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プラトニックアクアリウム

作者: 田口野中

読後少し暖かく切ない気持ちになれる作品作りを心がけました。

大学生⚫時野いこい(21)は憧れの同級生⚫森島静夜(21)と付き合うという念願が叶った。


思い返せば二人の出会いは大学の憲法の授業であった。


それはそれはつまらない授業で、まぁなんと授業の内容の大半が先生が奥さんと娘の悪口を可愛らしく言いまくるといったようなものである。


そんな授業を寝ぼけ眼で聞いている最中に、いこいは窓側の席に不思議な青年を見つけた。


彼はなんと先生の話も聞かず一心不乱に堂々と本を読んでいたのである。


いこいは彼がとても気になった。


どういった内容の本を読んでいたかも気になったのだが、一番気になったのは、授業中にも関わらず教師を無視し本を読むというその

堂々とし過ぎた態度が気になった。


厳密に言うと惹かれたというのが正しいであろう。


いこいは彼を見つめた。


すると彼は見つめ返してきた。


軽く微笑んで。


授業後、いこいは彼に話しかけてみた。


彼の名前は森島静夜という。


「何、読んでたの?」


いこいは尋ねた。


すると、静夜はこれと分厚い本を差し出した。


世界の魚大百科であった。


「俺、綺麗なものを遠くから見るのが好きなんだよね。水槽越しに見る魚って綺麗でしょ。」


彼は静かにはにかみながら微笑みそう言った。

授業を聴いていなかったことなんてまったく悪びれずに。


いこいは恋に落ちた。


それからも大学で度々会うにつれて、二人は懇ろになっていた。


「本当お似合いだよね。二人ともおとなしいし~。」


友人の智子は銀縁の眼鏡をくいっとあげながら笑う。


他の友人たちも大爆笑。


今、いこいと友人たちは大学の学食で昼食を取っている。


「でも、羨ましいな。静夜くん少し変わってるけど、色白で背も高いしかっこいいもんね。」


香苗はおにぎりを頬張りながら喋る。


「そうかな。だって静夜くんちょっとシマウマに似てない?伏し目がちだしさ。羨ましくも何ともないよ。」


佐織は飲んでいた紙パックのミルクティーをズルズルと飲みながら香苗に反論する。


香苗は怒りながら、


「なんですって!美的感覚がドカベンの岩鬼並みの人に言われたくないわ!」


と怒鳴る。


「おー、やるかコイツ~!」


佐織は応戦する。


いつもの小学生のようなおふざけだ。


いこいは苦笑いしながら呆れる。


その時智子は二人の友人のプロレスにも目もくれず、いこいに尋ねた。


「静夜くんとさ、どこか一緒に行ったことないの?」


いこいは驚いた。


実際殆ど二人で遠出などしたことなかったのである。


静夜は寡黙で滅多なことでは話さない。


いこいに何か要求をしたこともなかった。


(そうだ!水族館に連れていってあげよう!)


いこいはさっそくよい考えを思いついた。


授業終わりにキャンパス内の並木道を歩くいこい。


生徒の雑踏の中、校門にめがけて黙々と一人進んでいる。


その時、静夜の姿を見つけた。


長身細身、髪は漆黒で色白の静夜はやはり目立つ。


その筋の人に刺さる外見なだけかも知れないが。


「静夜くーん!」


いこいは急いでかけよった。


どうも見慣れている後ろ姿でも、好きな人の後ろ姿というのはいつ見てもドキドキするものである。


「あー。いこいちゃんか。」


静夜はゆっくり振り返る。


「よく、俺がわかったね。」


「当たり前だよ!そんな変なぬいぐるみくっつけてるの静夜くんだけだもん。」


いこいは静夜のリュックサックにつけてある手縫いのアンコウのぬいぐるみを指差し、笑う。


「何言ってんの?これ作ってくれたの君でしょ?」


「そっか。そうだった!忘れてた!」


二人の笑い声が静かに響く。


そして二人はゆっくり校門に向けて歩き出す。


「あの、もしよかったら、今度水族館に一緒に行かない?」


いこいから切り出してみた。


かなり勇気がいったようで下を向きながら真っ赤である。


「いいね。今まで遠出したことないもんね。」

静夜はもともと伏し目がちの目が更に伏し目がちになるように優しく笑う。


いこいの胸は高鳴った。


(すごい、楽しみ。)


いこいは恥ずかしいので喜んでいる姿がクールな静夜にばれないように必死で緩む顔を我慢した。


我慢のために噛んだ唇の端は少し血が出そうだった。


しかし、それぐらい嬉しかったのと同時に何でもオープンに感情を表現できない関係性を示していた。


実際、今の二人の姿を見てカップルだと思う人が何人いるだろうか。


二人の距離は少しだけ遠く、どことなく挙動もぎこちなかった。


手すら繋いだことのない、ましてやキスすらしたことのないカップルなのだから当たり前ではある。


いこいは手を繋ぎたいそぶりを何度も見せているのにも関わらず、静夜は手を繋ごうとはしなかった。


次の瞬間、他の学生の華やかな姿とその取り巻きが見えた。


真ん中にいるのは、同じ大学に通うモデルの菅原美知子(21)だ。


彫りが深くきりっとした顔立ちの女性である。

この大学で彼女を知らない生徒など存在しないであろう。


いこいも彼女が静夜と同じ学部ということだけは聞いたことがあった。


取り巻きは彼女のファンか親衛隊らしきものであろう。


何せ彼女は今をときめく若手ロックバンドのPVにも出演経験があるのだから。


美知子はいこいと静夜に気づいたようで、こちらに向きを変えペコッと軽く会釈した。


「森島くん、いつもノート貸してくれてありがとう。助かってるのよ。」


美知子はいたずらっぽく笑いウィンクして見せた。


静夜の顔はみるみるうちに赤くなっていた。


何だか表情も強張っているように見える。


そんな静夜の顔をいこいは初めて見たのであった。


美知子と取り巻きは暫くするとどこかに消えていった。


いこいは動揺した。


いや、動揺というよりもなんだか寂しい気持ちになった。


それから日は流れて水族館デートの当日である。


いこいは彼女なりにめいいっぱいおしゃれをしていった。


へたくそな手作り弁当を抱えながら待ち合わせ場所に立っていると静夜が現れた。


静夜はいつもと同じモノトーンの服装であった。


いこいは静夜がもっと粧し込むと思っていたが、いつも通りで少々落胆した。


けれども、そういうところが静夜らしくて良いと思った。


静夜は館内をまわる度にいつもの無口を想像させないほどの饒舌ぶりを発揮した。


「お兄さん物知りだね。」

「何でそんなに詳しいの?」

「さかなくんの後釜狙ってるの?」等


色々老若男女に声をかけられた。


いこいは静夜の保護者代わりとして周囲に振る舞い、照れまくりで対応した。


彼女は無口な静夜の返答役をし、大忙しであった。


しかしながら恋人の普段見られない新鮮な部分を垣間見れた喜びも感じたのである。


一番大きな水槽のコーナーに来たとき、二人は息をのんだ。


鮮やかな色とりどりの珊瑚礁と小さな可愛い魚や巨大な魚に目を奪われた。


静夜は蘊蓄を語らず、黙って真剣に水槽を見つめていた。


いこいもその姿をじっと見つめた。


その時、いこいの頭に静夜のいつかの言葉がよぎった。


(俺、綺麗なものを遠くから見るのが好きなんだよね。)


二人の沈黙は続く。


いこいはかなり迷ったが尋ねてみることにした。


「……ねぇ、あのモデルさんのこと好きだったの?」


いこいは思いきって話したら自分の声が震えていたことに気づいた。


思ってもみなかった彼女の急な言葉に静夜の顔は徐々に赤く染まった。


先ほどまでのキラキラと見開いた眼とは打って変わりまたいつもの伏し目がちのおとなしい彼に戻ったのである。


「……。」


静夜は黙ったままで何も話さなかった。


いこいはほんの少しだけぎゅっと力を込めて静夜の手を握った。


静夜は大分驚いたようで、水槽からいこいに視線を移した。


いこいは彼の瞳をしっかり見つめていた。


彼女の瞳は潤んでいた。


「何も言わなくていいよ……。でもこんなに近くにいるのにずっと遠くにいるように感じるのは悲しいな……。」


と、いこいは小さく呟いた。


静夜は彼女の瞳を見返した。


こんな眼差しを自分に向けてくれる人間がいることに静夜はときめいた。


ただ心に思うだけでなく、もっと触れあいたい、もっと近くにいたいと彼は思った。


静夜にとって初めての感情であった。


静夜は頬を染め上げ、いこいの肩をゆっくり自分の肩に抱き寄せた。


彼女の小さく華奢な肩に静夜はそっと触れる。


「……好きだよ。」


静夜はいこいの耳元で囁いた。


いこいは何も言わずに頬を染め、静夜の方に体全体を寄りかけた。


二人は肩を寄せ合いながら時を忘れて水槽の色鮮やかな魚たちを眺めて佇んでいた。


終わり













静夜はしずやと読みます。

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