表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
金平糖の箱の中  作者: 由季
5/33

東雲

 

 足の裏に花弁の露がついたまま、歩みを進めた。目的地だった部屋の襖を開けると、少し疲れた様子の女郎が煙管を吸っている。襖を開けた夕霧を横目でみやるとフウと煙を吐き出した。白く透明な煙は天井に登っていく。赤い口に寄せられる金属が眩しかった。


「夕霧、もう今夜は終わり?」

「……終わり。たぶん。東雲は?」

「終わり終わり!」


 3人も相手したんだ、やってられるか。とうなじをぼりぼりとかいた。すこし出ている窓に腰掛け、片足をあぐらのようにかいていた。端整な顔立ちからは想像もできないような男勝りな性格な東雲は、苛立っているのかすこし大きな音を立てて煙管の灰を捨てる。


 話し方や行動は少々乱暴だが、れっきとした女であり、楼の中で夕霧が唯一心を許している女郎であった。夕霧は、襖を閉め東雲のいる窓際に近づくと、畳に座り出窓に肘をつき頬杖をついた。


「せっかく綺麗な顔と声なんだから……」

「なぁに?もっと綺麗でいろって?」


 そうすれば、3人なんか相手にしない売れっ妓になれるのに、と聞こえるか聞こえないかな声で夕霧はつぶやく。東雲は、顔も良いが聴き惚れるほどの綺麗な声であった。その声で男を転がそうものなら、すぐ上に駆けあがれる可能性は大である。その瞬間、夕霧のおでこに軽い痛みが走り、パチンと小気味のいい音がした。


 右手で煙管を吸いながら、左の指で夕霧のおでこを弾いた。


「何すんだ」


 男とは思えぬ細い指を揃えて夕霧はおでこを抑える。東雲は、大きな口の端を釣り上げ、いたずらそうな目で夕霧を見下ろしていた。


「いーんだよ、そんな欲張らなくたって。」


 そういうと外を向きながら、ひとくち煙管を吸った。怒ってしまったのではないかという夕霧の一抹の不安は杞憂になり、すこし肩をなでおろした。


「でも……」

「でももへちまもねえよ。なんだ?そんな来た時から暗くなって……」


 そう言われると夕霧が、図星をつかれたと口をすこしとんがらせる。なにかを気付くと、東雲は怪しげに笑った。


「おまえ、またタヌキにやなこと言われたか」


 それか、あの姉貴たちか?とニンマリした顔のまま覗き込んでくる。とんがらせた口が、さらにムッと強くなる。


「分かりやすいな、夕霧は!」


 にんまりと笑った薄い唇を大きく開けて、豪快に笑った。それを横目で睨みみている夕霧は、まだ頬を膨らませいじけている。


「だって…」

「受け流せばいいんだよ。でも、おまえ頑固だからな」


 完全にブスっと拗ねてしまった夕霧の頬をつまむ。


「そうしてると、おまえの綺麗な顔も台無しだぞ」


 依然拗ねた顔のまま東雲を見上げる。東雲は窓から差し込む月光に照らされていた。微笑んだ顔のまま、顔のまま、ん?と顔を傾げる。


 きれいな唇から吐き出す煙も、月光によって照らされさらに登って行った。その煙は、赤い提灯に照らされている町から深い青色に優しい黄色が混ざった、なんとも言えぬほど綺麗な空にじんわりと溶けて行く。


 煙管の吸い口がキラリと光り、まるで空に輝いている星を借りてきたようだった。


 意味のわからない金持ちの商人も、


 それに踊らされるタヌキもキツネも


 嫉妬と嫌味に溺れてる姉貴分も


 あれだけ気に病んでいたのに


 夕霧はどうでもいいとさえ思った。





 ーーーこの人さえ、


 わかってくれたら


 ーーいてくれたら。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ