九話 めざめると、きょうかい
夢を見た。
白い服を着た白銀の髪の女性が、俺に向かって何か言っている夢だ。
俺は返事をしようとするが、声は出ない。
どこかで見たような気はするが、思い出せない。
「知らない天井……って何度目だよ」
どうやら俺は生き残ってしまったようだ。
あの出血で動きまわってまさか生き残れるとはな。
この世界の医療技術がすごいのか、はたまた運が良かったのか。
体を起こし、自分の体を確認する。
清潔そうな白い服を着ている。
その下には包帯が巻いてある。
見えないが、頭にも包帯が巻いてあるのが触ってみてわかった。
「やっぱ駄目か」
左腕は無かった。
まあ、わかっていたことだ。
綺麗に切断されていたのならくっつける事は可能かもしれないが、あれだけぐちゃぐちゃだったのだ。
魔法のある世界とはいえ、腕が生えてきたりはしないのだろう。
「これからどうするかな」
死ななかったからには、生きていくしかない。
しかしこの腕では冒険者を続けるのは無理だろう。
そうなると、金を稼ぐ手段が無い。
本格的にやばいな。
まあ、今後の事は後で考えよう。
とりあえずは現状把握しないといけない。
ここがどこなのかって事だ。
周りを見渡す。
ここは個室のようだ。
俺が寝ているベッドと部屋の隅に小さな机と棚が置いてある。
棚には服が置いてある。見覚えがあるから、おそらく俺のだろう。
結構狭い。ベッドで三分の一はスペースを取られている。
まるで病室のような雰囲気だ。
というか、実際俺は怪我人なのだから病院である可能性は高い。
この世界の病院といえば、治癒院か教会ということになる。
だが、大体の人は教会の方に足を運ぶ。安いから。
治癒院なら専門知識を学んだ治癒師や、看護師のようにその補助を行う治癒師見習いが居る。
治療する相手は大体が貴族だから手厚く看護され、報酬もかなり要求してくる。
教会ならシスターが治療を行うので、あくまでも奉仕活動として治療する。
もちろんある程度の寄付をするのは暗黙の了解だが、強制されるようなことはない。
怪我人が冒険者なら教会の方に運ぶはずだから、ここは教会かも知れないな。
俺はベッドからゆっくりと降りた。
腕が無いせいかバランスが取れずふらついたが、痛みもないし、思ったより楽に動ける。
体中の包帯のせいで重症の様に見えるが、立ち上がる分には問題ないようだ。
体の調子を確かめていると、ノックの音が響いた。
返事を待たずにドアを開け入ってきたのは、見覚えのあるシスターだった。
「あら、気がついたのですね。って、まだ動き回っちゃ駄目ですよ!」
俺はタレ目のシスターにベッドに押し戻された。
とりあえずベッドに腰掛け、話を聞く。
「あの、シスターが居るって事は、ゲーラの街なんですか?」
「ええ、そうですよ。久しぶりにお会いできたかと思ったら大怪我しているんですもの。びっくりしました」
どうやら一度会ったきりの俺を覚えていたようだ。
俺はこの世界で初めて見たシスターだったから覚えていたが、この人にとって俺は数多く教会へ訪れる人たちの一人に過ぎないというのに。
「ああ、そうだ。起きたばかりでお腹が空いているでしょう? 今お食事をお持ちしますね」
そう言ってシスターは部屋を出ていった。
ゲーラの街に戻ってきていたのか。
あの大怪我の状態でどうやって戻ってきたのだろうか。
しばらくしてシスターがおかゆのようなものを持って戻ってきた。
左手で皿を持とうとして、左腕が無いことを思い出した。
どうやって食べよう。
俺が固まっているのを見て、シスターも気づいたのだろう。
スプーンにおかゆを掬い、俺に差し出してきた。
食べさせてくれるようだ。
なら、お言葉に甘えて。
「エド! 目を覚ましたって?!」
口を開けて食べようとした所で、扉が勢い良く開いた。
クンツだ。
間の悪いやつめ。
部屋の隅にあった机をベッドの脇に寄せてもらい、そこに皿を置いて食べる。
このおかゆのようなものはおかゆではなかった。
白い豆を牛の乳でドロドロに煮込んだスープらしい。
正直美味しくはないが、怪我人はこれを食べて治すのがこの辺りの風習らしい。
シスターには席を外してもらっているので、自分で食べている。
苦労して食べつつ、クンツの話を聞く。
どうやらあれから三日経っているらしい。
クンツだけでなく、オイゲンとデボラもいる。
食事の準備をしに部屋を出たシスターが、子どもたちに三人を呼びに行ってもらったらしい。
「生きててくれて良かったよ。エドがゴブリンを倒してくれたおかげで、村人に怪我人はいない」
「そうか、そりゃよかった」
「村人も感謝していた。エドが居なければ大勢死んでいただろうな」
「それにしても、どうしてゴブリンが村に来たんだ」
「すまん、俺の判断ミスだ」
クンツによると、事前情報ではゴブリン二、三匹の群れだと聞いていたらしい。
しかしいざ行ってみると森の中に巣を作り、群れを大きくしていた。
十数匹の群れに膨れ上がっていたそうだ。
増援を呼びに行っても良かったが、巣の位置が村に近く、即座に討伐しないと村人が危険に晒される。
広範囲に攻撃出来る魔法使いのデボラも居るし、クンツたちのパーティなら討伐が可能だと判断したのだ。
実際に討伐は可能だった。
しかし誤算だったのは、一匹だけ群れから離れた個体が居たことだ。
群れとの戦闘中にそれに気付いたが、その個体はクンツたちを見て逃げてしまったらしい。
すぐに追いかけようとしたが、群れに阻まれてしまった。
なんとか群れを全滅させ、駆けつけたというわけだ。
「数が多いと分かった時点で村に戻るべきだった。冒険者ギルドに応援を要請すれば、村人を危険に晒すことも、お前が怪我をする事もなかったんだ」
「そうかもな。だが、冒険者ギルドから応援が来るには時間が掛かる。あの時点で討伐しなきゃ危険なのに変わりはないさ」
俺だってもっと慎重にやっていれば怪我をする事はなかっただろう。
村人を逃しつつ殿で下がりながら戦えば、もっと安全にクンツが来るまでの時間は稼げたかもしれない。
まあ結果論だが、恐怖でパニックになって判断が鈍っていたようだ。
「体の調子はどう? 私の治癒魔法では応急処置しか出来ないから」
どうやらデボラが治療してくれたようだ。
調子は悪くないと伝えると、少しほっとしたようだ。
「デボラのおかげで生き残れたよ。ありがとう」
「でも、もっと真面目に治癒魔法の勉強をしておけば良かった。そうすればもしかしたら腕も繋げられたかもしれない」
ちゃんと勉強してたらあの状態でも繋がる可能性があったのか。
やっぱり魔法は凄いんだな。
「とりあえずゴブリンが来た理由と俺が生き残った理由は分かったが、どうしてゲーラの街に戻って来てるんだ?」
「村長に馬車を借りたんだ。デボラの治癒魔法では限界があるし、ギルドへの報告も必要だからな」
馬車を借りて俺を乗せ、デボラが看病、オイゲンが御者、クンツが周りの警戒、対応と、寝ずに街まで走ったらしい。
なんだか俺のために申し訳ないな。
「ギルドからは既に調査の冒険者を派遣したらしい。ベテランの冒険者を含む複数のパーティだ」
「なんか大事だな」
「何言ってんだ、大事だよ」
大量発生したとはいえ、ゴブリンは討伐し終わったのにそんな大事か?
詳しく聞きたかったが、オイゲンが遮ってきた。
「とりあえずエドが寝てた間の状況はこんな所だ。エドが起きたらギルドに連れてきて報告を聞きたいと言われている。怪我人を連れ出すのは心苦しいが、どうだ、行けるか?」
報告か。面倒だが仕方ないな。
「大丈夫だ。面倒な事はさっさと終わらせたい。すぐに行こう」
「じゃあ肩を貸そう」
着替えて部屋を出た所でシスターにまだ動いてはいけないと捕まったが、報告だけして戻ると言ってなんとか教会を出た。