第二十三話 魔法の目的
木造の教会はかなり古く、壁のあちこちで木が朽ちて小さな穴が空いている状態だった。
圧倒的な信者数の差はあるものの、一応、この大陸でもっとも盛んな宗教団体である「太陽と月の教団」に次ぐ信者数を誇る教団であるにもかかわらず、本部の教会がこういう状態なのは、十字路高原では建築用資材となる木材も石材も採取できないから、四つの国から搬送してくるしかないが、ザ・クロスの周辺は四つの国からもっとも遠い位置にあり、物資を輸送してくることが困難だからだ。また、主な信者が奴隷たちで寄進などが集まらないということもあるだろう。
先に教会の中に入った聖職者がドアを開けて出て来て、「入られよ」とそのままドアを大きく開け、俺たちが通れるように体を隅に寄せた。
教会の中に入ると、そこは礼拝室で、まっすぐ伸びた通路の両側に木製長椅子が二つずつ置かれているが、西の国ソルズムーンにある太陽と月の教団の大聖堂の百分の一程度の広さしかない。造りも質素だ。
正面にある祭壇には、おそらく星の王女様だろう、長い髪の女性の等身大の木像があった。うつむき加減の顔は穏やかで、両手を胸の前で組み、祈っているようなデザインだ。
レイが大人になるとあんな容姿になりそうな気がする。
そして、祭壇の前に、他の者よりも若干豪華に見える祭服を着ている小柄な人影が一人、椅子に座っていた。
いや、椅子というより、座面はかなり広く、また、その座面から四つの棒が突き出ているところからすると、輿のようだ。
「百三代目の教祖様、ジャルマ様だ」
警備のためか、両脇に立っている聖職者の一人が仰々しく告げた。
信者であれば、ここで「ははあ」と頭を垂れるのであろうが、信者でも何でもない俺は、うなずきだけを返した。
教祖様は、子供に見えるほど小柄な猫人族で、かなりの高齢に見えた。
座るというよりは、うずくまっているように見える教祖様は、俺がレイとともに近づくと、しんどそうにまぶたを開いた。
「星の教団の本部にようこそ。ギース殿、レイ様」
意外と甲高いハスキーな声で、教祖様は老婆だと分かった。
「あと一人、護衛のコーネリアも一緒だ」
あとでひがむことがないように、ちゃんとコーネリアも紹介してやった。
「よくぞ、参られた」と俺に言った教祖様は、レイを見つめて、「レイ様。どうぞ、お近くに」と言いつつ、少し頭を下げた。
俺の顔を見上げたレイにうなずくと、レイは一人で教祖様に近づいた。
すると、教祖様は自分の胸元を触りながら、驚きの表情を見せた。
「おお! まさにオグナスが伝えてきたとおりじゃ! 何という共鳴じゃ!」
見ると、教祖様の胸元とレイの胸元がともに、服の上からでも分かるほど明るく緑色に光っていた。
「申し訳ござらんが、少し下がっていただけませぬか?」
レイが後ずさりしながら下がると、胸元の光も収まり、教祖様も落ち着いたようであった。
「体がしびれてしまう。きっと、わしにはエネルギーが強すぎるのじゃろう」
教祖様は独り言のように言ってから、大きく息を吐いた。
「失礼をいたした。まさかこれほどだとは思いませんでした」
教祖様は重そうにまぶたを開けて、俺を見つめた。
「それでギース殿。今日はどのようなご用件でございますかな?」
「魔法のことについて知りたい。教祖様である以上、あんたも魔法が使えるんだよな?」
「そうですな」
「どの程度の魔法なんだ? 西の国の支部長、オグナスも魔法を使って見せてくれたが、自ら『見世物小屋で評判になる程度』と自嘲していた」
「わしも同じです。教祖と言っても、聖職者の中から選挙で選ばれただけです。魔法の力が大きいことが、教祖として選出される要件ではありませんからな」
「じゃあ、実用的な魔法を使える者はいないのか?」
「ここにはですね」と答えた教祖様は、じっとレイを見つめた。
「魔法のことを聞きたいと、わざわざ、ここまで来られたのは、レイ様が実際に魔法を使われたということですかな?」
「そうだ」
「どんなことをされたのですかな?」
俺は土の壁を一瞬で作り上げたことを正直に話した。
「なるほどのう。レイ様ならさもありなんですな」
「なぜ、そう言える? レイが持っている魔石の大きさからか?」
「石の大きさと魔法の強さは、直接はリンクをしておりませぬ。しかし、先ほどの魔石の輝きと振動。わしが今まで経験したことがないほど大きかった。それは、レイ様が持っている力が魔石を通じて伝わってきたのでしょう」
そう言うと、教祖様は礼拝室に集まっていた聖職者たちを見渡しながら、「すまぬが、席を外してくれぬか? ギース殿と二人で話したい」と告げた。
そのようなことは珍しいのか、聖職者たちも戸惑った様子だったが、教祖様に一礼をしてから、礼拝室から外に出て行った。
「レイ様とコーネリアさんもお願いできますかな?」
どうやら本当に俺と二人きりで話をしたいようだ
「レイ、コーネリア。外で待っていろ」
何か重大な話がされる予感に従って、俺も二人を外に出した。
「ギース殿、立ち話も何じゃ。そこに座られよ」
教祖様が示したのは、礼拝室の最前列の木製長椅子だった。一応、教祖様と向かい合って話ができる。
遠慮なく腰を下ろした俺に、教祖様は話を始めた。
「これから話をしようと思っているのは、我が星の教団の最重要機密です。心して聞かれませ」
「ほ~う。それは光栄だ。しかし、その話を聞いたからには、ここから出さないということはゴメンだぜ」
「心配なされませぬな。ギース殿の口の堅さを信じております」
「どうだか分からないぜ」
「もっとも、それをおおっぴらに話すと、ギース殿に虚言癖があるのかと思われるようなことですぞ」
「誰も本気にしてくれないほど突飛な話だということか?」
「そうですな」
「……良いだろう。これから聞くことは俺の心の中にしまっておこう。もちろん、内容次第ではあるが」
「感謝いたしまする」
頭を下げた教祖様は、もう一度、二人しかいない礼拝室の中を見渡してから話し始めた。
「我々は魔法の研究をしておりますが、魔法と言っても様々なものがあります。ギース殿は魔法と聞いて、どういうものを想像されますかな?」
「一瞬で遠くの場所に移ったり、念じるだけで物を自由に動かしたり、そこにない物を自由に取り出したりすることかな」
「神話から童話まで、そこで語られる魔法とは、まさにそういったものですな。一瞬で移動するのは『転移魔法』と言い、念じるだけで物を自由に動かすのは『念動魔法』と言い、無い物を取り出すのは『召喚魔法』と言います。他にも傷の治療をする『治癒魔法』、空を自在に飛ぶ『飛行魔法』などがあります」
「まるでおとぎ話の世界だな」
「今はそうですな。しかし、いつかは実現できると我らは信じております。実際に、微々たる力ではありますが、いろんなことができるようになってきております」
「魔法の完全復活ができれば、信者も一気に増えるだろうな。こんな抑圧された貧乏生活からもおさらばできるぜ」
「信者を増やすことは目的の一つではありますが、魔法の研究には、もっと直接的な目的があるのです」
「直接的な目的?」
「ギース殿は、我が教団の教義はご存じですな?」
「ああ。身分制度の撤廃。つまり『奴隷の解放』だよな?」
「そうです。その昔、星の王女様は、人族の奴隷となっていた犬人族、猫人族、熊人族、そして猪人族を解放した。今はすべての種族が共存共栄しているが、奴隷制度は相変わらず存在している。その奴隷たちに『いつかは、星の王女様が現れて解放してくれる』と言い続けても、星の王女様が現れる確証がなければ、それは所詮、慰めにしかならぬ。そうですじゃろう、ギース殿?」
「まあ、確かにな。しかし、教祖様自身が、いくら祈っても星の王女様は現れないかもしれないと言うのは、えらく現実的なんだな」
「我が星の教団は本気で奴隷の解放を考えております。しかし、星の王女様は現れるのか現れないのかは我々でさえ分かりませぬ。されば、どうすれば良いと思います?」
「他力本願がダメなら自力でなんとかするしかないな」
「そうです。自分たちの力で奴隷たちを解放するしかないのです」
「しかし、どうやって? 各国に乗り込んでいっても迫害されて追い返されるだけだぞ。実際に西の国ではオグナスが迫害を受けていた」
「オグナスは真面目な男ですからな。わしの後継者にと密かに期待をしているくらいです。まあ、それはギース殿には関係のないことでしたな」
オグナスもかなりの高齢に見えたが、まだ自分の足で立って、辻説法ができるくらいエネルギッシュだ。次期教祖様の資格はあるかもしれない。
「先ほどのギース殿の疑問はもっともです。我らがいくら声高に叫んでも事態は好転しない。されば、実力行使あるのみです」
「実力行使? 奴隷たちに反乱を起こさせるのか? しかし、武器もなく、そもそも武術の訓練もしていない奴隷たちが決起したとしても、帝国軍に敵うわけがないだろ?」
「そのとおりです。ですから、我らは武器が欲しいのです」
教祖様が俺を睨むようにして見た。
「……それが魔法か?」
「そうです。我が教団はずっと魔法の研究をしてきました。それを武器とするために」
なるほど。魔法が使えれば、剣や槍といった武器もその訓練も不要だ。
「研究はどこまで進んでいるんだ?」
「見世物小屋で評判になる者を量産できるところまでです」
自嘲気味にそう言ってから、教祖様は胸元から、オグナスがつけていた物と同じ、緑色の石の粒が入った小瓶がつけられているネックレスを取り出して、俺に示した。
「研究の成果の鍵は、この石じゃと考えております」
「魔法が封印された魔石の欠片だとオグナスは言っていたが?」
「それは外部の者向けの説明です。実際には、この石自身が封印を解く力を持っていると考えております。もっと正確に言うと、封印を解く手助けをしてくれるのです」
「封印を解く手助け?」
「そうです。その前提として、この世界のすべての人々は潜在的には魔法を使えますが、封印をされているがごとく、そのままでは魔法を使うことはできぬということです」
太陽と月の教団の聖典にも、魔法が封印されている話が出てくるが、それは事実だったということか?
「かつては誰でも魔法が使えたということは本当だったんだな?」
「そうです。そしてそれは、神話のとおりに、神により封印されているということです。そして、その封印は多重的にされていると考えられます。現在、我が聖職者たちが使える魔法も、ドングリの背比べではありますが、その威力には多少の差が認められまする。それは、我々がもともと有している魔法の能力差というよりは、その者がどれだけの封印を解いたかの違いではないかと考えております」
「つまり、人々が潜在的に有している魔法の能力は大差がないが、多くの封印を解いた者が大きな力を発揮することができるということか?」
「そういうことです。その封印を解く力には個々人の能力差があります。そして、魔石はその封印を解く力を増幅させてくれる力を持っているだけだと考えられております」
「なるほど。だから封印を解く手助けをしてくれているということなんだな?」
「そうです」
「すると、大きな力を出せたレイは、多くの封印を解いていて、その封印を解いた力はレイ自身の力だということなのか?」
「そういうことだと考えております。魔石の欠片の共鳴は、石が勝手に震えているのではなく、レイ様自身の力が石を振るわせているのでしょうな。もちろん、レイ様は無意識でしょうが」
「封印はどうやって解いていくんだ?」
「それが分かっていたら苦労はしませぬ。こちらが知りたいくらいです」
緑色の魔石の欠片の大きさは関係なく、レイ自身が魔法の封印を解く大きな力を持っているということらしいが、レイは、壁を作って以降、一度も魔法を発動できたことはない。
俺もレイに「魔法を使ってみろ」と何度も試させているが、レイ自身が半信半疑なところもあり、成功していない。
「あんたらが行っている魔法の修行法を俺にも教えてくれないか? レイにやらせてみたい。レイがどれだけの魔法を使えるのかを確かめたい」
教祖様は、俺をじっと見つめた。
「ギース殿は、レイ様に魔法を使わせて、何をするつもりなのですかな?」




