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怪盗フェイクの大冒険  作者: 財油 雷矢


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第二話 Rose & Tips 第三章

 眠ってしまった少女をベッドに横たえ、シーツを掛けてやる。


 ……ん、大丈夫。

 よく眠っている。

 夜中に目が覚めて、俺がいないのに気付いてずっと待っていたんだよな。

 なんてこったい。夜遊びもロクにできないな。


 ……そうじゃなくて。

 いや、分かってる。いつもは何気なく振る舞ってるけど、不安は隠せないんだろうな。

 俺がその心の支えになるのは可能だがやってはいけない。ジャニスは…… 俺の側にずっといてはいけない。

 いかんな。たまに考えてしまうが、いつも考えが暗くなってしまう。

 とりあえず今は借金を返すことを考えよう。

 シャワーでも浴びるか。……なんか、気になること言われたし。


 念入りに。それこそ念入りに身体を洗う。自分に付いた匂いっていうのは自分じゃなかなか気付かないからな。

 なんか、無駄というか手遅れのような気がするが、まぁ考えないでおこう。やらないよりはマシ、かもしれない。

 サッパリした後、ベッドに入る。隣のベッドから聞こえる規則正しい寝息を確認して目を閉じる。無論、紳士としてはレディの寝顔を堪能する趣味は無い……と言っておこう。


 ……可愛いんだけどな。

 なんか犯罪に走らない内にさっさと寝るとしよう。なんか矛盾したことを思いながら、横になり目を閉じる。

 予想以上に徹夜と緊張で疲れていたらしい。何か気の利いたことを思いつく前に眠りに置いていた。




 昼過ぎ、というか夕方までもう少し、ってくらいの時間にジャニスに揺すぶられて起こされる。

 このまま寝たふりしていると、拗ねたような困ったような声が聞こえてきて、なかなか楽しいのだが、あんまり意地悪するのも良くない。


「ジークぅ……」


 ゆさゆさ。


「もぉ……」


 ゆさゆさ。

 ……はっ。いかん。すっかり楽しんでるぞ、俺。


「ん? ああ、悪い悪い……」


 たった今目が覚めたような顔をして身を起こす。もうすでにジャニスは普段着に着替えている。ちなみにパジャマ姿を見られるのは今のところ俺だけの特権のようだ。

 まぁ、でも朝早起きだから、夜の寝る前のホンの短い時間だけどな。


「おはよう、って言いたいところだけど、中途半端な時間よ。」

「そうだな。」


 昼食には遅いし、夕食には早いという時間だ。かといって食べないのも寂しいし、ヘタに食べると夕食に影響が出そうだ。規則正しい食生活が健康の秘訣だしな。


「……どうするかな?」

「サンドイッチなら作ってあるけど……」


 さすがジャニス! 料理上手で気も利いて、おまけに可愛いときたら、お嫁さん候補ナンバー1間違い無しだな。


「…………」


 うん、そうやって赤い顔して照れてるのも可愛いぞ…… って、


「もしかして声にしていた?」


 コクンコクン、と頷いて「また私をからかって」とちょっと恨めしそうな目で俺を見てくる。

 う~ん、俺としては100%本気でからかうつもりも無いんだが…… まぁ、これでヒョイヒョイ浮かれるよりはマシか。そんなことするような娘なら、とっくの昔に変な男に騙されているだろう。「からかう」ネタだけには苦労しないからな。

 いや、こういうときだけは身持ちの堅さがありがたい。

 分かった分かった、と手で制してありがたいサンドイッチに取りかかる。


 うん、さすが美味い。

 パンはホテルのパンかな? 中身は何処かで仕入れてきたのだろうか? もしかしてホテルのレストランの厨房で分けてもらったとか……

 だとしたらアレだな。同じ材料を使ってもジャニスの方が上となるとレストランのシェフも形無しだな。……まぁ、ジャニスの場合、大量に作るのは苦手だから比べてもしょうがないんだろうけどな。

 量もちょうどよく、空腹を解消できた上に、ちゃんと夕御飯も食べられる程度だ。


「お、ありがと。」


 眠気は醒めていたが、やはり目覚めのコーヒーは格別だ。コーヒーを受け取って一口。程良い熱さに程良い濃さ、実にいい。


「なぁ、ジャニス。褒めていいか?」

「……恥ずかしいからダメ。」


 持っていたトレーで顔を胸で抱きしめるようにして、赤くなりながらそっぽを向くジャニス。

 う~ん、困った。そうなると喋ることが無くなってしまうじゃないか。仕方なく黙々と味わいながら片付けていく。片付ける、って言い方悪いな。まぁ、でもそんな感じだ。

 そしれジャニスはまるで侍女の如く側で控えている。

 皿が空になり、残ったコーヒーを飲み干すと、待ってましたとばかりに横から手が伸びてきて、空いた食器を片付けていく。


「そういえば……」


 夕食までの中途半端に開いた時間。ふとジャニスが何かを思い出すように口を開いた。


「何か気になったことがあったはずなんだけど……」


 あ~ きっとそれは思い出さない方がいい予感がする。


「ま、それは後にします。」


 ……そうですか。


 と、ジャニスはいきなり心配げな顔をする。


「ねぇ、昨晩はどうしたの?」


 これが夫の浮気を問い詰めるような表情ならどうにか誤魔化そうと思うのだが、心底心配そうな顔をされるのはいつもの事ながら弱い。

 簡単に昨晩の出来事を説明する。

 とにかく、波風が立たないように出来事を適当に整理して話した。


「ふ~ん……」


 まぁ、そこそこの理解と賛同は得られたらしい。


「……何か隠してない?」


 前言撤回。なんか俺的ピンチの予感です。


「大体、何の理由も無しにディーラーと勝負、と言うのがおかしいのよね。

 あ……」


 ジャニスの顔に理解の色が広がる。


「……美人だったんでしょ?」


 俺、大ピンチかも。

 そんな動揺が出たのかもしれない。ちょっとジト目をしてから、ぼそっと呟いた。


「まだルージュついてる。」

「なに?!」


 反射的に自分の口に触れて大後悔。

 そんなわけないはずなのだ。寝る前に念入りにシャワーを浴びて、その「形跡」は一切消したのだ。

 つまりはジャニスのカマかけだったのだが、どう誤魔化そうか考えていた俺はそれどころではなく、反射的に動いてしまったのだ。

 嗚呼、俺のバカ。普通は頬だろ、頬……

 鍛え抜かれた反射神経と高速思考を終えると恐る恐るジャニスの様子を窺う。

 あんぐりと口を開けた――彼女にしてはとても珍しい表情なのだが――ジャニスなのだが、すぅっと表情が消えていく。


「もう一回、最初から説明してくれる?」


 ニッコリと小首を傾げて微笑みジャニス。でも目がちっとも笑っていないのが死ぬほど怖い。


「はい……」


 借金の清算をしている時のような気分になって、もう一度昨夜のことを説明をした。




「ふ~ん…… おモテになるんですわねぇ。」


 見たことは無いが「近所のおばちゃん」という人種はこういう喋り方をするんだろうなぁ、と妙な感慨を抱きながら、突き刺さってくるジャニスの視線の前にどうにか踏みとどまる。

 ここで逃げたらなんかとてもやましいみたいじゃないか。

 ……いや、やっぱりちょっと疚しい。


「俺がモテるのはやっぱり困るか?」


 ふと思いついた疑問を口にすると、ジャニスは「え?」と驚いた顔をしてから、急に顔を赤くして手をバタバタさせた。


「ななな、何言ってるのよ!

 わ、私が怒ってるのは……」


 ほぉ、怒っていたのか。


「ほ、ほら……

 え~と、その! ……ジークが私に黙って勝手に出かけるからよ。」


 それと「おモテになるんですねぇ」とどう繋がるのか聞いてみたかったが…… 幾つかの結末を想像して、止めることにする。


「ああ、分かった分かった、悪かった。」

「わ、分かればいいのよ……」


 プイ、とそっぽを向いたところで、俺の査問委員会はとりあえず閉会した。




「ならどうする? ジャニスも夜のカジノ行ってみるか?」

「う、う~ん……」


 誇張したつもりは無かったのだが、どうやら怖い印象を与えてしまったらしい。それでも悩むってことは…… なんか突っ込んじゃいけない理由がありそうなんだが……


「う~ん……」

「いや、そんなに悩まなくても……」

「バラの香りの美女、かぁ……」


 いや、それは、あの、その……


「決めた。私も行く。」


 ……ごめんなさい。俺が悪かったです。

 いや、謝ってどうする俺。


「とりあえず今日は夜更かしして、睡眠時間を調整しましょ。

 ……お肌に悪いから、あんまりしたくないけど。」


 最後の呟きがいかにも女の子らしい。


「とりあえずどうする?」

「ん? 何が?」

「今日の晩御飯。」


 聞いてきたジャニスはいつもの笑顔だった。どうやら一応は機嫌が直ったらしい。


「そうだなぁ……」




 起きた時間とか食べた時間も中途半端だったので、今日は軽くパスタにしてもらった。

 でも夜にお腹が減るかもしれないので、何か軽くつまめる物を後で頼んでおこう。


「うん、相変わらず腕はいいなぁ。」


 普通に売ってる材料を普通に作っただけなのだが…… う~ん、不思議だ。

 俺が師匠に無理矢理作らされた時は、何度半殺しの目に遭ったか。


「どうしたの?」


 ふと遠い忌まわしい記憶に顔をしかめていると、ジャニスが俺の顔を覗き込む。


「ん? ああ……

 昔半殺しにされたときのことをちょっとな。」

「……ジークの昔の話って、ちょっと怖いよね。」


 過去に披露した俺の活躍話は結構ソフトにしたつもりだったが、もう少しオブラートに包むべきだったかな? というか、思い返す度に良く生きていたな、と自分を褒めたい気分だ。


「あの頃に比べたら今はもう天国だよ。」


 心底そう思ってると、ジャニスがちょっと顔を曇らせた。


「でも……」


 借金が、と言おうとしてるんだろうな。最後まで言う前に言葉を遮る。


「何言ってるんだ。それで迷惑を被ってるのはジャニスの方だろ。俺はスリルがあるし、そう悪くは思ってない。

 ……それに、借金が無ければジャニスと会うこともなかったんだ。その点に関しては親父に感謝している。」

「え? あ、う、うん……」


 ちょっと顔を伏せて、頬を赤らめるジャニス。


「いいんだぜ。別に俺に……」

「それは言わないで。

 私は、私の、仕事……をしてるだけなんだから。」

「…………」

「…………」


 見つめると睨むの間くらいの視線が絡み合って、沈黙が降りる。そしてどちらからともなくプッ、と吹き出した。


「飽きないなぁ、俺たち。」

「何度目かしらね。」


 ジャニスが俺の境遇に心を痛めて、俺がそれを否定。そしてジャニスの負担になってるなら辞めてもいいんだ、と言うとジャニスが「仕事」を理由に断るわけだ。

 俺は父親の借金の尻拭い、という理由があるから仕方が無いのだが、ジャニスはそこまで拘束させる理由もないはずなのだが……

 これもいつものことなんだよな。

 いつの世になっても女の子の気持ちほど謎で不思議な物はないわけだ。……だいぶ意味は違うが。


「まぁ、いいや。この話はここでおしまい。

 ……しかし参ったなぁ。何処行ったらお宝が入るかな?」

「何も見つからなかったの?」

「ああ、見たところな。普通の『大金』程度に用は無い。」


 俺の見た範囲で手に入る程度なら、別に衛星軌道まで上らなくてもどうにかなる。ジャニスの調査と俺の勘が、桁の違う「お宝」の匂いを感じていた。それも非合法の匂いがプンプンとな。


「ということは……?」

「問題は『裏』のカジノが何処にあるか、なんだよな。何処にあるか分かっても、今度は『どうやって』行くか、だしな。」


 無駄に考えてる間にパスタが冷めるのも勿体ないから、先に食事を済ませてしまおう。 気付くとジャニスの方がずっと量が少ないのに、俺の方が先に食べ終わってしまった。


「どうやったらそんなに早く食べられるの?」


 ちょっと呆れたようなジャニスの顔。

 仕方ないのさ。早く食べられないと、これまた半殺しの目に遭ったからなぁ。


「また遠い目してる。」

「ふっ…… 男には過去があるのさ。」

「私にだってあるわよ。そりゃ、ジークに比べれば少ないけど……」


 キザったらしく言ってみたセリフに冷静に突っ込むジャニス。


「そういやぁジャニスっていくつだっけ?」

「私? 十七だけど……」

「十七……!」


 俺の勢いにちょっと引いてしまうジャニス。……そんな凄い顔してたか?


「十七かぁ……」


 思わず感慨深げになった俺。


「い、いや、改めて思い返すと若いなぁ、って。」


 少女のジト目に慌てて言い繕う。


「そう? コンピュータの世界じゃ、そうも若いわけじゃないわよ。」


 む、そうなのか。

 風の噂だとジャニスと同い年くらいの怪盗がいる、ってことらしいが…… そうなると俺は若くない方なのか? ちょっと自信なくすぞ。

 いつの間にかに皿が片付けられて、熱いコーヒーが湯気を上げていた。


「もう少し情報収集が必要ね。」


 コーヒーを片手にジャニスの指がラップトップの上を踊る。

 あの衛星軌道上の超豪華カジノ「カシオペア」は惑星ザイフォンの政府が事実上経営していて、この星の重要な財源となっている。ちなみに動いている金はそれ以上だ。

 更にお得意様は宇宙でも屈指の金持ち連中だ。彼らが満足するような「遊び」を用意してやれば幾らでも金を落とすことだろう。しかもそういう連中の好む遊びなんて、お天道様の下で出来ないようなものである。

 銀河連合警察(GUP)も色々調べているらしいが、惑星ザイフォンというバックと軌道衛星上という密室がきな臭いことを隠蔽している。

 さすがに何でもアリのA級捜査官とはいえ、星一つ相手にするくらいでないと、「カシオペア」内を強制捜査なんかできまい。

 そんなわけで、個人経営の俺たちが乗り出したわけだ。GUPから報酬が貰えないから、仕方ないので自力でいただくことに。まぁ、どちらかと言えばそっちがメインだけどな。

 古今東西、ホントの大金なんて悪いことでもしないと稼げないわけだ。


「でも、どうやら内部は完全に独立したネットワークになっていて、見られないのよ。」


 美少女天才ハッカーのジャニスでも、ラインの繋がっていないコンピュータに侵入するのは不可能だ。ということは、コンピュータを調べるなら、内部に潜り込むしかないわけだ。


「まぁ、まだ一日目だし、そんなに急ぐ必要もないか。」

「そうだけど…… でもホテルや貸し衣装代もバカにならないわよ。」

「……貧乏って悲しいな。」


 冗談で言ってみたが、ヤケに身にしみて言葉が出なくなってしまう。見るとジャニスもちょっと顔を伏せて、何かを堪えるように僅かに肩を震わせていた。

 悲しいな、ホントに……




「よし、来い!」

「……ブラフね。降りないでコール。」

「げ。」

「ショウダウン。」


 ジャニスが無情にも4とJのツウペアを開く。こっちの手はとても残念なことにバラエティ豊かで、お互いに個性を主張しあっていた。平たく言うとバラバラなわけだ。


「くっ……」


 悔しさに奥歯を噛み締めて自分の手を開く。それを見てジャニスはニヤッと笑みを浮かべた。


「もう三回目よ。なんでそんなに弱いの?」

「知るか……」


 土地柄のせいか部屋にカードやポーカーチップ等が常備されていたんだが、最初半分ずつ持っていたハズのチップは何故か彼女の前に。しかも指摘通り、この光景は三度目だ。

 ちなみにポーカーの前はブラックジャックをやっていたが、五連続でチップを巻き上げられたのは俺の幻想ではないはずだ。

 別にベッドの上にちょこんと座っているジャニスのパジャマ姿に惑わされたわけじゃない……と思う。

 薄手のパジャマから何となくボディラインが見えるような気がしたり、動く度に素肌が見えるんじゃないかって気になったりしたような気もするが…… 気のせいだろう。

 やっぱり燃えるような勝負じゃないと盛り上がらないのだろうな。金持ちから巻き上げるとか、命がかかった勝負とか……

 ま、俺が勝つ度に脱いでくれるとか言うならそれはそれで否が応でも気合いが入るのだが。


「あ、変なこと考えている顔。それもいやらしいことを考えるでしょ。」

「そ、そんなことないぞ。」


 真実を言い当てられ、動揺が思わず声に出てしまう。


「たまに思うんだけど…… 覗きとかしてないでしょうね?」


 ちょっとジト目でこっちを睨んでくる。


「それはない。断じてない。」


 胸に手をあて、片手を上げて宣誓するようなポーズをする。


「正直、見たいし覗こうかな、なんて思ったのも数知れずだが、一度もしてない。」


 覗く意味もない、なんて娘じゃないからな。まぁ向こうとしても複雑なところで、覗かれたくはないだろうけど、かといって覗くまでもない、なんて思われたくもないのだろう。


「…………」


 顔を赤らめたり、気まずそうにと顔色がコロコロ変わるジャニスを可愛いなぁ、と思いながら落ちつくのを待つ。


「それが正直なところだが、何か質問は?」

「……ないです。」


 照れ隠しにジャニスは黙々とカードをシャッフルしていた。




「しかし、二人だとなかなか時間が潰せないなぁ……」

「そうねぇ……」


 ポーカーも一方的すぎて飽きた。その前にやっていたブラックジャックも結果は散々だった。そもそも二人でできるカードゲームなんてたかが知れてるし、TVを見るのも芸がない。夜通し語り合う、というのも悪くないような気がするが、何か違う。

 とにかく頑張って今は午前二時過ぎ。

 それでも朝までにはまだまだ時間がある。しかもいい加減眠気もわいてくる。


「ジャニス、ちょっと着替えてきて。」

「え?」

「ちょっと外でも出よう。」

「それも…… いいかもね。」


 ジャニスが着替え終わるのを待って(無論のことだが、覗いてないぞ。とても残念だが)二人で外に出る。

 ハッキリ言って、ホテルが乱立するこの辺じゃあ、来る客のほとんどがカジノ目当てだ。聞いた話だと、昔は地上にもカジノがあったそうだが「カシオペア」があるのにわざわざ、というわけで暇つぶし程度の規模になったとか。

 そんなわけで、表に出ても人通りはほとんど無い。更にホテルは夜の闇の中静かにたたずむだけで、喧噪は全て「上」に持って行かれてしまったようだ。


「大きい星……」


 空を見上げたジャニスが小さく呟いた。なるほど、満天の星の中に一際大きい星が見える。


「もしかしてあれ、『カシオペア』か?」

「え? えぇと……」


 頭の中に星図を描いているんだろうか? 俺には到底真似できない事をしているだろうジャニスは、しばらく空を見つめてからこちらに顔を向ける。


「……見えるものなのね。」

「やっぱりそうか……」


 もう少し目を凝らせば、あの星が一つの光ではなく、いくつかの光の集合体であるのが見えそうだ。


「なんかこう、相手するのがバカらしくなってきそうだ。」

「ちょっと同感……」


 ああもう! 落ち込んでどうする。

 そんだけでかい、ってことは、中にはお宝がたんまり、ってことだろ?


「つまりは……」


 手を伸ばしてその「光」を握りしめる。


「あの『星』をいただいちまえばいいわけだろ?」


 俺の壮大な宣言にジャニスがふふっ、と笑った。


「大きく出たわね。」

「まぁ、あんなに大きいのは要らないから、中身のいいところだけ貰うさ。」


 たとえ巨大建造物とはいえ、軌道衛星上にあるからには中に入れる重量は軽いに超したことはない。お宝の可能性としてはチェック(支払保証付きのプリペイドカードのような物)か宝飾品のように軽い物が中心だろう。まさに俺たちにとってはおあつらえ向きだ。間違っても金やレアメタルのインゴットの山というのは考えづらい。


「やっぱりどうやってオサラバするか、だよなぁ……」


 あの星の下には地面まで届く軌道エレベータがあるのだろうが、ライトアップされているものじゃないので、今の時間は見ることができない。

 人力で降りるのは不可能だし、エレベータを乗っ取ったとしても、その時は下にわんさかと俺のファンが揃っていることだろう。宇宙ステーションとしての機能もあるので「外」にという手もあるのだが、自分の宇宙船を持ってもいないし、調達するアテも金もない。さてさて……


「一応、アイデアはあるわよ。」

「……相当無茶するみたいだな。」


 ここで「できるのか?」なんては聞かない。ただジャニスの渋い顔を見ると、どれくらいの無茶さ加減か想像がつく。しかも100%と言い切れるような方法じゃないようだ。


「運任せの部分もあるし、私も脱出しないといけないから……」


 そうきたか。

 俺一人の方が何かあったときの強行突破しやすい、というのも事実だが、やっぱり俺としてはジャニスを出来るだけ「仕事場」に連れていきたくない。

 でもどうしても今回は地上からではなく、一緒に「カシオペア」に入って中からサポートしてもらわなければならないのだろう。


「それ以外に方法はないのか?」

「諦める、って選択肢もあるけど?」


 ちょっと挑発するような視線を向けてくる。


「その手は毎度毎度通用しないぞ。」

「でもねぇ。私の試算だと、ジークが考えてるよりも沢山あるわよ、ここ。」

「う~ん……」


 そう言われると辛い。

 俺がこんなことしているのは飽くまでも借金返済だしな。時間がかかれば、その分利子が増えていくわけだ。俺にも分かるのだから、借金の管理をしているジャニスにとっては切実に感じているんだろう。

 毎度毎度、稼いできても借金の本体をちょっとだけ削って、ほとんど利子の返済に消えていく。

 ペースを上げて細かく稼ぐ、という方法もあるが、なんたって俺は有名人。一つの星で何度も仕事していたら、アッという間にファンに囲まれて身動きがとれなくなってしまう。いやいや、人気者は辛い。


「もう開き直ってやるしかないなぁ。」


 そもそも俺の辞書に「諦める」なんて言葉はないしな。

 殴るべき悪党、いただくべきお宝、きらびやかなステージ。これだけ揃っているのに出ていかないわけには行かないな。


「よし、やる気も出てきたし、そろそろ戻るか。」

「うん…… ちょっと冷えてきたしね。」


 自分の肩を抱くように小さく身を震わせるジャニス。俺は黙って上着を脱いで、


「わ。」


 ジャニスの肩にかけてやる。


「俺はそうでもないからな。

 おっと、反論は無しだ。可愛い女の子に対する男の義務の一つだからな。」

「むー……」


 恥ずかしさを中心とした複雑な表情で顔を赤らめる。それでも暖かさを逃がしたくないのか、上着の前をギュッと合わせている。俺の温もりだからか、と思うのは俺の自惚れだろうか?

 そんなジャニスを連れてホテルに戻ったんだが…… それからどうしたって? おいおい野暮なこと聞くなよ。

 それから夜が明けるまで…… ずっと俺の連敗街道まっしぐらだったさ。やれやれ……




 ホテルのクリーニングから戻ってきたシャツに袖を通し、黒のタキシードと同色の蝶ネクタイで一端のジェントルマンに。髪もあまりしないオールバックで決めてみる。


「よし、いい男。

 それでこそ、宇宙一の男だ。」


 鏡の前で自分に言い聞かせるように呟く。

 おっと、笑うなかれ。これをやるとやらないじゃ全然違う。いつも「仕事」の時にはこれをやっているんだぜ。


「じゃ、ロビーで待ってるから。」


 バスルームにいたジャニスにそう言うと、俺は部屋を出た。

 さすがにドレスを着るのにバスルームで、というわけにいかないので俺は外に出るわけだ。なぁに、レディの支度が長いのは古今東西変わらない事実だし、それにそういうレディを待つのはジェントルマンの仕事、というわけだ。

 時間は夜の十一時を過ぎた頃。

 ホテルのロビーには「夜」のカジノに向かう人々が思い思いに時間を潰していた。

 大丈夫。あいつらに比べたら負けてない。すでに支度を済ませた女性も何人か見かけるが、ジャニスに比べれば……と、これは紳士の口から語るべき事ではないな。

 コーヒーを飲みながら――やっぱりジャニスのいれてくれたコーヒーの方が美味しいなとか思いながら――のんびりと待つ。

 前とドレスは変わらないのだが、どんな姿で来るんだろう、と思うとなんかワクワクしてしまう。

 ボンヤリとコーヒーカップを傾けながらしばし。中身が半分くらいになったところで後ろから声がかけられた。


「ジーク、お待たせ。」


 心の中で小さく深呼吸してから振り返る。

 うん、今日も可愛いぞ。

 そんな言葉を口の中で噛み殺して、ちょっとニヒルに笑ってみる。


「普通の賞賛と、心からの賞賛。どっちがいい?」

「どっちも要らない。」


 う~ん、俺としてはちょっとガッカリだ。


「しょうがない。賞賛は無しで行くとするか。」

「うん。」


 と、女性をエスコートするように腕を差し出すと、ジャニスがそこに自分の腕を絡める。

 エアカーに乗り込み「カシオペア」まで伸びる軌道エレベータへ。車ごと乗り込むと十分ほどでアッという間に衛星軌道上のカシオペアに到着というわけだ。俺たちはともかく、高級な方々はこの間にも色々接待されているのだろう。

 まぁ、無い物ねだりしてもしょうがない。さ、もう一度「夜」のカジノを見極めさせていただきますか。

 願わくば、平穏無事と素敵な出会いを。


 ……って、きっと無理なんだろうけどな。

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