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クロスロード  作者: 粟吹一夢
第一部 西の国〈フランツガルト帝国〉編
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第十三話 魔法の萌芽

 この世界の人々は、昔は魔法が使えたが、神の怒りに触れて魔法を取り上げられ、それ以来、魔法は使えなくなっているという。

 神など信じない俺は、それはきっと、「魔法が使えたら良いな」という人々の願望が神話に盛り込まれただけだと考えていた。

 しかし、今、オグナスがしていることは、見る限り、自然の法則に反している。念じるだけで風を起こすことなどあり得ない。

「その緑色の石を持っていれば、例えば、俺も魔法が使えるようになるのか?」

「そこは保証の限りではない。星の教団の聖職者も、初めは魔法を使えない。やはり修行をすることによって徐々に使えるようになるのじゃ。しかし、使えるようになったとしても、この魔石を身に付けていないと、やはり魔法は使えぬ」

「すると、その緑色の石には、魔法を使えるようにするための何らかの秘密があるんだな?」

「そういうことじゃ。しかし、魔法と言っても、ご覧のとおり、見世物小屋で少し話題になる程度のものでしかない。無から有を作り出したり、手を使わずに大きな物を動かしたり、好きな場所に一瞬で飛べたり、そんな人々が思い描いているような魔法はまだ使えぬ」

「いや、その程度だとしても、実際の魔法を初めて見たぞ。そのことを大々的に宣伝すれば、奇跡だと興味を持たれて、信者も増えるのではないのか?」

「魔法は客寄せに使うものではないわ。むしろ積極的には伝えておらぬ。すれば、各国の支配層がこぞって魔石の欠片を求めに来るか、あるいはもっと強権的に奪いに来るかもしれぬのでな」

「その魔石の欠片というのは、まだ、いくつもあるのか?」

「ある程度はの。それで、我らがレイさんを求めている理由の一つもこの魔石じゃ」

 オグナスは、再度、自分の首元で揺れている小瓶を持ち上げて示した。

「この魔石の欠片を持っている者同士が近づくと、この魔石が共鳴するように震える。ザ・クロスの同胞も星の王女様の声を聞くと同時に、自らが身に付けている魔石の欠片が震えていることに気づいたのじゃ。今、わしも感じておる。今まで感じたことがないほどに大きな震えじゃ」

 オグナスは興奮を隠せないようで、次第にその声が大きくなっていった。

「レイさんは、これと同じような、緑色の石は持っておらぬか?」

 ここまで言い当てられたら、隠し通すよりも、オグナスの話を聞いてみたくなってきた。

「レイ、こっちに来い」

 俺は、少し離れた場所でコーネリアと手をつないで立っているレイを呼んだ。

 俺とオグナスの話は聞こえていたはずだが、コーネリアもレイもよく分からなかったはずで、レイも不思議そうな顔をして俺の隣に立った。

「レイ、この爺さんにペンダントを見せてやれ」

「はい」

 レイは素直に返事をして、緑色の石が付けられているペンダントを胸元から取り出した。

「おお! な、何という大きさじゃ!」

 オグナスが身に付けている緑色の石は小さな瓶の中に入っており、石というより砂に近い。一方、レイのペンダントの先に付いている石は、俺の親指の先程度の大きさがあるもので、オグナスが驚くのも無理はない。

 オグナスが驚愕の面持ちでレイに一歩近づいた。

 すると、レイの緑の石が急に輝きだした。

 捨てられていた赤ん坊のレイを見つけた時以来に、この石が輝いたのを見た。

 俺は慌てて、周りを見渡したが、憲兵たちはすでにおらず、集まっていた群衆もいなくなっていて、俺たちに注目している者はいなかった。

 オグナスもその輝きに驚き、後ずさりした。すると、緑の石の輝きは弱まった。

「なんということじゃ! その石はどこにあったのじゃ?」

「レイは十字路クロスロード高原ハイランドで捨てられていて、俺が見つけた。その石はレイのそばに落ちていたものだ」

「落ちていた? ……それでは、レイさんのご両親は分かっておらぬのだな?」

「そういうことだ。だから、レイを見つけた俺が奴隷として連れている」

 オグナスは、俺から視線をはずすと、しばらく、頭をかいたり、腕組みをしたりしながら、苛ついているように何かを考えていたが、結論は出なかったようで、再び、俺の顔を見た。

「レイさんは魔法を使えないのか?」

「残念ながら、レイは魔法を使えないし、使ったこともない。そうだな、レイ?」

 俺がレイに代わって返事をすると、レイもうなずいた。

「そうか」

 オグナスは残念そうな表情を浮かべて、「ギース殿」と俺を見た。

「ますますもって、レイさんを我が教団にお迎えしたいところじゃが、そなたが見つけたレイさんを我らが奪うこともできぬ。しかし、ギース殿よ」

「何だ?」

「そなたは旅商人じゃから、西の国だけでなく、他の国にも行くのじゃろう?」

「もちろんだ」

「一つ忠告をさせていただく。東の国では、星の教団に接触しないように気をつけてくだされ」

「どういうことだ? 同じ教団なのに仲違いでもしているのか?」

「行けば分かるじゃろうが、東の国の支部長であるシュウロンという男は信用できぬ。魔法を別の目的に利用しようとしているとしか思えぬのじゃ。もし、レイさんの魔石のことを知れば、向こうから接触してくるであろうし、シュウロンならレイさんを強引に拉致するかもしれぬ」

「そいつは物騒だな。助言はありがたくちょうだいしておく」

 このオグナスという老人は、憲兵たちの厳しい取り締まりにもかかわらず、自分の信じることにまっすぐ向き合って、太陽と月の教団のお膝元でもあるこの街でも説法をするほどに熱心な聖職者だ。そんな男が信用できないという男のことだ。少しは気にとめておこう。

「そろそろ宿屋に戻らないと」

 この後、公衆浴場に寄ってから宿屋に戻る予定なので、深まる夕暮れから言って、そろそろ宿屋に帰らなければ、夕食に間に合わない。

「そうか。呼び止めて済まなかったの」

 オグナスは俺よりもずっと年上だが、俺に丁寧に頭を下げた。

 そして、「レイさんの旅のご無事をお祈りする」と言って、手を振りながら俺たちと別れた。

 俺たちは公衆浴場に向けて歩き出した。



「ねえ、ギース」

 レイと手をつないで歩くコーネリアが、「さっきの爺ちゃんって、何、言ってたの? ギースとの話を聞いていても、よく分からなかったんだけど」と首をかしげて俺を見た。

「俺も分からなかったよ。ただ、レイは、星の王女様と関係があるんだとよ」

「星の王女様! 何それ! かっこいい!」

 おまえの感想はそれかよ!

「でもさあ、レイならきっとそうだよ」

「どうして?」

「だって、可愛いんだもん!」

 立ち止まり、しゃがんだコーネリアは、その毛むくじゃらの頬をレイのほほにすりつけた。

「コ、コーネリア」

 レイが照れていた。

「人族は毛のない猿じゃなかったのか?」

「ギースはそうだけど、レイは違うね。もしかすると、レイが星の王女様その人かもしれないよ」

「コーネリア、おまえは星の王女様が何をした人か知っているのか?」

「知らない」

 まあ、そんなことだろうと思ったぜ。

「でも、レイは、絶対に星の王女様だよ! だから、レイを売ったら神罰が当たるよ」

 ……いらぬ知恵をコーネリアに与えてしまったか?



 次の日の朝。

 いよいよ、帝都クラウンズヒルに向けて出発した。

 この辺りは西の国の中心部で、国境に近い周辺部よりは都市が密集してあり、また各都市間はきちんと整備された街道がつながっている。途中、いくつも城壁に囲まれた都市を通り過ぎた。

 順調に馬車は走っている。夕焼けが見える頃よりも早くクラウンズヒルに着けるだろう。

 隣のレイを見ると、国境の街シャーケインの宿屋の女将にもらった本をずっと熱心に「読んで」いた。

 休憩時間になると、荷馬車が行き交う往来の邪魔にならないように、街道から少しはずれた場所に荷馬車を停めた。

 俺は地面に毛布を敷いて寝転がり、ずっと座りっぱなしの腰を伸ばした。

 走行中はいつも居眠りしているコーネリアは、休憩時間には生き返り、ナイフの練習がてら、元気に飛び跳ねていた。まあ、同じ姿勢でいることは若いコーネリアでもさすがに辛いようだ。居眠りしててもな。

 レイは、と見てみると、木の枝をペン代わりにして、本に書かれている文字を夢中で地面に書いていた。

 上半身を起こして見てみると、思いの外、きれいな字体で書いている。ちゃんとペンで書いたら手本になりそうなほどだ。

 レイは知識欲が旺盛で、街中で初めて見るものはそれが何か、必ず俺に問い掛けてくる。しかも、一度訊いたことはしっかりと憶えている。もし、小さな頃から教育を受けさせておくと、かなりの好成績を残せたのではないだろうか?



 最終目的地、西の国の帝都クラウンズヒルはもうすぐだ。

 たっぷりと休憩を取った俺たちは再び荷馬車に乗り込んだ。

 レイは、立てた膝を本立てのようにして、一冊しかない本を開いて熱心に「読んで」いた。二十ページほどしかない、ぺらぺらの本で何度も繰り返し見ているが、レイは飽きているようではなかった。

「レイ」

「はい」

 レイは俺の言いつけを守って、すぐに本を閉じて、きちんと座り直した膝の上に置き、体を俺の方に向けた。

「まもなくクラウンズヒルという街に着く。そこはこの国の中心の大きな街だ。そこで数日滞在して、後ろの荷台に積んでいる乾燥果物を売り切る。市民たちに小売りするので、おまえも手伝ってくれ」

「はい。どんなことをするんですか?」

「おまえにしてもらおうと思っているのは簡単なことだ。売った品物をニコニコと微笑みながら相手に渡し、相手が差し出してきたかねを『ありがとうございました』と微笑みながら受け取る。これだけだ。簡単だろう?」

「はい。分かりました」

 実際にレイを売り子にすることで、レイを多くの市民たちの目に触れさせることができる。上手くいけば、レイのことがクラウンズヒルで噂になるだろう。いや、きっとなる。

 帝都クラウンズヒルには、皇族を始め、貴族たちや西の国を代表する富豪たちも居を構えている。そいつらにレイのことを知ってもらわないと、そもそも買い手は付かない。

 そして、できれば、レイが欲しいという奴が何人も現れてほしい。競り売りのようにどんどんと値が上がっていけば、こっちの思うつぼだ。

 オグナスから聞いた話は、レイを売ることを止めるだけの理由にはならない。

 仮に、レイが魔法を使えるとしても、オグナス自身が言っていたように見世物小屋で話題になる程度の魔法でレイの売値が高くなるとは思えない。むしろ金持ちの買い主から薄気味悪いと思われて、値段が下がる恐れもある。

 星の教団の連中がこれ以上、レイにちょっかいを出してくる前にレイを売ってしまいたい。

 できれば、今回、クラウンズヒルから出る時には大金を掴んでおきたいものだ。

「以上だ。また、本を読んで良いぞ」

「はい」

 笑顔を見せたレイは、膝を立てて、その膝に本を置き、ページをめくった。

 

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