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クロスロード  作者: 粟吹一夢
第一部 西の国〈フランツガルト帝国〉編
2/30

第一話 奴隷の少女

 カアカア!

 カラスの群れが頭上高く、くるくると回っている。

 何か獲物でも見つけたのだろうか?

 まさか、俺の荷馬車の積み荷を狙っているんじゃねえよな?

 荷台には、南の国で仕入れた乾燥果物を詰め込んだ麻袋を山積みしている。その上から幌をかぶせているが、御者台ぎょしゃだいに座っている俺にも甘い香りが漂ってきている。カラスどもが気づかないわけがないか。

 手綱を引いて荷馬車を停めて、御者台から後ろを振り返る。

 後方からの奇襲を防ぐため、後ろ向きに座れる小さな椅子を荷台の後ろに取り付けており、そこに座っている奴がこくりこくりと舟を漕いでいた。

「おい! コーネリア! 起きろ!」

 俺は、コーネリアを大きな声で呼んだが返事はなかった。

 仕方なく、御者台を降りて、荷台の後ろに行き、コーネリアの頭をぽかりと叩いた。

「痛て~」

 頭をさすりながら、ふてくされた顔を上げたコーネリアが「何すんだよ!」と牙を剥きながら、俺を睨んだ。

 コーネリアは、三年ほど前から一緒に旅をしだしたうら若き女性で、そのボディは、出ているところは見事に出て、窪んでいるところは魅惑的に窪んでいる。といえば、夜伽もしてくれているのかと誤解されそうだが、残念ながらコーネリアは、猫人族キャッツノイドと呼ばれる、猫の顔と尻尾、そして人の体を持つ種族だ。

 もともと運動神経が良い猫人族の中でも、コーネリアは抜群の運動神経と格闘術を身につけていて、その腕前を見込んで、護衛に雇ったのだ。

「カラスの連中が積み荷を狙っているようだ。追い払え」

「幌をかぶせているんだから大丈夫だよ」

「油断禁物だ」

「ほいほい。分かったよ」

 椅子に座った状態から器用に宙返りをして地面に降り立ったコーネリアは、地面にあった小石を三個拾うと、カラスの群れに向けて投げた。

 さすがに俺もあれだけの高さにまで、あの速度で石を投げることなどできないが、コーネリアが楽々投げた三個の石はどれも、カラスの群れのど真ん中を通り抜け、カラスどもは散り散りに飛び去った。

「これもアタシの仕事なの?」

 腰に手をやり、首をかしげて俺を見るコーネリアは、白灰色の美しい毛並みに、ピンと立った大きな猫耳、サファイアブルーの大きな瞳の、自称美人な猫人族だ。

 バックスキンの長袖上着を着て、ベージュ色のズボンと焦げ茶色のブーツを履き、黒のベルトの両側に短剣をぶら下げている。

 身長は俺よりも少し低いくらいだが、ナイスバディであるにもかかわらず、体のしなやかさはその何気ない動きからでも分かった。

「おまえの仕事は、俺の荷物を無事運ぶことだ。俺の荷物を狙っているのであれば、盗賊だってカラスだって同じだ」

「ギースは人使いが荒いよ」

「こっちはそれだけの報酬を出しているんだ。それ相応の働きはしてもらわないとな」



 コーネリアが呼んだ「ギース」というのが俺だ。

 足首まである、トーガと呼ばれるゆったりとした長袖の服の上にマントを羽織り、足もとは薄茶色のブーツという出で立ち。旅商人の定番ファッションだ。

 今、四十六歳で、散切り頭の黒髪にはちらほらと白いものが目立つようになった。あごにはやしている短い髭に白いものが混じりだすのももうじきかもしれない。

 それもそうだ。

 四つの国を行き来して商品を売り買いする旅商人を始めて、もう三十年になる。

 生まれも育ちも西の国の帝都クラウンズヒル。もっとも家族はいないし、俺も旅の毎日だから、家は持っていない。

 しかし、いつかはクラウンズヒルの中心街に店を建て、複数の旅商人を束ねる元締めとなって、自らは旅をすることなく、配下の旅商人どものの儲けの上前をはねるだけで生活できるようになることが目標だ。

 まだ現役バリバリの俺だが、あと数年でよわい五十を迎える。体力勝負の旅商人が務まらなくなる時は着実に迫って来ている。その時に今までの蓄えだけで食えれば良いが、世の中、そう甘くはない。とにかく、今はしゃかりきに働いて、老後の起業資金を蓄えているのだ。

「居眠りするな」

 コーネリアに注意をしたが、コーネリアは反省の表情も態度も見せずに、「へ~い」と軽く返事をした。

 コーネリアを雇って、毎日のように、このやりとりをしているが、すぐにまた居眠りを始めるだろう。

 もっとも、本当に危険が迫ってきていれば、すぐに目を覚ますはずで、さっき、俺に頭をたやすく叩かれたのも、近づいてきたのが俺だと分かっていたからだ。

 それだけ、コーネリアの護衛としての能力は高い。少々の居眠りにいちいち腹を立てて、クビにすることは愚かなことだ。

 俺は、再び、御者台に座り、二頭の馬に軽くムチを入れて、ゆっくりと荷馬車を走らせ始めた。



「ギース!」

 しばらく荷馬車を走らせていると、突然、コーネリアが俺を呼んだ。

「どこかの部族が通っているよ」

 コーネリアが指さす方を見てみると、数多くの羊を取り囲むようにしながら、騎乗の戦士や幌馬車の一団がゆっくりと移動しているのが遠くに見えた。

 騎乗の戦士の何人かが旗指物を背中に刺していた。その紋様に俺は記憶があった。

「あれは、ニジャルの部族だな」

「知り合い?」

「ああ、最近は何年も会っていないが、昔、世話になったことがある」

 俺は手綱を引いて、荷馬車の向きを変え、ニジャルの部族に近づいて行った。

 向こうも俺が近づいてきていることに気づいたようで、騎乗の戦士が五人ほど、俺に近づいてきた。

 みんな、猪人族ボアノイドと呼ばれる、猪の顔と人間の体を持っている種族だ。

 簡易な鎧甲に身を包んだ連中で全員がたくましい体つきをしていたが、その中でも一段とたくましい男が馬を降りると、荷馬車を降りて待っていた俺に近づいて来た。

 俺も同年代の男性と比べると、身長は高い方だが、その俺が見上げなければならないほどの巨漢だ。

「ギース! 久しぶりだな」

 大股で近づいて来たニジャルとしっかりと握手をした。

「本当だな。忘れられてなくて安心したぜ」

「忘れるわけがないだろう。前回、会った時は確か、火の玉が落ちてきた時だったな」

「そうだったな。すると、六、七年ぶりか?」

「七年ぶりだ。そっちは?」

 俺の荷馬車の近くに立っていたコーネリアを一瞥して、ニジャルが訊いた。

「護衛に雇っているコーネリアだ」

「ほほう。さすがのギースも寄る年波には勝てなかったか?」

「ああ。少し白髪も目立つようになってしまったしな。ニジャルは、少し腹が出たんじゃないのか?」

「それを言うな」

 苦笑いをするニジャルは俺より少しだけ年上だが、俺が今の仕事を始めた頃には、もうこの部族の長をしていて、それからいろいろと世話になっている。

 そう言うと、再々、会っているように思われるかもしれないが、今回は七年ぶりに出会った。一年のうちに何度も出会うこともあるが、今回のように長い年月の間、会わないこともある。

 地図で見るところの十字路クロスロード高原ハイランドの幅は狭いが、高原全体に豊富な牧草が自生していて、ニジャルのような遊牧民の部族も決まったルートを通っているわけではないから、会える確率は、それほど高くはない。

 ニジャルの一行を見渡す。

 ニジャルの後ろには騎乗の戦士が全員で二十人ほど控えていた。皆、屈強な体つきをしている。

 この高原には身を守ってくれる街も壁もない。自分たちのことは自分たちで守るしかない。家畜とともに自給自足の旅をしている遊牧民の部族には必ずこのような騎馬戦士のグループがいて、その中の最強の者が部族長となり、部族を率いていくのだ。

 戦士たちの後ろには、部族の宝と言っていい羊の群れがいて、その羊をまとめている羊飼いたちが数人いた。

 羊は乳を取ることもできるし、肉も美味い。刈り取った羊毛で服を作ることもできる。自給自足の遊牧生活には欠かすことができないアイテムだ。

 その後ろには五台の幌馬車が並んで停まっていて、女子供が顔をのぞかせていた。皆、猪人族で、兵士や羊飼いの家族たちだろう。

 列の最後尾には、徒歩の者たちが十人ほどいた。そのみすぼらしい格好からして、この部族の雑用を押しつけられている奴隷たちだろう。猪人族以外の種族も何人かいた。

 総勢だと百人以上いるのではないだろうか。これだけの人数をまとめあげているニジャルの統率力の高さが分かるというものだ。

「ギース、どうだ? 今宵は一献?」

「大歓迎だ」



 俺たちが立ち止まった所が、今日の宿泊地となった。

 あちこちで焚き火が焚かれ、それぞれの家族が輪になって夕餉を楽しんでいた。

 俺とニジャルは、ニジャルの奥方とともに、その集団の真ん中で、羊の丸焼きが掲げられた焚き火を囲んでいた。

 ニジャルと奥方には子供がおらず、いずれは部族の戦士の中から後継者を選ぶことになるだろうが、ニジャルの様子からすれば、まだまだ先のことだろう。

 それにしても、やはり、新鮮な肉を焼いて食べるのは美味い。羊の乳でできた酒も振る舞ってくれて、俺は久しぶりのご馳走に舌鼓を打った。

 もちろん、俺だって、ご馳走になりっぱなしではない。初めて出会った頃とは違い、いっぱしの旅商人になっている俺も、その対価をニジャルに示した。

「ほ~う。これが南の国の果物か?」

「ああ。新鮮な果物はこの何十倍も美味いが、これも十分に美味いぜ」

 俺は、ニジャルと奥方に乾燥果物をいくつか見繕って提供した。

 甘いものに目がないのは女性特有なのか、奥方はどれも美味い美味いと言いながら、次から次に手を伸ばしていた。

「そういえば、あの猫人族キャッツノイドはどこで拾ったんだ?」

 ニジャルが、隣の焚き火で羊肉を両手に持って食らっているコーネリアを指差しながら尋ねた。

「あいつは、俺の地元の街で開かれた格闘技大会で優勝したんだ。なかなかのナイフの使い手だぜ」

「そのようだな」

 ニジャルもコーネリアの何気ない身のこなしで、その実力を見破っているようだ。

「それにしても、護衛を雇うのももったいないと言って、いつも一人で旅をしていたギースがなあ」

「実は三年ほど前、盗賊どもに襲われて、いつもどおり、返り討ちにはしたんだが、その時に息が上がってしまってな」

「はははは、俺よりも年下のくせに」

「ニジャルみたいに普段から鍛えていないからな。その時に俺も『年齢』と『限界』というものを意識するようになったってことよ」

 その後もお互いの近況を話していると、満杯の水を入れた木製バケツを両手で持った人族の少女がフラフラしながら、ニジャルの奥方の後ろを通り過ぎようとした。

 まだ小さな女の子で、身長に比してバケツがでかすぎると思ったが、案の定、何かにけつまづいたのか、派手に転んで、バケツの水を勢いよくまき散らしてしまった。

「何をやってるんだい、レイ! いつもいつも、どんくさいねえ!」

 気分良く乾燥果物を食していた奥方が少女にカミナリを落とした。服にも少し水が掛かったようだ。

「ごめんなさい! すみません!」

 すぐに立ち上がった少女はすぐに膝を折って、奥方に向かって土下座をした。

 もういくら洗濯しても白い色には戻らないほど薄汚れた膝丈のチュニックの腰を荒縄で締めて、足元は裸足という少女は、年の頃だと六、七歳くらいだろうか?

 地面に付けた左手の甲に、「ニジャル」と大陸共通文字で青く書かれていた。

 ご主人様の名前を体に刻まれた者、すなわち奴隷の証だ。

 長い金色の髪を地面に広げて額を地面に着けたままの少女に、奥方はまだ叱り足りないのか、ガミガミと文句を言っていた。

「子供の奴隷か? 珍しいな」

 俺がニジャルに訊くと、ニジャルは上向きの牙が生えている口角を上げた。

「そうか。七年ぶりだもんな。分からなくて当然だな」

「何のことだ?」

 ニジャルは、奥方に「もう良いだろう」と言ってから、その少女に向かって、「レイ!」と呼びかけた。

 顔を上げた少女に、ニジャルは「こっちにおいで」と手招きをした。

 立ち上がり、奥方に一礼をしてから、駆け寄ってきた少女を、ニジャルは隣に立たせた。

「レイだ。忘れたか?」

「……思いだした」

 そうだ。火の玉が落ちてきた日。

 その近くで見つけた捨て子だ。

 一人旅の俺が赤ん坊など育てられるはずがない。どうしたものかと悩んでいると、同じく近くで火の玉を見て、駆け付けていたニジャルに、その赤ん坊を押しつけた記憶が蘇った。

 ニジャルから「名前はおまえが付けろ」と言われて、「レイ」と名付けたのは俺だ。

「レイ。おまえにとっては初対面かもしれないが、このおじさんがおまえを見つけてくれたんだよ」

 ニジャルの言葉で、レイは俺を見つめた。

 俺はその整った顔立ちに息を飲んだ。美少女とは、こいつのことを言うのだろう。

 顔や髪は薄汚く汚れているが、それを気にさせないだけの輝きが見えた。

 もっとも俺は、少女趣味など持ち合わせてはいない。

 俺が息を飲んだのは、新しい儲けの種を見つけたからだ。

 ――この娘は高く売れる!

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