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クロスロード  作者: 粟吹一夢
第一部 西の国〈フランツガルト帝国〉編
9/30

第七話 星の王女のしもべたち

 レイを連れて旅を始めて三日が経った。

「あれは……」

 前方に見えてきた山を見て、御者台ぎょしゃだいの隣に座っているレイがつぶやいた。

「初めてか?」

「い、いえ。何度も見たことがあります」

 前方に見えてきたのは、山頂がとんがった山で、「クロス・オブ・クロスロード」とか「ザ・クロス」とか呼ばれ、十字路クロスロード高原ハイランドが十字に交わっている地点を示すランドマークだ。

 どこまで進んでも同じような草原が続いている十字路高原の中にあって、ザ・クロスは唯一と言って良い山だ。

 俺たちは今、南の国から北上してきている。

 ザ・クロスのふもとをそのまままっすぐに進むと北の国に、右に曲がると東の国に、左に曲がると西の国に行く。その方向転換をするべき場所を旅人に教えてくれるためとしか思えないように存在している。

 また、ある国の帝都から別の国の帝都に旅をする者にとって、道程のちょうど半分まで無事にやって来たという、安心を与えてくれる存在でもある。

「はい?」

 突然、レイが誰かに問い掛けるかのように言った。

 レイを見ると、その視線は俺ではなく、前方のザ・クロスの方に向いていた。

「何だ?」

 俺の問い掛けに、レイは今、目が覚めたかのように、ハッとして、俺を見つめた。

「す、すみません! 何でもないです」

 レイの焦り具合からすると、寝ぼけていたのかと思ったが、居眠りしているようには見えなかった。

「レイ。おまえは俺の商品だ。その商品に隠れた欠陥があると売った俺の責任となる。つまり、大幅な値引きを要求されたり、場合によっては損害賠償を請求されることもある。俺は損をすることが大嫌いなんだ。正直に言え。おまえには何か聞こえたのか?」

 俺にはレイが誰かに返事をしたように聞こえた。

「あ、あの、ここに来ると、いつもなんです」

「いつも、何がある?」

「誰かが話し掛けてきているような気がして」

「何と言っている?」

「分かりません」

「ここ以外ではないのか?」

「はい。ないです」

 何だろう? 場所限定の幻聴など初めて聞いた。

「話し掛けてきているのが誰か、思い当たる奴はいないのか?」

「分からないです。でも、いつも同じ女性のような気がします」

「女性?」

「はい。すごく心地良い声で、いつの間にか気にならなくなります」

 俺は、徐々にその姿を大きくするザ・クロスを見つめた。

 それほど高い山ではないが、見渡す限りの草原の中にそびえ立つ単独峰として威容を誇っており、そこに「何か」が存在していても不思議ではないと思えてしまう。



 この大陸の四つの帝国は、すべて信教の自由が保証されている。

 しかし、「太陽と月の教団」が信仰し、布教している教えの信者が大陸全土にわたって圧倒的に多く、事実上、四つの帝国のすべてで国教として扱われている。

 すべての作物に光を降り注ぎ生育させてくれる太陽の神と、夜の暗闇を照らし優しい休息時間を与えてくれるとともにその満ち欠けで月齢を教えてくれる月の神を人々が崇拝したくなるのは当然だ。

 そして、太陽も月も唯一無二の存在であり、それが権威主義とも結びついて、太陽と月の教団は四つの帝国の皇室の支援を受けて、各地に荘厳な教会をいくつも建てている。

 宗教面から見ると、この大陸は統一されていると言えるのだ。

 太陽と月の教団が信仰する宗教以外にもいくつか宗教はあるが、どれも弱小で信者も少ない。

 そんな一強多弱の宗教界で、じわじわと信者を増やしているのが「星の教団」で、実質的に太陽と月の教団に次ぐ信者数になっていると言われている。もっともその信者数は「太陽と月の教団」の千分の一ほどらしい。

 その星の教団の信者は、主に奴隷たちだ。

 星の教団の聖典によると、その昔、人族は犬、猫、熊、猪の各種族を奴隷として支配していたが、そのことが神の逆鱗に触れ、神が遣わした「星の王女」と呼ばれる神子みこによって征伐された。そして、二度とそのようなことにならないようにと、すべての種族から魔法を取り上げ、封印してしまったというのだ。

 その星の王女を崇拝している星の教団は、多少の明るさの違いはあっても、等しく夜空で輝く星のように、すべての民が自由平等に扱われるべきだとして、奴隷制度の撤廃を主な教義としている。今は、神話の時代のように種族の違いで奴隷にされることはないが、奴隷制度は相変わらず残っている。今、種族を問わず、奴隷にされている者たちにとっては、星の王女様が再び降臨されて、奴隷の身分から救い出してくれると信じたいのだろう。

 そして、ここ、ザ・クロスは、星の王女が天界から降り立った地とされ、ここを中心に「星の王国」という理想の国がかつて存在していたとされる。そういうこともあって、ザ・クロスは星の教団の聖地とされている。



 とにもかくにも、レイはこの場所でだけ、誰かの声が聞こえるそうだ。

 こんな所を旅するのは旅商人くらいしかいない。そして、しがない旅商人がレイの買い主になれるはずがない。レイの買い主は、それぞれの国から出ることがない王侯貴族か大商人のはずだ。自分が内心で設定している値段でレイが買えるのはそういう連中しかいない。

 そうだとすれば、この地域限定のレイの幻聴は、商品の欠陥として事前に説明しておく必要はないだろう。



 日が落ちた。

 辺りが暗闇に覆い隠されたが、満天の星がザ・クロスの稜線りょうせんを夜空に浮かび上がらせていた。

 俺が荷馬車を停めると、すぐさま、レイが御者台から降りて、荷馬車の横にぶらさげている麻袋の中からを両手一杯に抱えて、二頭の馬の前に置いた。もう俺がいちいち指示する必要はなかった。

 俺は、馬が元気に飼い葉をんでいる様子をうれしそうに見ていたレイに「まだ、声は聞こえるか?」と尋ねた。

「はい。最初はちょっと変な感じになりますけど、次第に慣れます。今ももう慣れました」

 確かに、昼間は少し戸惑っている様子であったが、今は特に変わった様子は見えなかった。

 その後、いつもどおり、焚き火を囲んでの夕餉となった。

 変わり映えもせず、炙った干し肉を食していると、コーネリアが座ったまま、背筋を伸ばして、ある方向を見つめた。

 俺も少し遅れて、蹄の音に気づいた。

 コーネリアが見つめる方に注目していると、松明たいまつと思われる火の明かりがぽつりと暗闇にともり、揺れながら次第に大きくなってきた。

 近寄ってくると、松明を持った男が二人、ロバに乗って、のんびりと走り寄ってきているのが分かった。

 盗賊どもが自分の所在を明らかにしながら近づいてくるわけがない。果たして、その二人は犬人族と人族の男性で、武器は持っておらず、丈の長いアルバと呼ばれる白い上着には、星のマークが黒く染め抜かれていた。

「旅商人か?」

 すぐ近くまで来た男たちの一人がロバを降りて、俺に訊いた。

「そうだ」

生地きじは持っていないか? 古い物でも良いが?」

「残念だが、持っていない」

「そうか」

 星の教団の聖職者たちだ。

 聖地であるザ・クロスの近くには星の教団の本部としての教会があるらしいが、ザ・クロスを何十回と見ている俺も、星の教団の本部がどこにあるのか知らない。

 しかし、過去、同じ服を着た連中には何度か会ったことがある。四つの帝国からもっとも遠く離れているこの場所では、あらゆる物資を調達することが非常に困難だ。だから、旅商人らしき者を見つけると、とりあえず、物乞いにやって来るのだ。

 他の旅商人に尋ねても、こいつらがどうやって暮らしているのかを知っている者はいなかったが、食料の物乞いはしていないようだから、きっと、どこかに畑を持っていて、食糧は自給できているのだろう。

 そんな生活は、まさに「清貧」と言う言葉がぴったりだと言う者がいるが、神など信じない俺に言わせると、「ただで物をもらうなどと甘えるんじゃねえ! 働いてかねを稼げ!」という言葉しか思い浮かばない。神に祈りを捧げるだけで腹が満たされるのなら、俺だってそうしている。

 二人の聖職者たちは、俺のそっけない態度に期待薄と分かったようで、「邪魔をした」と告げると、乗ってきたロバの近くに戻ろうとした。

 そのうちの一人が、コーネリアの隣に座っているレイに視線を止めた。

「その娘は?」

「俺の奴隷で、売り物だ」

「……そうか」

 聖職者たちは苦々しい顔をした。

 いくら奴隷解放を叫んでいても、実際に人の奴隷を実力行使で解放させることなどできない。それをすれば、ただの暴力集団に成り下がってしまうだけだ。

「その娘、不思議なオーラをまとっておるな」

 レイを見つめながら犬人族の聖職者が言うと、人族の聖職者も大きくうなずいた。

「何のことだ?」

 俺が怪訝な表情を浮かべながら問うと、聖職者たちの方も怪訝な顔をした。

「そなたには、その娘の体の周りでほのかに輝いているオーラが見えぬのか?」

「見えないね。あんたらは二人とも見えているのか?」

 聖職者二人はそろって「うむ」とうなずいた。

 突然、二人の聖職者たちが両耳に手を当てて、辺りを見渡し始めた。

「星の王女様がささやいておられる!」

「確かに!」

 ……何だ? こいつら、危ない連中なのか?

 目がイってしまっている。頼むから、早くここから去ってくれ!

「おい! まだ俺たちに何か用事があるのか? 見てのとおり、今、飯の最中なんだ。あんたらがいると飯がまずくなるんだよ!」

 俺なりに精一杯の嫌みを言ったつもりだったが、聖職者たちは意に介さなかったようで、意識はここにはないというような危ない目をしながら、俺に迫ってきた。

「その娘はここにいるべき娘だと仰せだ!」

「星の王女様が近くに置いておきたいとのご所望だ!」

「そなた! その娘はここに残しておいてくれぬか?」

 物乞いの目的を達せられなかったので、今度は芝居を打って、レイを置いていけと言っているのか?

「さっきも言っただろうが! レイは売り物だとな! レイが欲しければかねを出せ! おまえらの神様が欲しがっているというのであれば、神様に金を出してもらえ!」

 聖職者たちは、俺に反論できずに歯ぎしりをしかねないほどに渋い表情で俺をにらんだ。

「飯がまずくなると言ってるだろうが! 何度も言わせるな!」

 俺も喧嘩腰で聖職者たちを追い立てると、聖職者たちが諦めきれない顔で尋ねてきた。

「そなたたち、これからどこに行く予定だ?」

「西の国だ。まさか、そこまでついてくるつもりじゃねえだろうな?」

「我らには大切な仕事があって、ここを離れるわけにはいかぬ」

 物乞いをしたり、美少女をここに置いていけというのが大切な仕事なのか?

「西の国にいる我らの同胞に連絡をして説得をさせていただく」

「おまえたちと同じように、この娘を只でくれという話しかできないのなら聞くまでもない。西の国の同胞とやらにも、そうであれば諦めろと伝えときな」

「その御方おかたとそなたの名前を教えてくれぬか?」

 聖職者たちは飽くまで食い下がってきた。

「だから、俺はあんたらの同胞とやらに会うつもりはないんだよ」

「その娘を解放するだけのかねを出すと言ってもか?」

「あんたらに出せるわけがねえだろ」

「我が星の教団を馬鹿にするな。信徒全員が協力して、星の王女様の願いを叶えようとするかもしれぬぞ」

「良いだろう。俺はギースという。この娘はレイだ」

「ギースにレイ様か」

 何で、俺は呼び捨てで、レイは「様」付けなんだ?

「もう一度言うが、俺のところに話をしに来るのであれば、このレイを買えるだけの金を持って来いと伝えておくんだな」

「それは、いかほどなのだ?」

「まだ、はっきりとは決めていないが、少なくとも金貨百枚以上だな」

「な、なんと!」

「あんたらのところの信者にせいぜい頑張ってもらうんだな」

 仮に星の教団の信者が百万人いるとして、一人銀貨一枚を収めれば金貨百枚にはなるが、そもそも星の教団の信者は奴隷が多い。賃金をもらえない奴隷たちが銀貨一枚といえども収めることは不可能だろう。

 星の教団の聖職者二名は、苦虫をかみつぶしたような顔をしていたが、絶対に俺が折れないと分かったようで、「邪魔をした」と俺に対して軽く頭を下げた。

 そして、きょとんとしているレイに深くお辞儀をしてから、ロバにまたがり、暗闇の中、松明を灯しながら去って行った。

 

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