面近くに上がってきてそうなのを、必死に抑えていた。。
それを察したのか、彼は言った。
「眠れる虎を起こしちゃったかな?ごめん。」
「いいんだ。」
よくはなかったが、彼が、十分にそれ刺激しているのは事実だった。
少年は言った。
「今さ、僕ね、バンド組みたくてメンバー捜してるんだ。
あのOOOのドラマーを引き抜こうと思ってるんだけど。どう思う?」
「彼はイケてるね。僕も好きだな。パワーがあってシャープ。相当場を踏んでるよね。真摯な感じだし、ルックスもいい。いい感じだと思うな。」
少年は真顔で僕を見つめて言った。
「僕もそう思う。」
彼は続けた。
「昔の話していい?」
僕はうなずくいた。
「前にバンドやってたんだよね。」
「そうだけど。」
「パートは?」
「リードギター。」
彼の顔がほころんだ。
「やったー!」
「なんで?」
「実はリードギターと、ベースも探していて。緊急に。」
僕は噴出した。なんて唐突でキュートなやつなんだ。これが若さゆえの無粋か?
「待てよ、もしかして僕を借り出そうとしてる?無理、無理。それに、君、初めてバンド作るのかい?」
「や、前にもいくつもかかわってきたんだけど、、、、まるっきり新しいコンセプトで自分のバンドを作りたいんだ。」
「それはいいけど、なんで僕なんだ?君とは今あったばかりだよ。何それ?
もっと若いの探せば、いくらでもいるだろ?」
「僕は直観的なんだよ。なんか気が合いそうな気がして。君は僕をどう思う?」
予測不可能な、不思議な少年だ。今どきの若い子はこんなもんなのか。
「謎っぽくて、向こう見ずで、身勝手な感じだね。君は歌うの?」
「これでも割とまじめで、ちゃんと考えているよ。そう、曲を作って歌うんだ。」
「アーティスト志望か。楽器はやらないの?」
「ギターとピアノ出来るけど、歌に集中したいんだ。だから探してるんだよ。一度合わせてみない?
デービッドに話したら、000(トリプルゼロ)のドラマーね、ギターとベースがいなければ話に乗らないというし。」
「そういうわけ?」
「そういうわけさ。」
彼は悪戯っぽく微笑んだ。顎の線がきれいな顔だちだ。
「でもさ、一度合わせても、その後は僕は続けられない。僕はドクターだからね。」
「もし、僕のコンセプト気に入ってもらえれば、君はスーパーマンみたいにWジョブで働くかもしれないよ。昼はクラークケント、夜はバンドマン。バットマンかな?」
彼は自分の言ったことがおかしくて笑った。
彼は畳みかけた。
「ねえ、この前一緒だった人は楽器やらないの?」
「君って、スカウトマンか?彼はポール、昔一緒のバンドでベースやってた。」
「ビンゴ!彼もいっしょに。ねえ。」
「彼は弁護士で、忙しいんだ。」
「はあ、弁護士か。類は友を呼ぶとはこのことだね。彼もいいなあ。頼んだよ。これで決まり!」
彼は全く僕を笑わせる。
「僕らの音も、スタイルも知らないのに。そういうの身勝手というんだよ。」
「でもさ、切羽詰まっているんだ。だって曲が次々浮かんでくるのにバンドがない。」
「あのドラマー確保のボランティアなら。1回だけ付き合う。あ、ごめん時間だ。そろそろ行かなくちゃ。」
「ありがとう!じゃ、SMS交換しよう。場所と時間を後で連絡するね。そのポールもお願いだよ。
土曜日の夜から朝まで空いてる?たぶんそのくらい。」
我々は、まだ名前も交わしてもいなかった。
「僕は、アラン。よろしく。」
と少年は言った。
「僕はアレックスだ。」
素早くSNSアドレスを交換しながら、
「その時間なら、僕についてはたぶん大丈夫だが、ポールのことは保証しない。1回だけだよ。
未来はないと思ってくれよな。」
「インテリっていつもそうなんだ。未来が未知で、無限だって信じないんだから。
大丈夫、ポールは必ず来る。あのドラマーと合わせられると思ったら、来るさ。君もね。」
「すごく無茶ぶりだけど、そうだな、説得力あるな。君って本当にミュージッシャン?
ビジネスうまいね。信じられない。じゃあ連絡を待ってるね。」
と、自分の言っていることに、耳を疑った。
彼は喜びを満面の微笑にして言った。
「ではいい日を!」
「君もね。」
わずか15分の間に、アランは僕の気持ちを変えてしまった。彼は僕の秘密の本音を引き出す。
これが、封印していた自分かもしれない。
僕は、からかわれているのだろうか?だが、彼の見開かれた瞳は真剣だった。彼の説得に負けた自分。
しかし、毎朝、過去に戻る夢を見ていたのは僕自身だった。
僕は、胸を高鳴らせながら病院入口の階段を2段おきに駆け上がった。仕事だ、仕事。
その時から僕は、2つの宇宙を生き始めることになる。