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クロスロード  作者: 粟吹一夢
第一部 西の国〈フランツガルト帝国〉編
18/30

第十五話 お披露目

 日が暮れると、クラウンズヒルで定宿にしている涼風亭に入った。青の広場の近くにあるここも荷馬車を格納できる「車庫」完備の旅商人御用達の宿屋だ。

 俺がここを定宿にしているのは、シャーケインの朝日亭など他の定宿と同様、飯が美味いからだ。やはり、街にいる間は、美味い飯を食いたいじゃないか。

 俺は酒も飲むが、どちらかというと「飲み気」より「食い気」だ。美味い飯を食いながら美味い酒を飲むのが最高だ。

 老後の起業資金を貯めるために節約もしているが、今の俺には養うべき家族はいないし、また、金が掛かる趣味を持っているわけでもないから、せめて、毎朝のコーヒーと宿屋に泊まる時の食事くらいは贅沢をしないと、本当に味気ない毎日になってしまう。何事もメリハリだ。

 涼風亭の今晩のメニューは、牛肉のヒレステーキをメインディッシュとするコース料理で、もちろん、上等な葡萄酒付きだ。

 葡萄酒の代わりにブドウジュースを付けたレイは、今日も感激の涙を浮かべながら、初めての時よりもはるかに上手くナイフとフォークを使って、上品に食事をしていた。

 子どもというのは誰でも物覚えが早いものだが、レイは特に早い気がする。ニジャルの奥方からは「どんくさい」と叱られていて、確かに力仕事は向いていないようだが、手先の器用さや知識の吸収については秀でているのではないかと思われた。



 食事が終わると、レイとコーネリアは手をつないで自分たちの部屋に戻って行ったが、来客の予定があった俺は、そのまま宿屋のロビーに向かった。

 来客は既に来ていた。

 情報屋のバスドゥだ。

 男性としては小柄で、人族だがまるで鼠のような顔をしている男だ。もっとも情報屋としての能力は高く、俺もいつも頼りにしている奴だ。

 ソファに向かい合って座り、前払いで情報料を支払う。

「まいど! 旦那、今度の行き先は?」

「まだ、決めていない。おまえの情報次第で決めるつもりだ」

「そうでっか。今、東の国では鉄鉱石が不足していて、鍛冶屋が嘆いているようでっせ。北の国でも同じく鉄鉱石が不足しているようですが、東の国ほどではないようですな。南の国では、リンゴやイチゴのジャムの値が上がっているようでっせ。どうやら、トレンドになっているようですな」

 鉄鉱石は西の国で豊富に採れる。一方、他の国でも鉄鉱石は採れるが、その量は圧倒的に少なく、足りない分は西の国から輸入するしかない。

 東の国の鍛冶屋の組合ギルドが複数の旅商人を雇い、合同で買い付けと輸送をしているはずだが、それでも不足をしているということは、その旅商人たちの何人かが盗賊に襲われて積み荷を奪われたり、あるいは契約の期日までに戻れないと分かって、旅商人自らが商品を持ってそのままトンズラしていることが考えられる。そんな状況であれば、普段よりも高価で鉄鉱石を買い取ってくれるはずだ。

 また、リンゴやイチゴは南の国では栽培できない。しかし、生のまま運んでも腐らせてしまうだけなので、他の国に運ぶにはジャムか乾燥果物にして運んでいる。今、南の国ではリンゴやイチゴのジャムの人気が高まっていて、品薄状態になっているということだ。

 このように、バスドゥのような情報屋は、業務提携をしている他の国の情報屋からその国でどんな商品の値段が高騰しているのかの最新の情報を仕入れて、われわれ旅商人にその情報を売っているのだ。

 具体的には、各国の最新の情報を持った連中が、日時を決めて、十字路高原の交差部分であるザ・クロス付近で落ち合い、そこで情報を交換する。我々のように荷物を満載した荷馬車ではなく早馬を使い、また、リレーのように複数人で行うから、だいたい十日程度で落ち合って、同じ行程で戻って来る。したがって、その情報は約二十日前の情報だが、可能な限りの最新の情報であり、金を払っても買う価値があるのだ。

「おまえの話しぶりだと、東の国の鉄鉱石不足はかなり深刻みたいだな」

「保証しやすぜ」

 鉄鉱石は重くて、荷馬車で運ぶには手間が掛かる荷物だが、乾燥果物よりは単価がはるかに高く、総計的な儲けは大きくなる。

「ありがとうよ。今回は、東の国に鉄鉱石を運ぶ」

 俺は即決した。

 バスドゥから同じ情報を買った旅商人が数多く東の国に鉄鉱石を運んで売れば、それだけ鉄鉱石の値段は落ち着いてくる。素早く決断をして、人よりも早く商品を届けることが儲けの鉄則なのだ。

「それにしても旦那。今日の昼間、見てましたが、あんな可愛い娘を売り子にするなんてあざといですなあ」

「何だ? おまえも少女趣味の持ち主か?」

「いやいや、あっしはそんな趣味は持ち合わせていませんが、あの娘は本当に輝いていましたなあ」

「そうか?」

 レイのモテ具合から言うと、バスドゥの言葉もあながち間違っていないとも思われた。

「あの娘は俺が仕入れた奴隷で売り物だ。いずれはどこぞの王侯貴族か富豪にふっかけてやるつもりさ」

「なるほど。あの器量ならかなりの金額で売れるんじゃねえですかい?」

「金貨三百枚でも売れると思うか?」

「そんな売値だと買う者は限られますなあ。でも、赤の宮殿にでも売り込んでみたら、三百枚でも買ってくれるかもしれやせんぜ」

「皇太子だな?」

「へい。皇太子はかなりの女好きで、それも小さな女の子に目がないようですからなあ」

 俺が目を付けていた情報だ。その噂は俺も聞いたことがある。だから、密かにそれを期待していた。

 西の国の将来の皇帝に買ってもらうことができれば、レイの未来もバラ色なのではないだろうか?

 それに、俺も帝国からかねをむしり取ることもでき、大地震の時の鬱憤も少しは晴らすことができるだろう。

 

 

 翌朝。

 朝食を食べ終えた後、大事な仕事の話があるからと、レイを一人部屋に帰してから、俺とコーネリアは宿屋のロビーで向かい合って座った。

 俺はコーネリアに、レイの売り先として皇太子を考えていることを話した。

「本気?」

「どういう意味だ?」

「だから、本当にレイを売っちゃうの?」

「いや、最初からレイは売り物だと言ってるじゃねえか」

「そ、そうだけどさ」

 渋い顔つきをしていたコーネリアが、ハタと気づいたように瞳を輝かせて、俺の顔を見た。

「ねえ、ギース。皇室に入れるのなら、マナーとか礼儀作法とかをもっと教え込んでおく必要があるんじゃない? レイはまだまだ勉強中だよ」

「それを教え込む時間が必要だと言いたいのか?」

「そうそう!」

「まあ、それもそうだが、買い手が今のレイのような素朴な娘が良いと言うかもしれないしな。そう言われると、売り渋る理由はない」

「……」

「とにかく、レイの存在を皇太子に知ってもらう必要がある」

「ど、どうやって、知ってもらうの?」

「今日の午後、皇太子は青の宮殿に用事があって向かうらしい。その時にお目に止まると良いがな」



 今日も午前中は青の広場で乾燥果物を売り、午後は店を閉めて、皇太子が皇帝の元を訪れるために赤の宮殿から青の宮殿に向かう道、通称「皇太子通り」沿いに並んで、皇太子が通るのを待っていた。

 きらびやかな皇室の行列は、市民たちにとっては見世物として人気があり、噂を聞きつけた市民たちが皇太子通りの両脇に並んで、行列が来るのをまだたまだかと待っていた。

 もっとも、実際に行列がここを通る時間までは、情報屋バスドゥも分からないそうで、そこは皇太子の気分一つだそうだ。

 各国の商品に関する情報を握っているバスドゥは、商売柄、それ以外のさまざまな情報も知っている。一見、商売とは関係のないと思われる皇室の情報も、例えば皇族の慶事が明らかになることで花の値段が高騰することがあるように、けっして経済的なことと無関係ではないのだ。

 バスドゥの情報によると、皇太子は御年三十五歳で、十年前に貴族の娘をきさきにもらっているが、まだ子供はいない。というか、できないのではないかと噂されている。なぜなら、皇太子は少女趣味の持ち主で、成人した女性には興味はないという噂だからだ。

 後宮にも何人もの側室を囲っているが、すべてカムフラージュで、その身の回りの世話をしている少女たちが皇太子の相手をさせられているらしい。

 ちなみに、皇太子の弟皇子には複数の男子がいて、皇太子の甥に当たるその男子を皇室の跡取りにすることで暗黙の了解がされているらしい。

 ということで、皇太子がレイを気に入る可能性は高いということだ。

 問題は、この行列の間に、皇太子がレイを見てくれるかどうかだ。

 これもバスドゥの情報だが、皇太子は馬車に乗るとき、進行方向に向かって右側の座席に座るくせがあるそうだ。

 いったいどうやって調べたのか分からないが、バスドゥの情報なら信頼して良いだろう。

 ということで、俺とレイとコーネリアは、皇太子通りの青の宮殿に向かって右側の端に並んで立った。

 当のレイは、俺とコーネリアの前に立ち、これから何が始まるのだろうとワクワクした顔で、物珍しそうにキョロキョロと辺りを見渡していた。

 しばらく待っていると、赤の宮殿に近い方に並んでいた人々から歓声が上がった。

 見ると、羽根飾りなどできらびやかに装飾された儀礼用制服を身にまとった騎馬兵に警護された豪華な馬車がゆっくりと進んできていた。

 おそらく皇太子はあの馬車に乗っているのだろうが、馬車の窓は少しだけしか開かれておらず、中は暗くて、誰か人が乗っていることは分かったが、その表情までは見えなかった。

 ちょうど、馬車が俺たちの前を通過しようとした際、俺はレイの肩を持って、わざとらしくレイを少しだけ前に押し出した。

 馬車の中の人物が窓に顔を近づけたのか、窓から目が見えた。その目はレイの前を通り過ぎてからも、レイに釘付けになっているように見えた。

 ――釣れた!

 俺はそう確信した。

 

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