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第六話 買い物がてら

 近所のスーパーへ向かう道半ば「私も行きます」との声に振り返ってみると落ち武者狩り、ではなく小町妹が追いかけてきていた。追いかけてきていると言っても走ってきているのではなく、ちょっとした早歩き程度の速さである。まだ走るのは危険なのだろう。

「おいおい、大丈夫なのかよ?」

 絶賛リハビリ中の小町妹に無理をさせたのではという思いが頭を過ぎり、思わず来た道を戻りかけた俺を手で制した小町妹は「これぐらいならいいリハビリになりますから」と言って自力で俺の元まで歩み寄ってきた。

「お待たせしました」

 そう言って近づいてきた小町妹は若干辛そうだった。無理もないだろう。少し前まで歩くことすらままならない状態だったのだ。手術をして入院でしばらく寝たきりの生活を送り。それからどれぐらいだか知らんがギプスをつけられて動きの制限された足は、筋力が著しく衰えている上にカチカチに固まっているだろう。今は筋力を戻しながら徐々に足を動くようにしている最中なのだ。

「本当に大丈夫かよ?」

「こんな事で嘘ついてどうするんですか。近藤さん追いかけて怪我が悪化したりしたら自殺しますよ。私」

 ずいぶんな言われようだが、確かにそうである。嘘など吐く意味はないだろう。

「別に、家で待っててもいいぞ、そんなに大した荷物じゃないし」

 怪我人に買い物の付き添いを頼むほど、俺は鬼ではない。

「少し、話したいんですよ。あなたと二人で」

 表情から察するに、どうやら真面目な話らしい。

「わかった」

 そう言って歩き出した俺を見た小町妹も追従してくる。歩くスピードを少し緩めて小町妹が横に並んだことを確認すると話の先を促した

「それで、話って?」 

「まずは貴重な話を聞かせてくださって、ありがとうございます」

「結構出しゃばった真似をしてしまったと考えているんだが」

「そうですね。初めはなんだあいつ、くらいに思ってました。いきなり表れたと思ったら分かったような口利いて。いったい何様だあいつって。結構やさぐれてましたから、私」

 ぐうの音も出ないとはこのことである。正直に申し上げると、あの時俺は少しだが自分なら小町妹の助けになれる可能性があるなどと、とてつも無く傲慢で愚かな妄想を抱いていた。少年漫画の主人公にでもなったつもりだろうか。気持ち悪い。

「ああ、本当に申し訳ない。穴があったら入りたいな」

「いえ、結果的にはこれでよかったのかもしれません。あなたが、私に干渉してきてくれたお陰で姉さんと怪我する前みたいに話せるようになりましたから」

「どういうことだそれ?」

 なぜ、俺のおせっかいが彼女達の姉妹仲を修復するに至ったのだろう?全くの謎である。それよりも今聞き捨てならんことを言ったぞコイツ。

「なに、お前等ってもしかして気まずい関係だったの?」

「そうですよ。私が怪我してからですけどね。姉さんは私に気を遣いすぎて変な感じで接してくるし、私は私でそんな姉さんを見ていてイライラしていたり。惨めになったりと、結構忙しい毎日を送ってました」

 小町からは全くそんな素振りは見られなかったが、どうやら俺の預かり知らぬところで事態は結構深刻な状況になっていたらしい。だが、それなら尚更分からない。

「そんなお前らが、仲直り出来たのと、俺の欺瞞と勘違いに満ちたお節介はどう関係してくるんだ?」

 俺の疑問に「ずいぶんと卑屈な事を言うのですね」などと言い苦笑いを浮かべた小町妹は続けてこう言った。

「簡単な事です。あなたが姉さんに聞かせた話を姉さんが私に聞かせて、その話を私が鼻で笑ったんです。そしたら姉さんが久々にマジギレしまして、私も応戦するに至りました。要するに大喧嘩に発展したんですよ」

「………………」

 この場合、俺は一体どう答えればいいのだろう。めっちゃ裏目に出たじゃん。

「そんな不安そうな顔をしないでください。ちゃんと続きがあるんですから」

 それはそうだろう。これで終わりならば、小町妹と俺はこんなところでのんびり買い物などしていられないだろう。むしろ助走をつけてぶん殴られる可能性もある。その時は甘んじて受け入れてもいい。

「怪我をする前は喧嘩なんて週一ペースでしてましたよ。言ったでしょ。姉さんが私に気を遣い始めたって。そのせいで、いえ、全部姉さんのせいにする訳にはいきませんね。私もかなりやさぐれていたので、お互いギクシャクしてしまってたんです。むしろ、喧嘩をずっとしなかった今までの方が不自然な状態だったんです」

 言いたいことは、分かったがそれで懸念が消えるわけでは無い。

「喧嘩ったって普段するようなちょっとした喧嘩とは規模が違うと思うんだが」

 普段する小ぢんまりした喧嘩と違い、今回の様な喧嘩は危険である。お互いが溜め込んだモノを全て吐き出すような壮絶な舌戦に発展するからだ。

 人が腹の中に溜め込むような感情などいいものであるはずも無く、ドブの水にヘドロを加え、鍋でグツグツと煮詰めて出来上がった汚物の様な見苦しさを含んでいるだろう。それを相手に向けて発散するのだ。

 溜め込んだ汚物は人間が持つべき良心をいとも容易く腐らせ、感情の箍たがを外し、頭の中を真っ赤に染めあげ、理性すら容易く吹き飛ばす。駆け巡る激情に飲まれて、言ってはならない事を言ってしまう危険性も十分に孕んでいる。

「そうですね。さすがに少しの間、姉さんと気まずい時間を過ごしました」

「ジーザス」

 そんな言葉が出てしまう程、俺は途方に暮れていた。やはり、俺の様な中途半端な人間が人に立ち入るべきではないのだ。今実感した。

「でも、数日後にきちんと仲直りしました。喧嘩した時姉さんに言われたんです。『治ったら練習始められるのにいつまで腐ってるの?馬鹿じゃないの』って」

「うおぅ……」

 ヤバい、胃が痛くなってきた。自分が直接恨み言を言われるよりも、友人間のギスギスを見たり聞いたりする方がきつい事もあるらしい。特にそうなった要因に自分が起こした不用意な一手が絡んでると効果は倍増である。

「酷いですよね。怪我して焦ってるのも悔しいのも私なのに。私も頭に来てかなりきつい事を言ったりしましたけどね。それで、全部出し切った後、ぼーっとなった頭で考えたんです。二度と走れなくなったら私どうなるんだろうって。何日か後、姉さんに近藤さんの事もう一度聞きに行きました。本当気まずかったですけど。私が話しかけた時、姉さんどこかホッとしたような顔で、その顔を見て私もホッとしてました。その時思ったんです。姉さんは私に気を遣ってたんじゃなくて、私が姉さんをそういう風にしか見られなかったんだって」

「そうとも言えるな」

「そうとしか言えないですよ。姉さんああ見えて結構優しい所あるんで。姉さんは姉さんで悩んでたんですよね。すこし考えれば簡単にわかる事なのに。姉さんが私をどうにかして元気鵜付けようとしたのは、同情とかじゃなくてただ自分が苦しかったからなんですよ。馬鹿ですよね。私みたいな人間のせいで自分が苦しんで」

 小町を馬鹿と言いながらも、何処までも優しく満たされたようなその声色は小町妹の言葉が額面通りでない事を如実に示していた。

「それから、姉さんから。近藤さんの事聞きました。電車の中で無表情で近づいて来て、怖かったとか学校で浮いてる事、虐められても動じない程図太くて鈍感な事、苛めをしていた生徒を凄惨な方法で撃退したこととか、身内や数少ない友人にはとても優しい事、あと、とにかく変わり者だって言ってました」

 指を折りながら、小町から聞いた俺の話を一つ一つ話す小町妹。しかし、それは褒めているのか貶しているのか判別がすこぶる難しい。

「だから、あなたにお礼を言いたいんです。私と姉さんをもとの関係に戻してくれてありがとうございます」

小町姉妹が微妙な関係になっていたことなど、俺は知らなかった。だから、姉妹仲を元に戻したとか言われたところで実感はない。それどころか一歩間違えれば俺は一つの家庭環境を崩壊させてたのではないだろうか。

「俺、結局、お前らの関係を引っ掻き回しただけだろそれ」

 俺がそう答えると、小町妹はゆっくりと首を横に振ってから言った。

「切っ掛けが必要だったんです。私も、姉さんも。もし、近藤さんがあのタイミングで干渉してこなかったら、姉さんとの仲はもっと抉れていたと思います。狭い視野で、いつまでも自分の事ばかりうじうじ考えて。きっと取返しが付かない事になっていた気がします」

「そうなのか?たまたま俺のお節介の結果がお前等姉妹の起爆剤になって、その事が偶々いい方向に転がっただけの話じゃないか。姉妹関係だってお前等が互いに歩み寄ったからもとに戻っただけで、俺は何もしてないぞ」

「本当に面倒くさい人ですね。いいじゃないですかそれでも。私だって、あなたを初めて見かけたときは今みたく一緒に歩いてるなんて思いませんでした。全部偶々ですよ。偶々あなたの住む町に越してきて、偶々私が怪我をしていて、その事で偶々私と姉さんが微妙な関係で、そんな時、偶々あなたが私たちにお節介を焼いてきたんです。それがいい方向に転がって偶々私と姉さんが仲直り出来て。その偶然が元で私が近藤さんに感謝したところで大しておかしくも無いと思います。あなたが意図した方向とは違う感じだと思いますけど」

 小町妹の言い分に釈然としない部分は多々あるが、それを言っても仕方がない。偶然でもいい。彼女はそう言っているのだ。俺にどんな意図があろうと、その過程で多少まずい事態に発展しようと、結果的に彼女等の関係の修復に俺が一役買った事は事実なのだと。ならば、その主張を受け入れる事が今回したお節介への落としどころになるのだろう。

「わかった。そういう事ならもう何も言わん」

「そうですか。ならよかったです。あと、ありがたついでにもう一つ聞きたいんですけど」

 そこで、言葉を切った小町妹は表情を引き締め俺の目を見据えてこう言った。

「二度と競技選手としてやっていけないと言われた後、気持ちの整理がつくまでの話が聞きたいんですけど」

「それ、普通本人に訊くか?」

 俺が、呆れ気味に返すと小町妹は苦笑いを見せた。

「もともと、私が怪我でいろいろと凹んでいるのを見かねて首を突っ込んだんですよね。なら、聞かせてください。今度はあなたの口から、私の聞きたいことを」

 聞かせるのは別に構わないが。

「俺はお前が怪我で焦って無理したりしないようにあの話をしただけだ。お前が、俺に何を期待してるのか知らんが、俺の話はお前の悩みの解決には結びつかんと思うぞ」

 俺が小町にした話は、彼女が無理して練習に参加することを思いとどまらせる役には立つだろう。しかし、それ以上の何かを期待するならそれは間違いである。それでも彼女は譲らなかった。

「それでも、聞きたいです」

 聞きたいか。純粋な好奇心、て訳でも無さそうだな。彼女の真意を測りかねていると、そんな俺の表情を読み取ったのか、小町妹は真剣な表情でこう付け加えた。

「わたし、知りたいんですよ。あなたの事が……」

「俺のこと?」

「そう、あったばかりの私と姉さんにお節介を焼いたりするあなたの事をちゃんと知っておきたいんです」

 俺の事を知りたいねえ。物好きもいたもんだ。しかし、これはひょっとすると……

「お前、俺の事好きなの?」

 冗談交じりの俺の言葉を小町妹は鼻で笑い飛ばす。

「あなたがそう思いたいならそれでいいんじゃない。私がどう実際は思ってるかは別として」

「……冗談だ。悪かった」

完全に自意識過剰の痛い男だなこれじゃあ。両手を上げて降参する。

「まあ、話すのはかまわないぞ。ただ、面白い話じゃないぞ」

「もとよりそんな話は期待してません。あなたユーモアのセンス無さそうじゃないですか」

 そう言う面白いじゃないんだよなぁ……。

 まあ、いいか。俺は小町妹に、自分が怪我をしてからの話を始めたのだった。


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