第十四話 帝都の賑わい
西の国の帝都クラウンズヒルに着いた。
俺の生まれ故郷でもあるこの街は、フランツガルド帝国直轄領で帝国の中でも最大の人口を擁していて、それだけ大きな商売をすることができる場所だ。
特に今回、南の国から運んできた乾燥果物のような嗜好品は、市民層よりも富裕層が多く買ってくれる商品で、人口に比して富裕層が多いクラウンズヒルは絶好の市場なのだ。
他の街の二倍の大きさを誇る城門を荷馬車で通り過ぎる際、目を丸くして見上げていたレイは、城門を通り過ぎて、目の前に広がった風景を見て、「すごい」と呟いた。
起伏に富んだ地形に石造りの建物が見渡す限りの範囲に建てられており、これまでに見てきた都市とはスケールが違っているからだ。
「あの大きな建物は何ですか?」
レイの疑問はもっともだ。聖都にあった大聖堂以上に「大きな建物」が目の前にあるのだからな。それも二つ。
今、レイが見つめている、街の真ん中にある丘には、皇帝が鎮座ましている宮殿が威容を誇るようにそびえ立っている。その色から「青の宮殿」と呼ばれている。
南側の少し離れた丘の上には、青の宮殿よりは少しだけ小ぶりな宮殿が見えた。同じようにその色から「赤の宮殿」と呼ばれているそこは、次期皇帝、すなわち皇太子の居城だ。
二つの宮殿が威容を誇るこの光景は、 この街を訪れた者に、ここが帝都であることを見せつけているようであった。
「あれは宮殿といって、青っぽい建物にはこの国で一番偉い人が、向こうの赤っぽい建物には二番目に偉い人が住んでいるのさ」
「一番目に偉い人っていうと、ここの族長さんですか?」
ニジャルの部族での世界しか知らないレイにとって、一番偉い人はニジャルだった。
「まあ、そういうことだが、スケールが違う。朝日亭という宿屋があったシャーケインという街からここまで、ここからまだ西にも街がいくつもあるが、それらすべての街の頂点に立つお人さ」
レイは実感がわいていないようであったが、巨大な建造物である宮殿をじっと見つめていた。
「あの中には入れるんですか?」
レイは、大聖堂と同じように、宮殿にも自由に入れると思っているようだ。
「残念ながら、あそこには自由に入れない。レイは、あの中に入りたいか?」
「できれば入ってみたいです。ギースは入ったことがあるんですか?」
「いいや。俺なんかはあの中には入れてくれないだろう。でも、おまえは入れるかもしれないぞ」
「どうしてですか?」
「あの中に住んでいる人がおまえを気に入ってくれたら、おまえはあの中に入れる」
レイであれば、しばらくこの街に滞在するだけで、街中の噂になるだろう。その噂が回り回って皇族に届くこともあるかもしれない。
望みはある。次期皇帝である皇太子の性癖の噂だ。
「あの中で住むこともできるだろう。そうなれば、俺と一緒にいるよりも贅沢ができるはずだ。もっともっと旨い物を食べて、もっともっときれいな服を身につけることができるんだ。良いと思わないか?」
レイは俺が言っていることが理解できないようであった。
「私、ギースと一緒にいたいです」
「……」
レイの真剣な表情に、俺は言葉を詰まらせてしまった。
俺たちと一緒に旅を始めたことで、少なくともニジャルの部族にいたときよりも「文明的な」生活ができていることは確かだ。それだけでもレイにとっては大変化で、やっと慣れてきているところだ。
きっと、好奇心が次々と満たされる、今の状態が良いと、レイは思っているのだろう。
しかし、俺たちとの生活に慣れてくると、もっと上を目指そうという「欲」が出てくるはずだ。人間というのはそういうものだ。
そうなれば、レイだって自らが進んで宮殿に入ると言い出すかもしれない。
きっと、そうだ。
青の宮殿のふもとに、クラウンズヒルで一番広い広場がある。クラウンズヒルで一番ということは、この国で一番ということだ。
その広場自体には青い建造物があるわけではないが、青の宮殿の近くにあるということで、「青の広場」と呼ばれている。
ほぼ円形の広場には、全面に石畳が敷き詰められ、中心には噴水が高く上がっていて、西の国の繁栄を誇示しているようであった。
広場には多くの人々がたむろしていた。
レイは、その人の多さに、また目を丸くしていた。
人族だけではなく、猫人族、犬人族、熊人族、猪人族の、いわゆる「イシュタルの五種族」と呼ばれるすべての種族がいた。
ちなみに、この五種族はこの大陸にまんべんなく住んでいるが、人口比で言うと、人族が全体の六割を占めていて、四割をあとの四種族が一割ごとに均等に占めている。人族はその圧倒的な数をもって、四つの国の支配層も占めているが、神の教えに従い、他の種族を差別することなく、この大陸で共存共栄している。青の広場でも、人族と他種族とが仲良く話をしていたり、子どもなどは分け隔てなく一緒になって鬼ごっこやおはじきなどで遊んでいた。
そんな様子を見ながら、広場の決められた場所まで荷馬車を移動させてから停めた。そこは、円形の広場の外縁で、行商人の屋台が多く出店されていた。
荷台の幌を外してから、荷台の側面を止めているストッパーを解除して、側面を真横に倒した。
荷台の側面は積み荷の積み卸しが楽にできるように倒れるようになっており、そこに乾燥果物を詰め込んだ麻袋のいくつかの口を大きく開けて、見本のように並べた。
「さあさあ! 南の国の乾燥果物だ! 厳選した物ばかりだぜ! 味見もしてみるがいい!」
俺が大声で告げると、さっそくに人が集まってきた。
俺が売っているのは、西の国では手に入れることができない珍しい南の国の果物ばかりだ。
もちろん、西の国でも、リンゴやブドウといった果物はできるし、庶民でも手に入れられる価格で売っている。しかし、バナナやパインアップル、マンゴー、スイカなどの、ここでは手に入れることができない果物を乾燥させた物に砂糖をまぶして、更に甘くなっている乾燥果物は贅沢品として人気があった。そして、それを小分けにして、この広場に集まっているような市民階級の連中にも手が届く価格で販売するのだ。
「甘い甘い南の国の乾燥果物だよ~! そこ行くお兄さん! 食べてみてよ~」
護衛が本業のコーネリアも俺の隣で声を張り上げていた。
コーネリアへの報酬は、商品の売り上げの三パーセントだとする出来高払にしている。在庫が出て、たたき売りにでもなれば、自分の給金の減額に直結するから、コーネリアも売り上げアップに協力するしかないのだ。
一方、レイは、何をすれば良いのか分からないようで、俺とコーネリアの間に立ち、俺とコーネリアを交互に見ていた
レイには、ニコニコと微笑みながら売れた商品を手渡すように申しつけていたが、レイ自らも客寄せをすれば良いことに気づいた。それは、レイを多くの人に見てもらうことにつながる。
俺は、レイに「おまえも客を呼び込んでみろ」とけしかけた。
「適当に間隔をとって、『いらっしゃいませ』と大きな声で言うだけで良い」
俺のその指示を素直にきいて、レイは「いらっしゃいませ! いらっしゃいませ!」と馬鹿の一つ覚えのように続けた。
子どもを客寄せに使うのは邪道とされているが、そんなことは気にしちゃいられねえ。
しかし……、およそ、乾燥果物など関心なさそうな、むさ苦しい野郎どもまで集まってきやがった。
この広場だけでこれだけの少女趣味を持った野郎どもがいたのかと、この国の将来が少し不安になった。
猫人族のコーネリアも虜にされたように、人族だけではなく、他の種族の野郎どもまでレイを見て近づいてきていた。
「いらっしゃいま……せ」
さすがのレイも最前列に陣取った野郎どもの薄気味悪い視線が気になってきたようだ。
「おまえら、買わないんならどいてくれるか?」
嫌みったらしく俺が言うと、野郎どもは焦ったように急いで懐から財布を取り出した。
「こ、これをひと袋くれ」
「お、俺はこっちだ」
量り売りで小分けにした紙袋を野郎どもに渡す際、計画どおり、レイから手渡すようにした。
「ありがとうございました」
少したどたどしいレイの態度がかえって新鮮だったようで、野郎どもは満面の笑みで紙袋を受け取っていった。
夕暮れが迫り、人通りも少なくなった頃、俺たちは店じまいをした。
レイのおかげもあって、初日だけで在庫の三分の一が売りさばけた。この調子だとあと四日もあれば完売できるだろう。
それにしても、今さらながらに、レイの人を魅了する力のすごさに驚かされる。
買った乾燥果物をかじりながら、遠くからレイを見つめている野郎どももかなりの数がいたし、中には買った乾燥果物を通りがかりの子どもにあげてから、何度も乾燥果物を買いに来た野郎もいた。
そんな様子を見ながら、俺はレイの具体的な売値を考えていた。
俺の考える売値と、レイを買いたいという奴の考える買値の幅が交渉不可能なほど乖離していれば、そもそも売買は成立しない。かといって、成立を急いで最初からプライスダウンした売値を提示するのは馬鹿だ。
今、俺は旅商人の互助組織である組合に金貨三百枚の貯蓄がある。すべては旅に出られなくなった場合、つまり怪我などのもしもの場合はもちろんだが、老後の生活に備えて、これまで三十年にわたり、年平均金貨十枚ずつ貯金をしてきた結果だ。
引退後の旅商人の生活は大きく分けて三つのルートがある。
多くの旅商人がたどるルートは、今までの蓄えを食いつぶしながら細々と生活をするルートだ。二つ目は大成功の事例だが、複数の旅商人を雇って、そいつらの儲けの上前をはねる元締めとなるルートだ。三つ目はそれまでの経験を生かして、その元締めの元で事務員として働くルートだ。
俺も今までいろいろと情報を集めているが、元締めとなるための開業資金として金貨六百枚は必要らしい。
俺も無駄遣いをせずに必死に金を貯めてきたが、その金額の半分程にしか届いていない。
では、今、元締めとなっている連中がどうやって開業資金を貯めたのかというと、例えば親子二代でだったり、さまざまな投資活動などの資産運用が大当たりしたりとかのようだ。
俺もこれまでいろいろな投資話に乗ってはみたが、思うほどの利益が出なかったり、中には足が出たこともあった。
今、俺は「レイ」という物件を持っている。できるだけレイを高く売り、できればその売り上げをプラスすることで開業に必要な資金の金額に近づかせたい。
そうすると、貯蓄額の金貨三百枚を差し引いた残り金貨三百枚となるが、さすがにその金額でレイを買い取ってくれる者は王侯貴族か大富豪の商人に限定されるだろう。
しかし、ここ帝都クラウンズヒルにはそういった人々がいる。レイが街の人々の噂になって、そういった人々の耳に届けば、その値段ででも買いたいという者が現れないとも限らない。
ここはひとつ、大きく出てみるか。
俺はレイの売値として、金貨三百枚を目標値として定めた。
第三話のあとがきで書いたように、金貨一枚=銀貨百枚=銅貨一万枚で、現在の価値で銅貨一枚は百円程度と想定していますから、金貨一枚は百万円相当です。
すると、レイの売値である金貨三百枚は、三億円ということになります。
また、ギースは旅商人生活三十年で三億円(一年当たり一千万円)を貯蓄していたことになります。
生活費や商売のための必要経費をすべて差し引いた余剰金が貯蓄に回せるのですから、まさに、旅商人はハイリスク・ハイリターンな商売と言えるのではないでしょうか。




