第二話 Rose & Tips 第七章
目を覚ます。
時計を見たわけじゃないがおそらく昼くらいだろう。
「はい。」
身体を起こしたタイミングで、すっとコーヒーカップが差し出される。ありがとう、とカップを受け取って一服。
……あれ? いつもと味が違う?
「おはよう、ミスタフェイク。」
げ。
「あら、今とても失礼な顔したでしょ。」
慌てて広くもないホテルの室内を見渡す。部屋の隅の方で居心地が悪そうにしているジャニスが見えた。
「え~と、説明を要求するが?」
「……ポーカーで大負けしました。」
どこかしょぼんとしたジャニス。そんな感じは見せてなかったが、実はギャンブルに自信があったんだな。
詳しく聞くと、いきなりロザリンドがやってきて、俺が起きるまでの間に暇つぶしってことでポーカーの勝負を挑まれたとか。
ただやるのも面白くないから、ってちょっとした賭を…… ということらしい。
「ロザリンドが勝ったら、ジークにコーヒー持っていくって……」
改めてロザリンドを振り返ると、ディーラー服でもドレス姿でもない、ラフな服装が思った以上に新鮮だ。
気取ってない格好をしているせいか、年相応に見える。思ってた通り、やっぱりジャニスより二つか三つ年上、ってとこだろう。
「忘れてるかもしれないが、こいつはイカサマ得意だぞ。」
後ろで「あ~ら、レディにこいつなんて失礼ですわ」なんて作った驚き顔が見えたが、とりあえずスルー。ジャニスはジャニスで一瞬何を言われたか分からないような顔をしていたが、すぐに理解の色が広がる。
「ふふふふふ……」
ジャニスが不穏な含み笑いを浮かべる。
どこからかカードを取り出すと、慣れた手つきでシャッフルを始めた。
「さぁ、こちらにお座り下さいませ?」
俺が恐れる借金回収の時の笑みでロザリンドに席を勧める。いや、強制する。
「あ、ジークは見張りを。」
面倒ごとから逃げようと思ったところでバッチリ釘を刺される。
そしてイカサマを封じられたロザリンドがジャニスのリベンジを喰らったのは言うまでもない。
「あの子、恐ろしいわ……」
圧勝してすっきりしたのか、ジャニスは鼻歌交じりで軽い食事の準備をしていた。その前に俺のコーヒーが新しい物になったのだが。対するロザリンドはやや青ざめた顔でゲッソリしていた。
二人の勝負を見ていて思ったのは、ロザリンドは自分のペースに引き込んでいくタイプ。ジャニスは自分のペースを貫くタイプだな。ジャニスに関してはプレッシャーに弱いところがあるようだけど。
どうやらロザリンドの分も何か作っているらしい。こういうときに意地悪をしないのがジャニスのいいところだ。機嫌が良いからなのかもしれないが。
ほどなくロールパンで作ったサンドイッチが運ばれてくる。
「え~と、ロザリンドは何か食べられない物あります?」
いつの間にかにさん付けで無くなったところを見ると、俺が寝ている間にそれなりに仲良くなったようだ。
「ナイスバディを維持するには好き嫌いなんて言ってられないのよ。」
と、豊満な部分を見せつけるように腕を組む。残念ながらジャニスにはなかなか到達できない領域のようだ。
「あら、それは残念ですわ。じゃあバターをたっぷり乗せておきますね。」
……良くなってないかも。
緊張感はあったが、まぁそれなりに無事に食事を終えると改めてロザリンドに話を聞くこととする。
「で、わざわざ俺たちのところに来たのはポーカーでボロ負けするためか?」
「ん~ それは予想外。とりあえず……」
にっこり極上の笑みを浮かべる。
「出てって。」
俺はいきなり追い出されてしまった。
(ちょ、ちょっとやめてください!)
(あら? まだまだお子様かと思ったらけっこう……)
(なんですか! ロザリンドも私とそんなに年違わないでしょ!)
普通、ホテルのドアって結構な遮音性があるわけだが、鍛えた耳というのは便利なものだ。僅かに衣擦れの音も聞こえ…… 衣擦れ?! 着替えをしているのか?!
ああ、急にこのドアが天国の扉に見えてきた。……しかし、その後は地獄になるんだろうな。
(え? え? ええ?! な、なんなんですかこれは!)
(あぁ、良かった。少し余分に持ってきたからサイズは合うわね。)
いったいドアの向こうでは何が起きているんだ?
(こんなの着られません!)
(ジーク、こういうの好きなのかしら?)
(…………)
衣擦れの音がまた聞こえてくる。
なんか微妙に俺の評価に変化があったような気がしないでもない。
こう会話が減ったような気がするが、どちらかに心境の変化があったのだろうか?
もやもやしたまま、ドアの前でお預けを喰らっていると、ガチャリとドアが開いてロザリンドがひょいと顔を出す。
ちょいちょい、と俺を手先だけで呼ぶので、何となく襟を正して部屋に入る。
と、
やはり天国の扉のようだった。しかも地獄の釜の蓋はすでに閉まっていて、幸せしかここにはない。
「…………」
「あら? 見つめる方間違ってない?」
挑発的な視線をするロザリンドだが、俺としてはその隣で恥ずかしげに身を縮み込ませているジャニスの方に一票を上げたい。
ボディには肩紐のない黒のレオタード。蝶ネクタイ付きの付け襟とカフス。脚線美は網タイツで覆って、ハイヒールで終わっている。丈の短いタキシード状の上着に、後ろを見せてくれるならヒップラインにフサフサの尻尾が乗っていることだろう。そしてその衣装を象徴付ける長い耳が頭の上に乗っていた。つまるところ、一部の隙のない素敵なバニーさんが二人俺を出迎えてくれた。
一人は豊満な部分をことさら強調するかのように腕を組んで鋭い視線を投げかけてくる。何気なく立っているように見えるが、足の角度も耳の角度も計算されたかのような緊迫感を感じられる。
一方、もう一人は初めて着るのだろうし、隣と比較すると卑下したい部分が多いのだろう。恥ずかしそうな表情を隠そうとする余裕も無いようだ。ただ相手が上背がある分、一応全ての部分で数字が下回っているだろうから問題はない。それ以上にモジモジと顔を赤くしながらもこちらの反応を窺っている視線が香ばしいスパイスとなって俺を刺激する。
「あら…… 残念、負けちゃった。」
その言葉にやっとジャニスから視線を外して、ロザリンドを振り返る。
「ふぅん、俺の目を楽しませるためにバニーの服を着たわけじゃなさそうだな。」
ボディラインをなぞるのは視線だけだとしても後々面倒なことになるのは分かっていたので、誘惑を振り払いながら豪華な中身の包装紙の意匠を確認する。
「俺の記憶が確かなら……」
今度はジャニスの方にも目を向ける。上着で隠されているが、その下のラインを目でなぞる。こちらなら、という言い方はアレだが、こちらなら多少堪能しても面倒の度合いは低いはずだ。たぶん。
「カシオペアのバニーガールだな。しかも下の階の高級なやつだ?」
「ご明察。」
胸元を強調するように前屈みになってウィンク。……くっ、そんなものには騙されないぞ、と思いつつも絶妙な曲線を描く谷間から目が離せなくなる。
コホン、と小さな咳払いと鋭い視線を感じて、慌てて目をそらす。
「で、俺へのサービスのために着替えた訳じゃないんだろ?」
俺はそれでも構わないが、って軽口を叩いたらジャニスに睨まれた。なんて理不尽な。
まぁ、こんな事をし出した理由、なんとなく見当は付いている。しかしまたなぜ? ……いや、それも実は見当が付いている。
「ジャニスを巻き込むな。」
「あら? あなたに言われるとは思わなかったわ。」
「え? え?」
さっきまでの雰囲気とはガラリと変わって険悪な空気になった俺たちにジャニスが困惑の表情を浮かべる。バニーガールが二人もいるので微妙に場が締まらないが。
「あなた達が何者かは分からないけど、カシオペアを狙っているっていうのはOK?」
「…………」
「…………」
確かに疑われても仕方がない行動をとっていたことは認める。しかし、そういう言い方をするとは……
「あ、先に言っておくけど、あたし“も”狙っているのよ。あのお空の上のお宝。」
衝撃的なことを世間話のような気軽さで口にするロザリンド。曰く、あの「カシオペア」のオーナーの宝石コレクションは悪戯心を刺激するほどのものだとか。
「オーナー?」
おうむ返しに尋ねる。が、ロザリンドもそのオーナーについてはよく分からないらしい。……待てよ、見たかもしれない。あの「下」のカジノで見た「目」。今まで下卑たクズ野郎のは見たことあるが、そんなのとは…… 変な言い方だが「格」が違うような感じがした。今思い出しただけで何となく鉛を飲み込んだように胃が重い。
さてどうする?
こちらの正体(というほどではないが)はともかく、こちらの「仕事」には気付いたようだ。というか、彼女も「同業者」で間違いないようだ。
俺が考え始めたことに気付いたのか、ジャニスがじっと見つめて俺の返事を待っている。当然まだバニーさんのままだ。
……可愛い。
信頼しながらも不安な色をスパイスにして揺れる瞳。自分でも悪趣味だと思うんだが、ジャニスのこの表情は何というか…… いい。
「で、のるの? のらないの?」
対して腕を組んだままロザリンドは挑発的な態度を崩さない。
ジャニスは俺の判断にはきっと従うのだろう。ロザリンドなら自分の身は自分でどうにか出来るようだし、言い方は悪いが最悪の場合放っておいても大丈夫だろう。
今回ジャニスのサポートを求めるなら彼女も衛星軌道上の「カシオペア」に連れていかなければならない。とりあえず宝石専門らしいロザリンドとは獲物が被っていないから「仕事」上の邪魔にはならないだろう。
色々考えて、メリットデメリットを秤にかけて、そして止めた。
どうせ考えたところで俺たちの「仕事」に確実なことはない。そうなれば頼れる物は自分の勘だけだ。そして自分の描いた「絵」にいかに現実を引き寄せるか。
本当のことを言えば腹は決まっていたのかも知れない。一つだけ気になったのはジャニスを巻き込むことだった。彼女がどう考えているか分からないが、今でも俺は「巻き込んで」しまったと認識している。
ただ、このことになるといつもジャニスが強く否定するのが気になるといえば気になる。疑うわけでもないが、ジャニスが今みたいな危険な状況についてくる「理由」は何なのだろうか?
……やはり考えるのは止めよう。
「よし、いいだろう。」
感情論を一切廃して考えれば、やはりジャニスのサポートは欲しいし、実働部隊も俺一人じゃ今回はキツそうな気がする。陽動でも何でもいいが、もう一人いるに越したことはない。
それは分かっている。
「ジーク……」
いつの間にかにジャニスが俺の腕を掴んで見上げていた。この角度だとジャニスの胸の谷間が…… なんて思う余裕も……ないぞ、たぶん。
俺を心配げに見るが、本当に不安なのはジャニスの方だろうに。
「大丈夫さ、」
少女の耳元に口を近づける。ジャニスが頬を赤らめるのが見えた。
「何かあったら怪盗フェイクが助けてくれるさ。」
飽くまでも小声で。ロザリンドに聞こえたのか聞こえなかったのか。バラの名前の美女は微動だにせずこちらを見つめていた。
共同戦線を張ったということで早速作戦会議。さすがに集中できないらしいので二人は着替えてしまった。俺はそのままでもいい、と力説したのだが、ジャニスに強固に反対されてしまった。残念。ちなみにどちらの理由で反対したのかは知らない。
普段着に戻ったジャニスが様々な手段を駆使して入手した「カシオペア」の設計図を表示する。入手したとはいえ、飽くまでも公式な物に毛が生えた程度の物で、詳細はほとんど分からない。それに俺たちが見てきたのを加えて、想定図を作ってみる。
「……ん~ これ以上は難しいみたい。」
「凄いわね……」
ロザリンドがジャニスの手際に感心している。見慣れているから忘れそうになるがジャニスのハッキング技術は並ではない。当然コンピュータ自体の技術も高い。「仕事」でそういう解析をすることもあったので、建物の構造にも詳しくなったようだ。それでもデータが不足していれば完璧な物は作れない。
ジャニスの見立てによると「カシオペア」のセキュリティなどは内部の独立したシステムで動いてるので、外部から侵入するのは不可能だそうだ。ただ「カシオペア」内部のコンピュータに触ることが出来れば構造も分かるし、セキュリティや内部システムも支配できる可能性は高いそうだ。
で、作戦と言うほどではないが、ロザリンドがジャニスと一緒にバニー姿でカジノの裏に回り、コンピュータにアクセス。その情報を得て俺はジャニスと合流し、それぞれお互いの仕事をする、ということだ。
「案外ファジーだな。」
「あら? この手の仕事はいつでも出たとこ勝負じゃない?」
まぁ、確かに。
後いくつか確認事項を打ち合わせ、明日の深夜を決行とした。作戦会議が終わると、ロザリンドはウィンク一つを残して俺たちの部屋を出ていった。
ロザリンドがいなくなると、ごめんねジーク、と前置きしながらジャニスが不安げに視線を上げた。
「信用するとかしないとかじゃないんだけど…… 大丈夫なのかな?」
「さぁ?」
口調だけは気楽だが、俺だって不安はある。正直なことを言えば俺はまだロザリンドを信用しているわけじゃない。今のところ、俺たちを騙して得をする可能性に思い当たらないからだ。
少なくとも俺たちを陽動とかに使うなら、俺とジャニスをセットで行動させるだろう。人を見る目が無いだけかも知れないが、ロザリンドは計算高いように見えるが、肝心な所でお人好しじゃないか、と俺は思っている。
俺はともかく、ジャニスのことは裏切れないんじゃないだろうか? と、俺は思いたい。
「さぁ、って……
でもいつものことかも。」
あんまり空気を重くしたくなかったのか、ジャニスが苦笑っぽく戯けてみせる。なんか苦労かけるなぁ。
苦労かけついでに打ち合わせるべきことを片付けておこう。
「ちなみに脱出の件だけど、」
と俺が切り出すと、ジャニスの顔が目に見えて暗くなる。
「えっと…… 本気?」
「良い案があるなら俺の方が聞きたい。」
「ん~」
眉間にしわを寄せて、しばらくキーを叩き続けていたジャニスだが、やがて疲れたようにがっくり肩を落とす。
「思いつきません……」
そりゃそうだろう。俺だって無茶だろうな、とは思っている。しかし、やはり空に浮かんでいるカジノから脱出するには「外」に出るか、唯一の出入口の軌道エレベータを使うしかない。そりゃ、誰にも気付かれずに仕事を終わらせて、一般の客と同じようにそしらぬ顔で出られればそれに越したことはない。
が、きっとそんなに簡単には行かないだろうな。まぁ、カジノに遊びに来ているのだから暇も金も余っているに違いない。多少騒動に巻き込まれたところで、せいぜいイベントの一つくらいにしか思わないだろう。
というか、ひどく個人的な理由で金も暇も有り余っている奴らは積極的に巻き込みたい気分だ。
と、それはともかく。
「準備は間に合いそうか?」
「えっと、」
ジャニスがキーを叩くと、ズラズラズラと文字の羅列が画面を流れる。
「乗り物は確保終了。道具に関しては手持ちのものでどうにか。」
「……何人分だ?」
俺の問いにジャニスが首を傾げかけて、気付いたように理解の色が広がった。と、次の瞬間にはこちらがちょっと後ろめたくなるような微妙な表情を浮かべる。
「基本的に装備類はジークしか使いませんから、予備を含めて二つしか無いです。」
今回は二人で使う予定だから両方とも持ち出すわけだ。ちなみにジャニスはコンピュータには強いが、機械類となると俺の担当だ。
まぁ、自分の命を預ける物だから整備には気を使っている。……別に「仕事」中以外は暇だってわけじゃないぞ。
「そういう可能性も考えているんですか?」
「まぁな。」
可能性として、俺たちの脱出劇にもう一人キャストが加わるかもしれない。放っておいた方が平和なのだろうが…… そういう状況になって見捨てるのは、まぁ無理だろうな。
俺も一人前の怪盗になるにはもうちょっと非情にならないとダメかな?
「ジークは…… ううん、怪盗フェイクはお人好しなくらいが私はいいかな?」
どんな顔をしていたか分からないが、ジャニスが不意にそんなことを言い出した。
「そりゃ、美人に弱いのは困るけど、でもモテない、というのもそれはそれで……」
複雑な女心というところだろうか。
でもまぁ、そう思ってくれるなら俺流を貫いても構わないわけだな。
「ま、大体打ち合わせも終わったかな?」
「そう、ですね。」
やり残したことはないかと更に二回ほど確認した後、パタンとラップトップを閉じる。
「ところで……」
大したことじゃないのだが、気になったから聞いてみた。
「それ、また着てくれないのか?」
俺が指さす先にはさっきの素敵な衣装が入った紙袋。一瞬、何を言われたか分からなかったようだが、その意味に気付いて面白いように真っ赤になる。
「し、知りません!」
耳まで赤くしてプイッとそっぽを向かれてしまった。からかい半分ではあったが、もう半分は本気だった。マジで可愛かったし、そのなんだ…… 実に良かった。
それはともかく、どうやって宥めようかと考えていると、俺が黙っているのに気付いてジャニスが恐る恐る振り返る。
「…………」
俺の方をジーっと見つめてくるが、その視線の意味は読めない。しばらく睨み合いというか、見つめ合いが続く。
「……どうした?」
良い雰囲気にはなりそうにも無かったので声をかけてみると、ジャニスは驚いたようにビクッと身体を震わせて、訳も分からずに左右をキョロキョロ見回す。何かとても無理矢理誤魔化したいような様子だ。
「なんでもないです……」
消え入りそうな声で顔を伏せる。
と、自分でも気まずいと思ったのか、ジャニスがパッと顔を上げて、手をワタワタと振り回す。
「ほ、ほら。色々準備しないと、ね?」
下手につつくと藪蛇か泥沼になりそうだから、見なかったことにする。事実、仕事の前の準備はしっかりしないと後が大変だ。特に今回はジャニスも一緒だ。念を入れるに越したことはない。
さすがにもう遅いので今日は休んで翌日。すなわち決行日だ。
まず一度ホテルを出てトレーラーに戻る。元俺の寝室であった倉庫をゴソゴソと漁る。ちなみに素早く探さないと、ジャニスが様子を見に来て整理整頓できていないことを怒られてしまう。
他の用意で忙しかったのか、怒られる前に必要なブツが見つかった。予備も含めて二つ。穴も開いてないようだし、問題なく動くようだ。まぁ、使うのは初めてだしな。動かなかったときはメーカーに文句を言えばいいのだろうが、そんな暇があるかどうか。
必要な機材をエアカーに積んで、ジャニスと一緒に外へ。某所に行き、ジャニスが手配した車輌にこっそり機材を放り込む。
……あ~ 悪いが、何をどうしたかは今は勘弁して欲しい。使わずに済むなら使いたくないんで。口に出したら使うハメになりそうだし。こういうことを言ってる時点でアウトっぽいが、そこには目をつむる。
一通り小細工をすまし、帰路に就く。そろそろホテルも引き上げ時か?
寝心地のいいベッドが続いたが、何となくトレーラーの硬いソファが懐かしくなってきた。それにちょっとこの星に長くいすぎたかもしれない。
そもそも俺たちの「仕事」上、一つの所に長く留まるのはあまり良くない。可能な限り素早くターゲットを特定し、色々いただき、風のように立ち去るべきなのだ。
そもそも今回は不安要素もイレギュラーも無駄にやたらに多い。しかもまだ「仕事」にも入ってないのにだ。
実際に行ってみて見通しが甘かった、というのは良くある。ある意味警備なんて水物だ。それにどんなに念を入れた計画を立てたところで、全く関係ない第三者の何気ない行動で台無しにされることもあれば、幸運な風のおかげで命拾いしたこともある。
だが計画どころか、何を戴こうか、どこにあるのか、それすらも分かっていない。言うなれば、とりあえず侵入して、どうにかお宝を見つけて、それなりに拝借して、適当に逃げる、ってとこだろうか?
まぁ、自分でも呆れるくらいの無計画ぶりだ。さらにジャニスまで出陣ときている。謎の美女ロザリンドのことも考えると、自分でもらしくないといえばらしくないが、不安でしようがない。
まぁ、以前にもジャニスが捕まったために一緒に脱出、ってこともあったが、やはり「現場」に積極的に関わって欲しくないのが本心だ。
俺の苦悩をよそに、決行の時間は刻々と迫る。が、思ったよりもジャニスは気負っていないようだ。コンピュータ相手に何かを打ち込んでいるが、ふと手を止めて、
「やはり着なければならないのでしょうか……」
と、別のことが心配らしい。それを額面通りに受け取るのか、または緊張から目をそらしているのか。
考えても仕方がないし、フォローを入れる方法も思いつかない。恋人同士なら軽く抱きしめてキスの一つでもすればいいんだろうけど、前提自体が間違っているのでその手段も使えない。……やってみたいかどうかは別としてだが。
することも思い当たらず、今までの調査で作られた「カシオペア」の図面を手に取る。ふとあの血なまぐさいカジノで見た「目」を思い出す。あれは危険だ。正義とかそういうのの前に俺の、いや俺の周りの平和の為に、そして俺の心の満足のためにぶちのめしたい。それで懐が温かくなるなら良いことずくめではないか。
ま、懐はすぐに冷えてしまうがな。
あ~ やめだやめだ。
グダグダ考えてもしょうがないし、気になることはキチっと解決した方が気分的に楽だ。
「なぁ、ジャニス。」
手を止めて振り返るジャニス。言葉を選ぼうとして、あんまり意味がないような気がしたからストレートに聞くことにした。
「不安はないのか?」
俺の言葉が分からなかったのか、一瞬不思議そうな顔をするが、それがどこか困ったようなものに変わる。なんだなんだ?
「えっとね…… ジークはどう思ってるか分からないけど、私はロザリンドのこと信用っていうか、頼りになる、と思ってる。」
ほぉ。
「あのね、なんて言ったらいいか分からないけど…… どこかジークと同じ匂いっていうか、雰囲気があるような気がして。」
「俺と?」
微妙に心外な。
それが表に出ていたのか、ジャニスが違う違うとぱたぱた手を振って否定する。と思ったら、やっぱり違わないかな? と首を傾げるからどうしたものやら。
「何て言うのかな? こう、悪ぶっていたりクールに振る舞っていても、最後の最後で甘さが出るっていうか……」
「…………」
何故だ。どうして何も言い返せない、俺。
「だから何ていうのかな? 裏切らないような気がするの。……甘いかな?」
「う~ん……」
甘いと言えば甘い。犯罪者になるとかならないとかだけじゃないく、今回の場合は命の危険も関わっている。
が、強く言い返せないのは俺も同意見だからなのだろう。とりあえずロザリンドは俺たちを……というか、まずジャニスを危険にさらして後は放置ってことはないだろう。
俺の場合は何とも言えん。そういう意味じゃ計算高そうだから、俺は死なない程度の面倒ごとに放り込まれそうな気がする。ジャニスがマジで心配するから敢えて口にはしないが。それこそ口にしたら真実になりかねない。
「そうだな。」
俺がそう締めると、ジャニスがどこかホッとした表情を浮かべる。そこから二、三キーを叩くと、コンピュータを閉じ、ん~と伸びをする。どうやらそっちの準備もそれなりに終わったらしい。
こっちはとっくの昔に終わっている、というか俺は「仕事」の前にすることはそんなにない。装備のたぐいは普段から一通りチェックしている。今回みたいな特殊な装備となると話は別だが。
「終わったのか?」
一応聞いてみると、うん、とジャニスがうなずいて、意図した訳じゃないのだろうがベッドに座っていた俺の隣にポスンと腰を落とした。くっついているわけじゃなく、離れてもいない微妙な距離が空いている。
「…………」
身長差もあって、こっちをやや上目遣いで見上げる格好になるジャニス。俺と同じく手持ちぶさたなのか、どうしようか? と窺うような視線を向けてくる。
いかん。この空気はちょっとアレだ。その、実に危険だ。
ジャニスも雰囲気の変化に気づいて一瞬腰を浮かせかけるが、それはそれで気まずいのだろうか躊躇っているようだ。
いや、ダメだダメだ。俺はこの子に触れる資格はない。それは分かっているんだが……
思わず手を伸ばす。寝ぼけていたときとは違う。ジャニスも緊張した面持ちで目が左右に泳いでいる。迷っているんだろうな。
頬に触れそうになって、熱を感じたかのように俺の指がピクリと反応する。
ジャニスは拒絶する様子はないが、わずかに視線をそらしている。引くべき、いや引かなきゃならないのだが、押さえが効かない。
もう俺はジャニスを……
コンコン。
やっぱりダメだ。俺はこの子を普通の女の子として戻さなきゃならないんだ。
コンコンコン。
いやそれでもノックは部屋の内側から聞こえてきて、どうやら中に入った人間が室内からドアを叩いて……
コン、コン、コン、コン。
「「はい?」」
自分の存在をアピールするようなノックの音にエフェクトのかかった空気は霧散して二人同時に振り返る。そこには大きなトランクに腰掛けたロザリンドがいて、つまらなそうな顔でドアを内側から叩いていた。
「開いてたから勝手に入ったわよ。」
ホテルはオートロックだろ。
「仕事の前だし少しでも親睦を深めようかと思ったんだけど…… やっぱりお邪魔だったかしら?」
ノーコメント。とりあえずジャニスは振り返った姿勢のまま固まっている。
「一応あたしも狙ってるから抜け駆けは困るのよねぇ。」
「な、何の話ですかっ!!」
真意の読めないロザリンドの言葉にジャニスが正気に戻る。
今夜決行なんだよなぁ。ちょっぴり賑やかになった室内で、俺は今回の「仕事」の無事を何に祈ったら良いか考えていた。
もうストックが……




