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クロスロード  作者: 粟吹一夢
第二部 東の国〈シン帝国〉編
27/30

第二十四話 大いなる口約束

 レイの魔法を使って何をしたいのか?

 正直、まだ、具体的なことは何も考えていない。しかし、どう考えても、金儲けができないはずがない。一番ちゃちなやり方だと、本当に見世物小屋で魔法を見せて見物料を取ることだが、もっと大きな儲けを得られることがあるはずだ。

「もしかして、この大陸の新たな支配者にでもなられるつもりですかな?」

 教祖様が俺を睨むようにして見た。

「なるほど。それも悪くねえな。この大陸の富を独り占めできるんだからな」

 そう言って、俺は教祖様をにらみ返した。

「もし、俺がそんな考えを持っていたら、あんたらはどうする?」

「富を独り占めするような独裁的な国をギース殿が建てるのであれば、それは今以上に身分制度が強化されてしまうというですから、当然、我が教団はギース殿の帝国に反旗を翻すことになるでしょうな」

 さすが教祖様だ。自分たちの教義からまったくぶれない。

「それよりも、ギース殿。むしろ、奴隷制度のない国を新たに創ってみませぬか?」

 教祖様は俺を値踏みするかのような視線を送ってきた。

「もし、ギース殿がそのような国を創られるのであれば、我が教団は全面的に協力いたしましょうぞ。そうじゃ、そうしましょう。ギース殿がレイ様の魔法を使って、ある国の支配者となった暁には奴隷制度を撤廃してくれると約束してくれたら、魔法の修行法についての情報を教えて進ぜましょうぞ」

 いくらレイの魔法が強力でも、俺が国家を建てることなど想像すらできないし、そもそも俺は政治にはまったく興味はない。政治は今の支配層に任せて、俺は金儲けができれば良いんだ。

 しかし、「やる」と約束することはできる。約束していてもできないことはやまほどある。それが実現できるかどうかなんて、誰にも分からない。ここは方便だ。

「分かった。約束しよう」

 俺の言葉を聞いて、教祖様は微笑んだ。

「言葉が軽いですなあ。しかし、まあ、約束しましたぞ。契約書に記さなくても、約束は約束ですな?」

「ああ。商人であれば、口約束であっても、それは契約と同じく遵守じゅんしゅする義務がある。商人の誇りに掛けて、もし、俺が国を建てることができれば、今の約束を守ろう」

 俺の言葉に、教祖様はニコリと微笑んだ。

「では、我々が行っている魔法の修行法をお教えしましょう。しかし、その前に、レイ様が魔法を使われるところを見てみたいですな」

 俺もレイが土壁を作って以降、レイが魔法を使うところは見ていない。レイをそそのかして、いろいろとやらせてはみるが、レイは、すぐに「できない」と諦めてしまう。自分は魔法なんてできないと最初から思い込んでいるようで、その意識をまずは取り除く必要があると、俺も考えていた。

「レイは、自由自在に魔法を使えるところまでは行っていない。あんたらの目の前でできるかどうかは分からないが、やらせてみよう」

「できたら良いですなあ。強力な魔法を直に見ることができれば、我らの究極の目標への道筋が間違っていないことが明らかにできますからな」

 確かに「できるかどうか分からないこと」に向けて努力をするよりは、「確実にできると分かっている」ことに向けて努力することはモチベーションが違うだろう。

 教祖様が教会の入り口に目をやった。

「では、レイ様や他の者にも戻ってもらいましょうかの」



 教会の外で待っていたレイとコーネリア、そして聖職者たちが中に入ってきた。

「ギース殿とは良い話し合いができた」

 教祖様がにこやかに言うと、聖職者たちが期待をしている表情をした。

「レイをここに置いていくという話じゃないぞ。レイは俺の奴隷だ。これからも俺が連れて行く」

 がっかりとした表情の聖職者たちとは対照的に、レイとコーネリアは見つめ合って笑顔を見せた。

「レイ」

 俺が手招きして呼ぶと、レイは俺の隣まで進み出てきた。

「以前に、おまえが土の壁を作ったことが魔法なのかどうか、ここにいる教祖様が調べてくれるそうだ」

「調べて?」

 レイが不安そうな表情を見せたが、教祖様はレイに優しい顔を見せた。

「心配されることはありませんぞ。ちょっとした実験をするだけです」



 教祖様は、部下の聖職者に命じて、金属製のカップを持って来させ、教会の出入り口付近に設置した小さなテーブルの上に、その空のカップを置かせた。

 今、俺たちがいる祭壇付近からだと、狭い礼拝室とはいえ、かなりの距離になる。

「土の壁を作るということは、召喚魔法か、あるいは念動魔法か、その複合したものかと思われまする。つまり、レイ様はいろんな魔法が使えるはずですが、ここではもっとも分かりやすい魔法を試してみましょう」

 教祖様が俺を見ながら説明した後、俺の隣に立っているレイに穏やかな笑顔を向けた。

「レイ様。あのカップを、手を使わずに、ここまで持ってくることができますかな?」

 レイは即座にかぶりを振った。

「手が届かないから無理です」

「手を使わずに、例えば、カップに飛んでくるように念じるだけでですよ」

「できないです」

「まあ、やってみてくだされ」

 俺の顔を見たレイは、俺が無言でうなずいたのを見て、遠くからカップを凝視したが、カップには何の異変も起きなかった。

「できませぬか?」

「できません」

 できないと最初から決めつけているかのようなレイの返事を聞いて、教祖様はレイに少し顔を寄せて、「もし、レイ様が魔法を使えると分かれば、ギース殿もレイ様をずっと手元に置いておきたくなるでしょうな」とささやいた。

 レイが教祖様の言葉に反応した。

「ずっと?」

「ええ。そうですじゃろ、ギース殿?」

 教祖様は目だけをレイの隣に立っている俺に向けた。

「あ、ああ。そうだな」

 俺の言葉を聞いて、再度、レイは遠くのカップを見つめた。

 すぐに異変は起きた。

 金属製のカップが高くジャンプしたかと思うと、クルクルと回転しながら、俺たちの方に飛んできた。

「あっ!」

 レイ自身が驚いた声を上げた。

 すると、カップはすぐに失速して、俺たちの手前で落下し、教会の床で、カランカランと音を立てた。

「いとも簡単にされましたなあ」

 教祖様がなかば呆れた様子でつぶやいた。聖職者たちも言葉を失っていた。

「レイ様、できましたな。もう一度、あのカップをここまで飛ばしてくだされ。ギース殿も喜んでくれますぞ」と教祖様が更にけしかけた。

 しかし、教祖様の「ふっかけ」はもう通用しなかったようで、レイが床に落ちたカップをじっと見つめてもカップは微動だにしなかった。

 レイは頭が良い。教祖様の言葉は自分を「のせる」ためのものだと、もう見破っているのだ。きっと、レイは、少しでも心に揺れがあると、魔法を発動できないのかもしれない。

 教祖様もそれが分かったようで、苦笑しながら「分かりました。レイ様の力は十分に伝わりました」とレイに告げた。

 そして、祭服アルバの懐に右手を入れると、何かを取り出した。

 教祖様がレイに差し出した手のひらの上には、小さなガラス玉が二つ載っていた。赤と青の流れるような模様が透明な球体の中に浮かび上がっているそのガラス玉を「どうぞ。これはわしからのプレゼントです」とレイに渡した。

 受け取ったガラス玉二個を自分の手のひらの上で見つめたレイは「きれいです」とつぶやき、すぐに教祖様に向かって「ありがとうございます」と頭を下げた。

「レイ様、その二つのガラス玉を手のひらの上で浮かべて、クルクルと回してみてください」

「む、無理です」

 試しもせずにレイは即答した。

 しかし、教祖様は優しい顔でレイに向かい、「そうですな。でも、うちの者たちは、これを使って、自由に魔法が使えるように練習をしているのです。最初は誰もできませんが、早い者は次の日には、遅い者でも半年ほどすれば、みんなが回せるようになります。レイ様も気長にやってみてくだされ」と言った後、俺に視線を向け、「この小さなガラス玉を自分の意思で自由に動かせるようにすることが、魔法を自在に発動できるようにするための良い訓練になるのです」と言った。

 確かに、二個の小さなガラス玉を手のひらの上で浮かべて回すには、繊細なコントロールができないと無理だ。

「レイ。まあ、暇つぶしだと思って、毎日、少しずつでも良いので練習をしてみるんだ。できなくても良い。できなかったからと言って、俺はおまえを責めたりはしない。だから気軽にしてみろ」

 とにかく、俺が過度の期待をしていることをレイに感じさせないようにした方が良い。レイも少し安心した様子で「はい」と答えた。



 とりあえず、ここに来た所期の目的は達した。

 レイは確かに魔法が使えた。自分の思いどおりにはまだ使えないが、星の教団の聖職者たちが行っている修行法も教わった。長く実践してきている方法だろうから、何らかの効果はあるだろう。

「いろいろと助かった。礼を言う」

 俺が教祖様に頭を下げると、「こちらこそ、良いものを見せていただきました。ギース殿が、奴隷制度のない新しい国を建てられることを、今か今かとお待ちしておりますぞ」

 聖職者たちは、何のことを言っているのか、首をひねっていたが、教祖様はおかしそうに微笑んでいた。

「では、そろそろ、おいとましよう」と俺が教祖様に告げたが、教祖様は「この本部は明るくしていますが、外は暗いですぞ。今夜はここで泊まられませ。この教会の中で泊まってもよろしいですぞ」と勧めてくれた。

 確かに、ここに来る時は聖職者たちの案内で来ることができたが、今、洞窟から外に出ても真っ暗でどこかに行けるわけではない。それにここは安全だ。

「では、世話になるが、他に建物はなかったから、この教会はあんたらの宿舎も兼ねているのだろう?」

「いかにも」

「どこか別の場所で寝る。そうだな。荷馬車をつないだ出口に近い所で勝手に野営する。明日も早く出なければいけないからな」

「ギース殿がそれほど遠慮深い方とは思いませんでしたな」

「俺は人見知りで神経質なんだ。他人が近くにいると眠れないので、宿屋でも個室で泊まるようにしている」

「なるほど。十分な睡眠が取れないと、ギース殿のこれからの旅に差し障りますなあ。では、とりあえず出口付近までお見送りいたしましょう」

 教祖様が従者の聖職者たちにうなずくと、四人の聖職者が教祖様の座っている輿こしから出ている四つの棒をそれぞれ持ち、肩で担ぐようにして持ち上げた。

 他の聖職者たちが先導して、教会の出入り口まで戻り、ドアから外に出た。

 外は来た時と同様、穏やかな夜で、山に囲まれた空に星が輝いていた。

「せっかくの機会ですから、最後に我が教会のとっておきの場所にご案内いたしましょう」

 教祖様がそう告げると、聖職者たちが教会の出入り口がある方とは反対側、つまり、裏手に向けて歩き出した。

 

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