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ばあちゃんと観覧車

作者: とーま06

夏のホラー2017投稿作品

ばあちゃんの家の近くには遊園地があった。

裏野ドリームランドという遊園地で、規模は小さいけれど、一通りのアトラクションは揃っており、子供が遊ぶには充分であった。

俺も幼稚園や小学校低学年の頃はよくばあちゃんに連れられて、いとこ達と遊びに行った。

だが、俺が小学校の頃に老朽化がひどいとかで廃園になってしまった。

遊園地が廃園になって、ばあちゃんと遊ぶ機会が減った。

そのうち、ばあちゃんの家に行く回数も減っていった。

俺は成長するにつれて、次第にばあちゃんからもばあちゃんの家からも離れていった。


そして、俺が大学生の頃にばあちゃんが死んだ。

何度も入退院を繰り返していたことは母さんからも聞いていたし、もう歳だったから、少しは悲しかったがショックというほどではなかった。

ばあちゃんの葬儀がひと段落した時に、いとことその遊園地の話になった。

ばあちゃんあの頃は元気で、園内を走り回る俺達を走って追いかけてたよな、なんて話たりした。

そのうちにいとこが「またあそこに行ってみないか?ばあちゃんと一緒に」なんて言い出した。

ばあちゃんの遺影をこっそり取ってきて、夜中に俺達はばあちゃんと廃園になった裏野ドリームランドに行くことにした。


遊園地の入り口に着いたはいいが、当然だが鍵がかけられていた。

でも、このまま諦めたくなくて、俺達は入り口を探し回った。

すると、幸運にも裏口の鍵が空いていた。

俺達は思っていたよりもすんなりと、中に入ることに成功した。

園内はあの頃の面影を残しつつも、長年の風雨に晒されてかなり傷んでいた。

今が夜中でなかったら、ここまで怖いという思いは起こらなかっただろうにと、この時間を選んだことを少し後悔した。


だが、すぐにその思いは吹っ飛んだ。

まだ電気が通っているようで、所々園内の街灯が付いていた。

消えかけた淡い灯は夜の遊園地を浮かび上がらせ、夢の中にいるかのような幻想風景が、遠い記憶を辿るような錯覚を呼び起こした。

園内のあちこちに懐かしい匂いと老朽化の影が感じられた。


メリーゴーランド、ジェットコースター、お化け屋敷。

どれもばあちゃんとの楽しい思い出が詰まったものばかりだった。

俺達はばあちゃんと一緒に遊んだあの頃をなぞるようにアトラクションに乗っていった。

乗っていったといったって、もちろん動くわけじゃない。

ゴンドラや馬車に乗って、あの頃の思い出をいとこと語り合った。


そして、最後に観覧車に乗ることにした。

ばあちゃんは観覧車が大好きだった。

いつも遊園地に来た時は必ず最後に観覧車に乗ろうと言っていた。

だから、俺達も最後は観覧車と決めていた。

観覧車のゴンドラに乗って、ばあちゃんの遺影に話しかけた。

「ばあちゃん、本当に楽しかったよ。今までいっぱいありがとう」

いいんだよ、お前達の元気な姿を見れて私も幸せだよ。

そう言われたような気がした。


そろそろ帰ろうかと立ち上がった瞬間、ゴンドラが強い風に煽られて、大きく揺さぶられた。

ガタン

大きな音が夜の遊園地に響き渡った。

さっきの強風で、朽ちた観覧車が壊れたのだろうか。

ゴンドラのドアを開けるよりも先に、ギシギシギシギシという鈍い音とともに観覧車がゆっくりと動き始めた。

不思議とさっきまで感じていた恐怖は消えていた。

それは、まるでばあちゃんが動かしてくれたみたいだった。

「ばあちゃん!ばあちゃんが動かしてるんだね!すごいよ、ばあちゃん!ありがとう!」

俺達は子供みたいに、まるであの頃のように興奮して観覧車のゴンドラ内ではしゃいだ。

喜びの涙は、ゴンドラの窓から見下ろしたメリゴーランドやコーヒーカップを揺らめかせた。

これは、ばあちゃんの最期のプレゼントだ。

ばあちゃんはきっと最期に俺達に泣くんじゃなくて、笑って見送ってほしいんだ。

俺達は、「ばあちゃん、ばあちゃん」と、涙を浮かべながら笑っていた。


ゆっくりと回っていく観覧車は裏野ドリームランド全体を見せてくれた。

上へ行くにつれて、さっき通った道や乗ったアトラクションが見えていき、さっきいとこと交わした思い出話が頭に浮かんだ。

そして、ばあちゃんが観覧車が好きな理由を理解した。

ばあちゃんはこうして"遊園地での一日"を振り返っていたのだった。


観覧車は一周し終わった。

観覧車の最下にゴンドラが着いたため、俺達は降りようと、ドアに手をかけた。

だが、ゴンドラのドアが開かない。

引いても押してもノブもドアも全く動く気配すらない。

全力でドアに体当たりするもビクともしない。

そうする間にも、ゴンドラは再び最上を目指して動き続ける。


どういうことだよ。

俺達は焦った。

自分達が不法侵入していることなんて忘れて、助けを求める。

「おい、スマホ」

だが、そこには圏外と表示されている。

「誰か!誰か、開けてくれ!止めてくれ!」

俺達は必死に助けを呼ぶも、返事はない。

「おい、助けてくれ!誰か、止めてくれ!」

徐々に頂上に近づいていくにつれて、ゴンドラ内の空気はまるで冷やされていくようである。


これは一体どういうことだ。

大体そもそも廃園になった遊園地の観覧車が一人手に動くなんておかしかったんだ。

誰かがいたずらで動かしているに違いない。

俺たちは地元の不良か誰かに閉じ込められたんだ。

「おい!開けろ!止めろよ!」

声に怒りを含みながら叫ぶ。


「なあ、まさか、ばあちゃんってことはないよな」

遺影を持った手を震わせながら、いとこがぼそっと呟いた。

いとこは泣いているように見えた。

「そんなわけないだろ!何言ってんだよ!」俺は声を荒だてた。

だが、声を荒げたのはいとこに苛立ったからじゃない。

俺自身、ばあちゃんがやってるんじゃないかという不安がさっきから頭をよぎって消えないのだ。

頭の中の嫌な予感を消したくて、全力で否定したのだった。


だが、もしばあちゃんだったとしたら、俺達はばあちゃんを怒らせていたということになる。

今までのことを振り返った。

そりゃそうだろうな、ばあちゃん、怒ってるよな。

幼稚園や小学校の頃は散々ばあちゃんに世話してもらってたのに、言うことなんて全然聞かなくて暴れまわってたし、あの時のばあちゃん本当に困った顔してたよな。

中高生になるとばあちゃんの家に行ってもほとんど話さず携帯ばっかいじってたし、携帯ばっかする俺を叱ったばあちゃん突き飛ばしたことあったもんな。

ここ数年たって何度も入院したって連絡来たけど、いつも忙しいとか言って結局一回もお見舞い行かなかったよな。

そりゃ怒って当然だよな。


ばあちゃん、ごめんな。


頬を流れる涙を手の甲で拭いながら、俺はばあちゃんに謝り続けた。

いとももまた、俺と同じであった。


キーーーーーーーーーーー

古びた金属が軋む音と共に、徐々に観覧車のスピードは緩み、ちょうど観覧車の真下でゴンドラは止まった。

その音はばあちゃんの最期の声のような気がした。

ばあちゃんはわがままばかりで迷惑ばかりかけた俺達を許してくれたんだ。

ばあちゃんの遺影を胸に抱き、観覧車を後にした。


その時、目の端に何かが動くのを見た気がした。

ばあちゃん?

一瞬でよく見えなかったが、確かに誰かがいた気がした。

もしかしたら、俺達に会いにきてくれたばあちゃんだったのかもしれない。

俺は懐かしくて嬉しくて申し訳なくて…いとこに悟られないように、静かに涙を流した。



後日、親戚の叔父さんから裏野ドリームランドの観覧車の噂を聞いた。

実は俺が小学校の頃、裏野ドリームランドの観覧車で事故があったそうだ。

ゴンドラのドアが途中で空いて、そこから落下した女性が亡くなったということだった。

廃園になったのは老朽化の影響もあったが、一番の原因はその事故、そしてその後から見られるようになった女性の幽霊が原因だった。

その女性の幽霊が原因かは分からないが、その事故以来、観覧車が勝手に動いて止まらなくなることが何度もあったという。

また、閉園して数年が経った頃、地元の不良があの観覧車に閉じ込められて、そのまま何日も出てこられずに衰弱死したことがあったらしい。

そのため、(なぜかあの日は裏口の鍵が空いていたが、)普段は遊園地に絶対勝手に入れないように頑丈に鍵をかけていたらしい。

もしあのまま閉じ込められたままだったら、俺達は今頃どうなっていたんだろう。



ばあちゃんのせいじゃなかった。

それは俺をほっとさせた。

と同時に、二十数年分の重たい罪悪感を感じた。

俺は一度でもばあちゃんを疑ってしまったことが悲しくて申し訳なくてたまらなかった。


それに、多分ばあちゃんは俺達を助けてくれたんだと思う。


あの時帰り際に見たものを思い出したのだ。

あれは血塗れの女を必死で抑え込んでいるばあちゃんだった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 観覧車が動きだして、ばあちゃんが動かしてくれてるんだと喜ぶ→実は観覧車に閉じ込められたと知って、焦る→ばあちゃんが怒ってるんではないのか?という不安→実は別の幽霊の仕業で、ばあちゃんは守っ…
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