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第一話 緋色の輝き 第九章

 足が硬い床を蹴る。この部屋の中にとりあえず戦闘力のある敵は四人しかいない。リューベックの護衛の二人と捜査官二人組の後ろの二人だ。


 一秒後。


 すでにこの部屋に戦闘力の残っている敵はいない。俺の前でリューベックが哀れっぽく命ごいをしているだけだ。あいにくと今日は他人の戯言を聞くような気分じゃない。礼儀正しく無視することにする。

 いや、それでも耳障りだ。


 トンッ。


 本当なら重なる恨み辛みで思いきり蹴飛ばしたいところだが、今本気でそうしたら死ぬかもしれない。

 薬の影響か全体的に筋力、それに伴うスピード、反応速度が上がっている。これからしばらくドンパチがありそうだから悪いことではないが、問題はその後の影響である。麻薬にはほとんどの場合、薬が切れたときの反動があって、強い薬にはそれ相応のものが返ってくる。この「悪魔の囁き(デビルウィスパー)」は相当強い薬だ。俺も多少は薬への耐性があるが…… どうなることやら。やれやれ……


「おい、フェイク。こっちの手錠も切ってくれると有り難いんだがな。」


 と、ロイド。


「別に構いませんが、斬った瞬間にガチャリ、てえのは勘弁して下さいよ。」

「するか…… 今のお前を相手にしたくはない。武器はみんな取られたしな。」

「なるほど。」


 また光刃が空を斬る。ガチャ、と金属音が床で鳴った。ロイドと新米が手首をさする。


「で、薬で操り人形にされかけた怪盗フェイクさんはどうするんだい?」


 く…… 嫌なことを言ってきやがる。が、とりあえず俺のやることは決まっていた。ジャニスの方を一度見遣ってからロイドを向き直る。


「悪いがそちらのお嬢さんを連れて逃げてくれ。敵はみんな俺が引きつける。」

「待って!」


 ジャニスが俺の言葉を遮るように口を開いた。半分怒ったような真剣な目で俺を睨む。


「私も行くわ。」


 ほぉー、そうかそうか…… なにぃ!


「ちょ、ちょっと待て、本気か? 冗談抜きに危ないんだぞ。」

「嬢ちゃん、悪いことは言わねえ。止めといた方がいいぞ。」

「そうですともジャニスさん。こんなこそ泥と行くより我々と逃げましょう。」


 ……新米の言葉は放っておくとしても、ジャニスと一緒に行くわけにはいかない。とてもじゃないがあの娘には危険すぎる。


「言いたいことは分かるけど、私だって…… 私だって……」


 語尾が少し小さくなる。


「私だって、やられっぱなしじゃあ気がすまないわ。」


 ……本心がつかみきれない。まったくの冗談で言ったわけではなさそうだが、どこか無理しているのが口調に感じられる。それでもこういうふうになったらジャニスを説得するのは不可能だ。ああ見えても結構頑固な一面がある。

 やれやれ……


「俺の負けです、お嬢さん。」


 頭を振り、両手を上げ降伏の意を示す。


「ただし…… 危険は覚悟して下さいよ。」

「承知の上よ。」


 目の光が強い。このは…… こんな表情もするんだ。新しい発見をしたような気分だ。


「と、いうわけだ。悪いがそちらの人間のクズを連れて逃げてくれ。敵はみんな俺…… いや、俺達が引きつける。」

「……分かった。が、無理すんなよ、と言っても聞かないか……」


 楽しそうにロイドは口の端を歪める。そして新米にリューベックを担ぐように言ってから思い出したかのように俺に近づき、俺だけに聞こえるように呟く。


「分かっていると思うが、間違っても嬢ちゃんに怪我や…… 人殺しはさせるなよ。まだあの娘には人生のやり直しができるんだからな。」

「……俺は?」

「はん。お前みたいなこそ泥なんぞ、どっかでのたれ死ぬのがお似合いだ。」


 くそじじい……


「早よ行け。」

「ああ、言われなくても。少なくても怪盗フェイクと名乗るこそ泥を見逃す、てえのは立場上よくないんでな。生憎と俺は何も見なかったということにしといてやる。」


 もう少しマシな言い方はできんのか。


「じゃあな…… いや、ちょっと待て。」

「なんだ?」

「どういう方法でもいいから、この屋敷にできるだけたくさんの警官を招待してくれ。GUP(銀河連邦警察)でも都市警察シティポリスでもいいから。」

「そんなことして…… ああ、なるほど。」


 ロイドはそれなりに頭がまわる。悔しいがそれは認めざろうえない。納得したように一つ頷くロイドに護身用として残りの閃光弾を手渡す。


「任せておけ。お前好みの賑やかさにしてやる。ほら、行くぞ。」


 ロイドはリューベックを担いだ新米を連れて部屋を出て行く。彼らが厄介に巻き込まれる前に派手に暴れることにしよう。その前に……


「どういうつもりだ? ジャニス。」

「どう、って言われても……」

「俺と一緒に行動する、ということは生半可な危険じゃないことは分かっているはずだ。それなのになぜ?」

「…………」


 俺の言葉に少し目を伏せるジャニス。まさか……


「も、もしかしてジャニス。奴らに何かされたんじゃあ……」


 捕らわれの美少女に迫る下種な男ども。そして…… ああ、想像することすら耐えられない……


「何か……って? 何の……」


 言いかけて唐突に俺の言おうとしたことを理解したらしい。顔がパッと赤くなり、いやいやをするように首を左右に激しく振った。


「な、何もなかったって。い、いきなり何言うのよ。」

「だって…… なあ……」

「そうねえ、強いてあげるなら……」


 と言いかけてチラッと俺の方を意味ありげな目で見る。


「どっかの馬鹿に服を切られたことくらいかしら?」

「…………」

「結構、気に入ってた服なんだけどな。」


 とマントの下の服を名残惜しそうに見る。


「悪かった……」

「と、あなたをいじめても問題は解決しないしね。ただ……」

「ただ?」


 ジャニスが視線を落とした。言おうか言わないか迷ったように視線をさまよわせてから俺の方を真っ直ぐ見つめる。


「私、あなたが心配なのよ。」


 き、急にそんなこと言われても……

 俺の内心の動揺を知ってか知らずかジャニスは何事もなく言葉を続ける。


「かけられた暗示は破ることができたようだけど…… まだ薬の影響が残っているはずよ。また何かの拍子にまた…… 洗脳されたらどうするの?」

「…………」


 まったく考えてなかった。


「怪盗フェイクのうちはいいけど…… 仕事がすんで元に戻ったら、またさっきの暗示が効いてくるかも知れないし……」


 そうだ。俺が暗示を破るきっかけになったのは怪盗フェイク、というもう一つの顔があったからだ。それにジャニスの指摘通り、いまだに記憶の混乱が少し残っている。


「……まあ、暗い話はそれくらいにして。一応もう一つ理由はあるのよ。

 今回の敵は絶対許しておけないの。だから徹底的にやっつけたいんだけど…… 怪盗フェイクじゃあ物理的に物を壊すことしかできないでしょ。でも私なら電子的、情報的に相手を破壊することができるわ。」


 ふーん。どーせ俺は肉体労働者ですよーだ。でもジャニスの言うことも一理ある。相手はそれなりに大きい。物を破壊して、幹部をGUPに叩き売っても懲りずに「悪魔の囁き」造りを続ける阿呆がいる知れない。しかし、隠れ蓑であるエクセル社の存在自体を破壊すれば二度とこの星でバカげた事業をすることができなくなるだろう。


「分かった?」

「まあな。でも冗談抜きに危険なんだぞ。」

「大丈夫よ。」


 そう言ってジャニスはニッコリと極上の笑みを見せてくれた。


「私には宇宙最強の泥棒さんがついているのよ。ね、そうでしょう?」


 ……ハッ。嬉しいことを言ってくれる。俺をそれだけ信頼してくれてるんだな。

 ジャニスの髪に手をかけ、クシャと乱す。上等な絹のような手触りが心地いい。ジャニスはちょっと複雑そうな表情を見せるが、あえてその手を払おうとしない。少しの間そうやっていたが気を取り直しジャニスの頭から手をはなす。


「行くか。」

「うん。」

「遅れるなよ。」

「分かってる。」


 軽く頷きあってからドアに向かう。景気付けも兼ねて通路に続くドアを一刀両断にする。派手な音を立て合金製のドアが硬質の床の上に倒れる。そして俺達は通路に躍りでた。




 通路は予想と違って閑散としていた。別段、侵入者の俺達を排除しようと躍起になっている勤労精神豊かな人間も見あたらないし、警報らしい警報も聞こえない。時折、思いだしたかのようにカメラが通路の端から端を首を振って眺めているだけだ。

 つまらん…… 人が珍しくやる気になっているというのに。そっか…… まだ俺達のことに気付いてないのか。

 しょうがない……


「あれ、何それ?」


 俺が懐から出した物にジャニスが興味を示す。


「通信機か何かのようね……」

「ん…… さっき、あの男からスッておいた物なんだがな……」


 リューベックを黙らせたときにこっそり拝借したやつなんだが…… おそらく緊急用の通信機らしくボタンが一つしかついていない。これを押すと…… どうなるんだろう?


 ポチッ。


 あ、押しちゃった。


『こちら警備部です。リューベック様、何事ですか?』


 ははぁ…… どうやら警備直通の通信機らしい。通信機からの声にジャニスがどうするの? という視線を向けてきた。まあ、一応は予想していたことだから慌てもしない。


(あー。あー。)


 軽く発声練習。ま、こんなもんでしょ。


「侵入者だ。『あれ』を狙っているようだ。急いで『あれ』の警備を固めろ。」


 隣で聞いていたジャニスが目を丸くする。それもそのはず、さっきのリューベックと全く同じような声が俺の口から出てきたのだ。とりあえず相手に反論の隙を与えずに俺はまくしたてる。


「二度は言わん。侵入者は男と若い娘の二人連れだ。男の方は殺しても構わんが、娘の方は傷一つつけないように捕らえろ。

 それともう一組侵入者だ。そいつらは男二人。玄関に向かっている。そいつらは無視しろ。手を出すな。いいな?」

『し、しかし……』

「返事は?」

『りょ、了解いたしました!』


 あわくった恐縮したような声が通信機から流れる。それだけを聞いてその通信機を下に落とし、思いきり踏みつける。すぐにそれはプラスチックと細かい機械類のガラクタになる。

 まだジャニスは驚愕した表情が戻ってない。が、すぐにいつもの表情になる。それでも俺を見る目がまるで珍しい宇宙人を見ているようであった。


「今の…… 不気味なほどそっくりね。」


 あのなぁ…… なんだその「不気味なほど」という形容詞は……


「まあ、いいけど。」


 俺はあまりよくない。


「それより……」


 ジャニスの言葉を俺は途中で遮った。何を言いたかったのか気になったが、それ以上に気になることが起きた。

 意識したより速い動きで跳躍する。そして「居合い」を思わせるようなスピードでレーザーソードを抜き、「それ」に斬りかかった。壁から半分出かかった小型レーザー砲台が不満そうな音をたてて沈黙する。

 まだ薬の影響が残っているのか、いつもよりもスピードが上がっている。この状態が続けば筋肉に余分な負担がかかり続けることになる。よくて激しい筋肉痛。最悪の場合、全身の筋肉が疲弊し、呼吸困難か心臓停止で死亡、という可能性もある。

 すぐにでも何らかの治療を受けるべきなのだろうが、そうも言ってられない。まだ肝心の「緋色の悪魔」を破壊していない。それを済ませないと今回の仕事が終わったことにならない。

 ジャニスにこのことを気付かれてはいけない。今回の事件のせいで彼女は薬物について色々調べたはずだ。あの娘の洞察力を考えるとわずかな徴候から結論を導くのはそう難しくない。更に性格を考えると力ずくでも俺を帰そうとするだろう。ここで後手に回ると証拠隠滅か何かをされて、せっかく親玉の一人を捕まえても事件が闇の中に葬られる可能性が高い。


「どうしたの? 様子が変よ。」


 俺がレーザー砲台を黙らせてから身動き一つしないのを見て、声をかけてくる。何でもない、と軽く肩をすくめてから、少し考える素振りを見せる。正直、体の調子が今一つ思わしくない。


「さっき見た限りだと、廊下にたくさん攻撃装置があるみたいだが…… まず、それらをどうにかしよう。」


 内心の動揺を隠しながら呟く。俺一人ならともかく、ジャニスを連れてでは敵は少ないにこしたことはない。この手の物はどこかで集中管理をされているから、そこを潰せば……


「多分…… こっちよ。」

「なんで分かる?」

「女のカンよ…… というのは嘘だけど。

 さっき捕まって連行されたとき、前を通りかかったのよ。その時、兵士の一人がポツリとその部屋のことを漏らしたの。コンピュータールームがどうとか……って。」

「そうか…… とりあえず行ってみるか。」


 と言うだけ言って返事も待たずに歩きだした。視界の隅で小さく頷くジャニスが見えた。すぐに小さな足音がついてくる。彼女の足音に動揺というか、躊躇いというか、何か不安げな印象を感じる。気のせいか、感覚まで敏感になっているようだ。耳をすませばジャニスの心臓の音まで聞こえそうだ。

 俺の態度が微妙に変化しているのだろうか。ジャニスの様子からそれを知ることはできない。そんな考えを邪魔するかのように耳障りな警報が鳴り始めた。その音に押されたように俺達は走りだした。




「どぅぉりゃぁぁぁ!」


 曲がり角を過ぎた瞬間にバッタリと警備兵にぶち当たる。こういう時は先手必勝!

 レーザーソードを一振りする度に敵兵の持っているレーザーライフルがまっぷたつになる。そうして攻撃能力を失わせてから回し蹴りでもパンチでも適当に叩きこんで眠らせる、という半ば単純作業を繰り返すことにより、出会った人々は一晩グッスリお休みしてしまう。手間を考えると初手で首を斬り飛ばすか心臓を突き刺した方が楽かつ速いのだが、怪盗フェイクは殺人鬼ではない。滅多なことでは人を殺さないことにしている。

 と、そんな人道的なことを考えていても相手は容赦してくれない。五人ほど黙らせた直後、前方から殺気が感じられる。反射的にジャニスに飛びかかって、少女を抱えたまま曲がり角の陰に身を隠す。わずかに遅れてさっきまで俺達がいたところをレーザーの嵐が過ぎていく。レーザーの本数から見て、敵はこれまた五人くらいだろう。日頃の行いのせいか反対側から誰も来ないので即断即決で動く必要もないが、それでも面倒くさい。

 一旦嵐が止んだ。囮代わりにカードを一枚曲がり角の先に飛ばす。そのカードが床に落ちる前にレーザーによって穴だらけになり、燃え尽きてしまう。

 閃光弾も煙幕弾も切らしているしなぁ…… こんなことならロイドにやるんじゃなかった。あまり時間をかけるのもなんだしなぁ…… しゃーない。ここは……

 ふらりと曲がり角の先に体を出した。後ろでジャニスの息を飲む音が聞こえる。そして向こうの敵兵にも驚きが広がっているのが感じられる。が、すぐに気を取り直したのか銃口がこっちを向く。


 ワン、ツウ……


 銃口から物体を破壊できるほどのエネルギーの光が放たれる。と、その瞬間、奴らの目の前から俺の姿が消えた。

いつか「分身」の技を見せた覚えがあるが、今度はあれの簡略版で、残像を残さないだけでやることは同じである。特に人間の目は左右の動きには強いが上下の動きには多少弱くできている。

 結局は素早く天井近くまで跳んだだけだが、これが思うほど簡単ではない。なにせ俺の脚力だと力加減をちょっと間違えると天井に激突してしまう。

 空中で上下逆になるように半回転半ひねりで天井に足をつけ、そこからもう一度跳躍。呆然としている敵兵の前に音もなく降り立つ。


 ニヤリ。


 今の笑みを相手が認識できたがどうかは知らない。どうやら彼らはおねむの時間だったようだ。無理に起こさないのが人情、というものである。そして奴らの武器も使えないように…… いや待て。せっかくだ。一丁借りておくことにしよう。俺の銃の弾はあと数発あるかないかだ。レーザーライフルと面白味の欠片もないものだが、無いよりはマシだし、こいつの弾は敵からいくらでも補給できる。ありがたく使わせてもらおう。


「これ持っててくれ。」


 と、余ったエネルギーパックを放り投げた。

 ドンガラガッシャン。

 プラスチックでできたエネルギーパックが派手に落下した音だ。

 ジャニスは半ば呆然として瞬き一つしないで俺を見ている。


「おい……?」

「……こ、このぉ……」


 訝しがる俺の前でいきなりジャニスは大声で怒鳴りつけてきた。


「なに考えてるのよ、馬鹿ぁ! 危ないじゃないの!」


いやあ…… 馬鹿、て言われても……


「あなたっていつもそんな危険なことばっかりやっているの?」

「まあ、ね。」


 鼻の頭を掻きながら曖昧な返事をするがジャニスは許してくれなかった。


「怪我したらどうすんのよ!」


 しない、んだけどなぁ…… と言ったところで信じてくれないだろう。多少訓練したところで俺と同じ動きができる人間なんて宇宙広しといえど両手の指でも多いくらいだ。

 しょうがなく別の方法ではぐらかすことにした。


「あれ? もしかして俺のこと心配してくれてんの? 嬉しいなあ、ジャニスに好かれているなんて。」

「な、何言ってるのよ……」


 こういうことを言われてすぐに肯定も否定もできずに赤くなってしまうなんて可愛いじゃありませんか。さすがにこれをやられてはジャニスもうつむいて黙ってしまうしかない。


「ま、安心しろ。俺だって自分から怪我するようなことはしない。だって…… 痛いのイヤだもん。」


 ちょっとおどけて肩をすくめる。が、すぐに表情を引き締め、一つうなずく。少女は多少不満げな表情を残しつつもそれに応える。そしてまた俺達は通路を進み始めた。今はまだ敵陣のど真ん中だ。油断は禁物である。

と思ったが、実際のところ、さっきより状況は楽になっていた。

 やはり飛び道具は強い。軽く乱射するだけで怯んでくれるし、肩でもぶち抜けば抵抗をしなくなる。俺のソード同様、レーザー兵器だから怪我させても血の一滴も流れない。なかなか見た目は平和な代物である。

 今度から俺もレーザーピストルの一丁でも予備に持ち歩くかな……

 ほとんど条件反射的に腕が動く。バイザーのセンサーが壁の中のエネルギー反応の増加をキャッチした。おそらく目標は俺だけだろう。さっきの偽通信でジャニスは完全に目標から外されている。

 視界に仮想の輝点が見える。それを銃口で捕捉して引き金を絞った。レーザーだから反動も何もない。まるで玩具の銃を撃っている感じがする。

 そういやあ、前にジャニスが言ってたが、素人が犯罪にレーザー銃を使用する割合が高くなったらしいが、確かに銃を撃っている、という感じがまるでしない。銃の怖さを知らない人間にとってはゲーム感覚になってもおかしくないだろう。

 ま、そんな事はさておき、銃口から放たれたレーザーは狙い違わず壁に埋設された小型砲台を撃ち抜いていた。ボム、とくぐもった音を立て、それ以降沈黙をたもつようになる。

 全く簡単だ。と、どこぞの広告みたいなことをいうが、ハッキリ言ってこの程度で俺をしとめようなんて百三十年と三日早い。

 ハッキリ言って敵が大挙して押し寄せてこない限り、向こうに勝ち目は無いだろう。とりあえずジャニスの指示に従って、コンピュータールームとやらにたどり着ければ更に楽になることだろう。


「えーと、そっちを右よ。」


 彼女の記憶力はそこいらのコンピューターじゃ太刀打ち出来ないから俺も安心で……


「あら? こんな通路あったかしら?」

「ジャニスぅ~ 頼むよぉ~ しっかりしてくれよぉ~」

「そ、そんな泣きそうな顔しなくてもいいでしょう…… ほ、ほらホンの冗談よ。」

「ホントかぁ~」

「だって…… そこよ。コンピュータールーム。」

「…………」


 こ、この程度で動揺していちゃあ一流の怪盗にはなれんわな。

 ゴホン。

 一つ咳払いをすると、俺はその部屋のドアの横のタッチパネルに手を触れた。空気の抜けるような音と共にドアが開く。




 内部はその名の通り、大小様々な端末とモニターの集合体であった。中には数人の人間がいたが、どちらかと言うと戦闘に向いていないいかにもオペレーター然という奴しかいないようだ。


「ちょっと待ってて。」


 ジャニスに向かってウィンクすると部屋の中に飛び込んだ。

 三秒後。


「さ、どうぞ。お嬢さん。」

「どういたしまして。」


 そうしてジャニスが端末の前に座るのを見てから、俺は倒れているオペレーターをロープで縛り上げておく。


「さて、と。」


 複数のモニターにそれぞれ別な文字の嵐が吹き荒れている。俺にはサッパリ理解できないが、きっとすごいことをやっているんだろう。


「どう?」

「楽よ。どうやらエクセル社に直接つながっているらしくてすぐに突破できたわ。これなら…… あと五分もあれば自壊性のウィルスを仕込めると思う。」

「ほー。」


 まるで解らん。五分ほど暇であることはわかったが…… さて…… 何をするかな? そうだなぁ……


「おい、そこの。」


 眠らせた奴を全員たたき起こす。デモンストレーションにレーザーソードで手近な椅子をまっぷたつにする。さすがに向こうさんは声もでなくなったようだ。おびえたように震えている。


「聞きたいことがあるのだが…… 『あれ』はどこにある?」

「な、何のことです……」


 トンッ。


 今の男は気絶した。


「あまり同じことを何度も聞きたくない。どこにある?」

「そ、それは……」


 トンッ。


 この男も気絶した。


「さて……」

「は、はい。リューベックさんの部屋に保管されています。場所は二階の東側で……」


 それだけ聞けば十分。


「さ、ゆっくりお休み。」

「どうしたの?」


 作業が終わったらしいジャニスがこっちを振り返った。いや別に、と肩をすくめる。


「それより…… 二階の東側に怪しい区画がないか?」

「そうね……」


 指先が滑らかにキーボードの上を踊る。モニターの一つにこの屋敷の間取りが次々に表示される。すぐに、俺にも分かるような怪しい部屋で映像が固定される。

 壁自体が他の部屋の数倍以上の厚さと強度を持っているようだ。監視装置、警報装置もここぞとばかりに大量に仕掛けられている。あからさま過ぎて声もでない。


「とりあえず…… 解除しといてくれ。それと…… 『あれ』の方は使えるのか?」

「解除は少し時間がかかりそうね。どうやら別システムらしいから。

 それと『あれ』は…… 発信装置を用意できなかったからタイマーしか使えないわ。それを除けば大丈夫よ。」

「ふーん。じゃあ三十分にセットしてくれ……」

「三十分ね…… ちょっと待って。じゃあ私はどうやって脱出するの…… まさか……」


 サッ、とジャニスの顔に青みがかる。


「まあ…… しょうがないよな。」


 いかにも残念そうな顔をしてジャニスの様子を窺う。こういう少し怖がっている顔も可愛いな、と不謹慎なことを考えてしまう。


「もともと…… 俺達だって捕まる予定なんか無かったし、この屋敷も俺一人で脱出するはずだったからなあ……」


 独り言のように呟いてからまたジャニスの方を向き直る。なかなかに俺も役者かも知れない。


「ま、残り時間の間に別な方法が見つかるかも知れないし、いよいよになってもワイヤーは余裕をもって選んである。安心しな。」

「……安心できないわよ。ふぅ…… とにかく、三十分ね。」


 半分諦めの表情で首を振るジャニス。またキーボード相手に何やらするとスクッと立ち上がった。


「もう、いいわ。行きましょ。タイムリミットは三十分よ。」


 もう事態はさっきよりずっとよくなっていた。警備のコンピューターにありったけの偽情報を流したため、完全に指揮系統が混乱している。しかも自動警備システムも沈黙したため、時折あらわれる不幸なザコを蹴散らすだけで俺達の前に道が開けるのであった。

人間、機械に頼りすぎるといけない、ということかも知れない。

 ラクチン、ラクチン。

 さしたる苦労もなく例の部屋の前に到着した。この屋敷の中で最も豪華な造りの扉をしている。見かけは古風な天然木だが、おそらく表面には何かしらのコーティングがされて強化されているようだ。この扉を持っていくだけで一財産できそうである。まぁ…… 当然ながらこんなもん持ち運ぶ趣味はないが。


「ロックは全部外したわ。見かけは原始的だけど内部に何重ものガードが隠されているようだったわ。」


 と、言ったからには大丈夫でしょう。俺は無造作にノブに手をかけた。


「ちょ、ちょっと……」

「ん? どうしたジャニス?」


 ジャニスが腕を手を引っ張った。


「調べなくていいの……?」

「ああ…… ここの屋敷の主は電子的な罠か人間に警備を任せていたようだから、物理的な罠はないだろう。

 と、いうことはジャニスが調べて解除したなら安心だよ。」

「そうかもしれないけど……」

「大丈夫。何かあってもジャニスだけは守ってやるから。」


 俺の何気ない一言でジャニスが顔を赤らめる。


「な…… なに馬鹿いってんのよ。は、恥ずかしいじゃない。」

「そうかい?」


 ま、いいか。小さく肩をすくめると気にしないで大きく扉を開いた。内部はガランとした印象を受ける。部屋の端にこれまた木製の高級そうな机と本棚があり、それ以外に目立つ調度品はない。

 一つを除いて。

 部屋の中央に一つの台が置いてあった。まるで美術館の展示品を飾るような台の上に…… 俺の求めていたものが鎮座していた。

 窓からのわずかな光の中でもそれは不気味なほど明るく輝いていた。

 そう、不気味なほど赤い光をそれは放っていた。




「あれが…… そう?」


 俺の背に隠れるようにしていたジャニスが小さく呟いた。その声は緊張、それとも恐怖のせいで震えていた。

 俺達の目の前にあるのは単なる炭素の結晶に不純物が混じって赤い色をしているだけだ。そうだ。それだけなのに……

「緋色の悪魔」の妖しい光が俺の心に突き刺さる。目を外らすことが出来ない。とびっきりの美女を前にしたかのように身動きが出来ない。しかし、相手は魔性の悪女だ。人の活き血をすすり、怪物にする恐ろしい悪女だ。

 そんな俺を正気に戻したのは背中の少女の存在だった。服越しに伝わってくる温もりと震えが俺に目を外らす勇気を与えてくれた。

 視界に赤い光を取り込まないように目を閉じる。さっきまで使っていたレーザーライフルを投げ捨てる。ホルスターの愛用の銃を抜き、弾倉を外す。チェンバーに残っている弾丸を抜いて弾倉に戻す。

 そして、この時の為だけにあらかじめ造っておいた真紅の弾丸を取り出す。弾頭にはこの星に来て最初の仕事で手にいれたペンダントの一部――つまり、「緋色の悪魔」でできている。「毒をもって毒を制す」というところか。

 これが俺の用意したとっておきの切り札だった。ダイヤを砕くのは思うほど容易ではない。しかし…… 同じ硬度のものをたたきつければ……

 弾倉の一番上にダイヤの弾丸を込める。弾倉を銃に戻し、スライドを引く。カチリという音が初弾がチェンバーに送り込まれたことを示す。

 グリップを握り、ターゲットをフロントとリアのサイトに合わせる。


 ……合わない。


 視界がぶれる。手が震える。照準が定まらない。これは「緋色の悪魔」の魔力なのだろうか。時間が刻々と過ぎていく。


「ジャニス……」


 自分の声がいやにひび割れて聞こえる。こんな声が出るのか、と思うくらい力ない声だった。背後の少女を振り返るとおびえたような視線をこっちに向けてくる。彼女に向かって手袋をぬいだ左手を差しのべた。


「すまんが…… 手を握っていてくれ……」


 俺の手を小さな手がそっと包み込む。小さな手に込められた温もりが全身に広がる。


「手…… 震えてるね……」

「ああ……」


 目を閉じて小さく深呼吸。頭の中で一から十までゆっくり数える。

 手先の痺れがとれた。

 目を開く。

 意識しなくても右手の銃が上がり、サイトに赤い輝きを捉える。まがまがしい光がまた俺の心を支配しようと襲いかかってくる。しかし今度はその呪縛を振り払うことが出来た。


「地獄に帰りな。」


 やけに銃声が間延びして聞こえた。銃弾が空を切るのが見えたような気がした。

 そして……

 中心にポツリと小さな穴が開いた。しかしそれは一瞬のことであった。

 そこから最初はゆっくり、すぐに速度を増して全体にひびが広がっていく。

 身の毛もよだつ悲鳴が聞こえた。いや、それは気のせいだったかも知れない。澄んだ、その本質には不釣り合いなほど澄んだ調べが部屋中に響く。そして……

「緋色の悪魔」に破壊が訪れた。その破片は内部の秘められた赤…… なんと表現したらいいのか分からないような鮮やかな「赤」を生み出し、刹那の後にそれが霧散した。

 不覚にも俺はその光景を美しい、と思った。いや、実際に美しかった。言葉に出来ないほど…… ジャニスも同様に言葉を失っていた。

 俺達はしばらくそのままこの光景を眺めていた。そして、どちらからともなくおずおずと口が動いた。


「終わったな……」

「終わったのね……」


 映画ならここでエンドマークが入るところだ。壮大なBGMと共に二人の姿がシルエットになって……


 ピーッ!


 な、なんだ? 不意の電子音がシリアスな感動のシーンをぶち壊した。ジャニスの手首で小さな腕時計が自分の存在をアピールするために何度も何度も耳障りな音を立て続けていた。


「! 大変よっ! あと時間が五分しかないわ。」

「はぁ……?」


 あ…… 思い出した。最後の脱出用の仕掛があるのだが、それの発動まであと五分。タイムリミットまでにある場所にいかないと仕掛が全くの無駄になり、脱出のための別な手段を考えなければならない。

 が、人生というものはこういう時に限って状況が悪化するように出来ているらしい。俺にとって聞き飽きてしまった音が聴神経を刺激した。


 ファンファンファン……


 GUPか都市警察か、とにかく律儀にロイドは約束を守ってくれたらしい。しかし…… 賑やか過ぎるぞ。おい。

 が、人生というものは…… 以下略。今度は屋敷の中から足音がドタドタとこちらに向かって来るのが聞こえてきた。

 前門の虎後門の狼、というところか。急がなきゃいけないんだが…… やっぱりいつもの慣習はやらないと気がすまない。

 うかつに指紋をつけないように手袋を戻してポケットからカードを見ないで抜き取る。ほぅ、偶然かも知れないが今夜のカードはなんと「JOKER」。気ままな道化師と緋色の悪魔。出来すぎた組み合わせだな。これを…… どこにおこう?

 あの陰険ヤローの机の…… 机? 待てよ、もしかして……

 ジャニスは窓際で外の様子を気にしている。こっちの動きには気付いていない。音を立てないように引き出しを調べ、開ける。いくつかの引き出しの中にはよく分からんディスクやなんやらがあったが、そのほかに無造作にプラチナのチェックが転がっていた。ジャニスに教えると没収されるからそうならないようにこっそりと懐に隠す。


「逃げるぞ。」


 何事もなかったようにジャニスを振り返る。少女が頷いた。さあ、脱出だ!




 足元でたくさんの人間がこっちを見上げている。スポットライトもあてられてスターの気分だ。嬉しいファンコールも聞こえてくる。


「怪盗フェイクと名乗るこそ泥! お前は完全に包囲されている。人質を離し、大人しく投降しろ!」


 やれやれ…… とりあえず隣にいる少女を自分の背後にまわす。顔の半分を覆うようなサングラスをかけさせているから身元がバレることはないだろう。どこぞで捕まえた人質、と思ってくれれば幸いだ。

俺達が今いるのはリューベック邸の馬鹿みたいに分厚い塀の上だ。十メートルくらいの高さはあるだろうか。一応ここの上には高圧電流の仕掛がしてあったが、すでに解除されている。

 分厚いとはいえ、地上から遥か離れたこの場所は慣れた人間でなくては怖くて立っていられないだろう。現にジャニスなんて俺が肩を支えてないと座り込みそうになっている。


「あ、あと二分よ。」


 声が震えているのはご愛敬だろう。こう考えるとジャニスは今回怖い目に遭いまくりである。まあ…… 申し訳ないがもう少し怖いことに付き合ってもらおう。


「ねぇ…… ホントにやるの?」

「しょうがないでしょうが。それとも今から投降する?」

「遠慮しておく…… 後一分三十秒。残り三十秒でちょっとしたイベントが起きるから…… そこでちょっと撹乱して。」

「イベント、ねぇ……」


 投光機が絶え間なく俺達を照らす。眩しくてしょうがない。背後でもレーザーライフルを構えた物騒な人達が見えるが、警察が目の前でうかつに手が出せないようだ。

 警官隊の中にロイド達の姿は見えない。GUPの捜査官と別行動をとっているのか? 奴らの悪事の証拠はそこいらにバラまいておいたからそれなりの活躍が出来るだろう。

 さて…… ジャニスの言う「イベント」が起きない限り状況は膠着したままだ。


「3…… 2…… 1…… きたわ! 始まるわよ!」


 ジャニスの声と共に…… 前に説明したことを覚えているだろうか。このリューベックの悪趣味な屋敷のすぐそばに遊園地があったことを。その遊園地の乗り物が誰も手を触れていないのに全て動きだした。

 真夜中の闇を華やかなパレードが引き裂いた。




 普段は遊園地の周囲には音を遮るためと無料で入ろうとする不届きものをいれないためにある種のシールドが張られている。こういうものがあるから住宅のすぐ近くに遊園地を造ることが出来るわけだ。ちなみにいつぞやの時は都市警察の介入のため、一時的に解除されていた。

 そして今そのシールドは外部からのハッキングで強制解除されていた。普段の遊園地の賑やかさが周囲の人間の注意を引きつける。


 今だ!


 無造作に銃を撃ち、投光機とやかましいスピーカーをつぶす。月明かりと遊園地のアトラクションの光だけが光源となった。不意の闇が混乱を生じさせる。逃げるにはもってこいの状況だ。


「見て……」


 ジャニスの指が目の前の遊園地の一角を指し示す。さした先には白い光が点滅していた。


「私のカウントダウンにあわせてフック付きのワイヤーを撃ち込めば……」

「俺達は大空の人、というわけだな。」

「そうよ……」


 ジャニスの表情が暗くなる。理由もよく分かっている。これからある物を使って空中にダイブしようというのだ。

 その「物」というのが……


「いくわよ。5…… 4…… 3……」


 ちょっと待ってくれ。ま、すぐ分かるから。


「2……」


 さすがに混乱が収まりかけてくる。再びこちらを振り返る連中もいる。


「1……」


 右手に握ったワイヤーガンを光に向ける。風はなく、絶好の条件だ。片目を閉じて照準をあわせる。ターゲット・ロック・オン。


「今よ!」


 ワイヤーガンを撃った。先端につけたフックがすぐに闇に没する。ゴォォォ…… と何かが滑走するような音が聞こえてきた。

 ガチッ。

 フックが何かに引っかかるような感触。すぐにワイヤーごと強い力で引っ張られる。あいた左腕を少女の細い腰にまわし小さくウィンク。


「落ちるなよ。」


 俺の言葉にジャニスがしっかりしがみついてくる。こんな切羽詰まった状況でなんだが、彼女はいいスタイルをしていることがよく分かった。柔らかい感触に一瞬頬が緩む。

 気を取り直してワイヤーにブレーキをかけてからリバースさせた。それと同時にジャンプする。ワイヤーに引かれるまま俺達は空に舞った。

 ジャニスの悲鳴が再び夜の闇を引き裂いた。

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