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金平糖の箱の中  作者: 由季
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 いつものように東雲と夕霧は窓辺に座っていた。先ほど喜八にもらった金平糖が和紙に乗って2人の間に置かれている。東雲は煙管をふかすと、金平糖を摘んだ。


「私、あんまり甘いの食べないから客も持ってこないけど、これ綺麗ね」

「うん、綺麗」

「これ味違うの?」


 さあ、知らない、と両手で頬も包みながら肘をつく。外の光をボウとみている夕霧は上の空で答える。夕霧はぼんやりした様子で色とりどりの金平糖を指でコロコロと転がしていた心ここに在らずのような夕霧に東雲は、白い金平糖をひとつ取った。


「わたしは白がいいかな」


 その一言でぼんやりと金平糖を見ていた夕霧はなんで?と答え、まあるい目が東雲の方を向く。


 東雲はスゥーっと深く煙管を吸い、煙を夕霧の顔に吐いた。夕霧は条件反射で目をギュッと閉じ、なにすんだと少し怒り気味に言う。


「煙管の煙の色だから」


 大きな口の端を上げ、歯を見せ笑う。いたずらな笑みを浮かべながら、さっき夕霧に吹きかけた煙と同じ色の金平糖をガリッと齧った。さっきまで眉間にシワを寄せていた夕霧が、東雲の笑いにつられたように笑う。


「じゃあ、煙管の煙味?」

「ほんとにそうかも」


 ほんとに煙味がする!と下手くそな芝居を打つ東雲が、夕霧はおかしくてたまらなかった。


 2人で笑いあっていると、外が賑やかになってきた。なんだなんだと、夕霧も東雲のように窓に腰をかけ二階の部屋から外を見下ろすと豪華絢爛な花魁道中が始まっていた。重そうな分厚い帯を腹にかかえ、堂々と練り歩いている。


「東雲みて、すっごい帯」

「打掛もすごいぞ、ありゃ」


 あれ一人分で何両するのか分からないくらいの着物をまとい、禿を引き連れて歩く。


「向かいの楼の道中か」

「これにいくらつぎ込んだんだろうねえ」


 あの帯がかんざしが、値打ちはと話してるうちに2人の部屋の下を通り過ぎていった。あのお祭り騒ぎのような喧騒がいなくなると、前よりもっと静かに感じた。


 行っちゃったね、と夕霧が東雲の方を振り返ると、何故か少し眉間にしわを寄せていた。


「あの店の、若い子。心中したんだって」

「……へえ」


 いつも部屋の奥に閉じ込められている夕霧は、そういった情報が聞こえてはこなかった。どこのだれが心中した、そんな話はこの街では絶えず流れている。


「心中ってか……自殺みたいなもんだったらしいよ」


 ここを剃刀で、と東雲は夕霧の細い首をトントンと叩いた。夕霧は、それを想像してしまいゾッとし首をすぼめる。東雲の話を聞くとどうやら、本命は到底身請けできるような器じゃなく一生嫌いな男に抱かれるくらいなら死んでやる、との事だったらしい。


「情夫も大概にしないと、割り切らねぇと」


 ここは“そういう”世界だから。


 遠くなっていく花魁道中の喧騒を目を細めて見ながら煙を吐く。その言葉は、何故だか自分に言い聞かせているようにも聞こえた。

悲しげで、切なげな表情を見た夕霧は東雲の手を取った。ひんやりとした、冷たい手だった。なんだかその表情は、心中した女郎のことを、まるで自分のことのように思っているような顔であった。苦しい顔をしていた。


「……東雲は、死んだりしないよね」


 その必死な目と本当に悲しげに垂れた眉をみて東雲が微笑んだ。


「……なにいってんの。大丈夫だよ」


 夕霧はほんとうに子供みたいね、と東雲は白い金平糖をつまみ、夕霧の口に放り込んだ。カロカロと歯に当たる金平糖の音で、もうそれ以上は何も言えなかった。


 夕霧は、それを口の中でゆっくりと転がし、パキ、と弱い音がして砕けていく。硬い殻が破れ、じんわり広がる解ける甘味に舌が溶けそうだった。苦い煙管の煙とは程遠く、ほら、煙味じゃないじゃないかと、静かに呟いたのであった。


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