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第二話 昼食の悲劇

 小町さんが近所に引っ越して来てから一週間。だからと言って、何が変わる訳でもない。

 彼女には彼女の生活があるだろうし、俺には俺の生活があるのだ。

 いくら家が近いと言ってもそれで仲良くしなくてはならない等という法律は何処にもない。

 よって俺は、小町さんと一緒に登校する。などという彼女の学校生活を崩壊させかねないとち狂った行動を起こす事はせずに、河野とともに通学路を無言でひた歩いていた。

 別にいつもの事である。俺も河野も四六時中何か話していないと死んでしまう生き物ではないのだ。話題の無いときはこうして無言で歩いている事が多い。

 しばらく、無言の時間が続いた後に河野が口を開いた。

「なあ、ずっとお前が言い出すのを待ってたんだけどさ。お前んちに転校生来たんだって?」

 河野に一週間前の出来事は話していなかった。報告する程の事でもないし言ったら間違いなくからかわれるからだ。

 しかし、いつかは河野の耳に入るだろうとの確証はあった。どうせ俺の母さん経由で河野の母さんに伝わりそこから河野へ、と言った所だろう。

「ああ、そんな事もあったな。なんか凄い近所に越してきてた」

「なんで俺に言わないんだよ。つまらん奴だな」

 おおかたこの何日か、俺が言い出すのをうずうずしながら待っていたのだろう。

「お前の玩具にされるくらいなら俺はつまらない人間でいい」

「でも、近所に越して来たなら朝とか一緒に登校してもいいんじゃないか」

「なんで近所に越して来ただけの女子生徒と登校するんだよ。学園ドラマじゃあるまいし」

「別に、俺は気にしないけど」

 まあ、俺も気にしないけど。しかしそういう問題ではない。

「向こうが気にするかもしれんだろうが。それに転校して日が浅いのに男子生徒と一緒に登校とか目立ち過ぎだろ。しかも、相手が俺とお前だぞ間違いなく悪目立ちする」

「お前はともかく俺は別に問題ないだろう」

 その過剰な自身は何処から出てくるんだこいつは。しかしこいつは自分を全く理解していない。

「むしろ、お前の方がまずいだろ」

「なんで?」

「いいか?お前は女子からの人気が高い。学校で浮いている俺が知ってるくらいだ。男子からそれなりに人望もある。学校での人気者。学校で浮いてる俺ですら知ってるんだ。かなり人気が高いと思っていい。ここまではいいか?」

「いや、さすがに持ち上げ過ぎだろそれ」

 とか言いながらまんざらでも無さそうなところがこいつらしい。

「そんなお前に密かに思いを寄せる女子生徒は多いかもしれないし少ないかもしれない」

「そこは、多いって言えよ。嘘でも」

 黙れリア充。間違いなく多いんだよこの野郎。

「そんな、女子たちの思いを尻目に、ご近所さんだからなんて理由で転入したての小町さんが一緒にお前と登校してみろ。お前に密かな恋心を寄せていた乙女たちの心はズタズタになるかもしれないし、ならないかもしれない」

「なんだ、そりゃ?」

 黙れリア充。

「とにかくだ、小町さんの登場により恋心を傷つけられた乙女たちは、自分たちを差し置きご近所さんという立場を利用してお前の懐に滑り込んできた新参者への嫉妬に身を焦がすだろう。嫉妬の炎に焼かれた彼女らは恋する乙女から恐ろしい魔女へとその姿を変える。それから先は魔女たちによる数々の報復が想定されるだろう。というのが俺の仮説だ」

「へえ。面白い話してるね。でもそれ考えすぎじゃない?売れない小説みたいだよ」

 あれ?俺の隣に居たのって河野だよな。なんか声高くねえか。

「あれ、キミ転校生?」

 今度は河野の声だ。もう分かった。皆まで言うな。俺は後ろを振り返ると言った。

「おはよう。小町さん」

「おはよう」

 俺の挨拶に陽気に返した小町さんは俺と河野の隊列に加わった。まあ、彼女自身の意思で加わるならもう何も言うまい。

「ああ、あなたがヨシ兄ちゃん」

 河野を見て、思い出したように小町さんが言う。

「それ、沙耶ちゃんから聞いたの?」

 近藤家の縁者しか知りえないであろう呼び名で呼ばれ。苦笑いを浮かべる河野。

「そうだよ。こないだ近藤君の家に招待されちゃってね」

「招待っていうより拉致だったけどな」

 やんわりと間違いを訂正しておく。

「そりゃ、テツが女の子を家に連れて来たんだ。おばさんはしゃいでたでしょ」

「うん、なんか妹ちゃんとお茶菓子がどうとかで言い争ってた」

 すげえなコイツ。さらっと会話に滑り込んできたと思ったら。あっさりと俺達に溶け込みやがった。

「ははは、嬉しそうなおばさんが目に浮かぶよ。俺、河野義輝ね。学校でヨシ兄ちゃんはさすがに恥ずかしいから別の呼び方でお願いね」

「りょうか~い。私は……近藤君、私の名前なんていうんだっけ?」

 そういいながら面白そうな表情で俺を見つめてくる小町さん。

「小町だろ。いい加減覚えたよ」

「下の名前は?」

 当然覚えているはずない。

「忘れた」

「赤点です」

 何がだよ。

「小町真理恵。相手の名前を覚えるのは礼儀だよ」

「なに、お前こんな可愛い子の名前覚えられないの」

「酷いよね」

 こいつら、いきなり結託しやがって。

「悪かったよ。だからもう虐めないでくれ……。ところで小町、俺の下の名前なんていうんだっけ?」

 俺の言葉に、目を泳がせる小町。

「……て、哲人?」

 自信無さげなその答えに対して言ってやった。

「赤点です」

 俺はバツが悪そうに笑いを浮かべる小町の顔を見て、嫌味に笑ってやった。




 教室



 小町と俺と河野が一緒に登校してきたという噂は瞬く間に学校中に広まったらしく、普段は空気のように扱われる俺ですら注目を集めているようだ。小町は教室に着くなりクラスの女子に捕まり、連行されていった。小町を中心にキャッキャとした声が聞こえてくる。

 彼女のコミュニケーション能力が秀でているのか、女子特有の気安さでもあるのか。ここ一週間で、小町は学校にかなり馴染んでいた。基本的には仲良くなった女子と過ごすことが多い小町だが時折俺の所にやってくることもあった。大した頻度ではない。しかし、それでも周囲にしてみれば俺と小町が絡むというのはかなり衝撃らしく。これまでもいくらかの視線は感じていた。

 そして今回、一緒に登校したという事でさらに皆の興味を引いたらしい。方々からかなりの視線を感じる。もの問いたげな視線を全て無視し、窓の外に視線を向け、雲を眺めていた俺だったが人の好奇心がパンドラの箱を開けてしまったように。俺にも声が掛けられたのだ。

 呼ばれた声に誘われ、そちらを向いてみると。女子生徒が立って居た。

 タイの色を確認したところ。俺と同学年らしく。長い黒髪をお下げにした小柄な子だった。

 どことなく小動物を連想させる立ち振る舞いで、俺と目が合うと硬直した。

 気絶とかしてないよな。

「大丈夫か?」

「は、はい。すいません」

「ああ、いや。平気ならいいんだ。それで、何の用?」

「あの、その、つかぬ事をお伺いしますけど、あの、その」

 どうしても、その先が言い出せないらしく彼女は長い時間言い淀んでいた。何が聞きたいのか大体予想はつく。しかし当てずっぽうでいう場面でもないので、続く言葉をじっと待っていた。やがて。

「ぐす、うぇぇぇ」

 絞り出すような嗚咽が漏れて来た。

 なんでだよ⁉

「なに?俺なんかした?」

 訳が分からないので理由を尋ねた。しかし返って来たのは答えではなく。

「ごめんなさーい!」

 という謎の謝罪と泣きながら走り去ってゆく彼女の姿だった。意味が分からん。

 突然の出来事に頭を悩ませていると横合いより小町から声が掛けられた。

 いつの間にか女子たちの質問を捌き終えたらしい。

「キミ、なに人の事泣かしてるの?」

 その口調には責めるようなものの中にどこか面白がるような響きを含んでいた。

 この女、絶対一部始終見てたろ。

「知らねえよ俺も、突然泣き出したんだよ。なんだってんだよまったく……」

「ああ~、感極まっちゃったか。青春だね」

「そういうもんか?」

「そういうもんだよ」

 どうやら、会話中に感極まって泣くのが青春の流儀らしい。恐ろしや青春。


昼休み~学食




「なに、お前女子生徒泣かしたんだって?」

 昼食中、苦笑いを浮かべた河野が言った。

「なんか、そうみたいだ。聞きたいことがあったらしくてな。質問内容を聞いてたらいきなり泣いた」

「ああ、気の弱い子だったんだな。可哀そうに」

「可哀そうなのは俺もだよ」

 あの後、クラスの空気がしばらく凍り付いたのだ。昼休みになるころには幾分落ち着いたが……。

「ご愁傷様です」

 河野の合掌。

「うるせえよ」

 本当、わけわかんねえ。



 昼休み~廊下



 昼食を終え、学食から戻る途中のことだ。廊下にて朝の小動物系女子を発見した。何やら、一人、廊下をトボトボと歩いている。朝の事もあったので、一応ケリを付けようと思い、その女生徒に背後から近づいて声をかけた。

「おい」

 女生徒の背中がビクッと震え勢いよく振り返る。

「ひぃ……」

 俺と目が合った瞬間、そんな声を上げ、走り出そうとしたその手をキャッチすることに成功した。

「おい、待て逃げるな」

「ご、ごめんなさい」

 またも繰り出される謎の謝罪と共に眼の奥を満たして行く涙。

「まてまて、泣くな。よくわからんが、泣くな」

 泣くなと言われれば泣きたくなるのが人情である。要するにまたもやグズグズと泣き出した。

 なんだよ本当に。もういい。とっとと用を済ませて教室に戻ろう。

「もうそのままでいいや。朝の質問とやらは河野絡みか?」

 そう言うと、さっきまで泣いていた少女はきょとんとした表情でこちらを見た。

「どうやら図星だな。じゃあ、河野と小町が一緒に登校してきたからそれについて聞きに来たってことを仮定して話すがな、別にあの二人、付き合ってるとかじゃないから。今のところだけど。それだけだ。悪かったな。なんか分からんが泣かせちまって」

 要は済んだ。とっとと退散する。

 そのまま、呆け顔で立ち竦む小動物系少女を廊下に残して俺は教室へと帰っていった。



放課後~廊下




 授業を終え帰宅しようと廊下を歩いていると、後ろから猛烈なタックルを加えられて転んだ。

「ご、ごめん、大丈夫?」

 声の主は小町だった。狼狽した声を上げ俺を助け起こそうとしてくる。

「大丈夫だ。少し踏ん張りがきかなかっただけだ」

 そう言って一人で立ち上がる。

「ごめん、まさか倒れると思わなかったから」

 こいつが殊勝な態度で謝罪する姿は、どこか違和感を感じる。

 そんなに付き合い長くないんだけどな。

「いいよ別に、どこも打ってないし。それより何」

「何って。一緒に帰ろうと思って。家近所なんだし。いいでしょ」

「それなら普通に来いよ。タックルなんてしてこないで」

「いや、さすがの私も男の子に一緒に帰ろうって誘うのは照れが出るから」

 タックルは照れ隠しかよ。小学生かこいつは。

「まあいいや、でも俺母さんにお使い頼まれてるからそこまででいいか?」

「オッケー。それじゃ出発、ってあの子、今朝近藤君が泣かした子じゃない?」

 それは俺も気が付いていた。気が付いていたがあえて視界に入れないように勤めていたのだ。

 俺の下駄箱の前で待ち構える小動物系女子。その顔には悲壮な決意が刻まれ。自決を決意した白虎隊の様な覚悟と勘違いが見て取れた。

「あれ、明らかにキミ待ちだよ。なに?果し合いの申し込み?」

「知るか」

 さすがに頭を抱えたくなった。何あれ。怒ってるの?

 行くか引くか悩んでいた俺を目敏く見つけたらしい小動物系少女が俺に駆け寄って来た。意外と早い。

「な、なに?」

 小動物系少女から発せられる並々ならぬ気迫に若干押されつつも、要件をうかがう。また泣かないでくれよ。頼むから。

「あの、今朝はすいませんでした」

 そう言って少女は俺に向かって頭を下げた。

「え?」

「その、私、どうしても気になって。でも直接聞く勇気は無かったから仲の良い近藤君に聞こうと思ったんですけど、その、こ、怖くて」

 いつの間にか怖がられていたらしい。なんでや。

「怖い?俺が」

「あの、ごめんなさい。でも実際話したらそんなに怖くないっていうか。私の勘違いだったみたいで、だから本当にごめんなさい」

 そんなにってことはちょっとは怖かったんだよね。

「ああ、まあ、泣いた理由は分かったけど、俺そんな怖がられるような事したっけ?」

 疑問を口にする俺に、答えたのは小町だった。

「もしかして、あの噂?」

「噂?なんだそりゃ」

 何という事でしょう。いつの間にか俺は噂の人になっていたようだ。

「知らないんですか?」

 噂を知らない様子の俺に驚いた様子で聞いてくる小動物系女子。知らぬは本人だけってか。

「知らない。俺、河野とは噂話とかしないし。校内で滅多に話しかけられないし」

「「…………」」

 俺の発言を聞いた少女二人が可哀そうな生き物を見るような眼で俺を見て来た。その眼をやめろ。

「それで、噂ってなに?」

 ともあれ内容は気になっていたので、先を促す。

「あの、言っていいんですか?」

「いいよ」

 軽い調子で答えた俺を見て小動物からも力が抜けたらしい。

「じゃあ、話しますね」

 彼女は俺に纏わる噂を語り始めた。

 どうやら俺は、一年の頃に学年のリーダー格だった男を力づくでその座から引きずり下ろしたらしい。そのやり口が、口にするのも憚れるほど凄惨で目撃者は皆その場に居合わせたことを後悔したらしい。その詳細を語りたがるものは居ないらしく。詳細を語るものが居なくなったその事件は、昼食の悲劇と呼ばれ、恐れられているらしい。

「なにそれ?」

「詳細を語るものは居ません。ですが、目撃者もいたらしく信憑性は高いかと、あ、す、すいません、本人の前で」

「いや、別にいいんだけど、昼食の悲劇?学年のリーダー?全然心当たりがないんだけど」

 一年の頃、昼食、リーダー。まてよ?

「ひょっとして、あれかな。武藤に弁当食わせた奴」

「やっぱり武藤君と何かあったんですね!凄い!当事者から話を聞けるなんて!」

 この小動物、噂好きか?聞き出す気まんまんだな。元気になったようで何よりです。

「私もその噂、聞いてたけど火の無いところに煙は立たないものよね」

 うるせえよ。

「なんでそんなに大げさな話に……。別にそんな大層な話じゃねえよ。俺、もともと一人でいることが多かったんだけど、そういう奴にちょっかいだしてくる奴らっているだろ」

「ああ、いるわね、そういう奴」

「その時にちょっかい出して来たのが武藤達だったんだけどな。まあ、そんなに気にしてなかったから大抵の事は流してたんだよ」

「ちなみに聞くけどどんな事されてたの?」

「机に落書きだろ、お札も貼られてたな。あとゴミ投げつけられたこともあったな。そのゴミは返しといたけど」

「苛めじゃない、それ」

 そうなのか?まあいいや。

「まあ、それでだ。実害がないものに関しては放置してたんだけどな。ある日飯食ってるときにあいつが俺から弁当箱取り上げて床に中身ぶちまけたんだよ。母さんが、朝早くに起きて作ってくれた弁当だ」

「酷い……」

 そんな事を言ったのは小動物である。そうだろ。酷いよな。

「さすがに俺も頭に来てな。母さんが作ってくれる弁当を捨てたくなかったのもあって。その弁当全部武藤に食わせたんだ」

「「え?」」

 なんで、そんな驚いたような表情になるんだよ。

「ちなみにどうやって食べさせたの」

「ああ、その事か。まず家庭科室のミキサーで弁当をペースト状に加工してさ。理科室からロート借りて来たんだ。次に教室に戻ってあいつの事気絶させて、それから手足を拘束して、その後しばらく待っても起きなかったから水ぶっ掛けてあいつ起こしたんだ。起きたら口にロート突っ込んで、最後にペースト状にした弁当をゆっくり流し込んでいった。なんか最後の方ちょっと泣いてたなあいつ」

 なんか話してるうちに二人の顔色がだんだん悪く成ってんだけど。小動物に至ってはぶるぶる震えてる。

「鬼の所業ね。まあ、理由が理由だけに相手にあまり同情できないけど」

「怖い」

「そう言えばあれから武藤見てないんだけど、あいつ今どうしてるの」

 俺の問いに対して、小動物が恐る恐ると言った感じで口を開いた。

「……転校しました」

 そうか、通りで見ないと思った。武藤、元気にしてるかな。

「まあ、あの時は俺もやり過ぎたな。もし今度会うことがあったら謝るのもいいかもしれんな」

「多分、合わない方がいいと思うわ」

「トラウマがフラッシュバックしちゃいますよ」

 しかしこれですっきりした。今まで俺がちょっかい出されなかったのって。周りの気遣いじゃなくて単純に怖がられてただけだったんだな。

 なんだろう。さっきより二人が、俺から離れてる気がする。

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