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怪盗フェイクの大冒険  作者: 財油 雷矢


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第二話 Rose & Tips 第四章

 美男美女揃って「夜」のカジノ入り。

 昼とは違う雰囲気にジャニスが少し飲まれそうになっている。


「大丈夫。一応はまっとうなカジノだ。乱暴な手段に訴えてくるような奴はいない。」


 ……ルールの範囲で無茶言う奴はいるだろうがな。

 そういうのが一番手に負えないといえば、負えないのだが。が、ここで無理に言って、怖がらせる必要もない。俺が守ればいいわけだしな。

 ザッと見回す。

 ……さすがにいないか。

 やっぱり、というか何となく「彼女」を探してしまう。


「ジーク?」


 横を歩くジャニスの声にトゲが混じる。

 こう、たまに思うのだが、女のカンというのはどうしてこうも鋭いんだ?

 俺はただ単にあたりを見回しただけなのに、ジャニスの指先が俺の脇腹をギリギリつねりあげる。


「いたたたたたた……」


 ホントなら抗議の声をあげたいところだが、どうもやましいのか反撃できない。


「知りません。」


 ぷいっ、とそっぽを向いてスタスタ歩いていくジャニス。

 ……さてどうしよう? 一応は法に則ったカジノだ。いきなり強引な手には出てこないだろう。ジャニスほどの年齢の子は稀だがいないわけでもないし、女性一人でカジノを楽しんでいる人もいない訳じゃない。


「少し慣れてもらうために別行動にするか……」


 と自分に言い訳をして自由を勝ち取る。

 周りを品定めしながらブラブラ歩く。俺自身、もう一度会いたいかどうか分からない。会えば分かるのだろうが、幸か不幸かあの美女には出逢えない。

 惚れたとかそういうことではない。普通の男ならあれだけの出会いがあれば間違いなくメロメロだが、俺はそんなヤワじゃない。

 確かに心惹かれたのは確かだが、心奪われるものではない。なんというか、やっぱり毒というか棘を感じたからこそ向こうの魔力に打ち勝てたというところだ。


 ……そのせいで向こうの興味を引いてしまったかもな。そうでなきゃ「あんな」事はすまい。

 全てのテーブルをそれとなく回って、確認したが彼女はディーラーとして立っていない。

 今夜はいないのかな……?

 しばらくテーブルにもつかず、飲み物を運ぶバニーガールのラインを楽しみながらあちこちのゲームを見学する。耳にも集中して、周囲の会話を拾う。


 ……やっぱりいないようだ。あれだけの美女、歩いていれば嫌でも話題になるだろう。

 さて、どうしたものかな。

 またぶらりとカジノ内を回る。


 ……ん? 時折人が消えてるな。

 地上までの軌道エレベーターは使えないから、カジノ内のホテルに戻ったか、どこかの別室に行ったのだろう。ある、といえばあるんだな。さて、どうやって行けばいいのか…… ま、少しずつ調べて行くしかないな。


 ……と、ジャニスはどうなったかな?

 しばらく放っておいたけど…… なんだ、あの人だかりは?

 なんかとても嫌な予感がする。

 あまり目立たないように近づくと、ポーカーのテーブルのようだ。そこについているのは背後に護衛らしい男を控えさせている中年の男に…… ジャニス?!

 ジャニスは硬い表情でやや青ざめている。


「さて、最初に言ったとおりにお互いレイズ出来るまでレイズに応える、ということじゃなかったかね?」


 そういう声なのか、遠く離れたこちらまで通って聞こえる。


「しかし……」


 対するジャニスの声はか細く、俺の聴力でギリギリ聞こえるくらいだった。


「ここにいる紳士淑女達が皆証人だ。そうであるな?」


 まるで舞台俳優のように大げさな振りで周囲に同意を求める。これをまるで何かの余興を見るかのように周囲は楽しんでいるようだ。

 その目には興味の光しかない。


「でも……」

「ああ、いいとも。ギャンブラーとしての覚悟無しにカジノに来た愚行は見逃すとしよう。しかし、そうならば早々にこの場を立ち去って貰いたいものだな。」

「…………」


 グッ、とうつむくジャニス。ここからは表情は窺えないが、唇を噛み締めているのかも知れない。

 流れる沈黙。カジノ中がこのテーブルの動向を見つめているようだ。


「……分かりました。」

「ほう、そうかね!


 ならば君の口からハッキリ言ってもらえるかな?」


「……はい。

 あなたのレイズに受けて…… 私自身を賭けます。」




 なん……だって?

 今何て言った?!


「Good……」


 芝居がかった口調で笑みを浮かべる中年男。余裕じみた顔をしている振りなのだろうが、好色さを隠すことは出来ない。


「では、勝負を続けようか? 君がそれ以上レイズ出来ない以上、私もこれ以上はレイズしないでおこう。」


 ……よりにもよってタチの悪い奴に捕まってしまったか。俺がバカな事さえしなければ。

 よし、こうなったらここでの「仕事」をフイにしても構わん。ジャニスを助けるぞ。

 と、俺が足を一歩踏み出そうとしたときに、不意にバラの香りを感じた。肩に乗せられた手。そこに力は込められていなかったが、俺の身体は麻痺したかのように動かなかった。


「……期待してますわよ。」


 俺は黙って彼女――ロザリンドの広く開いたドレスの背中を見送っていた。




「ちょっとよろしいかしら?」


 一部の隙もない優雅さでテーブルに近づくロリザンド。

 美女のいきなりの登場に動きが止まる中年男。ジャニスも驚いているが、眉を寄せて何かを考えているような感じ。


「先程から聞いておりましたら、何やら面白そうな勝負をしているようでして。」


 まさにバラの笑みを浮かべるロリザンド。

 ……しかし、その中に鋭い棘が見えたのは俺だけだろうか?


「ええ、これぞまさしくギャンブラー同士の真剣勝負なのですよ。」


 百万の味方を得たかのように力強く語る中年男。


「そう……」


 その言葉を聞いたジャニスがビクッと身体を振るわせた。彼女も込められた棘、いや毒に気付いたのだろう。


「この勝負はあなたとこの子との勝負、って事でいいのね?」

「ああ、そうだとも。正々堂々とした勝負だから、邪魔は勘弁してくれるとありがたいな。」


 すっかり調子づいた中年男。


「そうですわね。私は見ているだけにしますわ。それと……」


 ここで初めてジャニスを振り返って、ニッコリ柔らかい笑みを浮かべた。虚を突かれながらもその笑顔の眩しさに思わず頬を染めるジャニス。

 そしてバラの花を綺麗なだけと甘く考えていた中年男に鋭い棘が伸びた。


「レイズを。彼女のチップに彼女、そしてこの私を加えますわ。」

「な……?!」


 いきなりのことに中年男が言葉を失う。


「そういえば私が言っても駄目ね。」


 困ったわ、と口元に指を当てる。


「じゃあ、あなたの口から言ってもらえるかしら? ……レイズのコールを。」

「え……?」


 ロリザンドはジャニスの耳元に口を寄せると何事かを囁く。ジャニスがハッとした表情を浮かべると、マジマジとロリザンドを見つめる。

 しばらく見つめていると、意を決したように口を開いた。


「レイズします。更に彼女を追加します。

 ……そちらもレイズを。」

「…………!!」

「お約束でしたね。

 レイズが可能な限りレイズに応える、と。」


 さっきとはうって変わって冷静な声を放つジャニス。目にも力が戻っている。


「さぁ。」


 静かに語る口調だが、相手に有無を言わせぬ力強さがある。

 ずっと年下の少女に気圧されながらも怖ず怖ずと自分のチップの山に手をかける中年男。


「それだけですか?」

「そうね、この子と私の価値としては安すぎないかしら?」


 容赦ない二人の言葉が徐々に中年男を追いつめる。

 手持ちのチップを全て積み上げてもまだ二人の視線による追求は止まらない。周囲もその程度か? と言わんばかりの表情だ。


「よろしいですよ。自ら言われたギャンブラーとしての覚悟とやらを、ご自分で放棄なさっても。」

「くっ……」


 おお、ジャニスが怖い。

 確かに精神的には逆転した。

 しかし…… まだ半々なのだ。相手に目一杯レイズさせたとはいえ、勝てるかどうかはまだ分からない。

 相手は当てが外れた上に手痛い反撃を喰らって苦い顔。が、すぐに気を取り直したかのように自信たっぷりの笑みを浮かべる。


「つまりは私が勝てば、君たち二人は私の物、という訳だね。」

「……そうですね。」


 わずかにジャニスの声が硬くなる。


「なら私は幸運だ。二輪の美しい花を得られるわけだからね。」

「…………」


 なんだ? なんでそんなに自信たっぷりでいられる?


「じゃあ、君のレイズに対抗するには……」


 山となったチップを全て前に出し、更に胸ポケットから数枚のプラチナチェックやら、他にもカードとかを出す。


「これでいいかな?」


 その余裕の源はなんだ?


「……ええ。」


 さすがに大盤振る舞いだ。それで全てを失う程でもないのだろうが、結構な痛手になるだろう。が、一般人には一生かかっても、という程の金額である。

 ……ちなみにあれだけあれば、俺の借金も少しは減る。少しっていうのが悲しいなぁ……


「じゃあ、始めようか。」


 基本的には二人の間の勝負なので、中年男がカードをシャッフルする。手慣れているせいか、その動きに澱みはない。

 と、ロリザンドが何気ない動きの中でこっちを振り返り、俺の目を見た。そうか、そういうことなら……

 ポケットの中を探る。指に触れるの小さな最高額のチップ。安いチップに比べると一回り小さいが、高級感を出すためにメタルを一部使っていて、意外と重さがある。この前の勝負で俺が得た唯一の一枚だ。

 やれやれ、金持ちが道楽のようにチップを積むは、女性二人が自分をチップにして積むは…… その点俺が賭けるのは、高いとはいえこのチップ一枚。さてさて、この一枚がどんな大当たり(ジャックポット)を呼んでくれることか。




 しゃっしゃっしゃっ、とカードが空を切る音が聞こえる。この大勝負に周囲は固唾を呑んで見守っている。


 さて、まずは……

 軽い殺気を放つ。今の俺の目を正面から見たら、気の弱い奴は卒倒するだろう。背中からでも何かしらの「嫌な予感」的な物は感じる。俺としては面倒この上ないが、細々殺気を調節しながら放っていると、俺と中年男の間に気付かないほどの細い道が出来た。

 道を開けた連中も何で自分が動いたか分かってないだろう。それどころか自分が動いたことすら分かってないかも知れない。


 よし、準備はオーケー。戦闘の時のように自分の体内時計の針を進める。

 配られたカードを双方が手に取る。ロザリンドは飽くまでも自分をチップの一部としているのか、カードを覗き込むようなことはせずに悠然と微笑んでいる。


「二枚です。」


 ジャニスは緊張しているのを表に出さないようにして、カードをチェンジする。あんまりカードは良く無さそうな雰囲気だが、それをどうにか隠す。

 対する中年男は余裕の笑みでカードを眺めている。まさにポーカーフェイス。

 カードを三枚捨てて、山札から取ると手元で揃え……

 なるほど。


 指先に蓄えていた力を解放した。

 さっき開けた道を一枚のチップが飛翔する。

 狙い違わず、硬いチップが中年男の手の甲に突き刺さった。


 うん、ナイス俺。

 距離もあったし、手加減もしたから手に穴が空くほどではない。しかしその衝撃に手からカードが落ちる。

 バラバラバラバラ……

 どう見ても五枚には見えないカードが散乱する。

 慌てて隠そうとするが、手の痛みが災いして、拾い上げようとするカードが指をすり抜ける。

 周囲に沈黙が落ちる。

 カジノの暗黙の了解として、イカサマは見破られなければイカサマではない。どんなに勝負の結果が理不尽でも見破ることが出来なかったら負けとなる。逆もしかり。


「こ、これは……」

「あら? ロイヤルストレートフラッシュが出来てますわね。

 ……こちらの五枚だけですが。」


 狼狽する中年男をよそに、わざとらしいような驚きの声を上げるロリザンド。


「カードを落としてしまったからには、このゲームは無効ですね。やり直しましょう。」

『え?』


 ジャニスも中年男も驚いたような声を上げる。ギャラリーの中からもだ。ちなみに俺もだ。おそらくカードを隠し持ってすり替えていたのだろう。そのイカサマを指摘して勝つのかと思ったのだが……

 いや、そういうことか。

 どうやら彼女は相手をとことんまで負かしたいらしい。


「あ、あの……」


 困ったようなジャニスをウィンク一つで黙らせるロリザンド。その自信たっぷりの態度にジャニスも何か感じ取ったようだ。


「その手ではカードを扱うのは辛そうですね。僭越せんえつながら私がカードを配ってもよろしいですか?」


 満面の笑みが周囲にNoと言わせない無言のプレッシャーを与える。

 異議がないことを確認すると、カードを全て揃え直す。惚れ惚れするような手つきでシャッフルしてから、デック(カードの一揃え)をマットの上に置く。

 視線でカットを促すと、萎縮させられながらも手を伸ばしてカードを半分に分ける中年男。下のカードを上に乗せて、素早く二人にカードを五枚ずつ配る。

 オドオドとしながらカードを取る中年男だが、ジャニスは笑みを浮かべながらもカードに手をつけない。


「チェンジは?」


 そんなジャニスの様子を意にも介さず、交換を促す。中年男が二枚のカードを捨てようとすると、予め分かっていたかのように素早く二枚のカードを投げ渡す。


「レイズはどうしますか?」


 ニッコリと笑顔を浮かべるジャニス。自分のカードを見るどころか触れてすらいない。ロリザンドももうこれ以上カードを配る気が無いかのように残ったカードをマットに置く。

 気圧されたかのように財布から一枚のカードを出す。同じクレジットカードでもプラチナの更に上を行くブラックカードだ。上限無制限というカード。さすがに見たのは初めてだ。思った以上に追いつめられているな。

 ……残念だ。相手が悪いぞ。


「コール。」


 最後通牒(つうちょう)が突きつけられる。

 それでも多少はいい手なのか、カードを広げる。KとAのフルハウスだ。

 観客から小さく歓声が上がる。

 ジャニスはロリザンドに目で合図をすると、ロリザンドはカードの空き箱からジョーカーを抜いた。

 抜いたカードにキスすると――ちょっと羨ましい、なんて思ってないぞ――ルージュのついたジョーカーをマットの上を滑らす。

 ハートの10・J・Q・K……

 次々とめくられていくカード。おそらく最後のハートのA。ご丁寧にも、相手のフルハウスにはハートのAだけが入っていない。


「ラストカードはあなたの手で。」


 淑女が道を譲り合うような優雅な動作でジャニスを促す。ジャニスは小さく肯くと、繊手せんしゅをカードに伸ばす。

 おそらく雰囲気で次のカードが分かっているのだろう。中年男は判決の槌が振り下ろされるのを戦々恐々と待っていた。


「ショウダウン。」


 最後のカードがめくられる。

 真っ赤なハートが中央に一つ。

 まさにハートのA。ハートのロイヤルストレートフラッシュだ。

 張りつめていた空気が一瞬で溶け、溜息のような驚嘆の声があちこちから漏れる。しかし勝負はこれで終わりではないのだ。

 緊迫した空気の中、ジャニスが口を開く。


「イレギュラーなことが多かったので、今回のゲームは無かったことにしましょう。」


 え? という雰囲気が伝わって来るかのように動揺の波が広がる。

 その中で驚いていないのはロリザンドくらいだ。最初からそういうだろう、みたいに優しい笑顔で少女を見つめている。


「そうですね。」


 立ち上がってカードを集めて揃えるロリザンド。あれ? なんか今変な動きしなかったか?


「正直、私たちはあなたに興味がありませんし、要らぬ恨みを買うのも面白くありませんから。

 ……そう、よろしければ私に一杯おごっていただけませんか?」


 すっ、と中年男の腕を取るロリザンド。

 中年男の取り巻きを従えたまま、カジノにあるバーカウンターへと向かっていった。

 勝負が終わり、当事者もいなくなって観客もゾロゾロといなくなっていく。残されたジャニスは今になって緊張が解けたのか、椅子にへたりこむ。


「……ジャニス!」


 俺が駆け寄ると、ゆっくりと疲れたような顔をこっちに向けた。


「ジーク……」


 瞳が潤んでいる。このパターンは……


「ジーク!」


 椅子に座ったまま俺の腰に縋り付くジャニス。泣いてはいないだろうが、ずっと怖いのを我慢していたのが震えで伝わってくる。


(ごめんな……)


 優しく髪を撫でながら、俺は心の中で少女に謝っていた。




「マティーニ。ドライな奴を頼む。」


 バーカウンタについて注文。


「そして彼女には……」

「こちらなどはいかがでしょうか?」


 淡々とグレープフルーツジュースにシロップをコリンズグラスに注ぎ、軽くステア。クラッシュアイスを入れて、上からジンジャーエールを注ぎストロー。

 俺の隣でうなだれるジャニスの前にサラトガクーラーが置かれた。


「こちらはドライマティーニですね。」


 淀みない動きでジンとベルモットとミキシンググラスを取り出す。ミキシンググラスに氷と水を入れステア。

 氷の角を取ると水を捨てジンを入れてステア。……あれ?

 カクテルグラスに注ぎ、レモンピール(の皮)を絞ってピンに刺したオリーブを入れる。


「ドライマティーニです。」


 グラスを俺の前に置いて、少し離れたところにベルモットのビンを置く。

 ……こりゃあドライだ。


「ジーク……」


 このバーテンダーのエスプリにジャニスが顔を上げる。


「それって、単にジンじゃないの?」

「……いや、ドライマティーニだ。」


 グラスを口に運ぶ。キンキンに冷えたドライマティーニ(こうなりゃ意地だ)が熱くなってた身体に気持ちいい。


「もう……」

「それはサトラガクーラーってカクテルだ。アルコールは入ってないから安心して飲んでくれ。」

「うん…… あ、美味しい。」


 ジャニスが素直に賛辞の言葉を言うと、バーテンダーはニヒルな笑みを浮かべた。……なかなかやるな。

 と、


「それよりもジャニス。どうしてあんな無茶を? あんな勝負、降りたって良かっただろうに。」


 色々あって勝てたから良かったけど、もしも負けていたら、と思ったら……


「う、うん……」


 気まずそうに視線を逸らす。


「どうしてあんな勝負を受ける気になったんだ?」

「あら? 分からない?」


 背後から甘い声がかかる。それに甘い香り。華――そう、まさにバラだ。

 あ、とジャニスが小さな声を上げる。

 振り返らずとも誰かは分かる。その誰かが俺の隣のスツールに腰をおろした。


「彼女に…… マンハッタンを。」

「あら、それは遠慮しておくわ。……彼女に悪いしね。

 そうね、XYZを。」


 おいおい……

 バーテンダーはホワイトラム、コアントロー、レモンジュースをシェーカーに入れると額に入れたくなるような鮮やかな手つきでシェークする。ホワイトカラーの液体がカクテルグラスに注がれると彼女の前へ。

 ……ちなみにデートの時に女性がこのカクテルを頼むと「今夜はおまかせ」という意志表示という説もある。本当かどうかは知らないが。

 ちなみにマンハッタンは通称「カクテルの女王」。そして俺の飲んでいるマティーニは「カクテルの王様」と呼ばれてるのは単なる余談だが。


「すまなか……」


 振り返って彼女――ロザリンドに礼を言おうとしたら、唇に指を当てられた。

 ……なんか背中に突き刺さる視線が痛い。

 なんでまた俺がそこまで……


「…………」


 いかん。思いっきり見とれてしまった。

 さっきまではそれどころじゃなかったのだが、今改めてというか始めてドレス姿のロザリンドを見ている。

 スリットの深いボトムに、ビスチェタイプのトップ。よほどスタイルに自信がないと着られないし、そうだとしても色々こぼれ落ちそうだ。が、それこそ「男性の視線でつなぎ止められて」いるから大丈夫なのだろう。


「殿方がそんなに容易く謝られてはいけませんわ。

 ……そうですね、女の子を大事にしようとした紳士な行いと、その視線に免じて許しますわ。」


 口元に笑みを浮かべると、XYZを口に含む。キツいカクテルのはずだが、まるでそんな様子を見せない。


「……それに、私もあの手の輩は嫌いなのよ。」


 俺の後ろのジャニスに向かってニッコリ笑みを向ける。


「良かったわ。頭の切れる子で。」

「え、あ、あの…… ありがとうございます。」


 見つめられて困ったように恐縮しながら礼を言うジャニス。


「ところで、あなた達の関係、聞いていいのかしら?」

「え……?」

「あ……」


 二人揃って間抜けた声を上げてしまう。

 そんな俺たちをロザリンドはふふ、と笑って見ている。

「それと…… 貴男のことはジークと呼んでよろしいのかしら? それともやはりミスタフェイクと?」

「……いや、ジークで。」

「ミスタフェイク、って響きの方が好きですけどね。」


 ロリザンドとの会話を不穏な空気で聞いていたジャニスが不意に俺の耳を引っ張る。


「なんだよ……」


 ひそひそ話をしたいのが分かったので、ロリザンドに背を向けて声を潜める。


「鼻の下伸びてる。」

「……それが言いたかったのか?」

「じゃなくて、あの人、私のこと最初から知ってたみたい。ジークのこと言ってたし。」


 まさか。ジャニスは今日初めて来たのに…… まさか俺たちのことが?!


「違うわよ。」


 背中に柔らかい感触、そして甘い香りが感じられる。

 振り返ったら頬にキスされるくらいの所にロリザンドの顔があるのが分かる。迂闊に顔を動かしたら…… またややこしいことになるのだろうな。動かない方が賢明だ。


「あの中年男? アイツに腹が立ったのは事実よ。コテンパンにしよう、って思ったら知った顔がね。」


 ふっと背中から重みが離れる。……重み、なんて言ったら怒られそうだがな。


「それで……?」


 ジャニスの声はちょっと怖い。

 ……なんか言外に俺を責めているような気もする。俺が悪いのか?


「ええ。どこかの紳士さんが飛び出そうとしてたのよ。だからもしかして知り合いかも、ってね。」

「……そんなもんか?」


 あれだけ人がいたら、美少女のピンチに飛び出そうって男がいたって不思議じゃないだろ。


「ええ。私の見た感じ、その人は本当にピンチになるまで出ていかなそうだったし。」


 ニッコリとロザリンド。

 う~ん、確かにそうかもしれない。知らない美女または美少女だったら、もう少し待って最高のタイミングを狙うに違いない。

 うんうん、って肯くジャニス。


「その人に任せたらちょっと大騒ぎになりそうで、任せておけなかったのよ。

 そしてその子に近づいたら、ちょっと懐かしい匂いがして……」


 鼻は利くのよ、ってウィンク。


「だから……?」

「そう、最後のピースを当てはめるためにカマかけたの。」


 ジャニスの問いに妖艶な笑みを浮かべるロザリンド。


「あの男がイカサマしてたのは分かったから、保険もかけておいたしね。」


 あ、これ返すわ。と手を広げて一枚のチップを見せる。それはずっと握りしめていたからか、彼女の温もりを持っていた。


「……で、あなた達の関係は?」

「あ、それよりも私も聞きたいことが。」


 どこか嬉しそうな――でも俺には分かる。あれは他人(特に俺を)問い詰める時の口調だ――声でジャニスが微笑む。


「状況が状況で聞きそびれましたが、先程の男はともかく、あの人が出していたプラチナチェックはいかがしました?」

「……あら。」


 ロザリンドの表情が面白いように変わる。どこかイタズラめいた、淑女にはちと似つかわしくない顔だ。が、俺はお澄まし顔よりもそっちの方が魅力的に見えた。もしかして、彼女の仮面の下の素顔なのかもしれない。


「気付いちゃった……?」

「ええ、まあ。」


 ジャニスに顔を近づけるロザリンド。

 前に向き直った俺の背中側で女の子同士のひそひそ話が続く。こう耳をすませば聞こえるのだろうけど、それをしたら命が危ない気がする。


「しょうがないわね。」


 俺の左右に戻った二人。ロザリンドはその豊満な胸の谷間に手を…… おおっ?!


「いだっ!」

 身を乗り出しそうになったら思いっきりつねられた。

 痛さに振り返ったら予想通りと言うか、ジャニスが怒ったような、それでいて何処か羨望の目つきをしていた。

 まぁ、確かにジャニスにはあの収納は使えまい――いや、ドレスのデザイン的にな。た、他意は無いぞ、うん。

 そうそう、そのなかなか人に真似できない所からプラチナチェック――前にも説明したが現金として使える使い捨てのプリペイドカードみたいなものだ――を取り出すと、その半分をジャニスに手渡す。

 俺はスルーですか?


「そういえば、先程の方は?」


 んー、と何かを誤魔化すような表情で小瓶の粉末を取り出す。これは……


「グッスリお休みしているはずよ。」


 やっぱり……


「ジャニスも憶えておきなさい。

 ……これくらい淑女の嗜みとしては当たり前よ。」


 そう言うと彼女は悪戯いたずらっぽく笑った。

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