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金平糖の箱の中  作者: 由季
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菖蒲

 

 いきなり上の空になったと思えば「金平糖は好きか?」なんて聞いて部屋を出て行った喜八に、夕霧はまだポカンとしていた。


「ありゃなんだったんだ」


 手一つ触れず、いや、男色が受け付けなかったのか。それならいいと、フウと胸をなでおろす。すると、廊下からバタバタと慌ただしく音がして襖が開く。そこには、タヌキのような楼主に、下男が険しい顔をして夕霧を見下ろしていた。夕霧とは正反対に意気揚々と赤く染まった顔は醜かった。


「おい!夕霧、どうだった!」


 目と同じくらいに広がってる鼻の穴からは、近くないのに鼻息が感じられるくらい荒かった。その見苦しい姿に、夕霧は裾で口を隠し眉間にシワを寄せる。そんな大きな口で、唾でも飛んできたら最悪だと距離をとる。


「どうもこうも……なんだか、上の空のまま、帰っていかれましたけど」


 タヌキ親父の横に広い背中から、ひょっこり下男が顔を出した。


「あの方は、ワタシが呼び込みで、奇跡的に寄ってもらった馴染みの、太い客なんですよ!」

「ああ、あれを逃す手はねえよ!」

「ふ……男色が嫌なんでないですか?」

「男だということを感じさせなきゃいいだろう!」

「無茶なことを……」


 タヌキも狐も、目が金でギラギラしている。相手はまた一番の商いをしている主人だから、当たり前ではあった。夕霧は、今までにない手応えのなさ、しかし帰りにまた来ると呟いて行った喜八が全く掴めずにいた。


 そんなことをぼんやり考えている側では、2人がやんややんやと喋っている。これはまた稼げるぞ、引き止めて正解だったな。逃したらわかってるんだろうな。夕霧はその先の醜く汚い行為を思い出して顔をしかめる。この、女のようにされた男の体を抱くことの何が楽しいのか。フウと一息つき、立ち上がる。夕霧は、何を求められているか、悲くとも分かっていた。


「……わかりませんが、また来ると仰ってましたし、朝霧の馴染みなら、次、似たような化粧でも致しましょうか?」

「おお、それがいい!」


 それ‘‘だけ’’が、お望みなんでしょう?と言わんばかりの眼力と、それに不釣り合いな笑顔で2人の横を通り過ぎた。その心にも気付かず、2人はまた、金の話で賑わっていた。

 廊下にも、女の匂いが蔓延している。その匂いが染み付いた自分も女なのだろうかと、眉間にしわを寄せた。お客が帰り、仕事を終えた遊女たちが、大部屋にたむろっていた。


「最悪だよ、あの客。ケチくさいったらありゃしない」

「アタイの客は、太っ腹だったぜ」

「ああ、羨ましい羨ましい」


 その姿は、豪華絢爛。キラリと光るかんざしに、細かい刺繍を施した帯。白く綺麗な肌には紅が艶やかに光る。まるで色とりどりの花が咲いているような光景である。しかし、その色とりどりの花から垂れるのは、決して蜜だけではない。廊下を歩く夕霧をジロリと睨むと、ああ、とニヤリと口角を上げた。


「アラ、‘‘朝霧もどき’’の‘‘遊女もどき’’じゃない」

「男はイイよねぇ、孕む心配がなくってさァ」

「抱かれてるだけでいいもの」

「違いねぇ違いねぇ」


 綺麗な花たちは、花から蜜、切り口から毒を垂らす。切り口から垂れる毒によって、もう夕霧は麻痺していた。聞こえたくない言葉が夕霧の耳に届く。それももう、慣れたものだった。


「……お姉様方、お疲れ様です」

「聞いたかい、お姉様方だってさ」

「禿にもなってないやつがよく言うよ」


 当たり前に返事はなく、クスクスと笑うだけであった。ふと下に目線をやるとどこかの生け花から落ちたのか、菖蒲が一輪落ちている。もう水を吸えなくなった菖蒲はしんなりと床に寝そべっている。


 夕霧は、それをグシャリと踏み潰し、また歩き始めた。


アヤメ 花言葉 【希望】

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