第一話 緋色の輝き 第六章
「とう!」
太陽の光と観衆の視線を全身に浴びながら、俺は飛び上がった。空中で二回宙返りをしてからスタッと着地する。決まった。
いや、今はそんなことをしている暇はない。常人離れしたスピードでロイドのところに駆け寄り、その中年太りの体を持ち上げて跳んだ。一瞬遅れて痛そうなパンチが再び地面に大穴をあける。
「おお…… 痛そう。」
俺の声に半ば呆然としていたロイドがやっとの思いで口を開いた。
「ジー…… いや、フェイク…… 来てくれたのか。」
「おや、これは捜査官殿。お久しぶりですね。
しかし…… あなたを助けても一文の得にもなりませんなあ。」
芝居かかった俺の口調にロイドはニヤリと口の端をつり上げた。正直言って俺はこの男が嫌いではなかった。確かに立場は正反対だし散々仕事を邪魔されたこともあるが、それでも人間としては気に入っている。この男に死なれると俺としてもスリルが半減してつまらないのだ。
「そうかい。じゃあ、年寄りの捜査官は帰るとして…… 嬢ちゃんは大丈夫なのか?」
急にロイドが声をひそめる。あんまり俺とこの男が懇意であることが周囲に知られると双方に都合が悪いからである。ロイドの質問に向こうをあごで示した。そこにはやっと出血が止まってきたあの小太りの下半身だけの死体があった。
「どうやら、」
怪物がこちらを認めたようだ。知性を失った目でにらみながら近づいてくる。
「あの死体を見てしまったようでね。」
奴が俺の攻撃圏内に入り込んだ。おしゃべりの時間は終わりらしい。右手にレーザーソード、左手に銃を構える。思い直して銃をしまった。さっきの様子を見ても銃弾が通用するような相手じゃない。
「あの娘のことは任せたぜ。」
そう言い捨てて俺は跳躍した。怪物と対峙する。さて、第一ラウンドの始まりだ。
怪物は俺に向かって無造作にパンチを放ってくる。純粋なスピード勝負なら相手の方が上かも知れない。当然、力の勝負でもだ。
ただ、運のいいことに攻撃パターンが単調だから避けられるのであって、これで向こうに理知的な行動をとられたら十中八九、俺に勝ち目はない。大振りのパンチをかわしながらチラッと背後を振り返る。ロイドが走り去るのが見えた。これでジャニスのことも安心だろう。再び、怪物を視界に入れた。
手ごわい敵を倒すにはまず相手の戦力を削る必要がある。大抵は攻撃力か機動力を狙うのだが、逆に一気に急所を攻める手もある。俺は基本的にはスピードファイターだから、機動力、すなわち足を狙う手に出た。お馴染みの閃光弾をたたきつける。白光が視界を遮る。バイザーが光を感知して自動的に目の前にフィルターがかかる。
怪物の目が見えないうちに俺は後ろに回り込み、両足のアキレス腱を狙ってレーザーソードを振り回した。予想以上に硬い手ごたえを感じた。閃光の間に放った一撃は相手の腱を軽く薙いだだけだった。
足首を傷つけられたのにも関わらず奴は変わらぬスピードで俺に襲いかかる。致命的な一撃をかわしながら攻めあぐねていた。実のところ、こいつを殺さずに動けなくすることを考えていた。動きさえ封じればいずれ薬が切れて正気に戻れるのではないかと思ったのだが…… どうすればいいのだ?
ピーッ!
耳元で電子音が鳴った。トレーラーからの通信だ。時間的に考えればロイドがジャニスのもとに着いてもおかしくない。
『フェイク。聞こえるか?』
予想通りロイドだった。簡単に返事をすると、こっちが聞くよりも先にジャニスのことを説明してくれた。
『嬢ちゃんは一時的なショック状態だった。一応、鎮静剤を射っておいたから今は眠っているがな。』
「そうか……」
と口を開いた瞬間、足元の感触が変化した。摩擦係数が急激に減少して、足が自分の意志通りの動きをせずに暴走しかけた。簡単に言うと、なにかしらの理由で足が滑ったわけだ。その滑りの原因は地面に広がった血溜まりだった。いつの間にかさっきの死体の近くまで来てしまったようだ。
一瞬の不注意とスリップが致命的な状況を作り上げた。気がついたときには怪物のパンチがすぐ近くに迫っていた。避けることは不可能だった。
そして俺の体は風に舞う木の葉のように吹き飛ばされた。
肉体と精神の両方に与えられた衝撃が俺の意識を失わせた。気がついたときはまだ空中だったからほんのわずかの間のことだったのだろう。その時になって一つの疑問が頭をよぎった。
俺は確かに怪物の拳を腹に喰らったはずである。良くて内臓破裂、最悪の場合は上と下がオサラバすると相手の破壊力を推定していたが、不思議なことに鈍い痛みがあるだけで身体には何も異常がない。たとえ俺が超人的なスピードと能力を持っていたとしても耐えられないはずである。
はて……?
疑問は残るが今はまだ戦闘中である。何かしらの奇跡が起こって助かった、ということにしよう。
空中で体勢をなおして着地する。勢いを消すためにとパフォーマンスのためにバック転を三回ほどしてから再び間合いをつめた。つながったままの通信機からロイドの声が聞こえてくる。
『フェイク! 生きてるか!』
どうやら一番恥ずかしいシーンはしっかり見られていたらしい。普段ならこのあとに痛烈な皮肉を言われるところだが、珍しく本気で心配しているのがロイドの口調に感じられた。
「いや…… 不思議なことに無事だ。」
『モニターに表示されていた数字が急に減ったが、それと何か関係があるのか?』
「さあ……?」
空返事をして、怪物のパンチをかわしながら考えを巡らせていた。そしてふと思い出す。気休め程度、と思って用意した防護服の存在を。
そういえば出かけるときにジャニスに言われたような気がしたがすっかり忘れていた。役に立たない、と思っていたがすごい効果である。が、おそらく次は期待できないだろう。ロイドの言い方からすると、もう一発のダメージを吸収できるほどバッテリーが残っていまい。
間合いを開いてから、俺はロイドに話しかけた。一つだけ確認しておきたいことがあった。
「なあ…… あの悪魔に魅入られた化け物を止める方法はないのか?」
少しの沈黙のあとにため息とともにロイドの言葉が返ってくる。
『あったらすでに言っている。あそこまで怪物化したら…… もう助ける方法はない。死ぬのが薬が切れる前か後かの違いだけだ。』
「……そうか。」
相手のパンチがまた地面に大穴をあけた。がれきが舞う。
それと時を置かずにたくさんの人間の接近する気配が感じられた。ここの警察、いやもしかしたら軍隊かも知れない。もうあまり時間はないようだ。このまま長引かせても損しかないだろう。奴らが来る前にケリをつけよう。
激しく体力を消耗することになるが、俺は「神業」とも呼べるような技を使うことにした。俺の習った奥義の一つである。
身体の内部に力をためながら間合いをとる。すでに靴の裏についた血糊はぬぐい去られている。
ワン、ツウ……
心の中でタイミングをはかりながら間合いを一気につめた。怪物が拳を振り上げる。
今だ!
蓄えられた力を解放、両足に集中させる。俺自身の腹を貫かれる光景を見ながら怪物の後ろに回り込んだ。一瞬遅れて、太い腕が身体にめり込んだ俺の姿が虚空に消える。
倒したはずの敵が眼前で消失して、奴は動揺しているようだった。そのわずかな時間が勝敗を決めた。
無防備になった背中に向かってマシンガンのような鋭い突きを続けざまに放った。相手の身体の硬さはさっきの一撃で分かっている。レーザーの刃が背骨の間の一つ一つを切断する。とどめに背骨を縦に断ち切り、延髄を斬り裂いた。
巨体がどう、と倒れる。いたるところの筋肉が細かく痙攣をするが、それもじきに収まり生命を失った「もの」となった。
張りつめた緊張が緩んだのと、体力の消耗で俺は不覚にも膝をついた。「分身」は予想以上に体に負担がかかる。
そう、「分身」の技だ。簡単に言えば残像が残るほど高速で動くだけだが、俺の未熟のせいかまだ一体しか残像を作り出せない。もしかしたら失敗してたかも……
半分賭けだったが、それでも怪物と化した男をできるだけきれいな姿で…… 殺す、ためにはこれくらいしか思いつかなかった。
努力の甲斐あって一滴の血も流れていない。そのことに対する満足感よりも…… 人を殺してしまった罪悪感が心に残った。口の中に苦いものが広がる。気がつくと握りしめた手のひらに爪が食い込んで赤い色がにじんでいた。
感傷に浸る間もなく、武器を手にした警官隊が十人単位で近づいてきた。疲れきってはいたが、煙幕弾を地面にたたきつけ俺は身を隠した。
トレーラーに戻るとロイドは姿を消していた、一通の書き置きを残して。
『後始末は任せておけ。悪いようにはしない。少し休んでいろ。お前にはまだまだ働いてもらわなきゃならないからな。』
俺を気遣ってくれたようだが、疲れはてた気力はそれに対し、何も感動を感じなかった。何を差し置いても疲れた。精神的にも肉体的にも。何もしたくなかった。
バイザーとマント、そして役に立ってくれた防護服を乱暴に脱ぎ散らかすと自分のベッドに倒れこむ。すぐに睡魔が俺の心を支配する。俺はまさに泥のように眠りこんだ。
「……ク、ジーク。どうしたの? しっかりして!」
俺を揺さぶる小さな手と呼ぶ声で目が覚めた。気付くと全身にじっとりと汗をかいている。うなされたか何かしたらしい。俺を見おろすジャニスの表情がそれを物語っていた。幸か不幸か俺を悩ましていた夢の正体は覚えてなかったが、大体の見当はついている。
「……ひどい汗、大丈夫?」
そう言うジャニスの顔もお世辞にも晴れやかではなかった。彼女も俺と似たようなものだったのだろう。
「いや、大したことはない。」
無理に笑顔を作ってそう応える。時計に目を落とすともう夕方を過ぎ、夜になっていた。結構な時間寝ていたようだ、昼寝としては。普段ならあれだけ激しい運動をしたから空腹の虫が収まらないはずなのだが、今日に限ってカケラも食欲がわかない。特に肉料理は見る気も起きない。
「晩メシはどうする?」
「…………」
「……ジャニスも……食欲がないのか?」
「うん……」
そうだろう。自分でもタフだと思っていた俺ですらこうである。普通の女の子のジャニスにとってはもっとショックな出来事だったろう…… そうだ。
俺はジャニスの手をとって引っ張った。急のことに困惑しながらジャニスがついてくる。トレーラーの後部、つまりホバーカーが止まっている所まで行くと無言で乗り込む。まだ訳が分からない顔をしていたがジャニスもおとなしく助手席に乗り込んだ。エンジンをかけ、トレーラーの後部ドアをリモコンで開けた。なんかムシャクシャした気分を吹き飛ばすかようにアクセルを踏み込む。
俺達をのせた車は街に向けて飛び出した。
ここ惑星フェルミサスの太陽はどちらかと言うと白みがかった色をしている。そんな太陽も地平線に近づくにつれ、熟したトマトのように真っ赤に変わる。そして徐々に闇のカーテンが街を包み込む。そんな中を三〇〇キロ以上のスピードで俺は車を走らせていた。
「大丈夫かしら。」
「何が?」
のんびり走っている車を数台ゴボウ抜きし、迫ってくる対向車を華麗なテクニックで避けた。俺の質問には答えず、もう一度同じ言葉を繰り返すジャニス。
「だから大丈夫かしら、って。」
「だから何が?」
「もうそろそろ都市警察を騙すのも限界よ。後五分もしないうちにハイウェイパトロールが来るわ。」
そう言って持っていたラップトップパソコンを閉じた。もう少しスピードを楽しみたかったが諦めてアクセルを緩めることにした。
「…………」
無言でハンドルを握りながら指が小刻みにハンドルを叩く。気をつけていないといつの間にかスピードが上がっている。自分でも分かっているが心の中に蟠りがある。
「どうしたの、ジーク? 何か悩みごと?」
心配そうに俺の顔をのぞき込みジャニス。こういうときになんだが、こんな憂いを含んだ表情も抱きしめたくなるほど可愛かったりするんだな、これが。……ま、それはいいとして。
俺は少女に向かって小さく首を振った。しかし彼女はそれに対し、ドキッとするような大人びた顔で「嘘」と小さく呟いた。
「私には分かる。私があなたの…… パートナーになってから長いわけじゃないけど、普段あまり悩まない方だからジークはすぐ顔に出るのよ、悩みごとがあると。」
「…………」
ジャニスの指摘に俺は何も言えなかった。確かにその通りだった。
「私でよかったらいくらでも相談にのるわよ。だから…… だから一人で悩まないで。」
「…………」
吸い込まれそうな栗色の目が俺をジッと見つめていた。なかなかいいムードである。しかし残念ながら今は運転中であった。よそ見は大事故のもとである。照れ隠しも混じってか俺は前に向き直った。
「……正直言うとな、このまま尻尾を巻いて逃げ出そうか、なんて思ってたんだ……」
俺を見つめるジャニスの表情に変化はない。それを確認し、うかがうように言葉を続けた。
「でもな…… やっぱり思いとどまった。自分を買い被っているわけじゃないが、俺……いや、俺達がこの事件から手をひいたら真相が闇の中に消えるんじゃないか、って。あの薬の犠牲者が増え、悪党が肥え太るのを見過ごす訳にはいかないしな。」
ジャニスはスッと目を自分の足元に落とすと、躊躇いがちに寂しそうに口を開いた。
「私もね、ジークと同じことをちょっと考えていたの。あの後、目が覚めてから記録をチェックしたんだけど…… 一回殴られて吹き飛ばされたでしょ? あのとき心臓が止まるかと思った。でも疲れたように眠っていたジークを見て安心した。
でも、あんな怖い思いするのはもうたくさん。ホントのこと言うと、もうジークについて行くのも止めようか、とも思ったの。」
でもね、と小さくつけ加えてから、おどけたように肩をすくめた。
「ジークって私がいないと何にもできないでしょ? だからお互いにもう少し頑張りましょ、ね?」
彼女は冗談で言ったつもりだろうが、俺にとっては半分くらい真実であった。ジャニスがいてくれたからこそ俺の心の負担が軽くなっていた。この勝ち気だけど繊細でお節介な少女のおかげで無謀とも言えるほどの借金の返済を続けられるのかも知れない……
頭を振って考えを切り替えることにした。結局二人とも奴らと戦うことには異議がないのだから。
もし今度あの怪物と同様のものが現れたら…… その時は最初から「殺す」ことを前提にしなければならないだろう。ロイドは怪物化した人間を救う方法はない、と言っていた。しかし…… 一度戦ってみて分かったが、あんなのに二体いっぺんに襲われたら俺だってやられかねない……
ま、そんなことはないか。あの怪物を一体作るのに十万クレジットもの金がかかるのだ。そんなに大量に…… 待てよ、何か忘れていることがある。なんだ……?
「そうだ!」
突然の大声にジャニスが驚いたようにこっちを振り返った。不思議そうに小首を傾げる。
「どうしたの?」
「今、ふと思い出したんだが…… あの大男や小太りの男のようなチンピラがあれだけの『悪魔の囁き』を捌きもせずに怪物化なんかに使うだろうか?」
「そういえば…… 変ねえ。」
そう呟いてからジャニスはラップトップを再び起動させた。しばらく調べものをしてから怪訝そうに顔をあげた。
「ええと…… 少なく見積もっても十分の一グラムは所持していたはずですから…… 末端価格は数百万クレジットを越えていてもおかしくないわね。」
そんなもの持ってたら遊園地でナンパしている暇なんかないよな。そうするとだ、あの薬を誰か彼らに渡した奴がいる、と言うことかも知れない。なにか筋力増加剤とでも偽って。
仮にそうだとしたら何のために? この姿では俺は単なる善良な一般市民なのに……? ……もしかして正体がバレている? そして余計なことに首を突っ込んだ俺達を始末するため? あのとき、俺を見ていた視線は監視をしていたのか?
「なんか…… くやしいな。」
「なにが?」
「どうもまだ奴らの手の上で踊らされているような気分だ。気に入らない。」
と、理不尽な怒りを感じているとそれに触発されたか、腹の虫が自分の存在を訴え始めた。
「まあ…… その、あれだな。すなわち、人体の神秘ってやつだな。」
とってつけたような俺の言い訳にジャニスはクスクス笑っている。
笑うことはないだろう、と言いかけたとき、
クゥー……
と何処かで虫のなく声が。
「ジャニス…… 今のは俺じゃないぞ。」
少女は恥ずかしかったのか顔を赤くすると、
「に、人間の体って不思議ねえ。」
苦しい言い訳を始めた。ま、こんなこともあるさ。
「確かに不思議だな。よし、ちょっと軽く食事でもしてから帰るとしよう。」
カタカタカタカタ……
ジャニスの指がキーボードの上を滑るように走る。彼女に言わせると触っても感触があまりないタッチパネル式のキーボードよりも昔ながらのものの方がいいらしい。そんな好みはいいとしてトレーラーに帰ってきてから俺達は「悪魔の囁き」について情報を集めていた。ジャニスはひたすらコンピューターに強制侵入をしまくり、俺は出てきたデータに目を通した。
「へぇ…… あれって作るのに重力制御装置が必要なんだ……」
どうりで最初に入ったところでG合金なんかが見つかるはずだ。
「知らなかったの? 資料によると、相当大型のものが必要らしいわよ。特別製になるわね。どっかの研究機関にしかないんじゃないかしら……」
大型…… 特別製…… 仮にこの星のなかで例の麻薬を製造しているとしたら、何かにカモフラージュしてないと……
「ジャニス! この星の周辺で該当する重力制御装置はどれくらいある?」
「ええと…… ちょっと待ってね。」
ファイルを呼び出して検索を開始する。ディスプレイの文字が次々に変化していく。長い時間待たされたような気がしたが実際は数分程度であったらしい。結果が表示された。
「! ジーク、見て! 流用可能な重力制御システムが存在するのはこのエクセル社のバイオ研究所ただ一つよ!」
「……エクセル社?」
なんかその名前に聞き覚えがあった。どこだっけ……
そうだ、思い出した。確か遊園地に行くときに目をつけていた会社重役。その勤め先がエクセル社だった。単なる偶然だろうか?
「……銀河連邦警察のメインコンピューターに侵入できるか?」
「難しいわよ。」
「でも、できるんだろ?」
「……わかった。やってみる。」
彼女にしてはハッキングに十分以上かかるのは前代未聞のことであった。それほどGUPのコンピューターのガードは堅いらしい。二十分と四十五秒後、椅子ごと疲れたようにジャニスが俺を振り返った。
「で、何を知りたいわけ?」
さっき別の端末で調べておいた名前を読み上げる。リューベック=マクラフォン。例の会社重役、て奴だ。こいつの正体が俺の予想通りなら笑えない話になってくる。
……人生はそうも甘くはなかったりする。
「ジークっ!」
ジャニスの動転した声が俺にそのことを教えてくれた。……やれやれ。
そしてディスプレイに表示された内容はその俺の言うところの笑えない話に通じるものだった。
汎宇宙的犯罪組織「レイス」。武器や麻薬、奴隷、非合法で金になるものなら何でも扱うという外道の集団だ。俺も怪盗フェイクとして何度かこいつらとドンパチをしたことがある。それ故に奴らのブラックリストの筆頭に載っていたりする。
その「レイス」の幹部の一人に例のリューベックが類似、合致率は八十%以上のドンピシャリだ。そしてもう一つ、エクセル社自体が「レイス」の傀儡企業であった。
うろ覚えの知識でこの星の歴史を振り返ってみた。たしか…… この星への入植の最大の理由が、とある大企業からの桁違いな額の出資からだとか……
もしかして…… 奴らめ、始めからこの惑星自体を「悪魔の囁き」の精製工場にするために……
「なるほどね…… この星の重力があの麻薬を精製するのに都合いいらしいわよ。」
ジャニスの言葉でほぼ完全にカラクリが見えてきた。
つまり「レイス」の奴らは巨大企業で惑星一つをまるまる支配し、人間を集め麻薬の材料と労働力を手にいれていたようだ。
許せねえな……
入植者の中には新天地に希望を求めてやってきた人間が多いだろうに。それを麻薬を造るための労働力や…… 材料にしているなんて。
自称正義の味方である怪盗フェイクとしても、一人の人間としても見逃すわけにはいかない。奴らにはそれ相応の裁きを与えなくては……
俺の頭の中で次の「仕事」のための計画がフル回転で生み出されていた。