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金平糖の箱の中  作者: 由季
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「喜八様……起きてらしたんですね」

「……ああ」


 寝ぼけ眼を擦りながら、結んだ手をジィと見つめる喜八に呼びかける。はだけた自分の肩を慌てて布団で隠しながら、まるで抱かれたのが初めてのように頬を赤らめる。


「喜八様……?」

「ああ……」


 喜八の手が柔らかな夕霧の頬をするりと撫でる。その感覚が心地よく自ら手に擦り寄る。その姿はまるで猫のようであった。そんな夕霧が、また一層愛らしく見える。男色は受け付けぬと行っていた自分であったが、体を重ねれば情が湧くとは覚悟はしていたものの、朝霧と瓜二つの夕霧ではまるで話が違った。


「……夕霧」

「はい……?」


 布団の熱がまだ体を温めている。横には頬を赤らめ寝転ぶ夕霧の熱が、じわりと足先から登ってくる熱が、喜八の思考さえも温めていたのかもしれない。


「うちに来るというのは……」


 どうだ。そう言いかけた喜八の口は、夕霧を見つめたままぽかんと空いたままであった。思うままに出してしまった言葉はもう喉には戻らず、中途半端な言葉だけが宙を漂った。


 その言葉をまた、同じような顔できょとんと見つめる夕霧はとても悲しそうな顔をした。言いかけたということは、途中で考え止まったということ。すべて言ってしまうより、言わない方がずっと酷であった。


「喜八様」


 未だ握っていた手を、ギュと握り返す。その圧にハッとしたように喜八は夕霧の目を見つめた。


「いくら朝霧に似てるとて、女ではないのです」

「そんな……私は、夕霧をと」

「これから私はきっとどんどん男になりましょう、子供も産めぬ体……喜八様も最後まで言わないのは、お分かりだからでしょう」


 隙間から吹き込む風が、先ほどまで2人を纏っていた暖かい空気を吹き飛ばしていった。首をかしげる夕霧は、眉を垂れ先程とは一転捨てられた犬のような顔で喜八を見つめていた。その瞳がまた、喜八の心を締め付けた。


 愛さえあればと、喜八は思うがそんなこと呟く権利は自分にはないと喉にグ、と押しとどめた。はじめは朝霧の影を追っていた自分に、言えることではなかった。


「ただ……私はこの一晩だけで、辛い遊郭で生きてきて良かったと……幸せだと、そう思えました」


 ありがとう、と呟く夕霧は、儚げに微笑んでいた。その笑顔に、喜八はまた胸が締め付けられる。何故私はあの時から変わらないのだと、私が出来ることはと、柔らかな頬を撫でながら考える。


「……夕霧」

「はい?」

「……いつ、‘‘する’’予定なんだ」


 喜八の‘‘する’’というのは、足抜けを指していた。急な話に夕霧は一瞬戸惑ったものの、小さな声で、明日、と呟いた。


「そうか」

「なぜ……?」

「明日、川に船を用意しておく」


 それで逃げなさい。喜八は、にっこりと微笑んだ。


「喜八様……」

「……幸せになりなさい」


 そういい、また頬を撫でる。滑らかな肌に、ひとつ、二つと涙が伝う。ボロボロととめどなく流れる涙を笑いながら喜八が拭う。


「ありがとう……ございます」


 喜八の太い首に、夕霧の細い腕が巻きつく。ぐすぐすと泣く夕霧の頭を撫でながら、喜八はこれでいい、と目を閉じた。

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