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クロスロード  作者: 粟吹一夢
第一部 西の国〈フランツガルト帝国〉編
11/30

第九話 国境の街

 苦労をして湿地帯を抜けた後、見渡す限りの草原を一日走ると、石材を積み上げた高い壁が前方に見えてきた。

 西の国のもっとも東にあるシャーケインという街の城壁と、それと一体となって国境を隔てている防壁が左右の地平線まで伸びていた。

「あれは何ですか?」

 目を丸くしたレイが俺に尋ねた。

「あれが壁だ」

「壁?」

「そうだ。壁の内側には大勢の人が住んでいる街がある。そして、あの壁が街の人々を守ってくれるのさ」

「壁が……守ってくれる……」

 十字路クロスロード高原ハイランドには、街はおろか、建物すらない。レイが初めて見る建造物なのだ。

 城門をくぐる時も、レイは目を丸くしながら、巨大な石造りの壁を見上げていた。

 西の国に入国するには、ここで入国審査を受け、通行税を支払わなければならない。

 城門を入るとすぐに、待ち構えていた国境警備兵たちに取り囲まれた。全員、人族だ。

 俺は、懐から西の国の市民証を取り出して見せた。

「旅商人のギースか?」

「ああ。俺の顔を知らない国境警備兵がいたとは、自分でも情けないぜ」

 このシャーケインの国境警備兵の何人かとは顔なじみになっていたが、警備兵も一か所に長く駐留すると、いろいろと変なつながりができてくるからか、定期的に入れ替わっているようで、今、俺を取り囲んでいる国境警備兵の中には知っている者はいなかった。

「積み荷は何だ?」

「南の国から運んできた乾燥果物だ」

 後ろの席に座っていたコーネリアが幌を外して、乾燥果物が詰まった麻袋を見せた。念のため、袋の一つの縛り口を外して、中身も確認をさせた。

「この猫人族キャッツノイドは?」

「護衛として雇っているコーネリアだ。俺と同じくこの国の市民だ」

 コーネリアも懐から市民証を取り出して、高々と掲げた。

「この子供は?」

「この娘は十字路高原で新しく仕入れた奴隷だ」

 俺はレイの手を取って、左手の甲にある俺の刻印を国境警備兵に見せた。

 そもそも奴隷の市民証など、どの国でも発行していない。

 そいつが入国させるには危険だと思われる凶暴な奴でない以上、基本的にスルーだ。

 こんな少女が入国させるのに危険な人物であるわけはない。

 国境警備兵たちが俺をさげすんだ目で見た。

 だから、俺は少女趣味など持ってねえ!

 と大声で叫びたかったが、不穏な動きをするとそれだけ国境通過に時間がかかってしまう。

 ここは無視だ。

「良いだろう。通れ!」

 隊長らしき男がふんぞり返りながら告げると、俺を通せんぼしていた警備兵どもが左右に分かれた。

 警備兵どもの先には納税所があり、そこで通行税として銀貨一枚を支払った。どの国の市民権を持つ旅商人であっても、領土内で自由に商売をさせるための所場代という意味合いもあり、どの国も荷馬車一台で銀貨一枚と決まっている。



 街の中に入ると、石畳の道路が縦横に走り、石造りの建物が建ち並んでいた。

 俺やコーネリアにとってはありふれた風景だが、レイは、あっちを見たりこっちを見たりと、忙しく頭を動かしていた。

 ゆっくりと荷馬車を走らせて街の中心部に向かうと、馴染みの宿屋が見えてきた。

 旅商人を始めた当初からつきあいがある「朝日亭」だ。

 長い旅を終えて、西の国に入った旅商人たちのほとんどは、まずはこの街でゆっくりと休息を取ろうとする。だから、このシャーケインの街には旅商人御用達の宿屋が多くあった。大切な荷物を積んだ荷馬車を夜の間、保管しておくための「車庫」が宿屋の隣にあり、扉には鍵を掛けてくれる。十字路高原では盗賊から我が身と荷物を守らなければならないが、街中でも泥棒はいる。苦労して運んできた荷物をここまで来て盗まれたら目も当てられない。

 朝日亭の召使いが俺の荷馬車を入れた車庫の鍵をしっかりと掛けたのを確認してから、「風呂に行ってくる」と召使いに告げて、宿屋には入らずに、街の中心街に向かって歩いて行った。

 

 

 火山が多く、天然温泉もあちこちで湧いている西の国では、ある程度以上の規模の都市には必ず公衆浴場がある。貴族や富豪の中には家の中に浴場を構えている奴もいるようだし、そんな連中が泊まる高級な旅館にも風呂がある所がある。

 しかし、旅商人が泊まるような宿屋に風呂があるはずもない。風呂がある宿屋に泊まるような贅沢をしていたら、せっかく儲けた利益も半減してしまう。

 一方、街の中にある公衆浴場は、街の領主たる貴族の市民に対する人気取り政策の一環であり、また、お湯は天然温泉を引いていて、燃料費もそれほど掛からないことから、料金も安く設定されている。公衆浴場は、市民たちにとっては憩いの場所であるとともに、一日働いた疲れと汚れを落としてくれる場所なのだ。

 お上りさんのようにキョロキョロと辺りを物珍しげに見渡しながら歩いていたレイに「風呂に入ったことはあるか?」と訊いた。

「風呂って何ですか?」

 まあ、予想どおりの答えだった。

 そもそも旅をしている遊牧民が風呂を沸かせるはずがない。

「水浴びはしたことあるか?」

「はるか昔ですけど」

「これから行く所は暖かい水で水浴びができる所だ」

「暖かい水ですか?」

「ああ、そうだ。さっぱりとするぜ」

 ちなみに、お湯につかる習慣は、西の国と東の国にはあるが、北と南の国にはない。東の国には温泉は湧いていないが、しっかりと管理された森林資源で湯を沸かす燃料は豊富にあり、個人宅でも風呂が完備されている。

 一方、寒さが厳しい北の国では、暖房のために薪などの燃料を使うため、大量にお湯を沸かすことはせずに、蒸気を閉じ込めた部屋で汗を流す。

 また、暑さが厳しい南の国では、水浴びが一般的だ。

「そういえば、ギース」

 浴場の入り口の前でコーネリアが呼び止めた。

「せっかくお風呂に入るんだからさあ。レイにも少しはきれいな服を着せてあげたら?」

「そうだったな」

 レイは、ニジャルのところで着ていた薄汚れたチュニックに裸足のままだった。朝日亭の女将だって、このチュニックでベッドに横になられたら良い気はしないだろう。

 しかも、レイは商品だ。少しの投資で商品の値段をつり上げることにもなる。

 俺は懐から財布を取り出し、銀貨を一枚、コーネリアに渡した。

「これで新品の服を買ってこい。靴もな」

「ギースの好みはある?」

「だから、俺の好みとか関係ない! おまえに任せる」

「分かった。ねえ、レイ。これからあんたの服を買いに行こうか?」

「は、はい」

 買い物などしたことのないレイを連れて、コーネリアは街の中に消えていった。



 久しぶりに風呂に入り、さっぱりとしてから広い休憩室に入った。野宿続きの旅が終わったことを実感させてくれる。

 広い休憩室には多くの椅子が置かれていたり、床には絨毯が敷かれていて、老若男女が思い思いの場所に腰をおろし、湯上がりのけだるい心地よさを味わっていた。

 椅子に座った俺もついうつらうつらと夢見心地になっていたが、「ギース!」と俺を呼んだコーネリアの声で目が覚めた。

 見ると、コーネリアがレイと手をつないでやって来ていた。

「どう、ギース? レイ、見違えただろ?」

 確かに……。

 顔についていた泥汚れも落ちて、ボサボサだった長い金髪もきれいにとかして、滑らかに揺れている。新品の白い長袖チュニックと革製のベルト、そして編み込み式の革製サンダルを履いているレイは、どこぞの貴族令嬢と言っても通用するはずだ。

 風呂に入る前の薄汚れた状態でも、レイには、俺が「高く売れる」と直感しただけの輝きが感じられた。

 汚れが落とされた今、まぶしいばかりの輝きで、周りの人々もレイを見つめているのが分かった。

 かくいう俺もマジマジと見つめてしまったが、レイは顔を赤くして、うつむいてしまった。

「あれあれえ。おじさん、見とれちゃったあ?」

 茶化すように言ったコーネリアだったが、しゃがんでレイを抱きしめ、その毛むくじゃらの頬でレイにほおずりした。

「でも分かるよ。アタシも見惚れちゃったもの」



 この世界には「イシュタルの五種族」と呼ばれる種族がいる。

 われわれ人族、コーネリアのような猫人族キャッツノイド、ニジャルのような猪人族ボアノイド、犬の顔をした犬人族ドッグノイド、熊の顔をした熊人族ベアノイドだ。

 こうやって紹介すると、人族が基本であって、他の種族は人族の亜種のように思われるかもしれないが、神話の世界では、人族は本来、「猿人族モンキーノイド」と呼ばれていて、けっして特別な種族というわけではない。

 そんな五種族は、この大陸で共存共栄している。したがって、五種族は価値観を共有していることは間違いないが、美的感覚については相違していると言わざるを得ない。

 そもそも違う種族で、まぐわっても子孫を残すことはできないし、違う種族同士で好き合うことは基本的にはない。

 考えてもみてくれ。

 ベッドの中で同じ体格の雌猫の顔にキスができるだろうかと。

 俺も猫は嫌いではないが、猫人族であるコーネリアが美しいとか可愛いとか感じることはまったくない。一方のコーネリアからすれば、人族は毛のない猿にしか見えないそうだ。

 だから、若い女性であるコーネリアが俺と二人旅をしていても、お互いに恋愛の対象にはならずに、ずっと連れでいられたわけなのだ。

 しかし、今、レイにほおずりしているコーネリアが、レイにデレデレになっているのが分かった。レイが愛おしくてたまらないという感じは、昨日までのコーネリアにはまったく見られなかった。

 裸のつきあいという言葉もあるが、一緒に風呂に入っただけでそんなに親密になるものなのか?

 それとも汚れが落ちて見違えたレイを見て、禁断の何かに目覚めたのか?

「ねえ、ギース」

 しゃがんでレイを抱きしめながら、コーネリアが俺をにらむように見上げた。

「レイを売るなんてしないでよ。ずっと近くに置いておこうよ」

「何を言っているんだ? レイは売り物として仕入れたんだぞ」

「それは分かっているけどさあ。アタシはレイと離れたくないんだよ」

 まるで洗脳されてしまったかと思ってしまうほどの急変だった。

 

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