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クロスロード  作者: 粟吹一夢
第一部 西の国〈フランツガルト帝国〉編
24/30

第二十一話 壁

 翌朝。日の出前だが、辺りが明るくなると出立した。

 湿地帯にはあと一時間ほどで着くはずだ。

「ギース!」

 コーネリアの大声で後ろを振り向き、荷馬車の右方面に向けられたコーネリアの視線を追った。

 そこに盗賊らしきみすぼらしい格好の男が一人、馬に乗って近づいてきていた。しかし、その顔が分かるほどまで近づいてくると、急に方向を変え、荷馬車の後方、つまり西の方向に全速で走り去って行った。

「何だろ? 人違いだったのかな? それともアタシに恐れをなしたか? イヒヒ」

 脳天気に笑うコーネリアだったが、すぐに花火のような狼煙のろしが空に上がった。

 くそっ! 諦めてなんていなかったんだ!

 盗賊が一人で行動することはない。だから、あいつは確かに誰かを探していた。そして、けっして人違いではなかった。人違いなら、俺たちに本当に探している奴についての情報を訊いてきてもおかしくはない。

 奴は俺たちを探していたんだ!

「湿地帯まで飛ばすぞ! しっかりつかまっておけ!」

 俺は馬にムチを入れて、全速で走らせた。

「な、何?」

「追っ手が来ている!」

「追っ手?」

 戸惑った様子で再度、後ろを見つめたコーネリアだったが、しばらくすると、「本当だ!」と大声を上げた。

 振り向いてみると、はるか後方に砂煙が上がっていた。それとともに地響きのような音が聞こえてきた。

「盗賊たちだ!」

 コーネリアの声で、もう一度、後ろを振り向くと、砂煙の中から騎馬の大軍の影が見え始めていた。その数、およそ三十騎!

 全員が盗賊っぽいみすぼらしい服装だったが、あれほど大規模な賊など見たことがない。

 しかも、騎乗の技術も洗練されている。馬も鍛えられている軍馬のように見える。

 あれはきっと、盗賊に扮した西の帝国軍だ!

 考えてみれば、いくら皇太子でも、多くの市民の目がある領土内で帝国市民たる俺を裁判もせずに始末することなどできない。しかし、ここは既に西の国からある程度の距離、離れていて、市民たちの目には触れることはないし、仮に誰かに見られたとしても、盗賊に襲われたとしか思われないだろう。

 先回りした奴らは、この辺りで待ち伏せしながら、子連れの旅商人が通るのを待っていたのだ。

「このまま湿地帯に逃げ込むぞ!」

 こっちもそうだが、敵だって湿地帯では自由に動き回れないはずだ。

 絶対に逃げ切れるかどうか分からないが、やってみるしかない。



 駄目だ!

 いくら二頭立てとはいえ、荷馬車が軍馬に敵うわけがない。しかも積み荷は鉄鉱石で、重りを引っ張っているようなものだ。

 次第に距離を詰められてきて、遠目に追っ手の顔まで分かるほどになっていた。

「コーネリア! 前に来い!」

 これ以上、距離を詰められると、弓を射てくるかもしれない。後ろの席は危険だ。

 身軽な猫人族キャッツノイドだけあって、全力疾走する荷馬車の荷台を四つん這いになりながら、素早く御者台まで来ると、俺の横でレイと抱き合って、追っ手たち見つめた。

「ギース!」

「どうした?」

「奴ら、弓は持ってないみたい」

「……そうか。レイを傷つけたくないんだな」

「やっぱり、狙いはレイ?」

「ああ。そして、用なしの俺とコーネリアは切り刻まれて捨てておかれるだろうよ」

 皇太子も腹を立てているだろうし、レイ一人に金貨三百枚などという大金をつぎ込もうとした事実を言いふらされると困る。だから、おとなしくレイを渡したとしても許してくれないだろう。

 ときどき、後ろを振り向くが、確実に距離は狭まってきている。

「ギース! このままじゃ、追いつかれちゃうよ!」

「分かってる!」

 しかし、これが限界だ。

 どうする?

「ダメ元で、レイを渡す代わりに命を助けてもらうように頼んでみるか?」

「いやです!」

 俺はコーネリアに向かって提案とも弱気とも取れる発言をしたが、即座に拒否をしたのはレイだった。

「ギースやコーネリアと別れたくない!」

「レイ! あの連中はおまえを捕まえに来ているんだ! どっちにしろ、このまま追いつかれると、おまえは連中に連れて行かれる! そして俺とコーネリアは、まあ、助けてくれないだろうな」

「私も一緒に死にます!」

「えっ?」

「ギースとコーネリアが殺されるのなら、私も一緒に死にます!」

「レイ! その気持ちはうれしいけど、あんたは生きるんだよ! 自分の望んでいないことかもしれないけど、死んでしまえばおしまいだよ!」

 珍しくコーネリアが良いことを言った。

 しかし、レイは大きくかぶりを振った。

「ううん、一緒に死ぬ! そうすれば、ずっと一緒だもの!」

「レ、レイ!」

 コーネリアが感極まった様子でレイを抱きしめた。そして、覚悟を決めた顔で俺を見た。

「ギース! ここでみんなで死のう!」

「俺はいやだね! 往生際が悪いとののしるのならののしるが良い! 俺は最後の最後まで諦めねえぞ!」

「一発逆転の秘策が何かあるの?」

「あるわけねえだろ!」

 あきれた顔を見せながら、コーネリアがぽつりと呟いた。

「なんだあ。高い壁とかを一瞬で作るのかと思ったよ」

「ああ、そうだな! できれば良いな!」

「壁? 壁ができれば良いの?」

 レイがコーネリアに訊いた。

「そ、そうだね。できるようにお祈りしようか?」

「うん!」

 自らの提案にあきれているような雰囲気のコーネリアと違って、レイは手を胸の前で組み、固く目を閉じて、一心不乱に祈っているようであった。

 レイが、突然、目を開けると、うずくまっていた体を伸ばし、御者台から上半身を伸ばした。

「レイ! 危ないよ! かがんでな!」

 コーネリアがレイをかがませようとしたが、レイは追っ手に向かって、「かべええええ!」と叫んだ。

 ――ゴゴゴゴ!

 耳が痛くなるほどの轟音が響いた!

 と同時に、「ええええ!」とコーネリアが驚きの声を上げた。

 俺は、思わず手綱を引いて、荷馬車を停めた。

 そして、振り向いた俺の目の前には、土でできているような高い壁がその終わりが見えないほど左右に長く、そびえ立っていた。

 追っ手はその壁の向こう側に取り残されたようだが、俺の身長の十倍以上の高い壁を越えてくることなど不可能なはずだ。

「な、何だ、こりゃ?」

「いきなり地面から生えてきたんだよ!」

 コーネリアも興奮気味に話したが、すぐに「あんたがしたのかい?」とレイに尋ねた。

 レイは確かに「壁」と叫んだ。コーネリアが、この壁をレイが作ったと考えても不思議ではない。

 しかし、当のレイは、きょとんとして顔で「分からない」と答えただけだった。

「レイ」

 レイは戸惑った表情のまま、俺を見た。

「さっき、どうして『壁』と叫んだ?」

「コーネリアが言ったから。それに『壁は人々を守ってくれる』って、ギースが教えてくれたのを覚えてて……」

「……おまえは、その物の名前を叫べば、その物を作り出すことができるのか?」

 レイはかぶりを振った。

「やったことないです。でも、さっきは、壁ができたら良いなって思いました」

 俺はコーネリアと顔を見合わせた。

 まさか、本当にレイは魔法を使えたのか?

 レイが「壁!」と叫んだその時。俺は横目で確かに見た。レイの胸元の緑色の石が淡く輝いてたのを。

 あの緑の石は星の王女が魔法を封印した「魔石の欠片」だと言った、星の教団西の国支部長のオグナスは、レイが持っているものよりも小さい緑の石を持っていて、微々たる力だったが、実際に魔法を使った。はるかに大きい緑の石を持っているレイが、より強力な魔法が使えたとしても不思議ではない。

「と、とりあえず、今のうちに逃げようよ、ギース!」

「それもそうだな。早く湿地帯に入ろう」

 コーネリアの意見はもっともだ。

 いつ、この壁が消えるかもしれないし、破られるかもしれないのだからな。



 湿地帯に逃げ込んで、初めての夜が来た。

 これまでと同じように、俺とレイは御者台に、コーネリアは後ろの席に座ったまま、毛布にくるまった。

 しかし、今夜はすぐに眠りに就くことができなかった。

 目の前で巨大な壁ができるという、種も仕掛けもあり得ないことを見せつけられたんだ。誰だって眠れるはずがない。

 と思ったが、コーネリアは後の席で爆睡しているし、隣を見ると、レイもいつもどおり親指をしゃぶりながら背もたれにもたれかかり眠っていた。

 あの状況では、「壁」と叫んだレイが、あの巨大な壁を作ったとしか思えない。そして、そんなことを可能ならしめるのは「魔法」しかない。

 魔法は人々の幻想にすぎないと思っていたが、魔法は実在していた。

 あの壁をレイが魔法で作ったのだとすれば、とてつもない力だ。本人は自覚していないようだが、もし、あのレベルの魔法を自由自在に扱えるようになると、レイはまさにこの世界をひっくり返すこともできる存在になる。

 そうだ。レイは可憐で可愛いだけの少女ではなかったのだ。

 レイの利用価値はそこではなかった。考えようによっては、金貨三百枚でも釣り合わないほどの価値があったのだ。

 レイを皇室に売らなかったことは、儲けに対する俺の勘が働いたのかもしれない。



 次の日。

 追っ手がもう来ないという保証もないし、そうでなくても湿地帯を早く抜けてしまいたかった俺たちは、この日も日の出とともに出立した。

 前の地面の状況を注意深く見ながら、ゆっくりと荷馬車を走らせる。

 昨日の壁のことを詳しくレイに訊いたが、きょとんとした顔で「分からない」と返ってきただけであった。

 休憩時間に、何かを出現させるように念じてみてくれとレイに試してもらったが、何も変化は起きなかった。

 あの壁ができたのはまるで夢だったのかと思ってしまうが、紛れもない現実だ。

 しかし、そもそも、あれは本当に魔法だったのだろうか?

 魔法についての知識をまったく持たない俺には判断できない。

 とにかく、魔法についての知識を得たかった。実際に魔法を見せてくれたオグナスが所属している星の教団であれば詳しい話が聞けるかもしれない。

 星の教団の本部は、ザ・クロス周辺にある。これから東の国に向かう俺たちは、嫌でもザ・クロスの周辺を通る。星の教団の本部に立ち寄ったとしても、それほど回り道ではない。

 俺は、星の教団の本部を訪ねることにした。

 もっとも、その具体的な場所はどこにあるのか知らなかったが、ザ・クロス周辺で、また、星の教団の聖職者が物乞いにやってくるだろう。そいつらに案内してもらおう。

 

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