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クロスロード  作者: 粟吹一夢
第一部 西の国〈フランツガルト帝国〉編
6/30

第五話 ディナーの後の剣戟

 午後からも走行と休憩を繰り返しながら荷馬車を走らせたが、ずっと草原の中を走り、景色はまったく変わらなかった。

 日が落ちて、進む先がよく見えなくなると、俺は荷馬車を止めた。

「よし、今日はここで野営だ。レイ」

「は、はい」

 ぼんやりとしていたレイが焦って返事をした。

「さっそく、おまえに仕事をしてもらう。まずは荷馬車から降りろ」

 御者台ぎょしゃだいの左右には、金具で取り付けられている足掛けが一段取り付けられている。

 大人だと右足をその段に下ろすと、次の左足はもう地面に着く高さなのだが、そもそも御者台には子供が乗ることは想定されていないから、レイにとってはかなりの高さになる。

 後ろ向きになってゆっくりと御者台を降りたレイを、俺は荷馬車の側面に連れて行った。

「おまえは馬にを与えたことはあるか?」

 レイはかぶりを振った。

 ニジャルの部族では、戦士が乗る「兵器」であり、また、「家」である幌馬車を引っ張る大切な存在である馬は、部族民の調教師が繁殖から訓練まで行っているはずで、奴隷のレイなどには触らせていなかったはずだ。

「この荷馬車の左右にぶら下げている麻袋に飼い葉を入れている。朝、走り出してから二回目の休憩時と夜になって野営をする時の一日二回、おまえは馬に飼い葉を与えてくれ。それがおまえの役目だ」

「はい」

 俺の指示に従い、麻袋から飼い葉を抱えるようにして取り出したレイは、荷馬車を引っ張る二頭の馬の前に飼い葉を置いていった。

「要領は分かったか?」

「はい!」

 馬が自分の与えた飼い葉を元気にんでいることに、レイもうれしくなったようで、笑顔で俺に返事をした。

「食い残した分は、麻袋に戻しておいてくれ。俺はこれから食事の準備をする」

 荷馬車に取り付けているキャビネットの一段目の引き出しから着火石を取り出した俺は、辺りから灌木の小枝をかき集めてきたコーネリアに渡した。そして、その着火石を使い、コーネリアが焚き火を起こしている間に、キャビネットの二段目の引き出しから干し肉を包んでいる紙包みを取り出した。

 ふと、レイを見ると、レイがうれしそうに馬の顔や首をなでていた。レイの身長だと、馬の首をなでるのにも腕を伸ばさなければならないが、レイの手が届くように、馬たちの方が自ら首を垂れていた。今日、初めて飼い葉を与えたのに、馬たちもさっそくにレイになついているようだ。



 しっかりと燃えだした焚き火の周りに三人が輪になって座った。俺は布と木でできた折りたたみ式の小さな椅子に腰を下ろしたが、レイとコーネリアは地面に直に座った。

 俺はレイに、串に刺した干し肉を焚き火にかざしてあぶって見せた。

「レイ、おまえもやってみろ」

「はい」

 素直に返事をしたレイは、串の一つを受け取り、こわごわとした様子で焚き火に差し出した。

「それじゃ焼けないぞ。まあ、干し肉だからそのままでも食えるがな」

「これ、お肉なんですか?」

 干し肉は、塩漬けにした肉を薄くスライスしたもので、色は茶色っぽくて、初めて見る者は肉だとは分からないだろう。

 ちなみに、干し肉は保存が利くように、かなり濃く塩味が付けられていて、そのまま食することもできるが、炙ることによって、かすかに残っている肉汁を絞り出せて、少しは肉を食っている感触に近づけさせることができるのだ。

「これは長く保存ができるように塩漬けにして干した肉だ。俺に言わせると、こんなのは肉じゃないが、昼に食べた乾パンと同じように、何日も旅をする旅商人には欠かせない食料さ」

 俺が説明している間、干し肉を目の前でじっと見ていたレイは、俺の真似をして、再び、串を焚き火に差し出した。

「この干し肉にわずかに残っている肉汁が出てきたら食べ頃だ」

 しばらく炙ると、レイの干し肉からも肉汁が染み出てきていた。

「もう良いだろう。食べてみな」

 火で炙った飯など食べたことがなかったのだろう。不用意に炙った干し肉を口に持っていき、「熱い!」と小さく叫んだレイは、ふうふうと干し肉に息を吹きかけた。

 今度は用心深く干し肉を口に持ってきたレイは、ひと口大にかみ切って、口に入れた。

「お、美味しいです!」

 初めての味に感激したのか、目を丸くしたレイが言った。



 俺が四枚目、コーネリアが三枚目の干し肉を食いだした頃、レイがやっと一枚の干し肉を食い終えた。

「まだ食べて良いぞ。食うか?」

 俺が干し肉を包んでいる紙包みをレイに差し出したが、レイはかぶりを振った。

「遠慮しなくても良いぞ」

「い、いえ、本当にお腹いっぱいです」

 遠慮をして言っているようではなく、どうやら本当のようだ。

 昼の乾パンも一枚食べて満腹だと言っていた。奴隷の身で、毎日、満腹になるまで食事ができていたとは思えない。きっと少食が習慣付いているのだろう。レイという商品を抱えるための必要経費は更に軽減できそうだ。



 ここ、十字路クロスロード高原ハイランドは、特に西の国と東の国をつなぐ「+」字の横棒付近の地域は、一年中、穏やかな気候だ。

 三十年以上、十字路高原を通っている俺も、ここで嵐に遭ったことはないし、夏と冬の気温差もそれほど大きくはない。

 今日もそよ風が心地よく、星空も鮮やかな夜だ。

 辺りには腰ほどの高さまで茂った草むらがある。風がその草を揺らす。

 しかし、その風の音とは違う音がした。

 もっとも、その音を聞き分けられる者はそうそういない。

「コーネリア」

 俺は周りを見渡すことなく、声を潜ませて、隣に座っているコーネリアを呼んだ。

「分かってるよん」

 体は衰えてきているが、人が近づいて来ている気配を察知する能力は、まだまだ研ぎ澄まされているままだと自負している。

「レイ。おまえは俺のそばから離れるな」

 レイも俺の険しい顔つきで、何か異常事態になっていることが分かったようで、緊張した表情でこくりとうなずいた。

 コーネリアは、食いかけの干し肉を口に放り込むと、むしゃむしゃと咀嚼しながら立ち上がり、大股で気配がする方に歩いて行った。

「アタシたちに何か用かい?」

 俺たちに気づかれていないと思っていたはずの連中が、焦りを見せながら、草むらの中から立ち上がった。

 毛皮でできた服をまとっている屈強な体格の人族の男が五人。全員が太刀を構えている。

「命が惜しけりゃ、その荷物を置いていけ!」

 男の一人が大声を上げると、びっくりしたようにレイが立ち上がり、焚き火のそばに座ったままの俺の背中にしがみついた。

 ニジャルの部族には護衛の戦士が大勢いるが、部族同士はそれを抑止力としていて、実際には争いをすることはまれだ。

 仮に争いになったとしても、それは牧草が豊富な遊牧地を巡る争いであって、部族の存亡を賭けるような全面戦争などあり得ない。選抜された戦士の一騎打ちで決せられることが多いようだ。

 だから、レイも実際に刃物を持って迫ってくるような連中には初めて会ったのだろう。

「心配するな。コーネリアに任せていれば大丈夫だ」

 俺が背中越しにレイにそう言った時には、コーネリアは既に五人のうち二人を切り倒していた。

 ベルトの左右におびている短剣を両手に一つずつ握り、まるで舞うように、さらに二人を切り刻んだ。

 あっという間に息の根を止められた仲間の死体を前に、最後に残った賊は、明らかに怯えていた。

「どうする? 逃げても良いよ」

 余裕をかましているコーネリアがナイフを握った両手を下げながら言ったが、それを油断と見たのか、賊はコーネリアに斬りかかっていった。

 しかし、次の瞬間には、賊の背中にコーネリアは立っていて、賊はゆっくりと倒れた。

「すごい」

 俺の背中で、レイが呟いた。

 この俺が雇うだけの価値があると認めた腕前だ。しかし、この程度の賊なら、あと六秒ほど早く始末すべきところだな。



 コーネリアが、荷馬車からはずした馬の背中に賊どもの死体を乗せて、どこかに運んでいってくれた。

 そもそも死体の近くで寝るのも気分が悪いし、血の匂いにつられて、狼などの肉食獣が寄ってこないとも限らない。

 レイはコーネリアが帰ってくるまで、焚き火の前に膝を抱えて座り、焚き火をじっと見つめていた。

「ショックだったか?」

「い、いえ。族長のところでもときどきは見ましたから」

「戦いをか?」

「いえ。あの、死体を」

 レイが泣きそうな顔をして言った。

「死んだ戦士が身に付けている物を集めて、族長のところに持って行くことをしていました」

 死者に道具や装飾品は不要だ。使える物は使った方が良いに決まっている。戦利品として族長のニジャルが戦功のあった者に分け与えていたのだろう。

「一番嫌いなお仕事でした」

 レイの目に涙が浮かんでいた。

「まあ、安心しろ。うちではコーネリアが全部やってくれる」

「は、はい」

 

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