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金平糖の箱の中  作者: 由季
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罪悪感

「よう、喜八!お楽しみだったか?」


 店から出てきてすぐ、肩を力強い腕で掴まれた。振り返れば、なんだか頬が艶やかになっているような、満足げな笑顔で勘吉は立っていた。


「ん……まあ、そうだな」


 勘吉は喜八の意外な答えに目を丸くし、大きな口をあけ、そうかそうか!と背中をバシバシと叩いた。勘吉は自分が無理やり連れてきたという自負があったからから、良かった良かったと大きな声は暗闇に響いた。


それからの帰路は、勘吉の買った女がいかに好みだったか、どんな遊びをしたか。そしてどれほどまでに自分に惚れているか、聞いてもいないのに詳しく話していた。


「お前さんもま見ただろう、あの器量の良さを」

「そうだったかね」

「なんだあ、俺がイイもんとっちまったもんだから、意地張ってんのかあ?」


興味のないような話も喜八は、右から左へと流して頭の中は朝霧のことを思い出していた。

 そうとう昔のことに思えた朝霧のことも、昨日のことのように思い出してくる。朝霧の金平糖を食べる姿そこらへんの街娘に、花魁の着物を今着せたような……寂しげな感じさせない屈託のない笑顔、無邪気な笑顔、天真爛漫で。


「なんてつったって、肌が柔くてよ」

「ああ」

「もうありゃ馴染みになるしかねえなあ」

「そうさね」


『約束、ですか?』


 断片的に、頭の中にふと、朝霧の声が流れた。軽くて、高くて、そう、まるで飴玉を硝子にぶつけたような、カロンカロンとなるような。可愛らしく心地よい声だった。その景色は風とともに流れ、どんな話だったか、と思い出そうとするももう頭から抜けていた。もう秋に入りかけた冷たい風が喜八と勘吉の間を勢いよく通り抜けて行く。


「うう、やっぱり夜はさみぃなぁ」

「……はて、なんだったか……」

「なんだあ?」

「……いや、なんでもない」


ああだこうだと話しているうちに、喜八の屋敷の前に着いていた。勘吉は口には出さないが、いつみても立派な屋敷だと仰ぎ見る。


「じゃあ、喜八、またいこうな!」

「ああ、また」


 大きな屋敷の前で門をゆっくりと見上げる。ハアと重たいため息をついた。この遊郭に行った後、我が家に帰る罪悪感も久方ぶりであった。昔と違い喜八は嫁を取っていたので罪悪感も増して感じていた。


「……やましい事をしたわけじゃないからな」


 自分に言い訳するようにぼそりと呟くと、大きな門もくぐった。玄関に明かりがぼんやりとついている。その明るさは、いつもは暖かさを感じる色であったが、今日ばかりはどきりと胸を跳ねさせた。


「おかえりなさいませ」

「起きてたのか」

「起きていて不都合なことでも」

「い、いや」


 そういう訳ではないのだと、すこしどもってしまう。夜中とは思えないしゃんとした格好で出迎えた妻は隣町の大きな商人の娘であり、いわゆる政略結婚である。


「もう夜も寒い。風邪を引くから早く寝なさい」

「お楽しみでしたか?」


 冷ややかな声は、冷たく長い廊下を這い、喜八を刺した。その冷たい痛さに喜八は肩をすくめる。風邪を引くからと思いやりの言葉など、細切れになって無くなっていくのが分かる。思いやり、などと言っているが、ただ自分が負い目を感じただけであった。先ほど当てられた、冷たい風よりもツンと尖っている。


「……勘吉がね、お楽しみだったみたいだよ」


 私は別に、と含みを持たせる。椿は、そうですか、と変わらず冷たい表情をしたまま、長い廊下をパタパタとかけていった。喜八はその後ろ姿を見て、また罪悪感に駆られた。


「何かしたわけではないし……」


 そう罪悪感を拭おうとすればするほど、朝霧の思い出が、はっきりと胸に、暖かく光ってくるのであった。

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