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金平糖の箱の中  作者: 由季
夜明け
33/33

石蕗の花

 

 立派な打掛がかかっていた場所は、もうなにもなかった。空白の空間を、喜八は静かに見つめる。

 思い出されるのは、最後の夜の夕霧の姿であった。月夜に照らされる白い肌と、頬に伝う涙は、今まで見たものの中で1番切なげで、儚く感じた。思い返すだけで、胸が痛くなる。


『……幸せでした』


 あの夜から、自分のした行為は間違って居なかったのだろうかと、自問自答を繰り返す日々であった。最初は朝霧を重ね、若い自分を重ねていた。そのことも、罪悪感で胸が締め付けられる。

 いつからであろう、夕霧に、今の自分が惹かれていったのは。あの瞳に、自分が映るのが嬉しくなったのは。あの喉から自分の名前が出てくるのが、待ち遠しくなったのは。


「ん、父上?」


 そんな空虚を見つめる喜八を不思議そうに、八之助は喋りかけた。


「父上、また、どうしました?」

「いや……」

「?」

「なんでもない、気にするな」

「はあ……」


 空返事に、腑に落ちないながらも去っていった。

 反対を押し切ってでも、私は夕霧を身請けしなければならなかったのだろうか。……朝霧を身請けしていれば、二人とも幸せだったのだろうか。朝霧を思い出せば、夕霧に申し訳が立たない。どちらも取り返しのつかないことであった。喜八はまた後悔が増えてしまったと、重いため息を吐いた。


「父上、こんなものが軒先に」


 落としもんかなあ。八之助は喜八に呼びかけた。そんなもの放っておけばいいだろうと、気だるげに振り向くと、八之助の手には、片手で収まるほどの巾着が乗っていた。その巾着は、夕霧の着物の袖に入れたはずの巾着であった。

 喜八は、八之助からそれを受け取った。5両ほど入れたはずの巾着にしては軽く、なにか柔らかいものでかさばっていた。


「なんですかねぇ、あぶねえものじゃなけりゃいいんですが」

「私が預かろう

「ええ、急になんです」

「ほら、仕事だろう」


 わかりました、と八之助はなんとなく不服そうに店へ出ていった。恐る恐る、震える手で巾着を解く。丸々、渡したお金が入っていたら。まさか、足抜けに失敗したのではないか。


 すると、中から溢れるように石蕗の花が溢れてきた。黄色の小さな花は、ポロポロと喜八の足元へ落ちる。まるで、星が溢れ出てくるようであった。


「石蕗……」


 石蕗の花の中に、違うものが入っている。なにか小さく、花弁とは違い固いものだった。

黄色い星の中をかきわけ、摘む。巾着から出したそれは、桃色の金平糖であった。よく巾着の中を見ると、桃色と黄色の金平糖が底に沈んでいる。


 溢れ出る石蕗の花と、その下に見えるきらめく桃色の金平糖は、朝霧に恋に落ちた時のきらめきと、夕霧と過ごした穏やかな夜の星のようであった。


 きっと、夕霧が置いていった。

 逃げることができました、と、置き手紙の代わりに。そして、遊郭であった、きらめく思い出たちを置いて。


 喜八は、無事だったんだと肩をなでおろすとともに、切なさ、嬉しさがこみ上げてくる。きらめく金平糖が、舞う花びらが、喜八には滲んで見えた。


「夕霧には、敵わないな……」


 風でふわりと舞った石蕗の花は、窓からフワリと出て行く。まるで夕霧が、青空の下、自由に走って、笑っているかのようだった。


 その後の話、勘吉からは、遊女が足抜けして捕まったらしいなどというこれといった話は出なかった。


 夕霧が、東雲が今どう暮らしているかは、誰にも分からない。笛でも吹いているだろうか、琴を弾いているだろうか。

想像もつかなかった。しかし、喜八は、きっと夕霧なら上手くやっているだろうと花びらは枯れ、金平糖だけになってしまった巾着を握りしめる。


「食べれないな、これは……」


 桃色と黄色の金平糖を見つめるたびに、喜八の心の中の思い出が、静かに、ほのかに暖かく、きらめくのであった。

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