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怪盗フェイクの大冒険  作者: 財油 雷矢


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第二話 Rose & Tips

 よく人生をギャンブルに例える奴がいる。


 ルーレットの転がる玉は人生における偶然の出会いを思わせる。

 ブラックジャックの三枚目のカードは選択の厳しさを想像させる。

 コイン一枚が巨額の富に変わるスロットマシンは幸運という物を感じさせてくれる。

 クラップスのダイスはチャンスが自分の手に握られていることを教えてくれる。


確かに人生とはギャンブルなのかも知れない。

 しかし、俺に言わせれば人生はギャンブルとは違う。ギャンブルではチップを賭けない限り、勝つことも負けることもない。更にどんなに頑張ってもチップを賭けた以上に負けることはない。

 しかし…… 人生というのは自分が何も賭けていなくても、負け以上のひどい状況になることがある。




 例えば俺だ。

 俺は若さの勢いという事情で家を出ていた。星から星を巡り、様々な経験を重ねた。そして自分でも多少は大人になったと思う頃、家に戻ったのだが……


 どうだったと思う?

 まず家が無くなっていた。

 親父が気の遠くなるような借金をこしらえていた。

 親父が消えていた。

 その結果、俺がその借金を返さなければいけないことになった。

 それで借金取りが俺にピッタリつくことになった。……まあ、これはいいや。


 どうだろう? 俺がどんな大博打をうったというんだ? 何か悪いことをしたのか? 若さにかまけて家を出たのと借金にどういう関連性があるんだ?

 何が悲しくてあんな…… 金額のことは忘れよう。そういうことは俺専任の借金取りに任せればいい。


「ジーク、」


 お、そうだ。自己紹介を忘れていた。俺の名前はジーク=ホーンスタード。さっき言ったとおり、莫大な借金を背負わされている。

 その画期的返済手段として、人様からの寄付で賄おうとしているわけだ。無論、正面から「お金を下さい」なんて言っても貰えるはずがない。

 で、世の中で他人にお金を与えられるほど余裕のある奴の半分はどうしようもない悪党だ、と俺は思っている。

 だから俺も厳選して、そういう奴らを選んでいる。一度決まったらアポ無しで訪問し、無断で寄付を受け取り、礼の言葉を残しては一人で帰っていくわけだ。


 ん? 何か疑問があるかい?


 そうそう。俺のもう一つの名前を教えるのを忘れてた。


「ジーク!」


 そう、俺の名前はジーク、じゃなくて……

 あれ? 誰だ俺の名を呼ぶのは。

 意識を視界に戻すと、一人の美少女が俺を見つめていた。いや、少々語弊がある。彼女の視線をもう少し客観的に判断すれば「睨んでいる」という方が正解に近いだろう。

 普段は首の後ろでまとめている長めの髪を、今日はドレスに合わせてアップにしている。いつもは見せないうなじが妙に色っぽい。


「な、なに……?」


 俺に見られているのが気になったのか、睨んでいた目もちょっとおどおどしたようになり、少しうつむいて恥ずかしそうに頬をそめる。

 かわいい。

 いや、マジで。

 なんでこんな美少女が俺の名前を知っているのだ?

 ……なんてベタベタなオチは抜きにして。俺の目の前の美少女の名前はジャニス=メイスクラン。職業、債権回収者。簡単にいうと借金取りだ。しかも俺専属の。

 さっき言ったピッタリつくことになった借金取りというのがジャニスだ。確かにこれに関しては悪い話ではないだろう。


「……ジーク、仕事の方は大丈夫?」


 おっと。また独り言に没頭していたため、ジャニスが落ち着きを取り戻したようだ。声をひそめて聞いてくる。

 さて、ここで問題だ。俺、いや俺達の仕事とは一体なんでしょう。

 ヒントも含めて、今俺達のいるところを説明しよう。俺とジャニスは惑星ザイフォンの軌道衛星上にいる。無論、宇宙遊泳としゃれこんでいるわけではない。さっきも言ったとおり、ジャニスはオシャレなドレス姿だ。

 俺達はその衛星軌道上に浮いている軌道ステーションにいる。このステーションはカシオペアという名をつけられている。

 この惑星ザイフォンというのは他の星のアドバンテージをとれるほどの特産物はないが、一つだけ有名なものがある。

 それがこのカシオペア――なんとステーション一つ丸ごとカジノなのである。

 それで俺もジャニスに釣り合うようにタキシードでビシッときめている。自分で言うのも何だが、実にいい男っぷりだった。

 ま、それはいいとして。

 確かにここで奇跡的な大当たり(ジャックポット)を出せば俺の借金が少しは減るかもしれない。変な言い方だが、その程度で返済できるなら俺も苦労はしない。

 だが、このカジノの全ての金が集まる金庫の中にはもっと多くの金が眠っている。やはり万年貧乏人の俺としては多少の生活保護を受ける権利がある。

 が、なかなか手続きが難しいので、こちらで勝手にやろうというわけだ。


 もう分かっただろう。俺たちの仕事は泥棒さんなのだよ。

 ま、先ほども言ったとおり「ああ、こいつは悪党かな?」と思われそうな奴しか相手にしないし、更に頂戴した金の半分は福祉団体に寄付している。ま、なんとも偽善者的で意味が無いような気がするが、こういう細かいことでもするとしないでは気分の持ちようが違う。

 ついでに言うならば泥棒という言い方も切ないものがあるから、勘弁して欲しい。



 不死身の超人。

 正義と弱者の味方。

 電光石火。神出鬼没。疾風迅雷。

 宇宙を股に掛ける古今無双の怪盗紳士。



 どんなに警備厳重なところからも巧みにお宝をいただいていく。それがこの俺、怪盗フェイクなのだ。

 もう分かったろうが、俺たちの今回の獲物はこのカシオペアの大金庫に眠るお宝だ。聞いた話、というかジャニスが調べたところ、見かけは豪華なこの「カシオペア」、裏はだいぶドロドロしているらしい。

 なにせ惑星国家予算を遙かに上回る金額が左右しているのだ。軽く調べただけで麻薬に武器。更には人身売買や非合法の臓器売買。どうやらカジノで金無しになった奴には人権が存在しなくなるらしい。あ~あ、なんか身につまされるなぁ。

 まあ、そんなわけで敵情視察を兼ねて、ちょっとカジノで遊んでみたのだが……


「ねえ、ジーク。一つ聞いていい?」

「ん? なんだ?」

「もしかして、賭事苦手なの?」

「まあ、解釈によりけりかな? 場合によってはそういう見方もあるな。」


 確か俺もジャニスも同額のチップを持っていたはずだ。何故か不思議なことに俺の分のチップはアッと言う間に蒸発してしまった。昇華、というやつだ。宇宙にはまだまだ謎が多い。

 ちょっと呆れたようなため息が彼女の口から漏れる。かく言うジャニスはちょっと見た限りゆっくりだか堅実にチップを増やしているようだ。すでに最初の数倍になっている。


「まあ、大丈夫だ。命のかかった賭には負けたことがない。」

「当然よ……」


 またため息をつくジャニス。さっきよりも大きい。


「お願いだから冗談でもそういうことを言うのは止めて。」


 一瞬にして真剣な口調になってしまった。こうなるとこっちの負けだ。


「悪かった…… 今のは言い過ぎた。」


 俺の敗北に、ジャニスがスッと目を和らげた。う~ん、どうやら女の子に弱いのは俺の最大の弱点らしい。ま、いいけどな。


「そういうわけで、」


 どういうわけか知らないが、ジャニスがチップのケースを俺に押しつける。結構な重さだ。俺なら指一本でも十分だが、か弱い少女には辛いだろう。


「チップが無いならこれお願いね。」

「へいへい。」


 さすがにあれだけボロ負けした後で、ちょっとくれと言う気にもならない。


「でもどうする?」

「どうする、って?」

「もう少し遊んでいく?」

「……止めとこう。それだけのチップを両替すれば豪華な晩飯食っても充分お釣りがくるだろ。」


 俺がそういう魅力的な提案をすると、ジャニスは乗り気のような、困ったような顔をする。お、悩んでる悩んでる。


「う~ん…… やっぱり止めておきましょ。豪華かもしれないけど、美味しくないかもしれないし……」


 ちょっと上目遣いで俺の方をうかがう。その目は「やっぱり私が作るよ」と言っているようだ。

 ま、確かにロクに知らないところで食べるよりはジャニスの料理の方がずっと安心できるし、なんたって美味しい。あの料理の腕だけでも「お嫁さんにしたい女の子」で上位を勝ち取るのは簡単だろう。

 ま、それも分かるのだが、せっかく二人とも紳士淑女にキメているのだから、今日は雰囲気だけでもカッコつけたかったが……


「そうするか。」


 よく考えれば、無理に雰囲気にこだわらなくても、いつも二人きりの食事だったな。


(でも一度くらいは……)

「ん? なにか言った?」

「い~や。では、参りましょうか?」

「ええ。」


 こうして俺たちはカシオペアを後にした。




 カシオペアはいわゆる静止衛星と同じ軌道に存在する。つまり惑星ザイフォン上のある地点の真上に常時いるわけだ。

 地上とは海上都市から軌道エレベータで繋がっているのだが、色々な理由で一日四回しか行き来できない。正直俺は大なり小なり真っ当な理由とは思ってないけどな。

 カシオペア内部にも宿泊施設や食事をするところもある。ま、そんなところを利用できるようなお大尽とは縁がない。

 そんなわけで俺たちは「夕方」の時間でザイフォンに降りた。そして真っ直ぐホテルに――そう、なんと今回俺たちはホテルに泊まっているのだ――向かった。

 そこで普段着に着替え、途中で材料を買い込み、結局は自宅代わりのトレーラーに戻る。そしていつも通りだ。

 いつものようにジャニスの料理に舌鼓を打ち、食後のコーヒーを楽しんでからホテルにとんぼ返り。せっかく金を払っているんだ。使っておかないとな。

 部屋は予算の都合で、というか、節約のためにツインの部屋をとっている。

 先に言っておくが、神に誓って――とはいえ、俺は幸運の女神しか信じてないが――俺はジャニスに指一本触れていない。無論、暗喩的な意味の方だ。

 さすがにホントに指一本触れていないなら日常生活にも問題が生じそうだ。

 そりゃあ、諸処の事情があって優しく抱きしめたりしたこともあったが…… それこそ、いわゆるやましい気持ちになったことは――あるか。でもそれを実行に移した断じてことはない。


 ……ホントだぞ。




 シャワーの音が聞こえてくる。

 おそらくドアには鍵をかけてないだろう。俺がガチャ、と開ければ一糸纏わぬジャニスがいるのは確かだ。

 ……これで別人だったら俺はジャニスを尊敬するかも。

 それはともかく。

 でも鍵をかけてないのは俺を誘っているわけではないのだろう。いや、断じてない、と言い切っておこう。

 それこそ俺は力ずくで女の子をモノにしようなんてゲスで最低な奴ではない。一応、これでも紳士を目指しているしな。

 一応、俺を信用しているのか。それとも単なる世間知らずか。

 ま、でも、俺がその気になっているのなら鍵なんて無いも同然だろうしな。

 窓から外を眺める。光に溢れた街。頭上の「カシオペア」の影響もあるのか、ザイフォン自体カジノが盛んである。そのせいで街はほぼ不夜城のおもむきだ。


 ガチャ。

 背後でシャワー室のドアが開く。そこから少女の顔と手だけが出てくるとバスタオルと着替えを取ってまたドアが閉まる。

 しばらく奥でゴソゴソと聞こえる。

 なんか聞きなれた風景かも。トレーラーの中も脱衣所に乏しいので、ああいう着替えは慣れているのかもしれない。……となると、別に世間知らずってわけでもないか。

 まあ、考えても仕方が無い。

 ボンヤリと街の光を眺めながら、なんとなくジャニスの着替えを頭の中で想像して──残念ながら実物にはお目にかかったことがない。近いのを見たことはあるが──いると、もう一度シャワー室のドアが開閉された。

 パジャマ姿のジャニスが長い髪をバスタオルで拭いながら出てくる。シャワーを浴びた食後なので、全身から湯気が──ちなみに「食べごろ」というネタは勘弁してくれ。マジでシャレにならない──立ち上りそうだ。

 チョコン、とベットの端に腰掛ける。髪をとかしている。

 なんとなく手持ちぶさたになり、向かいのベッドに腰をおろし、その様子を眺めてみる。

 と、ジャニスがこちらの視線に気付いて顔をあげた。


「……なに?」

「いや…… ただなんとなく。」


 こっちの返事にちょっと不信感を見せたが、すぐに髪をとかす作業に戻る。よく見ているが、髪が長いため手入れには手間がかかるようだ。しかも相当の気を使っているようだし。ま、女の子だからな。

 でも相変わらず綺麗な髪だなぁ……


「えっとぉ……」


 ちょっと顔を赤らめるジャニス。どうかしたのか?


「あんまり見つめられるとやりづらいんだけど……」


 そりゃそうだな。俺だって鍵開けをしているところをマジマジと見られていたらやりやすいはずもない。


「いや、な。相変わらず綺麗な髪だな、と思ってな。」


 ふと思ったことを口にしてみる。


「え……」


 ジャニスの赤みが更に強くなる。いけないいけない、こういう言い方では下手すると女の子に嫌な印象を与えることもある。フォローフォロー。


「先に断っておくが髪『だけ』じゃないぞ。他も綺麗だからな。というか、ジャニスは全体的には『可愛い』タイプだけどな。」

「あ、えっと……」


 なんかもう真っ赤だ。

 あ…… いけね。ジャニスはこういう言われ方に意外と弱いんだ。

 それこそ熟したトマトのようになって俯きながら手に持ったブラシで髪を素早くとかすと、そのままパタンとベッドにもぐり込む。


「お、おやすみ、ジーク!」


 頭からすっぽり毛布をかぶってしまうジャニス。

 ……やってしまった。

 普段はクールっぽい女の子だけど、実はおだてに弱い。たまにからかいたくもなるのだが、そうなると真っ赤になって逃げ出すこともあって大変だ。それこそ、街中で「よ、お姉ちゃん可愛いねぇ」なんて社交辞令みたいなことを言われても早足でその場を去ってしまうような子だ。

 ……はたから見てると面白いし、恥ずかしがっているジャニスも可愛いんだが。

 それはさておき。

 ベッドにこもってしまったジャニスを現世に引き戻すのも良くないだろう。元々寝付きもいい方だしな。

 じゃ、俺も寝るか。もうそろそろ十二時……

 ん? 待てよ。十二時と言うことはカシオペアの「深夜」時間になるな。

 急げば間に合うか?

 思い立ったら吉日、って奴で俺はいそいそとタキシードに着替える。

 そしてジャニスを起こさないようにホテルの部屋を出た。鍵を預け、車に飛び乗る。

 時間を確認する。よし、まだ間に合うな。

 キーを捻り、アクセルを踏み込む。俺を乗せ、車は夜の街に飛び出していった。




 基本的に「カシオペア」に入るのは無料タダである。タダ、なんと甘美な響きだろうか。いや、そういうわけではないが。

 無料とはいえ、ラフな格好では入れない。入り口で服装のチェックをされる。そしてそぐわない客はやんわりと断られるのだ。ザイフォンの地上にあるカジノはそんなにうるさくは無いが、軌道上にあるこの「カシオペア」はまさに紳士・淑女しか入れない最高級カジノであるわけだ。

 無論、俺はどこから見ても紳士なので大丈夫だ。お、そういえばかの大怪盗アルセーヌ=ルパン――ま、お話の中の人物だが――には「怪盗紳士」という二つ名もあったな。俺もそれを目指しているから問題はない。


 ……おっと、話がずれそうだな。

 それこそタダで入ったとしてもいくらでも金を落とす連中がいるんだ。そういう奴らは俺たちと金の感覚が二桁や三桁は違う。

 俺の借金は数えるのが馬鹿らしい程の桁の違いだがな。……自分で言ってて虚しくなってきた。

 だからこそ、俺が仕事したくなるわけだ。分かるだろ?

 それに…… 俺の勘とジャニスの集めた情報から推測すると、まだまだ「カシオペア」には裏がある。言っちゃ悪いが、昼に見たカジノなんて、「奴ら」に言わせれば児戯に等しいものだ。

 確かに人の一生を左右するくらいの金が動いている。人一人が簡単に破滅し、人一人が簡単に大金持ちの仲間入り。逆に言えば、「その程度」の金しか動いていない。

 それこそ、人の一生を狂わせるような金なんて確かに大金ではあるが、いくらでも払える連中がいるわけだ。

 最低の連中の中には人間の人生を何人分もまとめて買って好き放題やって…… これ以上はちょっと言いたくないな。まあ、そういう奴らがどうなったか…… あえて説明しなくても分かるだろ?

 無論、生きながらにして地獄ってものを味わわせてやった。もう二度とお天道様てんとうさまの下に出ることはないだろう。


 さて…… こんな風に回想している間に時間になった。

 この機動エレベーターは巨大な立体駐車場を想像してもらえるとわかるかな? 何階建てにもなった巨大な建物を丸ごと上下させているわけだ。それこそ中には駐車場やゲストルーム、生活必需品――それこそ「カシオペア」にはホテルとかもあり、生活している人もいるしな――の倉庫などもある。

 ちなみに、降りてくる便には何がのってくるんだろうな?

 見た感じでは重力制御を用いているようだ。宇宙船に使われているのと違って固定式だから出力には十分な余裕がある。さらに安全の為に磁力を併用しているようだが……

 今回の「仕事」の最大のポイントは脱出方法だ。「カシオペア」が軌道衛星上に浮かんでいる限り、そこは巨大な密室だ。そんなところから逃げるためにはこの軌道エレベーターか宇宙船が必要だ。

 無論、宇宙船など調達できないし――パイロットはなんとかなるけどな――更には宇宙港を押さえられたらそれこそ逃げ場がない。

 そうなると、自然にここを使用することになるのだが…… どうするかな? 一番いいのは「お仕事」したことがバレないうちにさっさと普通の客の振りをして出ることだが…… 無理だろうなぁ。

 俺一人なら無茶な逃げ方も可能だが、何かの拍子にジャニスと一緒に逃げる羽目になったら、前みたいに命がけになってしまうかも。

 ……参ったな。ここの「カシオペア」から色々戴こうと思ったけど、何も考えていないぞ。足で移動できる所ならともかく、空の上だしなぁ……

 まあ、いいや。細かいことは後でジャニスと考えることにしよう。

 軌道エレベーターは人々の様々な欲望を乗せて登っていく。とりあえずはカジノを楽しむとしますか。

 扉が開く。光り輝くその先は天国か地獄か? それは気まぐれな神様のダイスのさじ加減、ってわけだ。さ、俺はどうなりますかな……?




 なんて意気込んでみたものの、残念ながら今の俺には大事なものが欠けていた。

 え? いつも隣にいる魅力的な美少女か、だって?

 いや、原因とかを考えるとあながち間違いでもないんだが…… 単に言えば軍資金がない。俺の財布の紐はジャニスにしっかり握られている(よく考えるとなんか情けない話だな)。

 まあ、そんなわけで、今の俺は必要最低限程度はあるが、賭事に興じるような余裕は無いという寂しい状況なわけだ。

 が、人間、努力を惜しまなければどうにかなるものだ。それこそ労働に汗を流せば何とかならないことはない。

 テーブルのあちこちを不自然にならないように歩き回る。途中、バニーガールのお姉さんからシャンパングラスをもらうのも忘れない。ここで色々とコミュニケーションをとりたいところだが、バレると後々面倒なので、しないでおく。

 テーブルの様子を一通り眺めたころには不思議なことにポケットの中にはたくさんのチップが。やっぱり日頃の行いが良いからだな。うんうん。


 ……しかし、チップの種類がバラバラだな。できるだけ高額のチップを狙ったつもりだったが。

 仕方ない。両替をしよう。

 両替を済まし、適当な(つまりは強くもなく弱くもなくという)ポーカーのテーブルにつく。少し見回った感じでは、結構あこぎなディーラーもいる。カモと判断した客からは生かさず殺さずにジワジワと搾り取っているようだ。悔しいのは、そんなことではちっとも堪えていない奴がいるってことだ。

 ……なんか社会のピラミッド構造を見ているようだ。

 でもホントに見た感じ、さっきの時間までと比べたら桁が一つか二つ違うようだ。まずチップの色が全然違う。夕方では数枚見れたか見れないかのチップがここでは下手すると最低ランクのチップのようだ。

 いやはや、あの時夕飯で戻っていて良かった。しかし、本気で「仕事」をするのならこの時間を外す手はない。というか、それこそこれすら児戯に見えるようなギャンブルの存在を明らかにしないとな。

 ま、まだまだ偵察の途中だから、軽く楽しんでみよう。

 昼の失敗はスロットマシーンにこだわったのが原因だろう。やはり人間相手の駆け引き、って奴の方が得意だ。機械相手では今ひとつ調子にのれない。

 さぁ、俺の華麗なる……




 ……また俺の持っていたチップが半分くらい蒸発してしまったようだ。

 冷静に分析をしてみる。どうやら一発勝負には強いが、チマチマとした勝負に弱いらしい。そういうのはジャニスのほうが上手だよな、うん。

 やっぱり俺、ってギャンブルに向いてないのか? というか、地道に稼げとのお達しなのか…… というか、普段の「仕事」の方がずっとギャンブルだけどな。

 う~ん、仕方ない。ジャニスも連れてくるしかないよな…… でも……

 なんかこう、ハッキリ言えないような嫌な感じがする。その違和感、みたいなものがうまく言えないが。

 ……ま、その時は俺が全力で守ればいいよな。うん。

 さて…… どうするかな?

 またブラブラとテーブルの間をさまよって……


 ……お?

 ふと歩いていて人だかりの多い一角を見つけた。しかも、雰囲気として男が多い。

 ……なるほど。

 きっと麗しの美女がいるんだな。こう、ざっと見ただけでも顔のしまりが緩くなっている(自称)紳士達がいるから間違いないだろう。

 どれどれ、せっかくだからちょっと拝見……

 笑うなかれ。責めるなかれ。

 健全なる男として、美人を見たいと思うことは、ある意味本能的な欲求なわけだよ。

 それが例え彼女とかの特別な人間がいたとしてもだ。

 俺は同じ屋根の下で一緒に住んでいる少女がいるとはいえ、そういう関係では無いので一応は独り身だ。

 よし。自分に対しての言い訳をすませると、その人だかりの方へ歩を進める。


 ほぉ……

 おっといかん。俺としたことが、ちょっとばかり見とれてしまったようだ。

 そのディーラー席にいたのは、まさに香り立つような美女だった。

 誇張抜きに貴金属を編んで作ったかの如くの目の覚めるような長い金髪。宝石なんか石ころに見えてしまうような澄んだ碧眼。

 蠱惑的に赤い唇。そしてディーラー服の上からでも否応なく分かる完璧なプロポーション……

 いやはや…… こんなところで絵に描いたような美人に出会えるとはね。

 しかも驚いたことにカードの扱いも見事ときている。まあ、一つだけ問題があるとしたら、綺麗なバラにはトゲがある、ってことかな?

 おっと。どうやらゲームに負けた奴が席を外したようだ。まあ、アレだけカード以外のものに集中していたら、勝てる勝負にも勝てないだろう。

 ……よし、ちょうどいい。まだチップも残っていることだし、一勝負してみるか。

 スッとさり気ない動きで、空いた席に座る。そして横入りした俺に対する睨むような視線を丁寧に無視し、あらためてディーラー席の彼女を見る。

 相変わらず、ため息の出るほどの美女だ。その仕種の一つ一つが男を惑わせる。

 自分の美貌、って奴によほどの自信があって、なおかついつも見られていることを意識してないとあそこまではいくまい。

 ジャニスのように黙っていても可愛い娘、というのもいいが、ああいう風に自分に磨きをかけてまで、男達の視線を欲するというのも悪くない。

 そして新たな客に彼女が気付いたらしい。

 唇をつり上げて、心をとろかすような笑みを形作る。

 おっと。そのくらいじゃ俺の心は揺るがないぜ。なんたって、俺は不死身の怪盗フェイクだからな。……って、それはあんまり関係ないか。ま、なんとなく予想のできたしな。

 そんな俺の態度に一瞬、顔色を変えそうになったが、それは百戦錬磨の賜物なのだろう。ほとんど表情を動かしていない。おそらく同じテーブルについていた中ですら、それに気付いたのは俺だけに違いない。


 カードが配られる。

 俺に配るときにちょっと怒ったような……いや、挑発するような? そんな視線を向ける。

 そういう視線は向けられ慣れているが……

 どうも意味が分からないな。あれだけで怒るというのは考えづらい。あそこまで「いい女」を演じているんだからな。

 考えられるのは…… 俺に一目惚れしたか? いい男は辛いな。

 ……という可能性が無いわけではないが、それだったら、俺の正体を知っていて何か企んでいる方が可能性が高い。

 どちらにしても一筋縄にいかないな。

 というか…… どちらにしてもあのレディは俺にとって厄介な関わり方をしそうな予感がする。

 そして、こういう良くない予感、というのは当たるように出来ている。やれやれ……


「新しく来たお客様、よろしければお名前をお聞かせ願いますか?」


 まさに男の心を震わす音楽のような声。

 さて…… どうするかな?

 普通に名前を名乗るのもつまらないか。

 ……よし。


「そうだな…… フェイク。

 フェイクとでも名乗っておくか。」


 俺の言葉に彼女の表情がピクリと動く。たまにこういうことを言ってみるが、大抵はマトモに相手にされない。その当人が言ったとしてもだ。

 しかし、それが何を意味するかを分かっているような表情? まさか、な……


「それではミスタフェイク。ディーラーはこのわたくし……」


 赤い唇を魅惑的につりあげる。


「ロザリンドが務めさせていただきます。」


 ほぉ…… ロザリンド、ね。

 ラテン語で「美しい薔薇」の意味を持つと言われている名。

 そして、lindには「蛇」の語源もあるとかないとか。


 トゲだけではなく、毒の牙もあるのかもしれないな、あの薔薇には。

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