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第一話 緋色の輝き 第三章

 訪問者は突然やってくる。

 泥棒なんかやっているとこのことを散々思い知らされることになる。

 今日はいないはずの家人がいきなり帰ってきたり、警備員が予定よりも早く異変に気づいてやってくるとか…… そして、そういう時に限って手の離せないことが多いんだ。

はるか昔に地球にいたマーフィーというおっさんがそんなことを皮肉っていたような気がしたが……

 今夜の「仕事」の最中にもそんな招かれざる訪問者が運の悪いことに俺の所じゃなくジャニスの所に、それも二組も来たんだな、これが……

 待機しているジャニスから緊急信号が発せられたのは俺が例の麻薬の取引先の一つにお邪魔していたときだ。怪しめな部屋で隠し金庫とご対面、というときにインカムに甲高い音が鳴り響いた。そして通信機越しに小さな悲鳴と銃声が聞こえた。

 半ば絶望的になりながらジャニスを助けに戻ろうとしたら、これまた運の悪いことに警報装置の一つに引っかかってしまった。焦りと深夜のサイレンに追われながら俺は逃げだした。

ったく、狙うなら俺を狙ってくれよ……

少女を危険に巻き込んでいるといういつもの後悔をしながら、脱兎のごとくに走った。走りながらも通信機に呼びかけるが、返事はない。わずかに何かが争うような物音が聞こえる。

ジャニス…… 無事でいてくれ……

 あの娘に何かあったら、まかりなりにも俺を信用してくれたメイスクランさん(ジャニスの父親、正真正銘の借金取りである)に申し訳がたたないし、俺のプライドも許さない。そして……

 俺は頭を振って雑念を追い払った。

 走る、走る、走る。

 今記録をとったら確実にギネスもののスピードで塀を超え、林を抜けた。無限にも思われる時間が経って、通信機に聞き覚えのある声が飛び込んできた。


『おい、フェイク! いや、ジークと呼ぼうか?』


 なんだ…… よりによってこんな時に来るとは…… 俺もよほどついてないようだ。

 声はジャニスの可憐なソプラノではなく、人生の年期を数えた中年の男の声だった。で、幸か不幸かその声の主のこともよく知っていた。

 男の名はロイド=マクラーニ。うだつの上がらない容貌をしているが、れっきとした銀河連合警察(GUP)のA級捜査官である。ハッキリ言って大ベテランでこの男には何度も苦汁をなめさせられている。しかも、俺の正体までも知っている。

 で、俺の言ってた「知り合い」というのが実はこいつだ。

 やれやれ…… あの捜査官殿は俺の話を聞いてくれるだろうか……


「おや、捜査官殿。俺の手紙を読んでもらえましたかな?」

『ジーク…… 生憎とな、お前の与太よた話を聞いてるヒマはねえんだ。

 聞きたい事がある。急いで戻ってこい。それと…… 嬢ちゃんが襲われた。』


 なっ、なんだと……

てっきりさっきの悲鳴と銃声はロイドを敵か何かと勘違いしたものかと思ってたが…… ちっ、奴らを甘くみていた。十中八九、麻薬関係の手の者だろう。

 さほど時間が経たないうちに俺はジャニスと、おそらくロイドの待つ所に着いた。待機用の車には気を失っているらしいジャニスが寝かされていた。その近くではタバコを口にくわえた中年男と、見た事もない若い男がいた。

 あたりには硝煙の臭いが漂っていて、争ったような跡と血の跡が確認できる。


「いつもながら愉快な格好をしてるな。」


 中年男――ロイド=マクラーニの第一声は俺のコスチュームをけなす言葉だった。その言葉を丁寧に無視してジャニスの様子を見る。一見したところ外傷はない。少し土がついている程度だ。今回も無事にすんだようだけど、次は……?


「何があった?」


 マントとバイザーを外しながら俺は訊ねる。ロイドはタバコを肺一杯にふかし、ゆっくりと煙をはく。イライラさせられながらも自分のペースを崩さないように我慢した。だいぶもったいつけてからロイドはこれまたゆっくりと口を開いた。


「まったく…… 相変わらず罪のない嬢ちゃんを犯罪に巻き込んで恥ずかしいとは思わんのか?」

「余計なお世話だ…… それより何があったんだ? 教えてくれ。」


 ロイドは短くなったタバコを落として踏みにじる。火の消えたのを確認してから、ため息をついた。


「おめえの招待状を見て、急いでこの星まで来たのが今日の夕方のことだ。それで仕事中のお前を見つけられたらいいな、と思ってぶらついてたら銃声が聞こえた。

 来てみると黒づくめの連中が見知った嬢ちゃんを襲ってたんでな。恩を売ろうかと、俺も銃を抜いただけだ。」

「助かった。恩にきるよ。」


 俺がそう言うと、なんか嫌そうに肩をすくめやがった。


「ケッ! 泥棒にそんなこと言われるなんて虫酸が走るわ!」


 ……このくそじじい……


「それより、」


 ロイドの目が鋭くなった。年期の入ったその視線は天下に名が轟く怪盗フェイクも恐れさせる。


「こっちの質問の番だ。

 おめえ、何を探っている?」

「いいだろう…… 立ち話もなんだから、俺のうちに行こう。コーヒーぐらいは出してやる。」


 ジャニスを助手席に座らせて、俺はハンドルを握った。



「なるほど、緋色の悪魔(スカーレット・デビル)か…… そりゃ確かに問題だな。」


 クルクルと指先で例のペンダントを回しながらロイドが呟いた。赤い光が妙に目にちらついてくる。

 あの後、トレーラーのリビングに戻ってきた。今、俺の他にロイドとロイドの連れてきた新米の捜査官がテーブルを囲んでいた。ジャニスはすでにベッドに寝かしつけてある。


「なあ、ジーク。あの『悪魔の囁き』の材料を知っているか?」

「さあ?」


 俺も聞きかじりの知識しかないから詳しいことまでは分からない。でも、医療用にも使われていないところをみると、何かヤバイものから出来ているのか?


「あれ一グラム作るのに…… 三十人分の生きた脳が必要だ。」

「な……!」


 あまりのことに声が出なかった。よりにもよって人間の脳だと……


「何でもエンドルフィンだかを凝縮して作るらしい。そしてその精製にこいつが必要なわけだ。」


 真っ赤なダイヤがテーブルの上に置かれた。まさに血を吸ったダイヤなのだろう。


「……三十人で百万クレジットか。」

「何のことだ?」


 俺は黙ってジャニスの作ったディスクを取り出した。ダイヤの隣にそれを並べる。ディスクの中身のことを説明した。


「高いのか安いのか…… ま、奴らにしては安いんだろうな……」


 色々ロイドの話を聞いていると、ふつふつと怒りがこみ上げてくる。麻薬を作るために殺された人々のことを考えると腹がたってくる。麻薬の犠牲者になった人のことを思うと心が痛む。人の命を弄ぶような連中は許す訳にはいかない……


「ジーク。……いや、怪盗フェイク、力を貸せ。」


 携帯用の端末でディスクを読んだロイドが真剣な顔で俺を見た。俺も実のところこの阿呆どもに喧嘩を売ろうと思っていた。思っていたが……


「断る、と言ったら?」


 俺の言葉にロイドは少なからず驚いたようだ。実に珍しいことで俺も見たのは数えるほどしかない。火をつけていないタバコが口から落ちそうになった。血気盛んそうな新米の捜査官が腰を浮かせる。ロイドがそれを手で制した。


「お前は監獄、嬢ちゃんは故郷に帰す。」


 愛想のない答えですこと。


「しかし…… お前の口からそんなことを聞けるとは思わなかった。

 なぜだ? 怪盗フェイクはなにものも恐れないんじゃなかったのか?」


 そう、俺自身はどんな罠も、どんな人間も怖くない。怖いのは饅頭だけ…… じゃなくて。つまり…… 俺には最大のウィークポイントがあるということだ。


「この数日、二回もジャニスを危険な目に遭わせた。これまでにはなかったことだ……

 運よく、大事にはいたらなかったが、次もその運があるとは限らない……」


 これ以上やる気をだせば向こうも本腰を入れてくるだろう。一緒にいる分には守りきれるだろうが、そうなると最初の命題と矛盾することになる。


「なーんだ、そんなことか。」


 拍子抜けしたような声をあげるロイド。こ、このくそじじい…… 人が真剣に悩んでいたというのに……


「簡単じゃねえか。お前が『仕事』をしている間、俺達が責任をもって嬢ちゃんの警護をしてよう。おそらく向こうも嬢ちゃんに狙いを定めてくるに違いないからな。」


 さてさて…… 妙な雲行きになってきたなあ……


「こっちの新米はまだ若いが、腕は確かだ。ま、お前ほどじゃあないがな……」


 この言葉に例の新米は憤然と立ち上がった。まあ、仕方がないだろう。いきなり「お前は弱い」と言われたようなものだからな。


「なんですかロイドさん。このこそ泥の方が私よりも腕がたつと言われるのですか?」

「ハッキリ言っちまえば、そうだ。」


 相変わらず情け容赦ない言い方だこと。先輩の言葉に顔を赤くする新米。この程度で腹を立てるとはまだまだ甘い証拠である。こういう奴には社会の厳しさを教えるべきかもしれない。しかも俺のことをこそ泥よばわりしたのも癪に触る。


「腕に自信があるようだな。よし、相手になってやろう。お前が勝ったら手錠でも何でもかけてくれ。」


 口の端をゆがめ、小馬鹿にしたような笑みを浮かべる。俺の挑発にあっさりとその新米は乗った。ロイドは面白そうに俺達のやりとりを見ている。こいつ、最初からこの新米をけしかけるつもりだったな……

 手の上で踊らされている気分を味わいながら俺はトレーラーから出た。とてもじゃないが、この中は運動が出来るほど広くはない。

 向こうも上着を脱いで外に出る。準備運動代わりに手足をまわしている。


「気をつけろ、ジーク。まかりなりにも格闘技の評価がAだった奴だ。」

「へいへい、気をつけましょ。」


 こいつの評価Aなら俺はSSSと言うところか?

 表情を見れば分かる。ロイドは俺が負けることを万が一つにもないと思っている。俺も同感だ。まともに闘ってくれる相手に対してなら強いだろうが、変幻自在の俺の技にどこまで耐えられるやら……

 相手はすでに構えている。手には何も持っていない。


「武器は使わんのか?」

「貴様ごとき素手で十分だ。」


 ほう、そりゃ結構。じゃあ、俺も手加減することにしておくか。

 軽く構えをとると、即座に相手が動いた。汚い、とは思わない。先手必勝はいつでも真理である。しかし、奴には悪いがすでに相手の動きは読んでいた。難なく突き出された拳をかわす。

 二、三度、攻撃を避けながら相手の動きを

つぶさに観察する。嘗めてかかれないが、本気を出すほどでもない腕だ。攻撃法も正統派で妙な癖がついていない分、見切るのも楽である。


「な、なぜだ……?」


 驚いたように目をみはる新米。フェイントらしきものをかけてくるようだが、見え見えで分かり易すぎる。避けるのも飽きてきたから、そろそろ勝負をつけますかね……


「くそっ!」


 ついに相手は武器を抜いた。GUP支給品の一つの麻痺警棒スタンバトンだ。表面に流れる電流が触れたところを痺れさせるという、非殺傷用のものだ。それでも当たりどころが悪かったり、心臓が悪い相手だと死ぬこともある。

 新米は警棒を威嚇に大きく振ってくる。別に避けるのに苦はないが、一度間合いをあける。しばらく麻痺警棒の攻撃が続くが、不意にすっぽ抜けたのか警棒が地面に落ちる。しまった、と言いたげな顔になる。よしよし、これを使えば……

 やれやれ…… 確かこれは古代インディアンのナイフ格闘術の手の一つだと思ったが。一度、自分の武器を強調しておいてから、わざとそれを落とすことによって相手の攻撃パターンを操作する…… 悪い手じゃないがねえ…… 残念だね、新米君。

 相手の作戦にのらずに一気に間合いをつめる。驚愕した表情が視界の中で大きくなった。必殺の一撃を喉に伸ばした。


「そこまでだ。」


 タバコに火をつけながらロイドが呟く。口から大量の煙が吐き出された。拳が喉に触れるか触れないかで止まる。


「どうだザック、怪盗フェイクはお前の思っているほど弱い男じゃねえ。」


 ザックというのがこの新米の名前らしい。しおれている男に向かってロイドは続ける。


「悪知恵ははたらくし、身のこなしはまるで猿だ。それだけならともかく、銃の腕も喧嘩の技も変態並にいいときたら……」


 なんか褒められている気がしない……


「ま、今回はフェイク逮捕はとりあえず諦めるとして、大捕り物の方に目を向けるとしよう…… ジーク、その不満そうな顔はどうした?」


 くそ、目が笑ってやがる。俺としてもとりあえず逃げるのは後にして、阿呆どもをいかにして料理するか考えるか……

 今後の方針を軽く打ち合わせた後、俺はベッドに入った。

 どうか、目がさめたとき両手に手錠がかかってませんように……



 朝を迎え、俺はベッドから体を起こす。風景も変化してなければ、両手も拘束されていない。どうやら寝込みを襲われるようなことはなかったようである。

 欠伸をかみ殺しながら気づかれないようにジャニスの寝室を覗きこむ。前に襲われたときも相当のショック状態になっていたから、今回も…… いや別にまた抱きつかれたいわけじゃないが…… ま、それは置いといて。今のところは俺がジャニスの保護者なわけだから…… いや、言い訳はすまい。結局、普段は気丈なあの少女が心配なだけである。……正直に言おう。あの娘の抱き心地は実にいい。すまん、そろそろ話を戻させてくれ。

 とにかく、俺の予想に反して少女はすでに起きていたようである。寝室はもぬけの空であった。耳をすますとキッチンの方から物音が聞こえる。ネズミじゃないとすればジャニスだろう。


「おっはよー、ジャニス!」


 つとめて明るい声を出して俺は爽やかな笑顔を連れてキッチンに入った。と、俺の笑顔が憤怒ふんぬの形相――いやいや、不愉快の表情にかわった。

 ジャニスがいたことにはいた。余計なオマケが一人追加されていたが。あの新米――確かザックと言ってたっけ――が甲斐甲斐しく朝食を作る手伝いをしているようである。そいつがここにいるということはリビングにはあのロイドもいるに違いない。

 朝の挨拶に気づいて二人が振り返った。新米の方は「邪魔だ」と言いたげな目をしていたが、ジャニスの方は助かった、と言いたげな目をしていた。よかった、俺ってジャニスに頼られていたんだ……

 ヒョイ、と肩をすくめて新米の方に一瞥をくれる、ちょっと殺気を交えて。

 その気になれば殺気の一つや二つくらい簡単に出せる。数多くの修羅場をくぐり抜けた俺の視線は新米の心を凍り付かせた。そそくさと逃げるようにザックはキッチンを出た。

 後ろ姿を見送ってジャニスが小さくため息をついた。ははあ…… あの新米はジャニスに気があるらしい、しかも彼女には嫌われたようだ。

無理はない。このスポーツ万能、頭脳明晰、容姿端麗の俺にすらなびかない身持ちの固い娘だ。……ちょっと言い過ぎかな。

 まあそれ以前に、星から星に旅しているのだから彼氏なんぞ作る暇もないだろうが。意外と実家にいいひとがいたりして……

 ま、俺には関係ない…… 話だよな? ううむ、素直に否定はできない……

 ……いかん、思考が脱線しそうだ。

 とりあえず元の爽やか笑顔に戻ると、ジャニスに視線を落とす。さっきまでの呆れたような表情が徐々に曇り、少女の顔に悲しみの色が広がった。ポツリポツリと口を開く。


「ジーク…… 私…… 足手まといなのでしょうか……」


 彼女の一言は俺の心にグサリと突き刺さった。肯定は出来ないが、力一杯否定できないのも事実であった。いや待て……


「どういう意味かは分からないけど…… 俺はジャニスがいないと安心して盗みに入れないしないし、美味しい食事もできない。それだけじゃなく、君がいてくれるから俺はいつも心が安らぐわけだ。」

「…………」

「それに…… 実のところを言えば、俺の方がジャニスの足手まといになっているはずなんだよ。」


 俺の言葉に少女は意外そうな顔をした。そう、ジャニスは根本的なことを忘れている。


「だいたい、あのくそ親父さえ借金なんぞこしらえなければ、ジャニスが俺の後をついてくる必要も無駄な危険に首を突っ込む必要もなかったじゃないか。

 な、そうだろう?」

「ジーク…… ごめんなさい…… 私…… 私……」


 首をうなだれた少女の目が潤んでくる。俺はそっとそのか細い体に腕をまわした。

 普段ならこんなことした日には足を踏みつけられるか、平手打ちを喰らうところだが、さすがに数日のショックがたたって、されるがままになっている。

 少女の温もりが腕を通して伝わってくる。俺はジャニスを抱きしめる腕に少し力を込めた。



「嬢ちゃん、なんか焦げて……

 おっと、こりゃ失敬。」


 不意にあらわれた声を振り向くと、申し訳なさそうな顔をしたロイドがキッチンに首を突っ込んでいた。二人揃ってポカンとした表情になる。


「続けてても結構だが…… フライパンが焦げているようだから、早く何とかしたほうがいいんじゃないか……?

 じゃ、そういうとこで失礼。」


 フライパンというと……?

 その時になって目玉焼きを焼いているフライパンから煙が上がっていることに気がついた。チラッと見た限りではお世辞にも食用に向いているとは言えない有り様になっていた。


「あ……」


 ジャニスが正気に戻り、頭に冷静な判断力が回復する。そして今の状況を理解する。


「……!」


 真っ赤な顔をして俺の足を踏みつけ、突き飛ばし、平手を喰らわすジャニス…… ひでー待遇だ…… もう少し何とかならんもんかなあ……

 追い出されるように(いや、実際に追い出された)俺もキッチンを後にした。とほほ……



 リビングに入るとロイド(のくそじじい)と(気に入らない)新米が席についていた。もともと二人用のテーブルだからもう他の人の入り込む余地なぞない。

 邪魔だ……

 口に出さずに呟く。朝は爽やかであるべきなのにこいつらの顔を見た瞬間、一日の全エネルギーを使い果たしたかのようにグッタリと疲れてしまう。ジャニスが微笑んでくれると少しは気が楽になるのだが、あいにくと彼女は機嫌が悪い。

 やれやれ……

 針のむしろ、という言葉を何の気なしに思いだした。昔の人はうまいことを言う。今日の朝食風景は緊張感に満ちたものになった。第一、泥棒と捜査官の一緒の食事、ということ自体異常であるが、最大の問題はジャニスが不機嫌だったことである。

 数日前から襲われるは、麻薬がらみの事件に巻き込まれるは、しかも目の前に軽薄な軟派男(新米のことだ)と自分達の天敵(よーするにロイドだな)がいて機嫌がいいようなら仙人か聖者にでもなった方がいい。正直、俺も一人ニコニコしているのが馬鹿らしくなってくる。

 無言で真っ黒焦げの目玉焼きにフォークを刺して口に運ぶ。調理の仕方によっては簡単にひどい料理ができる、といういい例だ。  炭素、というのはあらゆる有機物……つまり、食品にも含まれているが、単体ではうまいものではない。ということを今更ながら知った。これで一つ利口になったわけだ……って普通は知っているよな……

 食事の後もギスギスした空気が流れていた。いかん! このままでは俺の胃がストレスで溶けてしまう。ここは外に出て気晴らしでもしなくては! ……だいたい、とばっちりを喰うのは俺なんだからなぁ……


「ロイド、ちょいと外に出てもいいか?」

「逃げるのか?」


 んなわけねーだろ。


「いや、ちょっと『仕事』の下見でもしようかと……」

「そうか…… ま、お前を信用していないわけではないが、ザックをけさせるからな。」


 ま、このじじいなら当然の処置だろう。が、あまり期待していないような目をしている。それも当然である。あんなひよっこの新米なら撒くのは簡単だ。どのように追い払うかを考えながら不機嫌そうにTVを見ているジャニスを手招きした。予想外だったらしく驚いた顔をする。


「出かけるから着替えておいで。」


 ほえ? という顔をしながらも俺の言葉通りにすぐリビングを出ていった。視線の端であの新米が羨ましそうな表情を見せている。

 ふふん。羨ましいだろう。

 少しばかり悦にいりながらジャニスが戻ってくるのを待つ。その間に俺も簡単に服を着替えた。あれだけの美少女を連れて歩くわけだから少しは気を使わないとな。

 ……この時、外出する俺達がまたまた騒動に巻き込まれることを知るのはお釈迦様でも不可能であった。

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