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怪盗フェイクの大冒険  作者: 財油 雷矢


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第二話 Rose & Tips 第五章

 ジャニスは何処か警戒した様子を隠し切れていないが、ロザリンドはそれを「大人」の態度でやり過ごしている。

 まぁ、俺よりも年下だろうから、ジャニスとは年の近い女の子同士、ってとこなのだろうな。いつの間にかに席を交代させられて俺は美女・美少女から除け者にされて一人寂しく飲むハメに。少しただ者じゃないバーテンがグラスを磨きながら、時折同情するような視線を向けてくる。


 そんな目で俺を見るな……

 飲み過ぎるとまたジャニスがうるさいので(きっと横目でチェックしているに違いない)自分のことが話題になってないかこっそり探りを入れながらチビリチビリとマティーニを傾ける。

 グラスが三度ほど新しい物に変わると、そろそろ「朝」の時間が近づいてくる。俺が腕時計に目を落としたのが見えたのか、美女二人も時間の経過に気付いた。


「そろそろシンデレラの魔法も終わりね。」


 秘密めいた美女の顔に戻ると、ロザリンドがつやっぽく微笑む。

 あちこちでくつろいでいる人たちが身支度を始めているのが見えた。その顔は勝ったのか負けたのか。まぁ、ああいう人種にとっては金額の勝ち負けなんぞ考えることもないのだろう。優雅なブルジョワの嗜みなのだろう。生活資金が脳裏をよぎるこちらとは比べること自体おかしいのだろう。

 ロザリンドの機転によりジャニスの身が守られた上にちょっとした収入もあったようだ。これを幸先が良いと見るかどうかは分からないが、まだまだ先は長い。

 正直言えばこんな事でダラダラギャンブルに興じている場合ではないのだ。俺たちの仕事は飽くまでも「お宝」を戴くことだ。その為には「裏」のカジノに潜り込みたいのだが…… どうすればいいのやら。


「それじゃあ、私はここで失礼するわ。

 ……手に入れた物は離さないようにね。」


 謎めいた笑みと言葉、そして蠱惑的な後ろ姿を残してロザリンドが去っていく。


「行くか?」

「うん。」


 いつの間にかに勘定が済ませてあったバーを離れると、エアカーに戻る。そろそろエレベータが動く頃だろう。

 今日もあまり収穫無しで「カシオペア」から離れることとなった。




「……ん?」


 ホテルに戻ってポケットの中身を取り出してふと気付いた。見慣れないチップが入っている。


「おや?」


 ポケットの何処を探しても持っていたはずのチップがない。


「ま、いいか。」

 先にシャワーを済ませて寝てしまったジャニスを横目に見ながら、俺もシャワーを浴びて寝ることにした。


 ………………

 …………

 ……

 って、


「それはおかしいだろ。」

「きゃっ。」


 どんな夢を見ていたのか忘れたが、思わずツッコミを入れながら身を起こしたら、ジャニスと正面衝突しそうになった。どうやら俺を起こそうと思っていたらしい。

 嬉し恥ずかしなハプニングにならなかったのは残念と思いつつも、どこかホッとしてしまう。あまりにも驚いたのか、ジャニスは胸を押さえて呼吸を整えている。


「悪い。」


 こう言う時は素直に謝るのがいい男、ってものだ。……たぶん。


「ああびっくりした。」


 もぅ、とちょっとねた顔を見せるジャニスを可愛いなぁ、と思いながらもう一度頭を下げる。


「それでどうしたの?」


 コーヒーを入れながらジャニス。一瞬何を言われたか分からなかったが、そういえば俺が何で急に起きたか思い出した。


「これだよこれ。」


 と、ポケットから出したコインを取り出す。ロザリンドから受け取ったときに確認しなかったのだが、今見るとなんか違うみたいだ。


「……あれ?」


 ジャニスもおかしいことに気付いたのか、子細に眺める。


「違うわね。」


 自分の記憶と照らし合わせているのだろうが、微妙に違う。違う、ということを知っていれば容易く見分けが付くが、そうでなければなかなか分からないかも知れない。

 俺が持っていたのは、最高額のチップだったはずだが……

 いや待て。確かロザリンドとジャニスの相手をしていた男のイカサマを暴くためにコインを指弾で飛ばして……

 そうだ。そしてそれをロザリンドが俺に返したはずだ。


「どういうことだ?」

「確か、ロザリンド……さんから受け取った物よね?」


 一瞬開いた間がまだ彼女に対して心を開いてない、ってところか?

 まぁ、ともかくロザリンドが何らかの意味を持って俺にこのチップを渡したことになる。


「さて、何の意味があるのやら……」


 とは言いながらもおおよその見当はついていた。問題は彼女が何の意図を持って俺にこれを渡したか、ということだ。


「明日はジャニスは休んでいろ。」

「え……?」

「まだ詳しい説明は出来ないんだが、いつものように俺の勘だ。」

「…………」


 むぅ、と少し考えるような顔をするジャニス。


「……えっとね?」


 ちょっと上目遣いでこっちを見てくる。


「ロザリンドさんと……」

「いや待て。」


 何を心配していたのか、お互いに何か齟齬そごがあったようだ。


「出来ればそういう方面の心配は違うんじゃないかな? と俺は主張したい気分だが。」

「そ、そうよね。」


 自分で言ったことに気付いたのか、ちょっと目をそらしながらのジャニス。こういう態度をとられると、こちらも自惚れたくなるが…… 止めよう。リスクが大きすぎるし、そういうわけにはいかない、って前から決めてるじゃないか。


「ともかく、明日は俺一人、ってことで納得してくれないか。」

「うん…… 分かった。」


 どうやら俺の誠意が伝わったらしい。と言うわけじゃなくて、反対の理由に感情的なものが混じっていた、と気付いたジャニスが折れただけだ。


「悪いな……

 ところで、何か食べる物はあるかい?」

「あ、うん……」


 もやもやしているんだろうけど、やることはちゃんとやるのがジャニスの良いところだ。テキパキとクロワッサンで作ったサンドイッチを用意してくれる。

 この部屋にはキッチンが無いので朝は大抵パンにコーヒーくらいだ。それでもジャニスが作るなら下手なレストランのフルコースよりも豪勢な食事だ。

 普通ならおやつの時間に朝食を済ませた。




「でも、やっぱりジークの考えたことを聞いておきたい。」


 食後のコーヒーを楽しんでいると、ジャニスがちょっと拗ねたような顔でこっちを見てくる。

 やっぱり気になるか……

 テーブルに置かれた例のチップ。


「最高金額のチップに見せかけたこれ。俺は『裏』に行く為のチケットじゃないか、と思うんだ。」

「……裏。」

「ああ。」


 チップを指で弾く。チン、と澄んだ音を立てて、空中で光を放ちながら回転し、また俺の手の中に。


「さすがに様子見も無しにジャニスを連れていくことは出来ない。それこそ何があるか分からないからな。」

「…………」

「悪いが信用しているとか信用してない、って話じゃない。」


 ジッ、とジャニスの目を見つめる。

 万の言葉よりも、目の方が多く語るわけ…… って、ジャニスさん? はなっからこちらを見てないで、色々考え込んでいるのは何ですか?


「うん…… 分かった。」


 だいぶ納得行かない口調ではあったが、どうにかこうにか分かってくれたようだ。微妙に俺の説得が功をなしてないような気がするが…… まぁ、結果良ければ全て良しだ。結果は何一つ出てないがな。


「まだ『お仕事』にはしないから、準備もいいや。とりあえず様子見だ。

 悪いが引き続き調査を頼む。」

「うん。」


 さっきまで使っていたコーヒーカップを片付けると、持ってきたラップトップの前に座りキーを叩き始める。

 ベッドに横になって目を閉じると、リズミカルなキーの音が何処か心地よい子守歌に聞こえてくる。俺の意識は何かに誘われるかのように闇へと落ちていった。




「…………」


 目が覚めた。

 日は傾き、部屋の空気を赤く染める。

 数時間ほど寝ていたらしい。

 夕陽がまぶしく、目を細めると逆光の中にシルエットが見えた。

服が透け、ほっそりとした、それでいて蠱惑こわ的な曲線を描いたライン。頭を動かしたのか、首の後ろでまとめた髪が尻尾のように揺れる。


「あ、起きたんだ。」


 柔らかな声に意識が覚醒する。

 ベットの側に椅子を持ってきて、本を読んでいたらしいジャニスが顔を上げた。


「ジークの寝顔って結構可愛いんだね。」


 ……そういう言葉は男としてはあまり言われたくない。


「あ……」


 届いたから頬に手を伸ばしてみる。

 触れたところから伝わる温もり。そして俺の手にもう一つの手が重なる。


「…………」

「…………」

「たまにね、ほんとたまにだけど…… 甘えたくなる、ってことない?」

「男の子だから我慢。」


 即答する俺にジャニスがクスッと笑った。


「もうそんな年じゃないのに……」


 一瞬見せた「女」の顔がいつものあどけない少女の物に戻ると、さっきまでのやや気怠けだるい雰囲気を吹き飛ばすような笑みを浮かべた。


「それでさ、ご飯どうする?」

「食べさせて下さい。」


 決まれば早い。さっさと着替えて(無論ジャニスはとっくに普段着になっている)二人でホテルを出ると、スーパーで買い物をして住処のトレーラーに。

 ホテルには簡単なキッチンしかないから、まともな料理ができない。外食するくらいなら、っていうのは前にも言ったっけな?

 スーパーで買った材料を見ると、今晩はパスタかな? ジャニスの腕は絶品だし、なにせ安上がりなのがいい。おっと、最後のは余談だな。

 まぁ、そんな感じで俺がテーブルで待っていると、程なく湯気と香りが立ち上る。今日はトマトソースか。そういやぁ、スーパーで生のトマトが安いって喜んでいたな。

 そういうところを見ると、全く普通の女の子で…… いや、考えるのはよそう。

 考えたって答えが出るものじゃないし、出してはいけない問題なのかもしれない。

 今考えるべきは「夜」のことだ。それに備えてまずは栄養と活力の摂取。

 ……きっと、それでいいんだよな?




 食事も済ませ、シャワーを浴びる。

 タキシードに袖を通し、鏡の前で身だしなみ。蝶ネクタイを締めてバランスを整える。こんなもんかな?


「どうだ?」


 ジャニスにチェックを頼む。男でも女でも、基本的には異性に見せるために着飾るのだ。そうだろ? 俺が男の為に格好良くなる理由はない。だから見て貰うのも異性の方がいい。

「どうだ? 宇宙一のいい男だろ?」

「…………」


 いや、その沈黙は困るが。


「そうねぇ、宇宙で三番目くらい?」

「その、参考として一番と二番をお伺いしたいのですが。」

「急に敬語で言われても……」


 苦笑するジャニスだが、どこかいたずらめいた笑みを浮かべる。


「そうねぇ、宇宙一はやっぱ怪盗フェイクかな?」


 俺だよ。


「いや、怪盗フェイクは鼻の下伸ばさないし。」


 ……すみません。たまに伸ばしてます。


「二番は…… 分からないけど、上がいた方がやる気でない?」

「そうかぁ?」


 それでもジャニスの中では俺が一番って自惚うぬぼれていいのかな?


「でもほら、三番目なら悪い気はしないしょ?」


 なんて笑い混じりに言われるから、どこまでがホントか良く分からない。まぁ、いいか。おかげで不安な気持ちも少しは和らいだ。

 よし。

 えりを正す。飽くまでも気楽に、どこか爽やかな笑顔を浮かべながら。怪盗フェイクでなくてもジェントルマンには人生に余裕を持って楽しまなきゃならないからな。


「じゃ、言ってくるよ。」

「うん…… 気を付けてね。」


 この期に及んで、とは言わないが、不安げな顔をするジャニス。こういうときはキスの一つでもして、照れ混じりの笑顔を引き出したいところだが、そこまでの仲じゃないのが悔やまれる。


「お土産に期待してくれ。」

「……無駄遣いになるからいい。」


 そうですか。

 微妙に水を差された気分だが、ジャニスから不安な表情が消えたので良しとしよう。ずっと見送ってくれる視線を背に感じながら、俺はホテルのロビーへと降りていった。




 さて……

 ロビーを出て車に乗り込む。

 今夜は隣は空席。ちょっと寂しさを感じているとコンコン、と窓を叩く音がする。


「ハァイ?」


 一度俺の前で素の顔を見せたせいか、謎めいたレディではなく、どこかイタズラめいた表情のロザリンドがなぜか車の外にいた。

 ちょっと呆然としていると、腕を組んで「わたくし怒ってますわよ」といかにもな顔をする。そういうポーズをとられると、胸元が強調されて思わず身を乗り出しそうになってしまう。


 ……いや、そうじゃなくて。

 慌てて、でもそうは見せないで助手席のロックを解除する。するりと動きを感じさせずにドレス姿の美女が滑り込んできた。


「ジェントルマンならドアを開けてくださるのがマナーじゃなくて?」


 まぁ信じられない、という顔をして目を真ん丸に見開くロザリンド。


「じゃあ、今度からはアポイントを入れてくれないか?」

「……そうね、次はそうするわ。」


 気の利いたことを返そうとして、思いつかなかったのか少し悔しそうに言う。その後、無言で車を出すように促すので、仰せのままに、と俺はキーを回した。




「さて。デートのお誘いにはいささか強引だけど、モテる男は辛いな、って自惚れておけばいいのかな?」

「そうね、って言って通じる相手かしら?」


 意味ありげな笑みを浮かべるロザリンド。

 なるほど、やっぱりそういうことか。


「じゃあボケるのは止めて…… 何をさせたいんだ?」

「ん~ デートに誘いたかった、って言ったら信じる?」


 口元に指を当てて小首を傾げるが、そんなもんに騙されるわけにもいかない。さて、どうやって本心を引き出そうか…… よし、


「じゃあ夜のドライブとしゃれ込むかい?」

「…………」


 どうしてそんな不満げな顔をするかな?

 余裕で助手席に笑みを向ける。

 ニコリ。

 そんな俺にさっきの不満の色はどこへ行ったのか、素敵な笑顔を返された。


「そうね、『カシオペア』なんか行ってみたいわ。」

「おや、それは残念。」


 俺が最後にそう締めると、いきなり車内に沈黙が降りる。ちなみにハンドルは最初から「カシオペア」へのエレベータへ真っ直ぐ向けられている。


「たぶん彼女とかそういうのじゃないと思う。でもきっと大切な子。」

「……?」

「きっとその子は分からない危険にはさらしたくない。だから今日は一人、って思ったんだけど当たりね。

 当然コインの違いに気付く、って前提だけど、それくらい難なくクリアでしょ?」

「最初から計算ずくってわけだ。」


 それはそれでいい。分かりやすい、ってもんだ。

 大体美女が一目惚れ以外の理由で近づくんだ。ロクでもない理由に決まっている。が、理由さえ分かってしまえばどうにかなる。間違いなくロザリンドは自分の目的の為に俺を利用している。俺が彼女を利用するかどうかは分からないが、今は少しでも情報が欲しいから、彼女に乗ったほうがいいだろう。


「女はいつもそういうものよ。あなたの大切なジャニスちゃんだってきっと計算ずく。

 男もそうだけど、男は計算間違いが多いのよ。」


 さもありなん。

なるほど、俺がジャニスに頭が上がらないのはそのせいかもしれない。


「あっさり答えるとは思っていないが、君は何で俺に近づいたんだ?」


 俺の問いにロザリンドはまぁ、とばかりに目を見開くと、不意に沈んだ表情でわずかに俯く。


「復讐よ……」


 それまでとは似つかわしくない言葉の響きに思わず助手席を振り返る。


「兄が『カシオペア』に行ったまま……

 だから探して復讐するの。兄を殺した奴を絶対見つけるわ。」


 ……う~ん、本当にそうか?

 疑う根拠は無いのだが、なんか彼女のイメージに合わないような気がする。


「あれ? 前に言ってたのは結婚を誓った恋人じゃなかったっけ?」


 え? と一瞬表情を変えたのを俺は見逃さなかった。今のは自分の失言に一瞬後悔した顔だ。


「ほぉ。」


 俺が意味ありげに笑みを浮かべると、ロザリンドはふぅ、と息を吐いてやれやれと肩を竦める。


「今の思い詰めた顔、ちょっと自信あったんだけどなぁ。」


 おいおい。言うに事欠いてそれかい。


「簡単にだまされるとは思わなかったけど、ここまであっさり見破られるとは意外だったわ。

 ……別にジャニスちゃん、性悪じゃなさそうなのにね。」

「え~と?」

「女殺しで、女の嘘に慣れているのか……」


 不意に言葉を切ると、運転していて前を見なければならない俺に突き刺さるような視線を向ける。


「やっぱりただ者じゃないのかしら。」

「おいおい、買いかぶらないでくれ。俺は単なる臆病者さ。」

「そう? でも一番怖いのは臆病者よ。臆病者だからこそ、頭を使うし、必死になる。」


 ……そりゃな。

 と言いかけて、あんまり彼女のペースに乗るのは危険かな、と思って適当に口を濁す。


「おっと、そろそろだな。」


 俺の言葉通り「カシオペア」へ向かうエレベーターターミナルが見えてきた。

 係員の指示に従って、車をエレベータに入れる。前にも説明したが、駐車場ごと移動する超巨大な軌道エレベータだ。まぁ、車のサイズを比較しての話だが「カシオペア」の規模を考えればそう大きな物じゃないのかもしれない。

 煌々と照らされた駐車場内には、俺たちも含めてあんまり高級とは言えない車が並んでいる。これも前に言ったが、カジノの人間のお辞儀の角度が違いような方々は場所が違うし、自分で入れたりもしない。それ以前に自分で運転すらしないか。

 でもきっと、このエレベータ内のステキなフロアでワインとかシャンパンとか振るわれているのだろう。


 ……想像しただけでなんか悲しくなる。

 よくよく考えると大抵は腹黒金持ちの家にこっそり入って、ガッポリいただく、って「仕事」なんだよな。

 こう調査とはいえ、人の中に入り込むのは珍しい。人が多くなればそれだけトラブルを抱え込む可能性も高くなる。


「あ、なんか嫌な視線。」


 おっと、その思いが顔に出ていたらしい。


「そういえばこっちも聞いてみたいけど、あなたたち二人も普通の客には見えないわ。

 それに今日もこっちの誘いに乗ってきたわけだし。|Who are you《あなたは誰》?」

永遠の(エターナル)チャレンジャーさ。」

「何それ?」


 くすくす笑ってくれたところを見ると、ウケはとれたらしい。


「じゃあ、今は何にチャレンジしているのかしら?」

「ああ、円周率四万桁暗唱に挑戦しているんだ。これがなかなか手強くてな。」

「それくらいじゃまだまだギネスは無理ね。その倍でも足りないわ。」


 どこか呆れ顔のロザリンド。

 そうこうしている内に、エレベータは「カシオペア」へと到着した。

 ……さ、今日の勝負はちょっとヘビーになりそうな予感がする。隣の美女が勝利の女神になるのか、尖った尻尾の悪魔になるのか。そいつはこのチップに聞いてみるか?

 ポケットの中のチップを軽く握りしめた。




 ……と、よくよく考えると、このチップには表も裏も無いので聞きようがない。

 二日続けて「夜」のカジノに。昨日と違って、今日はロザリンドをエスコート。そうされるのが慣れているのか、腕にそっと触れるくらいで、付きすぎず離れすぎず、と見事な立ち振る舞いだ。これがジャニスだとちょっと抱きつく感じで嬉しかったりするのだ。

 おっと、ちょっと話がずれた。

 賑わいは今夜も変わらない。ルーレットに玉が止まる度に、カードを広げる度に信じられない金額のチップが左右する。

(ロザリンドの)チップでしばらくゲームに興じる。調子はまぁ勝ったり負けたりと目新しいものではない。

 ゲームを始めて一時間ほど。

 俺が特に目を付けていた無駄に金持ちそうな奴らがいなくなっていた。確かに「カシオペア」内にもホテルやラウンジはある。

 が、入って一時間やそこらでそんなところに引っ込むか? いや、そんなことはない。

 となると「他」のところでゲームを興じているわけだ。微妙な距離を見事な身のこなしで維持している傍らのレディに視線を向ける。

 俺のアイコンタクトに見えるか見えないかの動作で頷く。心なしか獲物を狙うような鋭い目になったような気もする。


「どうすればいいんだ?」

「あそこ。」


 たくさんあるルーレットのテーブルの一つを視線で指し示す。

 ……ん?

 客の動きが変だ。

 数回、それこそ早い人は一度の勝負で席を立っている。そして、その立った人たちは従業員に連れられて奥の方へ……


「あれか。」

「そう。」


 二人でそのテーブルが見渡せる距離をキープしながら、目立たないように観察する。

 あのテーブルに目星はつけたようだが、その先はまだ掴めてないとのことだ。きっと例のチップ以外にも何か符丁があるのだろう。

 今は客が離れたのか、ルーレットの台を調整している。軽く回して指先で玉を投げる。

 見事な腕前だ。相当の手練れと見た。

 ああいうディーラーと勝負するには運じゃなくて読みのスキルが必要となる。あんまり相手したくないが……

 おっと。あれは怪しいな。

 他のポーカーのテーブルを見ているふりをしながら横目で様子を窺っていると、いかにもな中年男と派手めな女性の二人組が例のテーブルにつく。

 歳の差があるので、あんまりまともな関係じゃないのかな? と下世話なことを思いながらもその一挙一動を観察する。

 チップを一枚だけベットす(賭け)る。あの色は最高金額のチップ――つまりは俺たちが持っているチップと同じ可能性があるわけだ。それをファーストファイブの辺り…… いや、あの場所なら2か3か…… そうか00か。

 その位置にチップをベットして意味ありげな視線をディーラーに向けている。ルーレットが回り、玉が放り込まれる。


 ディーラーとテーブルの二人の目が白い玉に注がれる。カラカラと小気味いい音が鳴り響き、否が応でも期待が沸き上がってくる。

 カラカラという音がゆっくりとなり、玉の居場所が決まったようだ。ディーラーがルーレット盤に手をかけ、ゆっくりと止める。

 ディーラーが数字をコールする。客の二人の反応を見たところ、親の総取りの00を見事当てた、というところだろうな。

 当たり分のチップを押し出しながら、ディーラーが営業スマイルで一言二言。相手もさも驚いたような顔で一言二言。するといつの間にかに側に控えていた黒服のスタッフが彼らを奥へと連れていった。

 ……なるほど。


「よし、行こうか。」

「大丈夫?」


 やや心配げなロザリンドにニヤリと笑う。


「なに、所詮はギャンブルさ。」




 さも慣れたような顔をしてテーブルにつく。ロザリンドも椅子にもたれ掛かるように俺のそばに立つ。

 ディーラーがベットを促す。しばらく悩んだ振りをして、手にした一枚のチップを00の位置に置く。二度続けてなので、さすがに少し驚いた顔をしているが、すぐに(ルーレットだけど)ポーカーフェイスに戻る。


「今日は調子がいいかもしれないんでな。」


 うそぶく俺にディーラーは眉をピクと動かしたが、こっちの置いたチップを見て表情には出さないが苦々しい雰囲気でルーレット盤を回す。

 何百、いや何千何万と繰り返してきた動きにはよどみがない。おそらくは同じ角度で振り上げた玉を、これまた同じ速度でディーラーが投げ入れる。

 カラカラとしばらく玉がルーレット盤の上の踊る。このダンスで人生って奴が容易く狂ってしまうわけだ。怖い怖い。

 展開にややついて行けないロザリンドは玉の行方を凝視している。おいおい、そんな素人みたいな顔するなよ、と思いつつもちょっと可愛いかな? と思ったり。

 大方予想したとおり、玉は00の位置で停止。見事三十六倍の大当たりだ。しかもどうやら美味しいオマケもありそうで……


「なかなか好調のようですね。どうですか? もう少しスリルのあるゲームはいかがでしょうか?」


 ここでわざと即答しないで、隣のロザリンドに伺うような視線を向ける。彼女も俺の意図を汲んだのか、ちょっと考える素振りを見せながらも興味津々の顔をしながらも、淑女のように落ち着いた振りをして首を小さく上下させる。それを見て俺も重々しく頷く振りをした。

 案の定、ディーラーはこちらを金だけを持っている馬鹿なカップルと勘違いしたらしい。いわゆる慇懃無礼な態度で顎をしゃくると、それを合図に黒服のスタッフが俺たちに近づく。

 その黒服の先導するのをどこかワクワクしたような顔をしてついて行く。なぁに、相手がこちらを舐めてくれれば、それだけ付け入る隙ができるってものさ。

 PRIVATEと書かれた従業員用のドアの向こう。そこに屈強な男達が守るエレベータがあった。エレベータの扉は豪勢に装飾されており、予め用意されていた物と分かる。

 俺たちの前でその扉がゆっくりと開いた。

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